本書は、ビルマ(ミャンマー)の難民研究中に筆者自身が難病患者となり、先進国である日本で医療難民となったノンフィクション作品である。筆者は、本書のタイトル通り、心身は勿論のことだが、居住、生活、経済的問題、家族、友人知人関係など、自身に関わるすべてのことについて「困ってるひと」なのだ。
治す気がないかのように外来に通わせる病院。医師不足のため過労の医師と混雑により長時間待たされ疲弊する患者。短期入院の方が病院にとって得な診療報酬。患者のために尽くせば尽くすほど赤字になる医療現場。どのような病状かは一切考慮されない身体障害者手帳。患者の言い分が通らない主治医の意見書。
これらは「個人」の問題ではなく、「社会」や「制度」の問題である。著者は、煩雑な日本の社会保障制度が、患者が生きていくのに立ちはだかる「モンスター」だと表現している。難病患者になったからといって、すぐに使える制度に出会えない。出会えたと思っても、一つの制度を利用するのにたくさんの書類を用意し、役所まで出向き、それを提出しなければならない。しかも、一度きりではなく、何度も役所を訪れたり、役所内を動き回ったりしなければならない。難病を患っているにもかかわらず、制度を使うためには「モンスター」と戦わなければならないのだ。
「『救世主』はどこにもいない。ひとを、誰かを救えるひとなど、存在しないんだ。わたしを助けられるのは、わたししかいないのだと、友人をとことん疲弊させてから、大事なものを失ってから、やっと気がついた。」(211頁)
筆者自身は制度を利用したり入院に必要な物資を調達したりする際に、友人たちに頼ることや、人の厚意や親切を受けることを当たり前のように思っていた。しかし、自分以外の誰かのために何でもし続けることは不可能である。次第に友人らは疲弊していった。
こうした状態は、介護の現場にもよく見受けられ、改めて善意のみの「支援」の限界が浮き彫りになった。自身を助けられるのは自身しかいないという現実だが、「難」を抱えて自身を助けることは困難であり、「難」から脱する前に死んでしまうかもしれない。
「ひとが、最終的に頼れるもの。それは、『社会』の公的な制度しかないんだ。わたしは、『社会』と向き合うしかない。わたし自身が、『社会』と格闘して生存していく術を切り開くしかない。難病女子はその事実にただ愕然とした。」(213頁)
日本の煩雑な制度に向かい合うのは、健常者でも気が遠くなるが、筆者のような難病患者や、弱い立場にある人はより気力を削がれ、諦めたくなるだろう。日本は、「難」の中に放り込まれると、周囲からの支援や善意に恵まれた運のいい人だけが助かるような社会だが、そのような人はほんの一握りだけである。社会に生きる人が気兼ねなしに頼れるものは、家族や友人といった特定の誰かではなく、社会保障制度という仕組みそのものであるべきはずだ。
「その国の『本質』というのは、弱者の姿にあらわれる。難病患者や病人にかぎった話ではない。あらゆる、弱い立場の姿に、あらわれる。」(154頁)と、筆者は述べている。
本書に出てくる「パパ先生」は根性論・精神論を展開している。他人や制度を頼らず、自己管理・自己責任が治療にふさわしい精神と語るが、患者の生存の現実を超えた話であり、健常者であっても気が滅入る話である。筆者が難病になったことを「自己責任」の問題では片付けられない。この社会において完全に「自立」している人は存在しないはずであり、何かしらの社会的ステータスやシステムに頼っているはずだ。「パパ先生」が自己責任の話を展開するのは、社会保障制度が患者にとって穴だらけのものであるから、実際に制度の穴に落ちてしまっても生きていくための「根性」を育成するためだという。しかし、現実には不可能なことを要求しているので、やはり社会保障全般の拡充が不可欠である。友人や親といった周囲の人の支えは、社会保障制度の上でやっと成り立つものなのだ。
本書はユーモアに溢れており、軽やかな文体のため読みやすく、それでいて読み応えがある。筆者の、あらゆる困難に直面している原因が、「個人」ではなく「社会保障制度」であることに向けた鋭い視点と、幾重もの困難に阻まれながらも強く生きようとする姿勢が魅力である。
【本の概要】
著者名:大野更紗
書 名:『困ってるひと』
出版社:ポプラ社
出版年:2011年6月
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