a green hand

「老いの才覚」から「引き算の不幸ではなく、足し算の幸福を」



今の日本は皆の意識が「引き算型」になっている気がします。豊かさであれ、安全であれ、全て世の中が与えてくれるのが当たり前、と百点満点を基準にして望むから、不満ばかりが募って、どんどん不幸になっていくわけです。

老人にも大きく分けて2つの生き方がある、と私(曽野綾子)はよく思う。
得られなかったものや失ったものだけを数えて落ち込んでいる人と、幸いにもらったものを大切に数え上げている人がいます。

さまざまなものを失っていく晩年こそ、自分の得ているもので幸福を創り出す才覚が必要だと思います。

私はアフリカをかなりよく知るようになってから、人間の一生に与えられるものに関して、ずいぶん謙虚になりました。


一生の間に 、ともかく雨露を凌ぐ家に住んで、毎日食べるものがあった、という生活をできたなら、その人の人生は基本的に「成功」だと思います。


もしその家に風呂やトイレがあり、健康を害するほどの暑さや寒さからも守られ、毎日、おいしい食事をとり、戦乱に巻き込まれず、病気の時には医療を受けられるような生活ができたなら、その人の人生は地球レベルでも「かなり幸運」です。


もしその人が自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家族や友だちから信頼や尊敬、好意を受けたなら、もうそれだけで、その人の人生は文句なしに「大成功」だったと言えます。

曽野綾子「老いの才覚」より抜粋


ここの部分を読み、地球規模で言うと日本という国に生まれ、日本人であったことが「かなり幸運」であることがわかる。曽野綾子は貧しい国を知るからこそ日本人の豊かさが身にしみて感じられるのであり、それでも満足しない日本人の今の引き算の思考が我慢ならないのだ。

曽野綾子のいう「引き算の不幸、足し算の幸福を」しみじみ……。
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