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「2日遅れのクリスマス」
クリスマスが過ぎても相野圭紀はレストランの厨房でチキンを焼いていた。
今年も彼女がいない相野は、クリスマスは仕事で忙しいという理由を作るために、あえてこの忙しい週に多めのシフトを入れたのだ。
七瀬美鳥はケーキ屋のアルバイトで、イヴの前日からケーキ作りに大忙し。 この寒い夜に店の前でサンタの格好をしてクリスマスケーキを売っていた。
相野は大学生のアルバイトだが、クリスマスの時期だけ厨房でチキンを焼くのを手伝わされている。 クリスマスが終わった後でも、自分から進んでスケジュール表に名前を書き込んでいた。 店は11時に閉店し、あとは厨房の掃除。 そして夜中の1時にやっと自宅のアパートに帰宅。 魔のスケジュールをこなし、明日から2日間の休み。 時計の日付はもう27日 余ったチキンを持ち帰った相野は、冷蔵庫から缶ビールを出し、テレビを見ながら独りわびしくビールを飲みつつチキンをつまむ。やっと一息ついたところでピンポ~ンと玄関のチャイムが鳴った。 ん…? 誰だこんな時間に。。。 残り少ない缶ビールを一気に飲み干し、めんどくさそうに玄関のドアを開けると、そこには赤い服を着た人が立っていた。 え!? サンタクロース??? と思いきや、よく見たらサンタのような赤い上着を着た七瀬美鳥だった。
七瀬とは予備校時代からの知り合いで、大学の同級生でもあり、さらに映画同好会のサークルも一緒だ。
「メリークリスマス!」と言ってケーキの箱を僕に押し付けた。
「な…なんで?」 と、思わぬ訪問者に目を丸くする相野。
「なんでって、相野くんクリスマスまだでしょ、だからケーキ持って来てあげた」
「いやそうじゃなくて、なんで七瀬が俺の家に…?」
「わたしこの近くでケーキ売ってたからさ。 ほら、商店街の端っこのケーキ屋あるでしょ。 あそこでバイトよ。 で、あんまりケーキ売れなくて…余ったスポンジ使ってわたしが作った。」
「え…七瀬が?」
「そうよ、どうせ相野くんは、今年もバイトで忙しくて、クリスマスどころじゃないと思って、わたしもさっき仕事が終わってバイト仲間と飲んでたから、ちょうど近くだし、寂しい相野くんを慰めてあげようと思って。」
「なんだそれ 寂しいは余計なお世話だよ」 と、腕を組んで舌打ちをする俺の横をすり抜けてそそくさとブーツを脱いで勝手に部屋に上り込む七瀬。 そばを通った時に微かにアルコールの匂いがした。
「あ~部屋あったか~い。外でのケーキ売りはマジ寒かったっすよ~」と言いつつ勝手に冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出し「ビールもらうね~」と言いながらもすでに栓を開けてゴクゴク飲んでいる。
「ぷは~ やっぱあったかい部屋で飲む泡はうまいわ~」と言って、勝手に部屋に座ってくつろいでいる。
「お前はオッサンか!」と、ツッコミを入れつつ、相野ももう一本冷蔵庫から缶ビールを取り出しコタツに入ってからプシュッと栓を開けゴクッと一口飲む。 七瀬は酔いが少し回ってるようだった。
「ねぇ、ケーキ食べてみて、おいし~から」と七瀬はまたも勝手に台所から包丁を持って来て、白いクリームにイチゴが数個置いてあるだけのシンプルなケーキに包丁を入れた。
それを100円ショップのお皿に乗せ、俺の前に差し出す。 相野の部屋にはケーキ用のフォークなんてものはないので、手づかみで一口食べた。
「うん、、うまい。意外とイケるね」
「でしょ~でしょ~、やっぱわたしパティシエの才能あるよね~ 意外とは余計だけど」
七瀬は相野の部屋で上着を脱いでコタツに入り、缶ビール片手にチキンまでつまんでいる。
「そういえば相野くんってば、例の片想いの彼女に告白したのかね?」と七瀬が酒の勢いで
答えにくいことを平気で聞いてきた。 相野は飲みかけたビールを吹き出しそうになった。
「し…してね~よ」
「やっぱりね~ ホ~ホッホ どうせおヌシはフラれるのが怖くて告れなかったのじゃろう」
