7
森に金属質の轟音が響く。衝撃波を引きずって何かが飛びぬける。
チャペック軍曹は見た。レーザではない。ロケット弾でもない。けれどその一撃は、ナッツロッカーの重装甲を撃ち抜いて完全に沈黙させていた。森の中にあがる煙はもはや動かないナッツロッカーから噴出すものだ。撃破はされた。けれど完璧に任務ははたした。敵の火力を引き受け敵を引きずり出すことだ。
「行くぞ!」
ここからは軍曹たちの仕事だ。だが抽象的過ぎる要求は、グローサーフントを惑わせてしまう。
「第一小隊グローサーフントは前進!肉薄攻撃を実施せよ」
見通しの効かない森ならば、それこそが勝ち目だ。たとえ敵にナッツロッカーを一撃で沈黙させる威力があるとしても、それだけでは決定的な違いではない。軍曹に従う四機のグローサーフントから、それぞれに了解符号が届く。そして地を蹴り、グローサーフントは駆ける。機械の脚で藪を押し割り、機械の腕で枝を跳ね除け、下生えを蹴って森をさらに奥へと進む。
犬どもを横目に軍曹もまた森を駆けた。軍曹には軍曹の役割がある。グローサーフントを誘導して適切に敵との戦闘を行わせることだ。慎重に回り込んで敵のいるだろうあたりの、側面へと向かう。
グローサーフントの戦闘人工知能はそれまでのもの―たとえばナッツロッカーよりもすぐれたものだが、自己の仕様にあわせて状況を曲解したがる癖は変わらない。だから無人機の誘導者 ‐ ハンドラーは適切に状況フレームを提示して、認識を支援してやらなければならない。そのためには軍曹自身が状況をよりよく認識しなければならない。人に楽をさせる兵器はまだ開発されていない。
軍曹は足を止めた。砲声が響く。火薬砲のような重くとどろくものじゃない。いきなり金属質の衝撃波が鋭く響く。敵の姿が森の中にある。低く身構えるその形は一瞬、スーパーAFSに似た何かだと思えた。だがすぐにわかった。似ているのはその機体のほんの一部だ。全体の形も構えもまったく違う。四方にそれぞれ細く長い脚を伸ばした、四本足の姿だ。情報は知っていた。敵である独立地球傭兵軍の重装甲戦闘服だ。その前面はスーパーAFSに良く似ているが、似ているのはそこの形だけだ。背後に続く大型の機関部や、伸びた四つ足はすでに服の形ですらない。四つの脚を器用に繰って、滑るように真横に動く。
四つ足は二機いた。互いにやや距離をとって並ぶのは、臨機の阻止線を作っているからだ。二機はそれぞれ機体の右側に大型の兵装を備えている。二機の四つ足はその砲を放った。
砲口から衝撃波が輪となって広がり、唸りを上げて砲弾が飛ぶ。森の木々の間を短く飛びぬけ地へ突き刺さる。大きく土柱が上がる。土くれを浴びながらグローサーフントは駆ける。白の12号機だ。機体に描いた白抜き文字ですぐにわかる。白の11とペアを組ませた機体だ。だが四つ足は再び発砲する。
こんどは違えなかった。森の中に金属の軋る音が響く。白煙が上がり、機械の腕が吹き飛ばされるのが見える。応射もあった。ペアのもう一機、白の11が森の中で足を止め、レーザを撃ち返す。だが小隊のグローサーフントは二機だけではない。もう二機、白の13と白の14がいるはずだ。
軍曹が誘導するまでもなかった。二機の大柄な姿が不意に森から飛び出してくる。指示の必要すらなかった。異形の頭部を敵へと向け、餓えた野犬のように森を駆ける。四つ足の動きはわずかに遅れた。広げた脚を繰り動かしてグローサーフントへと向き直る。右脇に備えた砲を向ける。
砲声がとどろく。衝撃波が飛びぬける。グローサーフントは強く地を蹴った。
『!』
装甲同士の打ち合う響きが森を渡る。二機の異形はぶつかり合っていた。四つ足の機体はかしぎながら押し込まれている。後ろ脚の二本は地を踏み続けていたが、前の二本は浮き上がり宙を掻くようだ。砂地でも沈まない広い接地面が扇のように振られる。その前脚を押し上げるようにグローサーフントの大柄な姿がある。
それは奇妙な拮抗だった。残りのグローサーフントと四つ足が撃ちあい、周りにレーザと砲撃とが飛び交い始めても、二機は押し合いから退かずにいた。互いに退けなかったのかもしれない。
四つ足は大きく身を揺する。グローサーフントも抗う。その機械の右腕は四つ足の機体に掴みかかり、レーザ砲を埋め込んだ左腕はけれど四つ足を支えるのに手一杯だ。それでも闇雲に閃光を放つ。四つ足の脇をすり抜け、森に突き刺さる。四つ足も押し込まれる形ににかしいだまま、砲を放った。
