「北極大変動 第1集」。途中から見たんで詳しくは書けないんです。再放送見なきゃ。
要するに、温暖化してて北極の氷が溶け始めてるぞ!という内容です。実際こうして映像と解説付きで見せられると何が起こりつつあるのかというのがとてもよく理解でき戦慄します。こういう話って、話には聞いてると思うんですが、言葉じゃなかなか伝わらないんですよね。映像の力はすごいと思います。
ほんの20年くらいまでの北極の映像。氷は分厚くて、砕氷船でも進むのがやっと。
割れて断面があらわになる氷の厚さは2mとか3mとか。
なのに今は75cm。高緯度はまだ大丈夫ですが、少し緯度が下がると夏は氷がまばらに浮いてるだけになってます。ちょっと前まではびっしり分厚い氷だった場所が、です。地球という星の時間感覚では数億年とかで起こる変化が、ここ数十年とかの間で起こってるとか。
ショッキングだったのは、氷が溶け出してやばいなら、人間が二酸化炭素の排出量を減らして、とりあえず今以上に氷が溶けるのを防ぐようにしたらいいじゃん、では済まないということです。
氷が溶け出すことにより、氷そのものが動きやすく流動的になることで、より溶けやすい状況を作り出していたり、氷が薄くなったために、氷の下へ日光が到達できるようになり、植物性のプランクトンが氷の下で光合成できるようになって、二酸化炭素を大量に放出するようになってたり、永久凍土が溶け出すことで、その中に今まで身を縮めこませて住んでいたミクロな生物がのびのび大量繁殖できるようになって、それらの生体活動(呼吸?)で、やはり膨大な二酸化炭素が放出されるようになってると。
要は人間がちょっとやそっと努力したところで、止められない大きな流れがもうできてしまってるんではないかと。覆水盆に返らずっていうか。雪崩も最初は小さいきっかけなんでしょうけど、発生してしまったら誰にも止められないみたいな。何億年もかけて立て続けてきてるドミノを、小さな子供がちょろっと登場してダーっと倒しちゃったようなもんで、倒れ始めたらそうは止まらないです。トリガー引いちゃったのは私たちですよ、みたいな。
そのことを示す事実が北極で起こっています・・・
象徴的に、ホッキョクグマが絶滅の危機を迎えているという内容も織り交ぜられて。スバールバル諸島付近で、シロクマ親子に発信機をつけて、行動を調べます。氷が溶ける夏、ヘリコプターで探します。途中、シロクマの子供の死体が。外傷が無いから飢えだろうと。
NHKの取材班が直々に発信機つけるところに立ち会ったシロクマ親子。氷があるうちはあっちこっち氷の上を動いてる様子がわかるのですが、氷が溶ける季節、発信機の信号が1点で動かなくなってしまいます。
1ヶ月、2ヶ月・・・点が動かない。取材班は、「ついに再び発見することはできませんでした」と言ってますが、視聴者にもどうなったか察しはつきます。
じーっと停止したまま動かない、シロクマ親子の位置を示す地図。悲しい気分です。
別のシロクマ親子は見つかりました。陸の孤島の岩場で、時々打ちあがるクジラの死体とかを待ってるより他にない様子のシロクマ。氷がなくなると、アザラシとか捕まえられなくなってこうなっちゃうんだそうです。
こういう事実をきっちり理解して、危機感を持って行動している人はもういます。ノーベル平和賞のゴアさんとかね。サミットで国と国同士が話し合って、二酸化炭素の削減目標を決めましょうとかやってますし。
途上国の言い分もあり、先進国もそれぞれ自分の国の損得とかあってまぁいろいろ
なかなかうまくいかないようですが、何か大きなことをやるにはたくさんの人を動かす、巻き込む力がいるってことです。
地球的規模で運用に乗せるのはたいへんな実行力がいることなんであって、そうやって現実の国際政治がちゃんと動いてるのは評価したいですね。