サンタの言い回しで、相野をちゃかす七瀬。
「 あ~そうだよ、七瀬の言う通りフラれるのが怖かったんだよ、悪かったな」
「相変わらず意気地が無いね~相野くんは。 チキンばっかり焼いてるから、中身までチキンに
なっちゃうんだよ。ホ~ッホッホ」
「ちぇっ、タチの悪い酔っ払いサンタめ… それはそうと七瀬だって、クリスマスは彼氏と過ごしたんじゃなかたのか?」と今度は相野が聞いた。
「クリスマスの日に風邪をひいた友達の代打で、急遽ケーキ売りの少女になったの。でもその後もずっとそのケーキ屋でバイト続けることになってさ。だから彼氏とのデートはナッシング!」
「そっか… そりゃ~残念だったね。でもさ、今からでも彼氏のとこに行けばいいじゃん。 こんなとこにいないでさ」と、俺がいうと、七瀬は急にはぐらかすように、「あ~~なにあの写真?」と
カラーボックスの上の写真立てを指差した。 俺は焦った。 「あ! それは…」と言って急いで写真立てを隠そうと思ったが、すでに遅く、七瀬は写真立てを手にしていた。 相野は額に右手を当てて「しまった~」というポーズをとった。
その写真立てには映画サークルのメンバーたちと撮った集合写真で、自分と七瀬が並んでいるところだけ切り取って飾ってあった。 写真立てをボ~ッと見つめて七瀬は「これって…」と言って相野の方を見た。
「あ…いやそれは、なんていうか…」相野はしどろもどろになってごまかそうと思ったが言葉が見つからず、仕方なく覚悟を決めた。
「そうだよ、片思いの相手って…七瀬、お前のことだよ」
と、顔を横に背けながら相野は白状した。
「うそ!? だって…そんなそぶり全然見せなかったじゃない」
今度は七瀬が目を丸くして驚いた。
「なかなか告る勇気がなくて…まごまごしてたら、そのうち七瀬に彼氏ができたっていうから」
「あ、ああ~~… 彼氏ね・・・」七瀬は隠し事が見つかった子供のような顔をして、ポケットから
ケータイを取り出した。 七瀬はコタツをぐるっと回って相野の横に座り、「これ、私の好きな人」と言ってケータイの画像を見せた。 そこには相野の写真が写っていた、「これって…俺!?」
七瀬は恥ずかしそうに小さくうなずいた。
「実はね…相野くんのこと予備校の時からず~っと好きだったんだ」
「えっ、 予備校の時から?」
「そう、だから頑張って同じ大学に入ったんだよ。そしてサークルも。なのに相野くん全然気づいてくれないんだもん… きっと私のことタイプじゃないのかなって思って。だから相野くんに誰か好きな人いるのって聞かれた時に、ちょっと意地悪して彼氏がいるってウソ言っちゃったんだ。
「そうだったのか… 」相野は当時の記憶を探って思い出した。そのあと七瀬に「じゃあ相野くんは誰か好きな人いるの?」って聞き返された時、俺も思わず片思いの人がいるって意味深な答え方しちゃったんだっけ…
「あの時私はすごく落ち込んで、相野くんがその人に告白する前になんとかしなくちゃと焦りまくって、それでクリスマスの日に相野くんバイトするって聞いたから、私もバイトでクリスマスやりそびれた感じにして、相野くんちに手作りケーキ持って行こうかなって思ったんだ。でもいざアパートの前に来ると玄関のチャイム押す勇気がなかなか出なくて、一度コンビニに行って缶チューハイ買ってそれ飲んで勢いつけたんだ。」
「そうか… それで少し酔ってたんだな」
「でも勇気を出して玄関チャイムを押してよかったよ。相野くんの本当の気持ち聞けたし… 私たち実は両想いだったんだね」
「ごめん… 俺が勇気を出して告白していればこんな遠回りしなくて済んだのに」
「いいよ、気持ちわかるから。だって本気で好きになればなるほど臆病になるもの。 それだけ相野くんがわたしのこと本気だったってことだよね。」
と言いつつ七瀬は嬉しそうに相野の胸に顔を寄せる
「ふふ…やっぱりチキンの匂いがする」
「ああ… ずっと焼いてたからね」
「七瀬も甘い匂いがする」
「うん、ずっとケーキ作ってたから…」
お互いが好きだったことがわかって安心したのだろう、仕事疲れと酔いが回って
