東京の渋谷から原宿の間をつなぐ「キャットストリート」という道路がある。細い道にはたくさんの人が歩いていて、個性的なブランドショップ、古着屋、飲食店などが並んでいる。その中に、ちょっと変わったカフェが誕生した。 自分がドリップすれば1杯70円、店のスタッフが注げば1杯700円、価格差は10倍である。「ははーん、話題を集めるために奇をてらった値付けをしたんでしょ。で、もうかってるの?」などと思われたかもしれないが、この店の狙いは、売り上げの数字ではない。どういうことか? 店の名前は「究極のセルフカフェ モンカフェ」。1杯型のドリップコーヒー「モンカフェ」を製造している片岡物産(東京都港区)が2024年1月に始めたのだ。 入店してからコーヒーを楽しむまでの「流れ」はシンプルである。複数のブレンドから、お客は好みのブレンドを選ぶ→キャッシュレスで決済→スタッフがブレンドに合わせた最適な量のお湯を持ってくる→初めてのお客には、スタッフが「おいしい淹(い)れ方」を説明→あとは、自身のペースで飲む。 メニューは、1杯型のドリップコーヒーのみ。一般的なカフェといえばサンドイッチやパンケーキなども提供しているが、なぜ片岡物産はこのような店を始めたのか。その理由を紹介する前に、商品の歴史を振り返ってみよう。 モンカフェが登場したのは、1984年のことである。「お店で飲むようなおいしいコーヒーを手軽に楽しんでいただきたい」という思いで、商品を開発。当時、1杯型のドリップコーヒーは出回っていなかったので、新しい市場をつくってきた歴史がある。 お中元・お歳暮シーズンによく売れて、売り上げがどんどん伸びていく。しかし、20年後に転機が訪れる。特許が切れたこともあって、大手メーカーが低価格で参入したのだ。 スーパーの棚にたくさんのブランドが登場したことによって、市場が大きくなり、モンカフェもそれなりに伸びていく。ここまではよかったが、パイオニア的なブランドとして市場を引っ張ってきた商品なのに、やがて“異質な存在”になっていくのだ。 ●モンカフェの課題が見えてきた 1杯型のドリップコーヒーの飲み方といえば、キリトリ線に沿って開封し、それを左右に広げる。本体をカップのふちにかけて、お湯を注ぐだけ。スーパーなどで販売している商品の多くは、この方法で飲めるが、モンカフェは違う。フィルターの合わせ目を開き、しっかりと折り曲げる。カップのフチをはさむようにしてセットして、お湯をかけるという流れだ。 多くのメーカーがキリトリ線に沿って開封する商品を投入したことで、消費者はどのように感じているのか。片岡物産が2018年に実施した調査によると、「モンカフェを淹れるのは難しそう」という声が目立ってきた。「使い方がよく分からない」「他の商品よりも高い」この2つの理由から、「飲んだことがない」といった傾向がうかがえたのだ。 さらに、市場環境も悪化していた。特許が切れたころから、お中元・お歳暮の需要が低迷していったのだ。スーパーなどで販売している家庭用の商品は好調だったものの、ギフト用の売り上げは減少傾向にあり、回復させるのが難しい状況だった。 このままではいけない、なんとかしなければいけない、ということで、なにを始めたのか。カフェをオープンすることで、多くの人に「体験」してもらうことを考えたのだ。2019年、東京の恵比寿に期間限定でカフェをオープン。同社にとって、渋谷店は2度目のチャレンジになる。 さて、カフェを1年運営してみて、どんなことが分かってきたのか。店を始めるにあたって「どこに出店するのか」といった問題があった。ターミナル駅などにポップアップストアを出店するのもいいかもしれないし、オフィス街に店を構えるのもいいかもしれない。いろいろ議論していく中で、渋谷のキャットストリートに決めた。 人通りが多いところにポップアップストアを構えると、たくさんの人が寄ってくれるだろう。しかし、スタッフとのコミュニケーションを十分にとれるかどうかといった問題があった。初めて来店したお客には、コーヒーの淹れ方だけではなく、ブランドのことも説明する。わちゃわちゃした環境の中でそのことを説明しても、お客に伝わらないかもしれないと考え、ポップアップストアは見送った。 ●「うれしい悩み」も では、オフィス街はどうか。高い建物がたくさん並んでいるところには、ビジネスパーソンがたくさん働いている。しかし、観光地のように初めて来る人は少ないので、常連客ばかりになるのではないか。これまで飲んだことがない人に「体験」してもらいたいのに、オフィス街では、その目的が果たせないかもしれないと考え、こちらも見送った。 そして、若い人たちがたくさん歩いている渋谷のキャットストリートである。たくさんのお店があるので、そこで働いている人たちがいる。そのお店を目当てに、遠くからやって来る人もいる。モンカフェを体験してもらうには“いい場所”かもしれないと思い、出店した。 で、結果はどうだったのか。これまでのところ、新規客が8割、リピーターが2割だそうだ。この数字をどう見ればいいのか。判断が分かれるところだが、カフェを担当している藤原啓史さんは、次のように課題を語った。 「コミュニケーションを十分にとるために、スタッフはお客さまに丁寧にお話させていただいています。そのことは評価されていますが、そうしたやりとりが心地よいためか、店の雰囲気が既存のカフェのようになってきました」 お店のスタッフとお客の関係がよいということなので、悪い話ではない。一般的なカフェであれば喜ばしいことだが、体験を目的としたカフェとしては「うれしい悩み」といったところだろう。 ●1杯700円を払っている割合 最後に、気になることをひとつ。自分で淹れたら70円、スタッフが淹れたら700円になるわけだが、どのくらいの人がスタッフに頼んでいるのだろうか。 藤原さんに聞くと、「全体の2%ほどが淹れてもらっていますね」という。普段、自分で淹れるコーヒーとスタッフが淹れるコーヒーの味には、どのくらいの違いがあるのか。答え合わせをするような形で、スタッフに淹れてもらう人が多いようだ。あとは、外国人も注文するケースが目立つという。 価格差を10倍に設定した理由として、「モンカフェは高い」と思われていることが関係している。とあるスーパーを視察すると、モンカフェの「オリジナル珈琲(キリマンジャロブレンド)」は8袋入りで430円。その隣で販売していた大手のコーヒーは9袋入りで430円。1杯当たりの価格はモンカフェが54円、大手が48円。少し高いものの、ものすごく高いというわけではなかった。 しかしで、ある。アンケート調査では「高い」という結果がでているので、そのイメージをなんとかしなければいけない。カフェで飲んで「1杯70円」であれば、お客は安く感じるのではないだろうか。おいしいコーヒーには価値があるんですよ、決して高くはないですよ。こうしたことに気付いてほしい、という狙いもあるようだ。 自分で淹れることは手間なのか、それとも楽しいことなのか。カップのふちにセットしたフィルターは、そんな問いをそっと“注いで”いるようだ。 (ITmedia ビジネスオンライン) |
おもしろいですね。
スケール持ち込んで、4:6メゾットで淹れてみては(笑)
でも70円と700円の差は出るのでしょうか。