本当にぶっちゃけて正直な話、私個人なんかでいうと、自分が生きてる100年間くらいは何事も起こらなければそれでいいんですけど、究極的には。
けど、人間は頭がよくて、ハートもあるので、そんなこと言ってたらいかん、という感覚も持ち合わせています。
だから、なんかしなきゃとは思うんですけど、1人じゃ何にもできないし、また人生をかけてそれをやろうともやっぱり思わないわけで。
だからこうして、起こっていることを、心に響くようにたくさんの人に伝えるというのは立派な仕事だよなぁと思うわけで。
何がいいたいかというと。
NHKえらい。
今朝の新聞には、やっぱり環境の話で、こんな記事も載ってました。
1979年の東京サミット。第2次石油ショックの只中、大平首相が、日本の石油輸入量に規制をかける話を、アメリカやヨーロッパに呑まされる話。
最初はアメリカに根回しして、「自主的に努力します」ってことでOKにしてもらうはずが、土壇場でアメリカが具体的な数値の削減目標を呑めという側に回ったと。成長のために石油を必要としていた日本にとっては厳しい決断で、大平首相も「血の小便が出た」と語ったそうなんですが、「その後の日本は、省エネや産業構造の転換などで目標を見事にクリアする」ー。
東京サミットで決まった日本の85年目標の下限は630万バレル。85年の石油消費量は443万バレルに減ったって。
日本の産業界はえらかったんですねぇ。で、記事は、「今はどうよ」って話になってます。
確かにこの頃の話を引き合いに出されたら及び腰に見えます。曰く、「不平等条約だ」って。
例えば核不拡散条約って不平等ですよね。先行して作っちゃった国が「地球環境や人類平和のためにこれ以上核兵器作っちゃダメなことにしましょう」って、志は高いですし、そういわれちゃうと作るのは気まずいわけですが、例えばシヴィライゼーションみたいな文明同士のパワーゲームの目で見たら、後進の国にとってはこれほど先進国に都合のいい話はありません。
「うるせえ、ミサイル打つぞ」って言われたらなんでもいうこと聞かなきゃいけなくなって。そのような状態になった時点でゲーム的には敗者です。
けど、二酸化炭素排出量の話は、逆に、発展途上の国は大目に見るから、うちらは
頑張って削減しますってことなんですけど、それをやろうってのは本当の意味で志が高い、偉いことなわけで。
無駄な努力かも知れないけど頑張ろうよ、という気分になるのは無責任ですかね。
もう1つ、今日では、食糧価格の高騰と温暖化に絡めたアフリカの記事も目に止まりました。アフリカの南半分の国全部より、日本の出す二酸化炭素の量が多いんですって。それはそういう産業構造だからなんですが、温暖化で直接的に被害をくらうのはアフリカの方がでかいですよと。
温暖化により砂漠が広がって、農業が潰れて、人々がどんどん飢える。日本は輸入したり、高度な農業技術を駆使してどうにかできるのですが、アフリカはこういう
自然の変化がもろに人々の生活を直撃するわけで。そのような状況なんですが、なんか考えることはありませんかと。
ワシントン・ポストの記事を紹介する欄。
日本はかつてアメリカとかに言われてコメを輸入することにしぶしぶしたが、「食べる」とは言わなかった。日本は輸入したコメを備蓄米にして、それでも余ってきたら家畜のえさとか、バイオエタノールの材料とかに回してると。この食糧危機のご時世、そういうコメを援助に出したらどうよ?みたいな論調。
いろいろ知らないことや気づいてないことって多いです。
こういう話って、明日の食べ物にも困るような人にとっては知ったことではないんで、こういうことを考えようって気になれるのは余裕がある証拠なんだろうなと思います。個人単位で言えば、私には余裕があるんだろうな、と思うし、国で言えば、日本は余裕がある国ってことですよね。
それは幸せなことだな、と思ったりしました。
ではまた明日。
頑張りましょ!