砲弾は森の天蓋だけを貫いて、青空に飛び去る。だが同時に、砲口の衝撃波がグローサーフントを打ち据えていた。揺らぐその姿へ向けて、四つ足は前脚を共に大きく振り上げる。鋭く振り下ろし突いた。一度、そしてもう一度と上から蹴りつける。三度目の蹴りでグローサーフントはしりもちをつく。
その隙をついて、四つ足は後ろ足をたわめ退く。そして鋭く振り下ろす。突いた。目前のグローサーフントを上から蹴りつける。一度、そしてもう一度。三度目の蹴りでグローサーフントはしりもちをつく。だがグローサーフントはその左腕を振り上げる。四つ足は後ろ足をたわめて退いた。砲を向ける。そして放った。
閃光もほとばしる。それは爆発の光ではなかった。正面から光を受けて、四つ足はがっくりと突っ伏す。音を立てて何かが吹き飛んだ。乗り込みハッチなのだろうとチャペック軍曹は思った。
「バーダー!小隊第二列は援護しろ」
『射界を取れない。前進する』
目の前にいる敵は一機の四つ足だけだ。もちろん今相対しているだけが敵の全てでもない。だからこそ、こちらの数が有意であるからこそ、押し込み、討ち取れる時に討ち取らねばならない。
『ドナート、目標正面!』
『目標確認!四つ足!』
『パンツァーシュレックようい!』
撃て、の鋭い命令と共に、森から白煙が噴出した。小さく炎をひいて鋭く駆け抜ける。吸い込まれるように木々の間に突き刺さる。爆発が巻き起こる。続けてもう一発のパンツァーシュレックが撃ち込まれる。
『はずした!』
『レーザ射撃用意!』
わめき散らす通信を聞きながら、チャペック軍曹は胸元のマルチディスプレイへと目を落とす。指揮下のグローサーフントは一機、白の12が沈黙し、反応が無い。四つ足に撃破された機だ。残りの三機は戦闘が可能だ。その三機は、注意音を発振した。下位端末から上位管理者へ情勢の変化を伝えるものだ。
『小隊長!前方に反応!』
小隊のバーダー伍長も警句を発する。チャペック軍曹は顔をあげた。森の中に、もはや見慣れた衝撃波の輪が広がる。唸りをあげて砲弾が飛び去る。木々の狭間に四つ足のまろい姿が見える。
「第一小隊グローサーフントは、パンツァーシュレック統制射撃ようい!」
敵に救援が現れたというわけだ。だが敵の戦力の全貌はおよそ見えている。この森に増援が送られてこない限り、叩けばその分だけ減ってゆく。手ごわい敵ならばこそ、失えばその損失も大きい。
「撃て!」
それを狩るのは軍曹らの任務だ。
森に金属質の轟音が響く。衝撃波を引きずって何かが飛びぬける。
チャペック軍曹は見た。レーザではない。ロケット弾でもない。けれどその一撃は、ナッツロッカーの重装甲を撃ち抜いて完全に沈黙させていた。森の中にあがる煙はもはや動かないナッツロッカーから噴出すものだ。撃破はされた。けれど完璧に任務ははたした。敵の火力を引き受け敵を引きずり出すことだ。
「行くぞ!」
ここからは軍曹たちの仕事だ。だが抽象的過ぎる要求は、グローサーフントを惑わせてしまう。
「第一小隊グローサーフントは前進!肉薄攻撃を実施せよ」
見通しの効かない森ならば、それこそが勝ち目だ。たとえ敵にナッツロッカーを一撃で沈黙させる威力があるとしても、それだけでは決定的な違いではない。軍曹に従う四機のグローサーフントから、それぞれに了解符号が届く。そして地を蹴り、グローサーフントは駆ける。機械の脚で藪を押し割り、機械の腕で枝を跳ね除け、下生えを蹴って森をさらに奥へと進む。
犬どもを横目に軍曹もまた森を駆けた。軍曹には軍曹の役割がある。グローサーフントを誘導して適切に敵との戦闘を行わせることだ。慎重に回り込んで敵のいるだろうあたりの、側面へと向かう。
グローサーフントの戦闘人工知能はそれまでのもの―たとえばナッツロッカーよりもすぐれたものだが、自己の仕様にあわせて状況を曲解したがる癖は変わらない。だから無人機の誘導者 ‐ ハンドラーは適切に状況フレームを提示して、認識を支援してやらなければならない。そのためには軍曹自身が状況をよりよく認識しなければならない。人に楽をさせる兵器はまだ開発されていない。
軍曹は足を止めた。砲声が響く。火薬砲のような重くとどろくものじゃない。いきなり金属質の衝撃波が鋭く響く。敵の姿が森の中にある。低く身構えるその形は一瞬、スーパーAFSに似た何かだと思えた。だがすぐにわかった。似ているのはその機体のほんの一部だ。全体の形も構えもまったく違う。四方にそれぞれ細く長い脚を伸ばした、四本足の姿だ。情報は知っていた。敵である独立地球傭兵軍の重装甲戦闘服だ。その前面はスーパーAFSに良く似ているが、似ているのはそこの形だけだ。背後に続く大型の機関部や、伸びた四つ足はすでに服の形ですらない。四つの脚を器用に繰って、滑るように真横に動く。
