【日本公演(1966.06.30)】
1966年はビートルズにとって「変革の年」であった。彼ら「4人」
と言いたいところだが、リンゴを除く3人の使用楽器が変化した年で
あった。1965年の秋“RUBBER SOUL ”の制作から、ポールはヘフナー
からリッケンバッカーへ、ジョンやジョージは、それまでのリッケン
バッカーやグレッチからカジノを使用するようになった。それはまだ
スタジオにおける使用でありファンに公開されていなかった。しかし
1966年になると、テレビやコンサートなど、ファンの目にそれが映る
ようになったのである。
ビートルズの日本公演を観た人がこのようにコメントしている。
ジョンがリッケンバッカーを、ジョージがグレッチを持っていなか
ったので、がっかりした。
そのステージには「ホロー・ボディ・ギター」を持った3人がいた。
ホロー・ボディ・ギターはソリッド・ギターと比較すると、大音量下
での使用においては、常にフィードバックの危険にさらされるという
問題があった。にもかかわらず、ビートルズはなぜホロー・ボディ・
ギターを使用したのであろうか。
カジノを最初に手に入れたポールが、その理由についてこのように
コメントしている。
フィードバックを簡単に得られるからね。
フィードバックとはマイクでいうハウリングのようなもので、それ
までは一般的に「悪い意味」の言葉として使用されていた。しかし、
1960年代中頃になると、その効果を「良い意味」で利用しようという
トレンドが生まれたのである。このトレンドは、進行中のブリティッ
シュ・インベージョンにおいてギター・マーケットにも多大な影響を
与えたのである。1967年度のギブソンES-335やES-330の出荷台数が、
前年の2倍になったのであるが、その原因のひとつとして、ビートル
ズがカジノを使用し始めたことがあげられると考える。
ポールがステージでヘフナーを利用し続けたことは、上述の事情と
異なるであろう。推測の域であるが、おそらく彼はヘフナーの操作性
(軽量でステージで扱いやすい)と、ジョンとジョージのカジノとの
色彩的統一感(ブラウン系の色彩)を重視したのではないだろうか。
1966年の「ヘフナー+カジノ×2」のルックスは、ビートルズ中期
における「シンボル」であると思う。
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やはりそうでしたか。
と書いているうちに思い出しました。
ペグも交換しました♪
サンバースト。
色合いがやや赤が強いため、もっと黒っぽくしようと
リフィニッシュを試みようとして
もう数十年経過しています。
ご推測の通り、ピックアップカバーの事です。後はペグですね。
自分の場合、カジノのピックアップガードは最初から外して使ってます。ES-330の方はもともと黒ですので未だにつけたまま。ピックアップカバーのニッケルは経年劣化で白く錆びきってます(汗)その点後年仕様のクロームメッキは錆びないので光沢が失せる事はありませんね。
同じ、ブランドでもディテールの違い・・・。
深いですね♪
この点、とても勉強になります。
今後もいろいろとご教授ください♪
メッキ加工の変更の件は「ピックアップカバー」の
ことでしょうか?
現在所有のカジノのピックアップガードの輝きが鈍り
過去に一度パーツ交換をしたことがあります。
トーンコントロールの調整により幅広いトーンが
出せますね。
太く艶やかなトーンからエッジの立った鋭い音まで。
コード弾きにも適しているようです。
特にハイ・ポジションによるコードの響きは
分離もよくステキです。
コードEをローポジションではなく
4フレットをセーハして弾くとよい感じです。
65年度後半よりギブソン、エピフォンのギターヘッド角が17度から14度へと変更され、ネックの形状が細い形状となり、ナローネックになる。音質(とくにアタックやサステイン)に影響が出るので、販売に貢献しても(彼らに影響されつつも)求めるサウンドは出なかったって事ですね、残念ながら。
GLAYのTERU氏が大枚を出して手に入れたエピフォンカジノはネックジョイントがES-335と同じになった69年以降のモデルだから更にサウンドは違いますね。ただジョン、ジョージのカジノと違いハイポジのプレイはこなせますが。。。
らば~そうるさんはカジノをお持ちですよね。
実際に使ってみて、どんな印象でしょうか?