大分県臼杵市の"鼻出し"マスク市議若林純一(62歳)議員が、市議会で"鼻出し"マスクを理由に発言を許されなかったことを理由に、市と市議会を相手取って大分地裁に提訴したようです。
何か、左翼の独善的な行動と感じたので調べてみました。卒業式の国歌斉唱の際に起立しない左翼教師のような感じがしたのですが、少し違うようです。結論としては、一部の官僚のように自分は賢くて他の人はバカばかりという考えを持った勘違いな人か、一部の都道府県知事(特に沖縄県)にみられるような自分の万能感を誇示したいとか、左翼的な思想のために独善的な思考によって国などの指示に従わない人のような印象でした。都道府県知事にしろ、地方議会の議員にしろ、特別職の公務員なのですから、国の政策に協力する義務があるでしょう、。国民から選ばれた良心的な人を前提としているので行動を強制をしないだけですよ。
11月22日付け読売新聞のニュースによると、この議員の提訴の理由は、発言を禁じられたのは表現の理由に反するからだそうです。「(マスクの)着用は強制されるものではない」と話したとあります。
そして、11月30日の市議会では、"鼻出し"マスクどころかマスクを着けずに出席し、議長から注意を受けています。議会は同議員をいないものとして議事進行したそうです。同議員は、「退席させられるだけの理由と私は思えないのであそこで退席するということはできなかった。マスクをしないことだけをもって制限や不利益を課せられるものかどうか」と話しているそうです。
自分の主義主張は尊重されるべきですが、社会のルールというものもあるでしょう。葬儀に行っておいて、自分は宗教が異なるので焼香しませんというようなものですよ。このコロナ情勢の厳しい中で、国は、基本的な生活様式(①身体距離の確保②マスクの着用③手洗い)を受け容れるように国民に求めていて、せめて公共の空間で活動する際には、この基本的な生活態度を守るべきでしょう。
この議員は、広島大学を卒業し、県庁に勤務していたそうです。そうであるなら、役所の論理も知っているわけですから、市や市議会に抵抗することは、相手に対する思いやりもなく、何か違和感を感じます。
同議員は、本年の8月下旬から9月初めにかけて、市内の中学校の周辺でチラシを配っているようです。チラシには、「未成年に対して(ワクチンを)接種するのはメリットがあるのか、感染予防効果は不明」という記載されていたそうです。発言や公約などには市民の納得できるようなものが多くて当選しているようですが、このチラシを配る際にもマスクを着けていなかったことから、保護者から苦情が寄せられ、市から厳重注意を受けたということです。
私も18歳以下にはワクチンは必要ないと思っていますし、マスクも必要ないと思っていますが、公共の空間ではマスクはしていますよ。朝の散歩では時間が早くて誰にも会わないのでしていませんが。
それで、この人は、左翼のような思想に基づいているのではなく、一部の官僚や知事のような自分が賢いと勘違いしている人なのではないかと思ったのです。このブログを読んでいただいている人にはいないことを望んでいます。
人は一人では生きていけないし、仕事もできません。いろいろな知恵を集めて効果的に行動することが最善だと思います。国歌でも「細石の巌となりて」っていうでしょう。私は、国を始め会社など組織と呼ばれるものは、この言葉のとおりだと思っているのです。全体主義とかではありません。それぞれの個性を尊重しながら、それぞれが折り合いを付けることを大切と思うのです。
この議員のように、自分は賢いと勘違いし、独善的に行動するとろくなことはありあませんよ。私は、いつも経営に関してアイデアがあっても部下職員に尋ねて、継続してやれるのかを確認しています。できないことはやりません。
これまでも流行のようにマニュアルの整備、事務の合理化、組織のフラット化、企業のCSR活動など、やってきたでしょう。すでに陳腐化していますよ。すべてやっているという能力の高い人ばかりの企業もあるでしょう。しかし、大地あの企業ではなくなっているでしょう。SDG’sも同じですよ。自分で理解して、できることだけすればいいのです。人間は限界がありますし、大きな影響がなければ簡単な方に流れるようになっていると思います。
皆さんも、自分が賢いと勘違いしないで、常に自分を振り返り、第三者の視点で自分を評価して、自分を律したほうがいいですよ。それでうまくいくとは保証できませんが、少なくとも、自分の生き方としては、良いと思えるからです。