人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

ガン化する国々

2018年04月17日 08時25分18秒 | 健康
私たちは利己的な遺伝子を持って生まれてきます。それは、私たちの祖先がガン細胞だったからです。私たちの体は約六十兆個の細胞からできていますが、そのすべての細胞がガンになる素質を持っています。人間の持つ利己的な遺伝子はすべて祖先のガン細胞から受け継いだものです。

私たちの祖先の細胞は自分だけが長生きし、自分だけの子孫を増やすことを目的に生きていました。すべての細胞が自己中心的ですから、細胞同士の争いが絶えることはありませんでした。しかしある時、細胞同士の争いをやめるように突然変異した細胞が生まれました。遺伝子の憲法第九条を獲得した細胞が出現したのです。この細胞は他の細胞と接触しても決して争いませんでした。細胞は集団を形成して多細胞化し、やがて個体というグローバルな小宇宙を創りあげました。遺伝子に加わった民主的な憲法によって細胞の利己的な本能を封じ込めたことが、画期的な生命の進化をもたらしたのです。

高度に進化した私たちの細胞も、ささいなきっかけで先祖返りをおこし、ガン細胞に逆戻りすることがあります。それは、細胞にストレスが加わったときです。よくない生活習慣、有害な化学物質や放射線が細胞にストレスを与え、未熟なガン細胞の性質を取り戻してしまうのです。私たちも生活の中で同じような経験をしたことはないでしょうか。私たちにさまざまなストレスが襲いかかると、ともすれば自己中的に振る舞い、時には「キレル」という状態になります。個人同士でキレルと喧嘩ですが、国家レベルでキレルと戦争に発展します。細胞の集団である人間、人間の集団である国家がストレスによって悪性の形質を取り戻すことはある意味で仕方がないと言えるのです。

「どうしてあのように温厚で誠実だった人が、殺人事件という凶悪な犯罪をおこしたのか」、という話をよく耳にします。人はガン細胞の性質を抑えきることができなくなって犯罪をおこすのです。これは他人事ではありません。人はだれしも凶悪犯罪をおこす素因を持っています。それを食い止めているのは、後天的に獲得した英知であり、理性であり、抑止力としての法律です。

ガン化は人間の集団である国家においても起こりえます。それは、細胞の考えることを人間が考え、その考えに基づいて国家が動いているからです。ですから、どんなに平和な国家も英知、理性、抑止力としての憲法がなければ、戦争を始める危険性があります。人間の善意に頼っていては戦争を防ぐことはできません。国のリーダーがどんなに平和主義者であっても、法による歯止めがなければ、国益や、国民感情の変化によって戦争が引き起こされる危険があるのです。太平洋戦争はその実例でしょう。日露戦争に勝利し獲得した中国での利権を守ろうとしたわが国は、アジアを植民地支配する欧米と利害が衝突しました。アメリカからの経済制裁などによって行き場を失ったわが国は、欧米のアジア侵略に抵抗するという大義名分の下、戦争に活路を見出そうとしたのです。メディアも大多数の国民も聖戦としてこの戦争を支持しました。その結果、多くの民間人が戦争に駆り出され、殺し、殺されるという凄惨な戦いを繰り広げました。日本という国家に加わった国際社会からのストレスがわが国をガン化させたのが太平洋戦争です。

その当時、国家がガン化したのは日本だけではありません。第一次世界大戦に敗れたドイツは、世界で最も民主的といわれたワイマール憲法を制定しました。しかし、ワイマール憲法にも落とし穴がありました。ガン化に通じる抜け道があったのです。ドイツ国内の経済情勢の悪化に伴って台頭してきたヒットラー率いるナチスは、国内世論のナショナリズム化に便乗し、民主的な憲法を無力化して独裁政治を始めました。日本とドイツのガン化が第二次世界大戦の引き金になったことは言うまでもありません。ただ、第二次世界大戦の責任をドイツと日本だけに負わせるわけにはいきません。当時、世界中をほしいままに植民地支配していた欧米諸国は、無秩序に増殖する悪性のガンとまでは言えなくても、正常細胞の垣根を越えて増殖する腫瘍だったのです。

最近では、はるか昔に先祖返りしたのではないかと思うような独裁国家や、武力で現状の領海や領空を拡大しようとする前近代的な国家が世界平和に脅威をもたらしています。こういった国々の行動は自分さえよければいいというガン細胞の振る舞いに似ています。一方、欧米ではポピュリズムの流れが止まりません。難民の流入や自国の経済危機などに対する人々の不満を吸い上げた右翼の政党が政権を握り、国家が自己中心的な姿に変容しつつあります。つまり、これまで民主的で他国に対して寛容であった欧米諸国すら、自国の利益しか考えないガン化の兆候を示しているのです。

わが国を振り返れば、違憲ともいえる集団的自衛権の行使容認、公文書の改ざん、隠蔽、メディアに対する不当な圧力など、民主主義の根幹を揺るがす事態が頻発しています。激動する経済、外交、安全保障環境の中、国益を守るためには民主主義の劣化など些細なことと反論する国家主義者もいます。しかし、わが国の将来を考えれば、今は多少国益を犠牲にしてでも民主主義を守り抜かなければなりません。民主主義を軽んじる流れは次第に大きくなり、やがて国をガン化へと導く大河に繋がるからです。正常な細胞がガン化するときも、いきなりガン細胞に変化するわけではありません。細胞のガン化には多重遺伝子変異が必要です。単一の遺伝子変異だけではガン化はおきません。「これくらいの遺伝子変異ならいいや」、と細胞内情報伝達系に見逃され、それが積み重なって、気が付いた時には取り返しのつかない状態になっています。ガン化は、民主的な遺伝子が一つずつ機能を失い、細胞増殖に都合のいい遺伝子ばかりに変わっていく結果としておきるのです。

このように世界中をポピュリズムが席巻する中で戦争の勃発が危惧されています。そんな時代だからこそ、不戦の憲法や民主的な憲法が価値を持つのです。ガン細胞は正常細胞が何十億年もかけて獲得した民主的な遺伝子を突然変異させ、無秩序な増殖を可能にします。それは無限に生き続け、増殖するためです。しかし、ガン細胞が組織に浸潤し、正常な臓器の機能を奪い、個体の死とともに滅びる運命を辿るのは皮肉な結末です。人類が戦争で滅びないためにも、私たちは民主的な憲法を変異させてはならないのです。生命が細胞の無秩序な増殖を抑える遺伝子を備えて進化したように、人間社会も国家権力を縛る遺伝子を強化しなければならないのです。わが国が民主的な憲法を守り抜き、あるいはさらにこれに磨きをかけ、やがてその理念を世界中に浸透させる時、人間社会には人体にも似たグローバルな世界が訪れるのではないかと思います。