九大グリーンクラブOB会ブログです

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御巣鷹の尾根に登りました

2022-10-23 14:21:22 | 登山

 興味本位で登るところではないのですが、群馬県にいる間に一度はお参りしたいと思っていました。お盆やお彼岸ではご遺族のお参りの邪魔になるし、さりとて紅葉シーズンでは寒くなるし、新型コロナが少し落ち着いてきたこの時期に思い立ちました。

 令和4年10月16日(日)、もう気合を入れなくても普通に早く目覚めるので、6時半に高崎を出ました。まずは下道で下仁田町を目指し、南牧村から湯の沢トンネルで上野村に入りました。ここまで2時間。初めに上野中学校近くにある“慰霊の園”を訪れました。

 慰霊の園には慰霊塔、納骨堂や展示棟がありました。慰霊塔は手の平を合わせた形をしており、その隙間の向こうに御巣鷹の尾根があるそうです。慰霊塔の後ろには墓碑銘と納骨堂があり、歌手の“坂本九ちゃん”の名前もありました。特徴的なのは、同じ苗字の方が多数組犠牲になっていることでした。夏休みでお盆直前だったからでしょうか。この事故の後、うちの家族では全員が同じ飛行機に乗らないようにしています。持ってきた線香に火を付け、十念を唱えてお参りしました。

 展示棟には事故機の軌跡、遺品、救助活動の様子を伝える新聞等が展示されていましたが、ピンクの小さなサンダルの方面(かたつら)を見た時には涙が出てきました。

 御巣鷹の尾根は慰霊の園から直線で10km、下道で16kmのところにありました。今でこそ上野ダムができ、トンネルの多い立派な道路が整備されていますが、当時は現場に到着するにも往生したのではないかと思われました。

 御巣鷹の尾根登山口と書かれたところには観音様が立ち、参拝者が安全に参拝できるようこの登山道が出来た経緯が碑文に納められていました。また駐車場入り口近くにはトイレとご遺族のための更衣室が設置されていました。ここでもお線香をあげて十念を唱えました。

 10時6分、満を持して歩き始めましたが、5分もしないうちに様子がおかしいことに気付きました。立派に整備されているはずの登山道は大きくえぐられ、橋の両端も流出していました。調べてみると、2019年10月の台風19号の大雨で壊れたとのこと。またもや事前の下調べが不十分でした。

 一旦駐車場に戻り、駐車場前の道路をさらに登っていくと、なんと、あるではないですか、立派な駐車場が。ここには“六根清浄”と書かれた杖や、異なる地名の入った杖が多数設置されていました。各地からお参りに訪れた方々が、次に登る人のために置いていかれたのでしょう。

 仕切り直して、11時に再度登り始めました。ここからの登山道はよく整備されていましたが、非常に急でした。15分歩いては休み、また、15分歩いては休みで、11時40分にようやく“昇魂之碑”のある広場に到着しました。ここでもまずはお線香を手向けて十念を唱えました。

 あらためて周囲を見回すと、あたりには沢山の墓標が。恐らくご遺体や遺品が見つかった場所なのでしょう。不謹慎なので写真は撮りませんでした。墓碑銘を読みながら最も高いところまで登りました。途中“x岩”なるものがあり、相互の位置を特定するための基準点にしたと、群馬県警の説明書きに書かれていました。一番高いところには機長、副機長、機関士3名の供養塔が立っていました。乗客を無事に届けられず、さぞ無念だったことでしょう。 

 その隣に、登山道を示す道標が立っており、「大蛇倉山・高天原山」と書かれていましたが、どこにも「御巣鷹山」とは書かれていません。そう、ここは御巣鷹の尾根ではなく、高天原山の尾根なのです。またしても勉強不足。このまま知らずに登っていたらきっと遭難していたことでしょう。そういう意味では、最初の登山口での躓きが功を奏したことになります。あそこで時間を費やしていなかったら、このまま登っていたでしょう。

 広場まで下りてきて、いつものようにお湯を沸かしてカップラーメンを食べようと思いましたが、思いとどまりました。もしかしたら水を求めて亡くなった方もおられたのではないかと。最後に“空の安全を祈って”の鐘を鳴らして下山しました。

 途中の木々には色付いているものもありましたが、やはり、紅葉には早かったようです。駐車場からは来た道を戻りましたが、来る途中に見えた上野ダム(奥神流(かんな)湖)に寄りました。ダムそのものは重力式コンクリートダムですが、特徴的なのは上流部にある南相木ダム(奥三河湖)との間に神流川発電所があり、日中電気の足りない時に水を流して発電し、夜間余った電力で水をくみ上げる揚水式発電所だそうです。

 昼飯は結局“道の駅オアシスなんもく”で、かけうどんと味噌コンニャクを食べました。群馬県は福岡県同様コムギの産地で、コンニャク芋の生産量は全国一です。自宅に帰り着いたのは16時過ぎで、そんなに歩いてはいないのに、なんだか疲れた登山でした。次の山歩きは恐らく来年でしょう。九大GC創部50周年記念登山には参加できませんが、みなさま、楽しんで旧交を温めて下さい。

慰霊の園(左の慰霊塔の後ろには墓碑銘と納骨堂)

駐車場の端にある登山口(トイレと更衣室も)

台風で壊れた橋と倒木

新しい駐車場

少し登ったところにある案内板

広場に到着(昇魂之碑、空の安全を祈っての鐘)

向こうの尾根からこちらに向かってきたとのこと

紅葉している木も

上野ダム(スマホだと笑顔にならないのはなぜ?)

上流部の南相木ダムとの間に揚水式の神流川発電所が