HITO-OMOI(ひとおもい)

ひとを、ひととき、ひとへに想ふ短歌がメインのブログです。作歌歴約二十年、かつては相聞(恋歌)、現在は専ら雜詠です。

3911首目 然るべし、桑原武夫

2019-01-26 00:00:00 | 日記
【第二芸術】桑原武夫

立続けに桑原武夫さんの著作を読む。


⬆⬆⬆で書いた木村先生から『第二芸術』論を教わった。今度は高3の受験勉強の時に。

まず、私たち生徒が子規、虚子、利玄、茂吉、左千夫の作品名や作者を当てる問題を解いた。木村先生曰く、「こんなん我慢して覚えるしかないわな。」

ところでと、この論文の骨子の紹介があったのだ。でも、先生は所感は敢えて言われなかったと記憶する。私はと言えば、素直に桑原論文に頷いた。これらの17文字や31文字のどこがいいのか解らないし、素人の作品があっても識別なんて無理だよなぁ、と。

で、初めてこの桑原論文を活字で全文を読んでみた。「結構、上から目線だなぁ」というのが率直な、感想。1946年発表の時、桑原は東北大助教授。俳句は「芸事」と切り捨てる。良くて「第二芸術」だ、と。

ただ、桑原先生には、同じ文学領域でありながら、短詩形への愛情(まぁ、これは譲っても)や敬意が感じられない。というか、そもそも興味がないんだよね、短歌や俳句には。(笑)

でも、この論文にある「ブラインド・フォールド・テスト」は当時は斬新な切り口だったろうなぁ。そして長きにわたり歌壇で話題に登るということは、正鵠を得た点もあると一定程度の国民が考えていた。そしてそのことを歌壇としては、否定できなかったのではなかろうか。

さて、私はと言えば、短歌が芸術かどうか、はたまた、小説に劣る第二の地位であるかどうかは、私の作歌態度には、何の影響も変化も及ぼさない。

ところで、桑原先生。

私は、若山牧水と北原白秋の歌に触れて、歌を詠みはじめたんです。誰に勧められるでもなく。そして、誰に強制されるでもなく詠み続けてきました。歌壇の端くれにも属さないような「日曜歌人」に過ぎませんが、、。

でも、これらの心の動きは、先生が『文学入門』で、すぐれた文学のいわば定義とされた


「インタレストを契機として、作家と読者が、精神共同体を形成する。」

「作者の広義の経験を通した読者における再経験により、人生の発見と自己変革がなされる。」

に「近似」(あえて、同一などとは申しません。)してると考えています。そこんとこ、否定はしてほしくないなぁ。(もっとも、高きに至らず、底に貼りついてますけど、、。)





若山牧水に捧ぐ

「青とあを心になくば翔べぬ身は歩くほかなしこの深い息(新作)」









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