いよいよ本格的な冬の到来。
街ゆく人は、コートの襟を立て、足早に歩いているように見えます。
さあ、お話の続きを始めましょう。
第二章 新米主婦
第一節 なんてこった
その6 ある春の日に・・・
その日は、よく晴れていて、ぽかぽかと気持ちのよい日だった。
奥さんは、洗濯物を干すため、玄関から庭に出ようとした。とその時・・・
何やら外から、かん高い話し声が聞こえる。右隣のあのオバハンの声だ。
奥さんは、外に出るのをやめて、玄関の内側でちょっと様子をうかがうことにした。
「草、はえたねえ、なんてこったぁ」
「あぁ、よくはえた、はえた」
話の相手は、左隣のおばあさんだ。
奥さんの家の庭をはさんで、柵ごしにしゃっべている。
庭といっても、自動車一台分ぐらいの大きさしかないから、充分、声は届く。
「奥さん、まだ結婚して、ここに来たばかりだから、家の中のことが忙しいんだろうね。
外まで手が回らないんだろね」
「そぅかい、そぅかい」
「こんなに草ぼうぼうじゃ、とるのも大変だろね」
「おぅおぅ、草どころじゃなくて、アツアツかいのお」
「親が近くにいるわけじゃないみたいだし
きっとひとりでてんてこまいしてるんじゃないのかな。
慣れるまで、大変だよね」
「旦那はやらないのかのお、草取り」
「旦那さん、休みの日は、レコードばかり聴いてるみたいだよ。
おっきな音だからさ、うちにもよく聞こえて来る」
「え?何?聞こえてくるのかいなあ」
「レコード、レコードだよ」
「え?何?」
「レコードだってば!音楽聴いているんだよ。オ!ン!ガ!ク!」
「え?ガクガク?・・旦那は、そんなに弱いのかい」
「もー、セツさん、違うってばあ~」そう言って右隣のオバハンは、
セツばあさんの家の方に行き、ふたりは、家の中に入ったらしく
話し声は聞こえなくなった。
外に出ずに、玄関の内側でじっとしていた奥さんは
「草取りかあ・・・今日やろうかなあ・・」
洗濯物干し、朝食の後片付け、布団干し、掃除、荷物整理・・・。
新米主婦にはどれも大仕事だ。気がつくと、もう正午を過ぎている。
奥さんは、午後一時頃になってやっと草取りに取り掛かった。
草をむしれば、何やら虫はぴょんぴょん、黒アリはあちこち。
奥さんはしかめ面をしながら、ぼっそぼっそと草取りを続ける。
「おかあさーん」と言って逃げ出さなくなった。随分、進歩したものだ。
すると、奥さんの頭の上から声がした。
「オヤ、始まったね」
奥さんが顔をあげると
あのセツばあさんが、柵ごしに、にこにことこっちを見ている。
年格好、顔かたち、「となりのトトロ」に出てくるカンタのおばあさん(サツキと
メイの世話をよくする)にそっくりだ。
「たくさん、生えたねえ」
「ええ、まあ・・あの・・」
「いいのよ。新婚さんなんだから、草なんて後回しでいいの、いいの」
セツばあさんは、少しいたずらっぽく笑った。
「いえ、その・・・」
「おや、草の間からチューリップが顔を出してるねえ」
「うちの人、庭のことなんかやらないのに・・どうしてなんでしょう・・・」
「あ、これはねえ、旦那さんがここに来て三年になるけど、その前に住んでたご夫婦の
奥さんがねえ、とても花好きな人でねえ、いろんなの植えてたんだよ。それがまだ
こうして咲くんだねえ」
「あ・・そうだったんですか・・・」
奥さんは恥ずかしくなった。
ここに花壇を作って庭をきれいにしてた人がいたなんて・・・。
なんだか申し訳ない気がした。
再び草取りの手を動かすと、奥さんは芝生のような草をつかんだ。
「あのう、これ、芝生ですよねえ、でも花が咲いてるんですけど、
芝生って、花、咲きます?」
「はははははは、奥さん、なんにも知らないねえ。
都会育ちかい?」
セツばあは、前歯が数本抜けた口を手で押さえながら笑った。
「ええ、まあ・・私の父は植木に凝っていて、実家の庭にはいろんな種類の
