人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

歴史が裁くであろうエネルギー政策

2014年01月16日 20時35分38秒 | 社会
細川元首相が小泉元首相の支援を受け、脱原発を掲げて東京都知事選挙に立候補しました。これは細川、小泉両元首相がタッグを組んで国のエネルギー政策を根本から見直そうとする意思表示ではないかと言われています。このように原発を含めたエネルギー政策は、今を生きる私たちが決断しなければならない喫緊の課題です。原発再稼働か脱原発かの議論は、今後恐らく何億年も続くであろう人類の将来を見据えた問題なのです。このブログで私は生命進化の歴史を紐解いて、わが国の原発政策の在り方を考えたいと思います。

人間社会が歩むべき道を示すヒントは私たちの細胞の中に暮らすミトコンドリアの生態に隠されています。ミトコンドリアの祖先は真性細菌というバクテリアでしたが、酸素を利用して莫大なエネルギーを生み出すことのできる、いわば、原発でした。ミトコンドリアは約20億年前に私たちの祖先である別のバクテリア、古細菌と共生しました。古細菌はミトコンドリアという強力なエネルギープラントを得たことによって単細胞から多細胞生物、さらには私たち人類に至る爆発的な進化を遂げることができたのです。

ミトコンドリアの役割はエネルギーを産みだすことだけではありません。生物がここまで進化できたのは、ミトコンドリアがもう一つの大切な役割、すなわちアポトーシスという犠牲死のシステムを確立したからです。ミトコンドリアは、もし自分あるいは宿主である細胞が他の細胞に迷惑をかけるようなことがあれば、アポトーシスという自殺の手段を選びます。アポトーシスは、正常な細胞がその宿主である個体を守るために必要以上に分裂、増殖することを抑制し、周囲の細胞に害を及ぼす可能性のある時は自殺する機構です。人間の胎児は成長の過程で魚類から哺乳類に至る進化を遂げます。その間にいくつもの器官が生まれてはアポトーシスによって消えていきます。ミトコンドリアの指揮するアポトーシスが胎児の正常な発育を担保しているのです。また、六十兆個もある私たちの体の中の細胞がめったにガン化しないのも無制限に分裂する能力を獲得した細胞がミトコンドリアの命令によってアポトーシスで排除されるからです。ミトコンドリアは利他的、犠牲的な行動が結果的に利己的な遺伝子を保護してくれることを進化の過程で学んだのです。私たち人間にはこういった「互恵的利他主義」を発揮する遺伝子に加えて、教育や学習によって後天的に獲得した「博愛」という利他的な精神が育まれています。私たちは地球環境を守り、子孫を末永く幸福に導くことが、私たちがこの世に生きる最大の使命であることを認識しているはずです。

地球上で繁栄するすべての生物は利他的に行動しています。弱肉強食が掟の自然界も、広い視点に立てば、他者を生かし、自らも生きるという調和の中で命の連鎖の輪を作っているのです。もし、どれかの生物が他を顧みず利己的な増殖を開始すれば、地球上におけるガン細胞とみなすことができます。ガン細胞は試験官の中では永遠に分裂し続けます。しかし、ガン細胞は、個体の中で無秩序に増殖することによって正常細胞の機能を障害し、個体の崩壊とともに自らも死に至らしめます。ガン細胞は抑えのきかない利己的な振る舞いによって自滅するのです。人類は今、ガン細胞とならないために秩序ある繁栄の道を歩むことが求められています。

わが国は未曽有の少子高齢社会に突入しました。少子高齢化はエネルギー問題と密接に関係しています。生物の栄枯盛衰は常にエネルギー需要と供給のバランスによって決められてきました。人類も例外ではありません。人類が戦争で滅びなければ、人類の生存を脅かすのはエネルギー問題でしょう。人類の生存戦略はすなわちエネルギー戦略なのです。私たちは「豊かな物質文明=幸福」であると信じ、自分たちの豊かさだけを追い求めてきました。その結果、人類は誕生してからまだ700万年しか経っていない序章にあるにもかかわらず、このわずか100年足らずの間に作り上げた文明によって存続の危機に陥っています。人類が大量のエネルギーを消費することによってもたらした「地球温暖化」や「放射性廃棄物」という負の遺産を子孫に背負わせることになろうとは考えもしなかったのです。

