ひとやすみ(風のいろ:別館)

あなたは私のいのちを穴から引き上げてくださいました(ヨナ)
闇の中に座っていても主がわたしの光である(ミカ)

「イエス様の優しい呼びかけ」 06.8.5 ☆酒井兄メッセージ☆(風のいろ的抄録)

2006年09月01日 | Faith
☆ 引用聖句 イザヤ書43章1節 ・ 4節
1  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。
   わたしはあなたの名を呼んだ。
   あなたはわたしのもの。

4  わたしの目には、あなたは高価で尊い。
   わたしはあなたを愛している。・・・・・・・・・・   

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その痛み、孤独、むなしさ。そういったことをいっぱい味わっていくのが、この世の人生です。・・・・・・・・・・心の痛み、それから孤独、不安、ひとりぼっち、心細さの原因とは何でしょうか。それはただ一つ。あなたがイエス様を知らない。 イエス様を知らない。神様を知らないというところから来ています。・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・エレミヤ記31章の3節。ここはリンデにもありますよね。

3  「永遠の愛をもって、
    わたしはあなたを愛した。
    それゆえ、わたしはあなたに、
    誠実を尽くし続けた。」
   
この、「わたし」というのは神様です。・・・・・・・・・・・私を捨ててゆく。だけれども主は、誠実を尽くし続けられる。・・・・・・・・・・・・・・・・

この世の中はメチャクチャですからね。今。会社の仕事なんて、本当にもう殺人的です。さもなければ、病気、それから倒産、失業。
もうあらゆる不幸が身にふりかかってきます。そうした人にイエス様は、すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。マタイ伝11章の28節。19ページ。

    すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
    わたしがあなたがたを休ませてあげます。

また、第一ペテロ5章の7節には、こういうことも仰っているのです。

   7  あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
      神があなたがたのことを心配してくださるからです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マタイ伝18章の19節。

   19 もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、
      地上で心を一つにして祈るなら、
      天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。
   20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、
      わたしもその中にいるからです。
   
祈りというのは何も改まって、宗教的な行事でやるものでは決してありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは生きている主、生きている神様との親しいお話なのです。あるときは悲しい愚痴。それから、あるときは喜び。その全てをイエス様に話し、イエス様と分かつことです。これが祈りです。ということは、当然多くのことを主にお願いする。主の名によって祈る、と。
これも言い出すと、ちょっと難しくなるのですが、何でもいいのです。ともかく片っ端から、「イエス様、お願い。」と言って、天に放り上げればいいのです。下手に考えるより、そのほうが手っ取り早い。人間の力なんか知れている。もしくはゼロ。だけど、何かそういう相談を受けたり、自分がそういう立場になったらすぐ、「イエス様、こうなっています。」「こうなっています。助けてください。」これが祈りです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イエス様はいつも私を愛し、見つめていてくださる。子どもとしていてくださる。永遠にイエス様とともに私たちはいられる。このことを知れば、もはやあなたは痛みや孤独や寂しさの中から解放されます。どんな大きな問題であっても、全能の主イエス様がいつも横にいてくださるのだから、何の心配があるでしょう。何の寂しさがあるでしょう。何の心を痛めることがあるでしょう。・・・・・・・・・・・・

コメント    この記事についてブログを書く
« 言えたらいいのに | トップ | カレーライス記念日 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Faith」カテゴリの最新記事