この政策は従来から行われてきたトライアル雇用制度(トライアル雇用は厚生労働省、新卒インターンシップは中小企業庁)を拡充していく内容である。従来のトライアル雇用は3ヶ月を上限とし、雇用関係も成立した。これに対し今回の新卒インターンシップは6ヶ月に上限を伸ばし、雇用関係は成立しない。ここには制度上二つの飛躍がある。
第一に期間の延長である。トライアル雇用の上限を6ヶ月に伸ばすことはかねてから財界の要望事項であったが、不安定な雇用に長期間若者を置くことには批判が多く、現在でも実現していない。第二に雇用関係である。トライアル雇用は有期雇用とはいえ労働契約が成立しているのにたいし、今回は「インターンシップ」であるので、雇用関係はまったく生じない。不安定性は期間・雇用関係の両面で拡大したということができる。その分、企業の「雇用リスク」は最大まで低下した。
こうした政策は菅政権が標榜する「トランポリン型社会」や「新しい公共」といった政策理念に照応している。そのため、雇用対策の柱としての位置づけを与えているのだろう。菅政権の下策定された「新成長戦略」は「トランポリン型社会」を以下のように論じている。
「北欧の「積極的労働市場政策」の視点を踏まえ、生活保障と共に、失業をリスクに終わらせることなく、新たな職業能力や技術を身に着けるチャンスに変える社会を構築することが、成長力を支えることになる。このため、「第二のセーフティネット」の整備(休職支援制度の創設等)や雇用保険制度の機能強化に取り組む・・・」
これに見られるのは、北欧型の政策を参照し、労働力を積極的に流動化させていくという戦略だ。すなわち、失業者に職業訓練をほどこし成長産業へ積極的に供給する。こうした外部労働市場政策、あるいは労働力政策の発送に立つ政策の推進には共感できる。しかし、日本の文脈では二つの問題が横たわる。
第一に、失業保障政策、ひいては社会保障政策があいまいであるということだ。従来日本の社会保障は「市場型社会保障」といわれるように、多くの部分を企業に依存してなされてきた。具体的には年功賃金、企業年金、社宅などであり、これらを終身雇用によってかなり長期にわたって見込むことができた。その分雇用保険等、国家の社会保障支出は低く抑えられてきたのだ。
しかし、雇用が不安定になるとこれらの構図は破綻してしまう。労働力を流動化させて、成長産業と積極的にマッチングさせていくという戦略は、企業ではなくて国家が生活保障を行っていくというはっきりとした決意を示すことと不可分だ。「市場型福祉」から「福祉国家」へと転換する必要があるのだ。実際、政府が参考に仰いでいる北欧では税金は非常に高く、その分政府が全面的に生活を保障している社会になっている。だからこそ安心して人々は高技能の獲得を目指せるのだ。そうでなければ、いくらも挑戦しないうちに低技能職な非公立部門への就労で妥協しなければならなくなってしまう。
第二に、流動化政策は職務の社会化を前提にしている。つまり、ただ「お試し」で雇いやすくしたところで、彼らが技能を高めていく回路が設定されていないことには、人的なマッチング効果にとどまることになるだろう。政府が助成して何をするのか、新卒労働者は何を獲得するのか? これがはっきりしていないのでは社会の技能水準を上げていくことにはつながらない。トライアル雇用についても何かしらの成果を与えることは義務付けられているが、極めてあいまいな内容である。獲得できる技能がないとすれば、せいぜい企業が「よく見てから採用する」という効果が生まれるだけである。
さらにいうと、こうした菅政権の姿勢は自民党時代よりもさらに後退するものであるといわざるを得ない。自民党時代の諸政策はトライアル雇用のほかにも、雇用保険制度やジョブカード制度と連動しながら給付型訓練制度などが整備された。これらは「日本版デュアルシテム」と呼ばれ、不十分ではあれ職業訓練や職務の社会化を志向するプログラムの中に位置づけられていた。技能向上を保障するシステムを日本の労働市場に埋め込んでいくという、労働力政策の大前提を放棄した点にこそ、今次の雇用対策の特徴があるといってもよいかもしれない。長期的視座にかけた場当たり的な政策という意味では、小渕政権の「地域振興券」すら想起させる。
これでは、人を育てて社会の生産性をあげていくという機運を高めるのではなく、ともすれば人材の選別ばかりが進んでしまう。経験のない新卒が何の訓練もうけずに「選別」されてしまっては、かえってその後のキャリアは閉ざされてしまう。トライアルに失敗した若者はどんな技能が身についたのかもわからない「挑戦」を繰り返し、年齢ばかりを重ねていってしまう。潜在能力が低いと判断されつづければ、いつまでも正式に採用されることは無いのだ。
そしてそのように「選り好み」ばかりが進んでいけば、雇用が不安定化していくばかりであるし、長期失業の温床にもなりかねない。結局、低技能・不安定な労働力が旧来型産業を支えていくという負の構造が是正されることは無い。
以上、トライアル雇用(インターンシップ)が労働力政策として有効に機能するためには二つの前提条件がある。現状のただ「お試し」を導入するというのは、海外の成功している政策の真似をしているようで、真似にすらなっていない。全体の政策の体系をまったく無視したやりかたでは政策効果を期待することはできないだろう。
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