やがて二人は、狭いコタツで仲良く体をくっつけて、幸せな眠りについた。
来年のクリスマスイヴは一緒に過ごそうね。 2日遅れのメリークリスマス
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「意地っ張り」
他愛もないことで彼女と喧嘩をした。
意見を曲げない君に無神経な言葉を投げつけた僕は、何食わぬ顔でコンビニに立ち寄り、呑気に弁当と雑誌を選ぶ。
嫌いになるならなればいい、僕は間違っちゃいない。
そう自分に言い聞かせて、部屋のドアを閉めるや否や弁当をレンジに入れる。
あったまった弁当を口に頰張る。
一緒に買ったお茶を飲み干した頃には、隠し通せない不安が徐々に鮮明になって来た。
ついあんなことを言ってしまったけど… 大丈夫だろうか。
終わったかな… いや、向こうの出方次第かな。
完全に後悔している自分がわかる。
ベットに寝転び雑誌を手に取る。
気になるのは記事の内容より、横に置いたケータイである。
絶対こっちから電話しない。
誰も見てない部屋で、意味のない強がりを決め込む。
10日後にいつものメンバーが集まる溝ノ口の居酒屋へ顔を出す。
大きなテーブルに、すでに気心の知れた顔が7人座っている。
その中に当然いるであろう彼女はテーブルの一番奥に座っていた。
僕は目が合わないようにす早く目の端で確認し、彼女から一番遠い場所に座る。
僕は彼女を意識しないふりをして、近くにいる仲間といつものくだらない話で盛り上がる。
僕たち大学の映画サークルは、卒業してもこうして時々集まっている。
僕と彼女が付き合っていることはまだ内緒にしているので誰も知らない。
当然、僕も彼女も何もなかったかのように普通にみんなの会話に参加していた。
彼女も何食わぬ顔で、僕の冗談にツッコミを入れたりしている。
あくまでも平然を装う彼女に、僕はほんの少しのイラつきを感じる。
僕たちの集会は終始映画にまつわるくだらない話で盛り上がり、いつもPM10時くらいに解散になる。
僕以外のメンバーは東急線で帰るのだが、僕のアパートは武蔵新城なので南武線で帰る。
武蔵新城は溝ノ口の隣の駅なので、時々夜風に当たりながら駅ひとつ分歩いて帰ったりする。
なので今日もフラフラと南武線沿いの道を歩き始める。 すると後ろからタッタッタッタッ…と軽い足音が近ずいてくる。 わぁっという感じで僕の腕にしがみつき、少し息を切らしながら
「もぉ なんで先に行っちゃうのよ〜っ 」と彼女のふくれた顔が現れた。
「えっ!?」っと、色んな意味で驚く。
素早く冷静を装い、何気ない会話のふりを続行した。
「君は東急線で帰ったんじゃなかったのか?」
「だってさぁ、さっき前田君が言っていたハルストレムの映画、あそこまで言われちゃ確かめたいと思わない? 今からツタヤでDVD借りて観てみようよ」と言った。
「あ…う、うん」 と、僕は引き続き平静を装った返事をする。
僕たちは付き合い始めてから、時々映画のDVDを借りては僕の部屋で鑑賞していた。
いつものように振る舞う彼女は、ケンカをしたことを何とも思ってないのか。 考えてみれば あんな言い合いはいつものことだった。 子供のケンカのように、相手を気にせず言いたいことをぶつける。あの日もそんな感じだったのに。
彼女が特別な存在になってから、いつもの他愛ないケンカの後は不安な気持ちに襲われる。 失う怖さが生まれ始めているのだ。
彼女がいつもと同じように接してくれたので、僕も自然な形でぎこちなさを消すことができた。 彼女は怒ってない…と確信したら、僕の不安は10日ぶりに収まり、心の中で大きくホッとした。
そうとわかれば、僕はいつもの調子を取り戻す。
「じゃあ… ついでにコンビニに寄って何か飲み物でも買っていく?」
と言うと、彼女は弾むような声で「うん」と言って僕の手を握った。
夜空には半分かけた月、僕らの横を黄色い南武線の電車が通る。
街灯で長く伸びる二つの影。
彼女はつないだ手を大きく前後に振って、よくわからない鼻歌を小さく歌う。
彼女もまた、何かを確信して不安から解放されたように思えた。