竹やら梅やら松やら・・山椒の木とか・・ツルウメモドキとか・・
木はいろいろあったんですど・・・・」その先、奥さんは、自分が虫が大嫌いで
土いじりなんてしたことがなかったとは言えなかった。
「それはね、芝桜っていうんだよ。それはピンク色だけんど白いのもあるんだよ。
毎年咲くからね。それは、抜いちゃあだめだよ」
「あ、そうなんですか、気をつけます」
奥さんは、芝桜を抜かないよう、注意しながら草取りを進めると
「あ!痛っ!」
「おぅおぅ、そこにはツルバラがのびてきているよぉ」
ふたりは、顔を見合わせて笑った。
キーと自転車が止まる音がした。
「おやおや、おじいのお帰りだよぉ」
セツばあの旦那さんが帰ってきた。
「うちの人は、もう年だけんど、近くの市営公園の掃除に毎日行ってんのさあ。
運動にもなるんしねえ」
白の作業服と作業帽、セツばあより少し背が高くてほっそりしているが、
日焼けした顔は健康そうだ。
チラッとこちらを見て家に入っていってしまったが、おとなしくて
優しそうな目をしていた。
「さあぁ、おじいの世話じゃ世話じゃ」
セツばあは、ひとりごとのようにそう言って、少し曲がった腰に手を当てて、
ゆっくりと家に入って行った。
その背中に温かいものを感じながら、奥さんはセツばあの後ろ姿を眺めていた。
と同時に奥さんは、庭で草花を育て世話をする自分の姿を思い描いていた。
「さあ、つづき、つづきっとぉ!」
奥さんは草取りの続きを鼻歌まじりで始めた。
その背中には、春の優しい日の光がふりそそいでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新米奥さんも、いろんなことを見たり聞いたりして
少しずつ成長しているみたいですね。
次回更新は、少し間があきますが、二月上旬の予定です。
2011年が皆様にとって良い年になりますよう、心からお祈り申し上げます。
ぽ・て・と
街ゆく人は、コートの襟を立て、足早に歩いているように見えます。
さあ、お話の続きを始めましょう。
第二章 新米主婦
第一節 なんてこった
その6 ある春の日に・・・
その日は、よく晴れていて、ぽかぽかと気持ちのよい日だった。
奥さんは、洗濯物を干すため、玄関から庭に出ようとした。とその時・・・
何やら外から、かん高い話し声が聞こえる。右隣のあのオバハンの声だ。
奥さんは、外に出るのをやめて、玄関の内側でちょっと様子をうかがうことにした。
「草、はえたねえ、なんてこったぁ」
「あぁ、よくはえた、はえた」
話の相手は、左隣のおばあさんだ。
奥さんの家の庭をはさんで、柵ごしにしゃっべている。
庭といっても、自動車一台分ぐらいの大きさしかないから、充分、声は届く。
「奥さん、まだ結婚して、ここに来たばかりだから、家の中のことが忙しいんだろうね。
外まで手が回らないんだろね」
「そぅかい、そぅかい」
「こんなに草ぼうぼうじゃ、とるのも大変だろね」
「おぅおぅ、草どころじゃなくて、アツアツかいのお」
「親が近くにいるわけじゃないみたいだし
きっとひとりでてんてこまいしてるんじゃないのかな。
慣れるまで、大変だよね」
「旦那はやらないのかのお、草取り」
「旦那さん、休みの日は、レコードばかり聴いてるみたいだよ。
おっきな音だからさ、うちにもよく聞こえて来る」
「え?何?聞こえてくるのかいなあ」
「レコード、レコードだよ」
「え?何?」
「レコードだってば!音楽聴いているんだよ。オ!ン!ガ!ク!」
「え?ガクガク?・・旦那は、そんなに弱いのかい」
「もー、セツさん、違うってばあ~」そう言って右隣のオバハンは、
セツばあさんの家の方に行き、ふたりは、家の中に入ったらしく
話し声は聞こえなくなった。
外に出ずに、玄関の内側でじっとしていた奥さんは
「草取りかあ・・・今日やろうかなあ・・」
