セピア色ではないのに、セピア色に染まってる写真
わたしの小さな頃の写真たちだ
紙に映し出される写真だ
今は、デジタルで加工もできるのだろうが
この本物のセピア色に染まった写真には勝てないと思う
時間と共に映し出される紙の写真
なぜか、湾曲してくるのが不思議だ
そこに、映ってるのは、幼い自分、そして、とても若い父
私は、転げるかのように笑ってる
三脚を立てて、慌てて私の隣に走って来る父の姿が面白かった
そう、記憶してる
「あー失敗だ!!」と何回か繰り返されたのも
幼い私には、とても面白かった
一枚の一場面の写真から色んなことが回想される
全部ではないけれど、いくつになっても、幼い頃のことを
こんなに鮮明に覚えてることがあるのが不思議だ
父が写真機を持ち、お出かけとあって、私は、一張羅のおめかしをしている
わくわくしながら、着替えをして、父の車に乗り込んで
「早く!早く!」と云っていた自分
『さぁ!出発するぞ!!』
エンジンをかける父の声が、すぐそこに聴こえてくるようだ
セピア色の写真たちが、色褪せない想い出を連れて来てくれた
わたしの小さな頃の写真たちだ
紙に映し出される写真だ
今は、デジタルで加工もできるのだろうが
この本物のセピア色に染まった写真には勝てないと思う
時間と共に映し出される紙の写真
なぜか、湾曲してくるのが不思議だ
そこに、映ってるのは、幼い自分、そして、とても若い父
私は、転げるかのように笑ってる
三脚を立てて、慌てて私の隣に走って来る父の姿が面白かった
そう、記憶してる
「あー失敗だ!!」と何回か繰り返されたのも
幼い私には、とても面白かった
一枚の一場面の写真から色んなことが回想される
全部ではないけれど、いくつになっても、幼い頃のことを
こんなに鮮明に覚えてることがあるのが不思議だ
父が写真機を持ち、お出かけとあって、私は、一張羅のおめかしをしている
わくわくしながら、着替えをして、父の車に乗り込んで
「早く!早く!」と云っていた自分
『さぁ!出発するぞ!!』
エンジンをかける父の声が、すぐそこに聴こえてくるようだ
セピア色の写真たちが、色褪せない想い出を連れて来てくれた
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