はーい続きです。今日は後編ですよ。前編は、江坂~東三国まででした。
東三国のところで書いてなかったんですけど、ここってほんとうに飛行機がしょっちゅう上空を通過する街なんですね。私が歩いている間にも、何度も「ぐおおおおおお」って爆音がして、上空を飛行機(ANAとかの旅客機)が通過していくという。地図を見ると、ちょうど、大阪国際空港(伊丹空港)に飛行機が降りていくコースの真下に位置してて、それで。
そのこと(しょっちゅう飛行機が飛んでる)にまつわる話を2つ、aiko bonの中に
見つけることができます。
ひとつは、東三国は、aikoの学校は、中学校も高校も、(飛行機の音がうるさいから)窓を全部閉め切っていなきゃいけないっていうのがあって、それで、冷房完備だったそうなんですね。
だから、授業中は涼しいけど、一歩廊下に出ると「もわっ」と暑いと。
aikoはそのことをよく覚えていて。
その感じが「アスパラ」の歌詞に「アイスが溶けて~」になって出てくるのやろなぁ、って書いてる。
「アスパラ」も大好きな曲のひとつなんですよねー。いかにもaikoらしい、名曲中の名曲です。例えば、外国人にaikoのことを説明するために、aikoの曲を聴かせるとしたら、ひとつにはこういう曲を選んだらいいんだと思う、っていうか。
まず、「夏!」って感じでしょ。歌詞を追うだけで、当時のaikoの学校の情景がアタマの中に鮮明に再生されるようです。それも、情景が「気丈に」っていうのかな、淡々と描かれていて、曲はちょっと跳ねたような明るいノリなんですけど、
バックの心象風景を想像するとすごく切ないっていう。
そして、そうやって展開してきた情景が最後にどんでん返しされるんです。「汗のとまらない1時の廊下おもわず目を閉じた夏の日」ってね。見事としかいいようがない。
これがカップリングですから。aikoの歌はc/wも聴かないとモッタイナイですよ!「アスパラ」は、3rdアルバム「夏服」にも入っているっていう、aikoにしてはちょっと珍しい入れ方なので、アルバムそろえても聴ける歌なんですけどね。
もうひとつは、「あなたと握手」っていう曲。
~ビルの窓に黄金のお月様 両手の三角でつかまえた♪
っていうところがあります。最初の最初のところですね。この「両手の三角」が、aikoが子供の頃によくやってた行動なんだって。aikoの学校は、しょっちゅう飛行機が上空を通過するので、みんながこれを「両手の三角」で捕まえる、っていうのがすごくはやって。禁止令が出るくらいw
「飛行機を見つけたら三角作って、パンパンって2回拍手すんの。それを100機やったら願い事がかなうっていうんで、朝礼のときとか飛行機が飛ぶとみんなやってて。かなり異様な光景やったと思いますよ」
だって。
こんだけしょっちゅう飛行機が飛んでたらそういうこともあるかもねw
思ったんですけど、こういうしきたりっていうか、子供の流行って、世代を超えて受け継がれるってことあるじゃん。いまの宮原中の生徒たちは、やってるんですかねー?
そんなことを思いつつ、上空の飛行機をパチリ。いいことあるかも?
「ジェット」とか「飛行機」とか、飛行機にまつわる歌が多いのも、aikoのそういう小さな頃の体験があったからなのかも、とおもったりします。
■三国
次は「三国」。aikoが住んでた「東三国」からは、歩いて20分くらいはあるかな?
毎日いくとしたら自転車が欲しいくらいの、少し離れた街ですね。
「江坂」や「東三国」は、地下鉄御堂筋線の駅ですが、「三国」は、並行に走っている阪急電車の駅です。
aikoにとっては、「住んでたわけではなかったんですけど、学生時代にいっつも遊んでた思い出深い街」ということになるんだそうですね。
けっこう歩いて・・・やってきました!
阪急三国駅。例のMusicLoversの番組も、三国駅の前からロケが始まるわけですが、
―(三国駅のBGM)変わらない~街並~
aiko「もう変わってしまいましたねw
aiko「激変ですよ!w
aikoがいた頃は、
こんな駅舎だったんだって。
aiko「友だちがみんなここら辺に住んでるんですよ。同級生が。
aiko「もう大人になって!マンション買うたりとかしてw
―20年たつとそうなるんですねー
aiko「そうなるんですよーもー
この三国駅の近くには、「三国駅」の歌に出てくる、
変わらない~街並み~ あそこのーボウリング場~♪
っていう「あそこのボウリング場」がかつてはあったのですが。
「新三国アルゴ」。今はもう潰れてしまったんだそうで。残念!
