black potion no.6

三十路のモーターサイクル好き、徒然日記です。

『誰も守ってくれない』 感想 その弐

2009年02月24日 14時41分36秒 | movie
映画『誰も守ってくれない』の感想です。
こちらの記事を読む前に、その壱を読んでいただけたらと思います。

感想の続きです。


2:ゆるしの構造


刑事は、少女を守るために、知り合いのペンションに落ちのびます。
そこは、以前刑事が担当した事件で、警察側のミスにより、幼いひとり息子を殺された被害者の経営するペンションでした。
刑事は事件以後、毎年このペンションをおとずれ、お参りとお詫びをしていたのでした。

このペンションに、容疑者家族の保護をお願いするのです。

最初は刑事の立場をおもんぱかって、かくまってくれます。
しかし、その後ある事情で、被害者の殺され方が幼い息子と同じ殺され方をしたと知ったペンション亭主が、出ていってくれと激します。

当然の怒りだと思います。

けれどもその後、ペンション亭主は、刑事の「容疑者家族も、被害者の一人ではないか」との言葉から、同情し少女を連れてきた刑事をゆるすのです。
容疑者家族の少女にも、理解を示すようになります。

ペンション亭主の自分の事件の犯人に対する怒りはとけていません。
そこにゆるしは、ないのかもしれません。
しかし彼は、事件そのものに付帯した警察の担当刑事の罪は、ゆるしてあげられたのです。

この「ゆるす」ということはどういうことなのでしょうか。
「ゆるし」は、感情でしょうか。
「怒り」は、感情だと思います。
人の感情によってのみ、ひとの「ゆるし」はあるのでしょうか。


神や仏などの「絶対者のゆるし」とは別に考えています。


このひとの「ゆるし」ということは、最近よく考えていることのひとつです。


また、続きますw

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