chimi*四方山話

よもやま日記と時々夢見の話など
小田原市出身。千葉県在住。

中央分離帯と陸津波(12月3日の夢)

2024-12-04 06:34:54 | 夢見の記録
夢見の話

クリニックで先生から電子カルテの操作を教わっていた。
まだ勤め始めたばかりの職場のようです。
「“おかつなみ”が来たら、すぐ高台に逃げてね」と言い残して先生は外出された。

暫くしてから外が騒がしく、
「“おかつなみ”だー!!」と
聞こえてきた。
慌ててクリニック飛び出し、
山の方角に走り出す。
坂道の途中で中央分離帯があり、
そこを上がる事にした。

中央分離帯は三段の石垣でできていて、
一番上は林になっていた。
もう他の住民の方達も避難していた。
私は一番上の石垣まで登る。
知り合いはいないか探すと、二段目の石垣に、顔見知りの女性二人がいて、
涙目でこちらを見ていた。
私は二人の所に降りることにした。
安心したのか、“おかつなみ”の事は忘れて、電子カルテの操作方法を復習していた。

〜目が覚める〜

“おかつなみ”は何か調べてみた。
津波の別の呼び方だと予測はつくけど、
“おかつなみ”という言葉は記憶になくて、漢字も分からなかった。
“おかつなみ”は“陸津波”と書くようでした。読み方は“りくつなみ”とも読む。
陸を進む津波をそう呼ぶそうです。

聞き慣れない単語なのに夢の中の私は、
先生に確認していなかった。
分からない事や疑問に思っても、
憶測で判断する悪い癖だ。
気をつけなくては。

実際の私もまだ今の職場に派遣されたばかりで、覚える事ばかりで大変な時。
先日は朝まで何度も起きては寝ますが、
ずっと職場で電子カルテを操作していた。

なぜ津波の夢、、
職場が海に近く、海抜2.7mの標識を横目に通勤していて、津波来たらどこに避難しようと時々考えてるからだ。

気にしてる事は夢にでるのね。。
日曜日に高熱を出し、今日まで自宅待機。
明日からお仕事頑張ろう!



大理石の白龍と白いイヤホン(11月24日の夢)

2024-11-24 08:04:00 | 夢見の記録
夢見の記録

大理石の白い柱には同じ白い大理石でできた龍が巻きついていた。
龍の首には淡いグリーンの玉。
20代位のお兄さんが、その龍に向かって何か呪文のようなものを唱えていた。
大理石の龍を動かそうとしているようでした。それもとても急いでいる様子。

少し離れた場所で見ていた私は、
小学校高学年くらいの姿で、
犬でも呼ぶように「早く起きて!もう行くよ!」と叫ぶ。
すると大理石の白龍は、生きた龍になって
柱の周りをクルクルとまわり、こちらに
向かってきた。

お兄さんと私は空港に向かって走り出す。
途中でストリートガールが何人も道路に
寝転んでいて、避けながら走る。
振り向くとお兄さんがストリートガールに捕まっていた。
お兄さんは女性を引き離しながら、
「寒い所に行くから、厚着しろ!」と、
私に指示する。

私はピンク色の小さな籠を開けて何か身につけるものがないか探すと、ネックレスと一緒に白いイヤホンが丸まって入っていた。

*夢見の要因*
夜中に目覚めた時に、イヤホンをつけたまま寝ていたので、外してクルクルと丸めていると途中で千切れていた。
うちの猫の仕業だ。
寝る時は必ずしまっていたのに。
私のうっかりミスで、、
この事が夢見の要因になったのでしょうね。




西海子小路の曲がり角

2024-11-21 00:53:00 | 夢見の記録
先日、中学の時に付き合っていた
彼の夢を初めてみました。
交通事故で亡くなった彼。
付き合っている時も別れてからも、
一度も見たことはなかったのに。

今年の秋に何十年かぶりに小田原に帰省。
お堀端通りから、学橋を渡って2年生まで通っていた城内小学校へ。城内小学校と彼が通っていた本町小学校は合併して、三の丸小学校になっていた。
この2校の立地はとても近かったのです。

学橋

小学生当時、私が住んでいた城山は旧城内小学校の学区で、藤棚の交差点から城内にある小学校に向かいます。旧本町小学校は藤棚交差点を渡ってすぐにありました。彼は南町なので学区が違い、旧本町小学校(三の丸小学校)に通っていたのです。

藤棚の交差点。右の建物が三の丸小学校(旧本町小学校)

三の丸小学校を通り過ぎ、国道1号線へ。
国道1号線沿いには、古い建物がまだ残っていた。
中3の当時、友人宅にいた彼を偶然通りがかって国道1号線の反対側から見つけた時があった。
古い日本家屋の欄干に座って本を読む少年。
衣替えの頃で、学ランから開襟シャツに。
ほの暗い建物に白い開襟シャツの姿がすごく印象に残っている。
その建物がまだ残っていないか探したが見つからなくて残念。

国道1号線を渡り西海子小路へ。
学校帰りに待ち合わせした思い出の場所。
ここで待ち合わせして、御幸の浜でお喋りして、またここでさよならをした。

西海子小路(さいかちこうじ)

帰省した日から数日後に見た夢は、
西海子小路の曲がり角で
彼が待っていた。