今から三十年程前に読んだ開高健大兄の本に、アマゾンの何やら奥地の小さな村の話がありました。
それによると、その小さな村ではテレビもなければラジオもない。
およそ娯楽的な物が何もない。
あるのは自然。途方もなく自然があるだけです。
そこで人々は何をするかって言うと、おせっくす。
上品に「お」を付けて、さらに柔らかいイメージにするために平仮名にしましたよ。さすがジェントルマンですね。
さて、おせっくすです。
お父さんはそこたらで色々やらかして、避妊具もないので不貞の子が沢山出来ます。
お母さんはというと、やっぱりそこたらで色々やらかして、不貞の子が沢山出来ちゃいます。
正直、不貞のって言葉も気分悪いんですが、まあ日本人の感覚に沿って話を進めていきたいと思います。
そこから面白いんですが、お父さんが外でこしらえた子は「お父さんの子」。
お母さんが外でこしらえた子は「お母さんの子」。
2人でこしらえた子は「2人の子」として、
それでも完全に分け隔てなく、同じ家族として、大人数で、賑やかな一家として、本当に楽しく暮らしていくそうです。
そこに倫理とか正義とかが、どう存在するのか分かりませんし、正直自分なんかだと嫉妬で死んじゃいそうだったりもします。
だけど、そこにはめちゃくちゃでかい愛があるのは感じます。
日本人が擦り込まれている倫理観や正義感で纏足のように小さく形つくられた愛よりも、なんか原始的なのかもしれませんが大きい大きい愛を感じます。
人間ってのは、もっと奔放で自由で大きく優しいもんなんじゃないかって思うんです。
芸能人の不倫やら、おせっくすやらのプライベートを金で仕入れて、文章にして金を儲ける。
それを興味津々で読んで、安全なところから覗き見して、正義面して暴かれた人間をよってたかって叩く。
批評する。
批判する。
消えろ!と言う。
許さない!と言う。
すごく偏狭で卑劣で気持ち悪いのはどっちなんだろう。
ちなみワシは死ぬほどモテるので、世界中に恋人だらけだ。
わはは。
人生は楽しむもんだぜ!
日本はどうでもいいことばっかだなあ。