「あそこのボウリング場」がどこか、については諸説あるそうなのですが、7/17のライブのMCでも、「あそこのボウリング場はもう潰れてしもうたんですよ(´Д`)
って言ってたし、「Loveletter/4月の雨」のおまけラジオCDでも「潰れてしまった」ってaiko自身が言ってるんで、もう間違いないですねー
「あそこのボウリング場」は「新三国アルゴ」ですね。
「aiko bon」が出た頃はまだあったので、そのボウリング場でボウリングしてるaikoの写真がいっぱい掲載されてますよw
本当によく遊んだボウリング場みたいです。
「二人」に出てくる、「後ろに立ってる観覧車」っていうのはどの観覧車なんですかね?
ということで「あそこのボウリング場」はパス。「サンティフルみくに」っていうアーケード商店街にいってみました。
今は「シャッター商店街」っていって、昔ながらの商店街が振るわなくなって、ゴーストタウンみたいになっているっていう話をよく聴くし、実際地方を歩くとそういう光景をよく目にしますが。そのあたりも昭和と今を比べたら大きく違う風景ですよね。昭和の頃の商店街は、もっと活気があったんですよ。
当時は、「大規模小売店舗立地法」っていう法律があって。「大店法」「だいてんほう」ってよくニュースでやってましたけどね、敷地面積のでかい店舗が自由に乱立できると、零細の商店が圧迫されてしまうので、これを厳しく規制する法律があったんです。
が、規制緩和の流れで、これが2000年くらいに廃止になって。それから便利なでっかいお店が各地にいっぱいできるようになって。それで、昔ながらの商店街は、どんどんシャッター通りになっていきました。
なのですが、ここの商店街は、元気そうに見えました!
頑張って欲しいものですよね(`・ω・´)
ここには、aikoがよくCDを買いに行ったっていうお店があります。「GARO」っていう。
MusicStationにも出てきたよ。
商店街の入り口からちょっといったところにありました。
「シアワセ」「まとめ」のポスターや、aikoのサインがありました。今も元気に営業しているみたいですねー!
こないだラジオでやってたのですが、aikoが初めて買った「日本人アーティストのCD」は、光GENJIの「光GENJI」だったんだって。その頃はもうCDがあったんだねー。
思えば、CDも息の長いメディアだなあと思います。CDの前はレコードだったり、カセットテープだったりしましたもんね。aikoはCDに思い入れがあるのも、aiko自身の、好きなアーティストのCDを楽しみに買って聴いてた体験があるからなんだと思います。配信をやらずに、手作り感のぬくもりのある工夫をすっごいちりばめたCDをいつも出してくれるでしょ。aikoが当時嬉しかったのと同じように、ファンが喜んでくれるようにって。
なんてすばらしいアーティストなんでしょう(´Д`) ←こればっかりだねw
商店街にあったポスター。
夏の星座にぶらさがって 上から花火をみおろして~♪
ご存知「花火」ができるきっかけになった花火大会のポスターですよ。もう25回になるのかー
この花火大会も1回はいってみたいね。十三の淀川の河川敷で毎年行われるそうです。
商店街戻って、三国駅へ。阪急電車に乗って、次の目的地「庄内」へ向かいます。
阪急電車といえば、28thシングル「ホーム」ですよね。映画「阪急電車 ~片道15分の奇跡~」の主題歌に起用されています。
このジャケット写真は、どこで撮られたんでしょうね?
三国駅?どうも違うっぽいなー;
NHK「SONGS」プレミアムで、aikoが阪急電車の思い出を話してるのがあります。毎日同じ時間に、梅田から庄内に帰ってたそうなんですね。そしたら、いっつも職人さん風情の姿勢の正しい3人組のひとを見かけて、それで、「この人らも仕事終わったんやお疲れさま」っておもってましたって。aikoっておもしろいですよね。発想や視点が新しいというかw
再び路線図。
「庄内」は、「三国」の隣の駅です。「梅田」からもけっこう近いですねー
実は私、この路線、小学生の頃に通ったことがあります。「三国」も通ったの覚えていますよ!友だちが大阪の「箕面」ってところに引っ越して、夏休みに遊びにいったんです広島から。
このとき
当時の三国駅は、きっとまださっきの古い写真の頃でしたよ。降りてないから知らないけど。時間っておもしろいですよね。当時は、30年後にまたくることになる(それもaikoで)なんてもちろん思ってなかったけど、いろんな偶然があるもんだなあと。
その友だち、今はどこでなにしてますかねー
懐かしいなー
■庄内
というわけでやってきました庄内の街。ここはaikoが短大時代を過ごした街です。高校を卒業して、ひとり暮らしを始めたんだってね!