溝の口駅の近くにある古い商店街。
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今でもまだ有るのかな。。。
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「手離してはいけない大切なもの」
その日、僕は新発売のiPhoneを買うために、会社を定時で出て、池袋のビックカメラの前で並んでいた。整理券をもらっていても、それでも僕の前には30人くらいは並んでいる。 上着の中のスマホを見るとメールの着信ランプが点滅していた。 きっと美鳥からだ。 今日は仕事が終わったら二人で食事をする約束になっていて、僕の家のある駅で待ち合わせをしていた。 さっきメールで、仕事が長引きそうだから、あんまり遅かったら今日はやめにして帰っていいよ。と打って美鳥に送っておいた。 僕は新機種が出るとすぐに飛びつき、旧バージョンを手放す。 七年前の携帯を今でも大事に使っている彼女は、そんな僕に、まだ新品みたいにきれいなのに取り替えるなんて勿体ないといつも言う。 今日もまたそんなことを言われるのではないかと思った。 食事はいつでもできるけどiPhoneの先行販売は今日だけ。心の中で「美鳥すまん…」と、わびを入れ、スマホをマナーモードにし、カバンの奥に押し込んだ。
夜の10時過ぎ。やっと最新のiPhoneを手に入れ、帰宅の電車の中でワクワクしながら小さい手さげ袋を抱えてると、電車が急停車し、車内アナウンスが流れた。 ◯◯駅で人身事故があり、しばらくの間停車するとのこと。 車内がざわついた。 早く返って新機種をいじりたい僕は、このアクシデントに少しイラついた。 もう30分くらい経過しただろうか、車内の暖房が効きすぎて若干暑くなっている。 11時をすぎたあたりで再びアナウンスが流れ、やっと電車が動き始めた。 駅についたのはもう夜中の0時近くになっていた。 改札に向かうと出口の方で美鳥の姿が見えた。 「えっ! なんで待ってんの?」 と、僕は驚いた。とっくに帰っているだろうと思っていたのに。 美鳥は不安そうな表情で、改札から出る人をひとりひとり確認している。
そして僕を見つけ、泣きそうなくらいホッとした顔で、改札を出た僕に駆け寄ってきた。
「よかったぁ 無事で」
「ずっと待ってたの?メール見なかった?」と聞くと、「見たよ、でも駅のアナウンスで事故があったかって言ってたから… それにメールしても返ってこないし、わたし心配で心配で…」
そういえば… スマホをマナーモーででカバンの奥底にしまったのを思い出した。
「ごめんごめん…悪かったよ。 でも大げさだなぁ、電車が止まるなんてよくあることだよ」
そう言いながら美鳥の手を握ると冷え切って冷たかった。
美鳥は小さく鼻をすすりながら、「あなたの手あったかい」と言うと、不安な顔が安堵の表情に変わった。
僕は車内の効きすぎる暖房の中で、新しいスマホのことしか頭になかったのに、美鳥はこんな寒いところで僕のことを思って待っていてくれた。
何の疑いもなく、「遅くまでお仕事大変だったね」と、美鳥が言うと、僕はリンゴのマークのついた小さな手提げ袋を、カバンの裏に隠すように持ち替えた。 そして僕の胸は罪悪感でいっぱいになった。
僕らは駅を出て、春なのにやけに冷える夜道を歩き始めた。
「わたしもうお腹ペコペコ。寒いから鍋にしようよ」
「鍋?って… こんな時間にもう店なんてやってないだろう」
「だからさ、あそこの遅くまでやってるスーパーで材料買って、あなたの部屋で鍋やろうよ、ね。」と、彼女。
「そうだな」と、僕。
歩きながら美鳥の手を握り、軽い嘘をついた自分を反省した。
あとで嘘ついたことちゃんと謝ろう。
さっきまで冷たかった美鳥の手が暖かくなっていた。
そして僕は誓った。 この手は絶対放さないようにしようと。
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Faye Wong-Separate Ways Japanese version