洗濯物干し、朝食の後片付け、布団干し、掃除、荷物整理・・・。
新米主婦にはどれも大仕事だ。気がつくと、もう正午を過ぎている。
奥さんは、午後一時頃になってやっと草取りに取り掛かった。
草をむしれば、何やら虫はぴょんぴょん、黒アリはあちこち。
奥さんはしかめ面をしながら、ぼっそぼっそと草取りを続ける。
「おかあさーん」と言って逃げ出さなくなった。随分、進歩したものだ。
すると、奥さんの頭の上から声がした。
「オヤ、始まったね」
奥さんが顔をあげると
あのセツばあさんが、柵ごしに、にこにことこっちを見ている。
年格好、顔かたち、「となりのトトロ」に出てくるカンタのおばあさん(サツキと
メイの世話をよくする)にそっくりだ。
「たくさん、生えたねえ」
「ええ、まあ・・あの・・」
「いいのよ。新婚さんなんだから、草なんて後回しでいいの、いいの」
セツばあさんは、少しいたずらっぽく笑った。
「いえ、その・・・」
「おや、草の間からチューリップが顔を出してるねえ」
「うちの人、庭のことなんかやらないのに・・どうしてなんでしょう・・・」
「あ、これはねえ、旦那さんがここに来て三年になるけど、その前に住んでたご夫婦の
奥さんがねえ、とても花好きな人でねえ、いろんなの植えてたんだよ。それがまだ
こうして咲くんだねえ」
「あ・・そうだったんですか・・・」
奥さんは恥ずかしくなった。
ここに花壇を作って庭をきれいにしてた人がいたなんて・・・。
なんだか申し訳ない気がした。
再び草取りの手を動かすと、奥さんは芝生のような草をつかんだ。
「あのう、これ、芝生ですよねえ、でも花が咲いてるんですけど、
芝生って、花、咲きます?」
「はははははは、奥さん、なんにも知らないねえ。
都会育ちかい?」
セツばあは、前歯が数本抜けた口を手で押さえながら笑った。
「ええ、まあ・・私の父は植木に凝っていて、実家の庭にはいろんな種類の
竹やら梅やら松やら・・山椒の木とか・・ツルウメモドキとか・・
木はいろいろあったんですど・・・・」その先、奥さんは、自分が虫が大嫌いで
土いじりなんてしたことがなかったとは言えなかった。
「それはね、芝桜っていうんだよ。それはピンク色だけんど白いのもあるんだよ。
毎年咲くからね。それは、抜いちゃあだめだよ」
「あ、そうなんですか、気をつけます」
奥さんは、芝桜を抜かないよう、注意しながら草取りを進めると
「あ!痛っ!」
「おぅおぅ、そこにはツルバラがのびてきているよぉ」
ふたりは、顔を見合わせて笑った。
キーと自転車が止まる音がした。
「おやおや、おじいのお帰りだよぉ」
セツばあの旦那さんが帰ってきた。
「うちの人は、もう年だけんど、近くの市営公園の掃除に毎日行ってんのさあ。
運動にもなるんしねえ」
白の作業服と作業帽、セツばあより少し背が高くてほっそりしているが、
日焼けした顔は健康そうだ。
チラッとこちらを見て家に入っていってしまったが、おとなしくて
優しそうな目をしていた。
「さあぁ、おじいの世話じゃ世話じゃ」
セツばあは、ひとりごとのようにそう言って、少し曲がった腰に手を当てて、
ゆっくりと家に入って行った。
その背中に温かいものを感じながら、奥さんはセツばあの後ろ姿を眺めていた。
と同時に奥さんは、庭で草花を育て世話をする自分の姿を思い描いていた。
「さあ、つづき、つづきっとぉ!」
奥さんは草取りの続きを鼻歌まじりで始めた。
その背中には、春の優しい日の光がふりそそいでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新米奥さんも、いろんなことを見たり聞いたりして
少しずつ成長しているみたいですね。
次回更新は、少し間があきますが、二月上旬の予定です。
2011年が皆様にとって良い年になりますよう、心からお祈り申し上げます。
ぽ・て・と