駅のそばに「豊南市場」があります。NHK「SONGS」の冒頭でaikoが訪問していましたね!
aiko「ここは、初めて一人暮らしをした街で
aiko「もういろんなことを
aiko「あのーここでその、歌手になりたくて
aiko「どうしたらなれるんだろうって、スゴイ悩んだり
aiko「こう・・友だちといっぱい遊んだりしたメチャメチャだいじな街ですね
番組でここをaikoが訪ねたのは「14年ぶり」だったんだって。そのときにでてきた八百屋の元気のいいおばちゃんもいらっしゃいましたよと(・∀・)
「SONGS」のこのシーンの最後の方で、みんなに「バイバーイ(・∀・)ノシ」ってしながら市場を出ていくシーンがありましたが、あそこはここの自転車置き場でした。
aiko「毎日歩いて阪急電車に乗ってバイトに行っていました」って。
歩いてるとこんなお店が。
「音大生(女子)は割引いたします」だって。学生の街、って感じですよねー
大阪の下町って感じですよね。キリギリスをいれた虫かごつるしてるお店があったり。「ちょん、ぎーす!」って声が聞こえるのw
阪急電車の線路。
aikoがいってますが、aikoのマンションは大家さんが田中さんの「タナック」っていうマンションで、「国道176号沿い」だったそうですね。短大にはこの線路を渡っていくことになります。
短大は駅からちょっと歩きます。10分くらい?
「音大どおり」を歩いて、見えてきたのは、立派なオペラハウス。aikoがいた頃はなかったって。
で、ここが大阪音楽大学です。短大も併設してるんですねー
あんまり学校の周りをうろうろしてるとヘンタイだと思われそうなので、早々に切り上げるw
平日でしたが、学生のひとはほとんどいませんでした。夏休みなんかなもう?
aiko bonとかに書いてありますが、aikoは音大自体からはあまり音楽のことでインスパイアされるようなことはなかったみたいです。やっぱり情熱と才能と努力!
aikoは、東京に出るまでは、ずっと庄内にいたのかな?「雨の日」「雨降るオーバーオール」なんかは、「庄内で書いた」そうですよ。
…っていう感じで、今回のたびはおしまい。新大阪駅に向かいました。
途中、「南方」っていう駅で降りて、土手に上って、淀川をパチリ。
淀川ってでかいですよね。東京でいうと荒川みたいな感じの川幅か。河川敷には、野球場がずらりと並んでて。8月にはここであの「花火」大会が開かれるんですねー
…帰りの新幹線の車内で、aikoからメールがきました。「ゆきちゃん。。。」ってタイトルのw
>大阪ライブ4公演終わりました
>いろいろいろいろあったライブでした
>いろいろいろいろあったせいで、約3時間40分位やっちゃったの・・・
>ごめんなさい!
>
>私の声も最後は出し過ぎて高校時代の体育祭の応援団の様でした。。。
>ひぃ~~~
>
>でも、会場に来てくれたあなたのお陰でとても大切な時間を過ごすことが出来ました
>本当にありがとございました
っていう、ほんとうは絵文字デコ絵てんこもりの!新幹線の座席らしい写真つきでね!
aikoはグリーン車なんですよね。同じくらいの時間の新幹線で、東京に戻ったんだと思います。
aikoおつかれさま(・∀・)ノ
また必ず会おうねー(´Д`)
さて。
「僕らの音楽」っていう番組で、鳥越俊太郎とaikoが対談しているのがあります。2004年5月ですね。この番組、いいんですよねー。
aikoの音楽や、ライブや、ファンに対する思いや、どういうふうに考えてるか、どういうふうなことを「したい」「なりたい」とおもってやっているか、aiko自身の言葉で語られていて、すごく伝わってくるものがあります。歌コーナーもあるしね!
このとき、aikoは鳥越さんからひとつ質問されてて。
―10年後のアーティスト、aiko、どうなってます?わかりますか、いえますか
aiko「えー
―10年後っていったら、39か、うん39だね!
aiko「いやー39やってw
aiko「なにしてんのやろ・・・考えたこともないですねー
―まぁ当たり前だよねw
aiko「イヒヒヒヒヒ~(笑顔) ←かわいい(´∀`*)
―30も考えてないのにね
aiko「そうwあはは
aiko「でも39~。元気やったらいいなとおもいますね。健康やったら。
aiko「健康やったら、あのー、きっと、そのー、うたうこともー、やっぱ自分の中でいちばんに
考えてることだと思いますね。うん。
―あのー、今日思ったんだけど、あなたの場合、その、明るく、その、あなた自身も明るいんだけど
―ひとをみんな明るくしてくれるよね。気持ちよく。すごく。
aiko「そうですかw(照れる笑顔 ←かわいい(´∀`*)
―それ特長だよね
aiko「ああ、よかったー
―きっと、10年後も、なにもなければ
aiko「うん!(深くうなずく) ←かわいい(´∀`*)
―このままで、いられる?
aiko「うん、そうですねー。うん。(そんなふうにして)いたいですねー
このときの「10年後」は、2014年。来年にあたります。
aikoはぶれない。
元気に健康にいて、歌と、aikoを、ファンに届け続けてくれたら、うれしいなと思います。
ではまた!