発展途上国における人口爆発も経済発展に伴う医療や社会福祉の充実とともにやがて収束し、これらの国も少子高齢社会を迎えることが予想されます。将来このように地球規模で人口が定常化した少子高齢社会が目指すところは、生産と消費の無制限な拡大から、文化的なものを含めた質的な充足へとパラダイムをシフトさせることです。

東日本大震災に伴う悲惨な原発事故以来、わが国はエネルギー政策の転換を求められています。これまでは社会需要の増大に任せて電力資源を確保することがエネルギー政策の基本的な姿勢でした。しかし、原発事故の教訓は、日常生活の便利さや経済規模を多少犠牲にしてでもエネルギー需要を減らし、原発に頼らない電力供給システムを確立することが急務であることを示しました。またいつか訪れるであろう不幸な原発事故を繰り返さないためには原発の在り方を見直さなければならない時期にきています。

現在地球上で繁栄するすべての生物は厳しい自然選択の網をくぐり抜け進化してきました。「自然選択説」とは、進化を説明するうえでの根幹をなす適者生存あるいは自然淘汰の理論です。厳しい自然環境が選択圧となって、生物に無目的に起きる突然変異を選別し、進化に方向性を与えるという説で、1859年にチャールズ・ダーウィンとアルフレッド・ウォレスによって初めて体系化されました。「種の保存を危うくする形質は排除される」という自然選択の法則に従えば、人類の生存を危うくする原発が淘汰されるのは仕方がないことかも知れません。石油や天然ガスといった化石燃料が枯渇した時に残るのは、太陽光、風力、地熱のような自然エネルギーだけではないかという意見が台頭しつつあります。原発事故や地球温暖化が選択圧となって新たに開発された代替エネルギーが人類をさらなる進化へと導くことが期待されます。

一方、生命進化の歴史を振り返る時、原発の在り方について少し違った見方もできます。細胞はミトコンドリアというエネルギープラントを得たことによって爆発的に進化しました。しかし、ミトコンドリアは原発同様に負の側面を持っています。ミトコンドリアは酸素を利用して莫大なエネルギーを生み出す副産物として猛毒の活性酸素を放出するのです。ミトコンドリアから発生する活性酸素、いわば原発が撒き散らす放射能は、太古の細胞にとっては制御しがたい危険物であったに違いありません。ミトコンドリアを取り込んだことで活性酸素のために絶滅した生物がいるはずです。いったんミトコンドリアを獲得しながら、活性酸素の害ゆえに共生をあきらめた単細胞がいることも知られています。これらの細胞は、ミトコンドリアをうまく利用できなかったため、多細胞へと進化する道を阻まれたのです。それ以外の生物は何億年もの歳月をかけてミトコンドリアが放つ活性酸素の被害を最小限に食い止める装置を整え、今日の繁栄を築いてきました。そう考えると、まだ利用困難な原子力エネルギーも、人類に貢献する可能性が残されています。現時点では安全性の低い原発を廃止し、将来、原子炉の安全性や放射性廃棄物の問題が解決された時に稼働を再考するという選択肢もあるのです。原発の在り方は、個人や国家の利害を超え、人類や地球の将来をも視野に入れて議論しなければならない課題です。

私たちがこの世を去る時に残るもの、それは得たものではなく、与えたものだけです。私たちは後世に何を残せるでしょうか。「子孫に美田を残さず」という言葉があります。子孫に美田を残すと、自立心を失わせ、家を滅ぼすことになるという戒めです。かといって、炭酸ガスと放射能にまみれ、草木も生えないような荒野しか残せなければ生きていくこともできません。子孫の繁栄を願うのであれば、私たちはこれ以上、将来世代につけを回さないよう真に利他的な行動を開始しなければなりません。

私たちの行為はいずれ歴史によって裁かれるでしょう。私たちの子孫が「二十一世紀に生きた祖先の英知と博愛が、人類のさらなる繁栄をもたらした」と歴史に刻んでくれることを願うだけです。

このブログは風詠社出版の小著『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著では少子高齢化社会を生き抜く真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場と視点からメッセージを送っています。私たちはミトコンドリアの声に真摯に耳を傾け、幸福な少子高齢社会への道を歩んでいかなければなりません。それこそが、ミトコンドリアがリードした生命進化の頂点に君臨する私たち人類の責務ではないでしょうか。