HITO-OMOI(ひとおもい)

ひとを、ひととき、ひとへに想ふ短歌がメインのブログです。作歌歴約二十年、かつては相聞(恋歌)、現在は専ら雜詠です。

なぜ短歌なの・・君がいるからです・・・

2007-03-30 04:47:00 | 日記
東京の落語が苦手です。関西育ちだからなのでしょうか?

落語は愉快になるために笑うために聞くものなのではないのでしょうか。大阪の落語は面白いかどうかが基準であり,東京の落語は上手いかどうかが基準である。

だから私にとっては東京の落語はあまり必要のないものです。


なぜ俳句ではなくて短歌なのと質問をうけたりします。

昨日,俳句朝日4月号を買いました。特集が「恋の歌500」だったからです。(もひとつ言えば,昨日ある女性に好きですと告白したから,この雑誌を買いたくなつたのですが。)

で,ひと晩中これらの俳句を読んでいて・・上手いと思えても,これだと思わせる内容のものがなかったのです。

恥ずかしながら,自分の短歌では,相聞歌=恋愛の歌が一番得意と思っているのです。(歌ごとに相手が特定しているかどうかは無関係で 笑)

伝えたい愛が否応なしにそこに表されているかどうかが問題であり,上手く伝える必要はない。その観点からは俳句はあまりにこぎれいですましている,(なんとなく,東京の落語にたたずまいが似ている気がします。)


だから私は,短歌を選んだのだなと今さらながら気づかされました。



あの夏の数かぎりなくそしてまたたったひとつの表情をせよ 小野茂樹


時計の針ⅠとⅠとに来たるときするどく君をおもひつめにき 北原白秋


私にとっての相聞の歌は,これらの歌に代表されます。

特に小野さんの歌の無限かつ唯一という矛盾した思いをなんの矛盾もなく持つ心のありようが恋愛だと思いませんか。




ところで,昨日,私が愛を打ち明けた君。私の告白を冷静におききいただき誠にありがとうございました。礼!!

唐突だったでしょうか,だって,いくつもの歌で告白してきたでしょうに・・,

それとも普段の振る舞いが,俳句的ですましていましたか 笑

でも,そうじゃないのは,←左の「タスク」ってとこの「短歌賞」への平成19年度の応募作を読んでもらえばきっとわかると思うけど。

恋愛の相談相手が,結果的に恋愛の対象になるって,ありがちなパターン,かな

まぁ,きっかけはあまり意味がないですよ,

君を思う時間がだんだん増えていって,これは何かな,君の歌がいっぱい詠めちゃうよ,これって恋愛以外にないよって感じですね。

初めてあったときからきれいだとは痛感してましたが,八年後に再会して,この思いを閉じこめておけないほど

・・・素敵な女性,話していてすっととけこめる女性だと,もはや思いました。

君が想像している100倍以上とはいわないけど,10倍くらいは,好きですよ,きつと。

君は私のいろんなとこ知ってるし(誰もしらない 笑),聡明だし,見抜かれてて,正直かなわないなぁという存在でもあるのですが・・笑。

告白したからといって今後格別なことは生じないのかもしれませんが(生じないと断言するのはよしましょうね。汗)

でもね,君が,苦しんだり,困ったり,泣いたりする姿を思うのは,嫌です。

だから,何かできることないかなぁって思いながら,心に君のこと,置いておきながら,暮らします。

だって,君のこと大切だから・・・



五時間後に愛を告ぐるを決めをれば秒とは不思議で尊き単位(②③) 





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