四つ足は二機いた。互いにやや距離をとって並ぶのは、臨機の阻止線を作っているからだ。二機はそれぞれ機体の右側に大型の兵装を備えている。二機の四つ足はその砲を放った。
砲口から衝撃波が輪となって広がり、唸りを上げて砲弾が飛ぶ。森の木々の間を短く飛びぬけ地へ突き刺さる。大きく土柱が上がる。土くれを浴びながらグローサーフントは駆ける。白の12号機だ。機体に描いた白抜き文字ですぐにわかる。白の11とペアを組ませた機体だ。だが四つ足は再び発砲する。
こんどは違えなかった。森の中に金属の軋る音が響く。白煙が上がり、機械の腕が吹き飛ばされるのが見える。応射もあった。ペアのもう一機、白の11が森の中で足を止め、レーザを撃ち返す。だが小隊のグローサーフントは二機だけではない。もう二機、白の13と白の14がいるはずだ。
軍曹が誘導するまでもなかった。二機の大柄な姿が不意に森から飛び出してくる。指示の必要すらなかった。異形の頭部を敵へと向け、餓えた野犬のように森を駆ける。四つ足の動きはわずかに遅れた。広げた脚を繰り動かしてグローサーフントへと向き直る。右脇に備えた砲を向ける。
砲声がとどろく。衝撃波が飛びぬける。グローサーフントは強く地を蹴った。
『!』
装甲同士の打ち合う響きが森を渡る。二機の異形はぶつかり合っていた。四つ足の機体はかしぎながら押し込まれている。後ろ脚の二本は地を踏み続けていたが、前の二本は浮き上がり宙を掻くようだ。砂地でも沈まない広い接地面が扇のように振られる。その前脚を押し上げるようにグローサーフントの大柄な姿がある。
それは奇妙な拮抗だった。残りのグローサーフントと四つ足が撃ちあい、周りにレーザと砲撃とが飛び交い始めても、二機は押し合いから退かずにいた。互いに退けなかったのかもしれない。
四つ足は大きく身を揺する。グローサーフントも抗う。その機械の右腕は四つ足の機体に掴みかかり、レーザ砲を埋め込んだ左腕はけれど四つ足を支えるのに手一杯だ。それでも闇雲に閃光を放つ。四つ足の脇をすり抜け、森に突き刺さる。四つ足も押し込まれる形ににかしいだまま、砲を放った。
砲弾は森の天蓋だけを貫いて、青空に飛び去る。だが同時に、砲口の衝撃波がグローサーフントを打ち据えていた。揺らぐその姿へ向けて、四つ足は前脚を共に大きく振り上げる。鋭く振り下ろし突いた。一度、そしてもう一度と上から蹴りつける。三度目の蹴りでグローサーフントはしりもちをつく。
その隙をついて、四つ足は後ろ足をたわめ退く。そして鋭く振り下ろす。突いた。目前のグローサーフントを上から蹴りつける。一度、そしてもう一度。三度目の蹴りでグローサーフントはしりもちをつく。だがグローサーフントはその左腕を振り上げる。四つ足は後ろ足をたわめて退いた。砲を向ける。そして放った。
閃光もほとばしる。それは爆発の光ではなかった。正面から光を受けて、四つ足はがっくりと突っ伏す。音を立てて何かが吹き飛んだ。乗り込みハッチなのだろうとチャペック軍曹は思った。
「バーダー!小隊第二列は援護しろ」
『射界を取れない。前進する』
目の前にいる敵は一機の四つ足だけだ。もちろん今相対しているだけが敵の全てでもない。だからこそ、こちらの数が有意であるからこそ、押し込み、討ち取れる時に討ち取らねばならない。
『ドナート、目標正面!』
『目標確認!四つ足!』
『パンツァーシュレックようい!』
撃て、の鋭い命令と共に、森から白煙が噴出した。小さく炎をひいて鋭く駆け抜ける。吸い込まれるように木々の間に突き刺さる。爆発が巻き起こる。続けてもう一発のパンツァーシュレックが撃ち込まれる。
『はずした!』
『レーザ射撃用意!』
わめき散らす通信を聞きながら、チャペック軍曹は胸元のマルチディスプレイへと目を落とす。指揮下のグローサーフントは一機、白の12が沈黙し、反応が無い。四つ足に撃破された機だ。残りの三機は戦闘が可能だ。その三機は、注意音を発振した。下位端末から上位管理者へ情勢の変化を伝えるものだ。
『小隊長!前方に反応!』
小隊のバーダー伍長も警句を発する。チャペック軍曹は顔をあげた。森の中に、もはや見慣れた衝撃波の輪が広がる。唸りをあげて砲弾が飛び去る。木々の狭間に四つ足のまろい姿が見える。
「第一小隊グローサーフントは、パンツァーシュレック統制射撃ようい!」
敵に救援が現れたというわけだ。だが敵の戦力の全貌はおよそ見えている。この森に増援が送られてこない限り、叩けばその分だけ減ってゆく。手ごわい敵ならばこそ、失えばその損失も大きい。
「撃て!」
それを狩るのは軍曹らの任務だ。