プレヒストリック・サファリ
Prehistoric Safari : The Eocene Central Asia
ⓒサーベル・パンサー
ⓒthe Saber Panther
暁新世という揺籃期を経験し、いよいよ本格的な哺乳類時代の幕開けを遂げた始新世に突入してから、まだ-もちろん、地質学的見地からの表現ですが-幾ばくも経ていない頃、始新世後期の中央アジアに該当する地域にご案内しています。
「雷獣」エンボロテリウムandrewsi (推定体重3トンほど)が、容態の芳しくない幼獣を守るべく、肉歯目の肉食獣、サルカストドン mongoliensis (推定350kgほど)二頭を追い散らしています-いにしえの北米インディアンが、雷獣の近縁種の化石化した蹄骨を見て夢想したごとく、まるで雷鳴が轟き渡らんばかりの勢いで-。手前にはアンドルーサルクスmongoliensis (推定700kgほど)の姿も見えていますが、これは当時のこの地域からすれば珍しくもない、ありふれた光景だと言えましょう。
2千万年近くに及ぶ長大な括りである始新世は、全地球規模で高温多湿な気候が支配的であったと言われています。大陸の地形は現在と大きく様相を異にし、地上、海底で活発な火山活動が常的に展開していたため、充満するガスが一種の温室効果をもたらしていたと考えられるのです。中央アジアに当るこの地域も、比較的高緯度であるにもかかわらず、遠景に亜熱帯性の密林がどこまでも続いている様子がお分かりいただけるでしょう。
哺乳類の種類も密林性の小~中型種が大多数派であり、メガファウナの多様性に特筆すべきものはありませんでしたが、ご覧の「始新世三大猛獣」が揃い踏みしていた中央アジアは、その意味で-当時の北米を除けば-別格的な地域であったと言えます。
以下、3種について、新しい知見など織り交ぜつつ簡単な記述を付加します。
Embolotherium andrewsi
Thunder beast(雷獣)の俗称、及び同じ意味の学名を得ているブロントテリウム科の動物は、最初期の奇蹄類群の一角をなしています。もっとも、「ブロントテリウム」は現在、ファミリー名に継承されるのみとなり、かつてこの属名で知られていた北米産の種類には、正式名としてメガセロップス Megacerops が適用されるに至っていますが。
ブロントテリウム科の最大種であるメガセロップスとアジア産のエンボロテリウム、同リノティタンはいずれもサイズ的に遜色がなく、インドゾウ大という俗説は多分に誇大ですが、それでも推定体重は2~3.6 t(Paul, 2013)にもなり、マルミミゾウに匹敵するサイズに達していました。
巨体とともに各種共通しているのが、形状にヴァリエーションは見られるものの、概ねY字型をした角(アジア産の一部の種類においては、後述のとおり、これは鼻骨が変形したもの)を吻部上に生やしていた点。Y字角の内部は鼻腔が拡張する形で空洞化しており、武器というよりは、仲間内で共鳴音を響かせる役割を担っていたとする説があります。
なお、本復元では、American Natural History Museum 研究員の提唱する、新解釈を反映させるよう試みています。要するに、エンボロテリウム属種にあっては、Y字角は鼻骨から独立した突起物なのではなく、過度に変形した鼻骨そのものであるという知見を踏まえ、従来の場合より、角と吻部との「分離感」を緩和した表現にしてあるということです。
Sarkastodon mongoliensis
原始的な肉食獣群、肉歯目・オキシエナ亜科の大型種として知られるサルカストドンmongoliensis は、最も近縁なパトリオフェリス属種と形態的には類似していたという説が、主流です(Werdelin, L. (1989) 他)。
頭骨の一部しか見つかっていないサルカストドンとは対照的に、全体像が分かっているパトリオフェリスsp. は、現代のイタチ科の多くと同様、体長比での体高が顕著に低いという特徴があります。一般に肉歯類は、食肉類の場合よりpostcranial 長に比して頭骨長が大きくなることを併せ見ても、サルカストドンの肩高は1mに達するか否かであったというのが、妥当な解釈でありましょう。
大型肉歯類と聞けば無反省に与えられがちな800kg~級という体重値は過大にすぎると考えられますが、体高が1m前後になる「パトリオフェリス的、イタチ科的大型肉食獣」というのも、十二分に畏怖すべき大猛獣であったことに、違いはありません。
Andrewsarchus mongoliensis
しかし、始新世の最も恐るべき猛獣といって真っ先に想起されるのは、アンドルーサルクスmongoliensis をおいて他にないでしょう。
属名に名前が刻まれているアンドルー・チャップマン率いる発掘チームが、直径80cm余りにもなるという、下顎を欠いた頭蓋骨を発見しています。その顎力たるや、陸獣史上最強であったと断じても遠からずでしょう。
本種については残念ながら、形態的な全貌はおろか、系統分類に関しても判然としていないのが実情です。原始的な有蹄動物群であるメソニクス目の一部をなすという考えは広く受容されてきましたが、これは例によって、オズボーンの手になる簡単な記載にのみ依拠した説であると言われます。近年では、Spaulding et al.(2009) ※らが頭骨形態、歯型ともにメソニクス類との類縁性を否定する調査結果を報告しており、オズボーンに起因する従来説は、覆されつつあるようです。
アンドルーサルクスに最も近縁だとして再浮上しているのは、新説によれば、偶蹄類(鯨偶蹄類)・エンテロドン科の仲間であります。
※哺乳類系統樹 (from Spaulding et al., 'Relationships of Cetacea (Artiodactyla) Among Mammals:
Increased Taxon Sampling Alters Interpretations of Key Fossils and Character Evolution(2009))'
(↑かつてのクジラ目と偶蹄目とを統合した「鯨偶蹄目」の下位分類群に、鯨凹歯下目(鯨、カバ、およびそれらに近縁な仲間)があり、エンテロドン科とアンドルーサルクス属種とが分類されています。メソニクス目は、むしろ食肉目に近い立ち位置にあるグループで、ここでは鯨偶蹄類との繋がりが否定されています。)
エンテロドン科そのものではないし、形態上の差異も大きいのですが、現生のイノシシよりも肉食に適応した雑食獣であるところのエンテロドン科を、一段と凌駕する肉食傾向性を具えた存在だったのでしょう。純粋な捕食獣であったとは考えられないにしても、相応に「肉食獣的な」形態の持ち主ではあったはずです。
・・・なお、この場面の刹那後、アンドルーサルクスが振り向きざま、走ってきたサルカストドンに襲いかかることになります。まさにプリミティヴな擾乱、「始新世的な」カオス状態(笑)ですが、その後の展開については皆さんのご想像にお任せします。
文責 / アナログ絵 ⓒサーベル・パンサー
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アンドリューサルクスがエンテロドン科に近縁というのも衝撃ですね。すごく禍々しいビジュアルを想像してしまいます(笑)
個人的には角竜っぽいサイという感じでかなり
かっこいいと思います。
記事中で少し触れたSpaulding et al.の論文
("Relationships of Cetacea (Artiodactyla)
Among Mammals: Increased Taxon Sampling Alters
Interpretations of Key Fossils and Character
Evolution(2009))は、Andrewsarchus mongoliensis
の分類に関与した直近の研究のうち、最も権威が認め
られているものと、認識しています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/core/lw/2.0/html/tileshop_pmc/tileshop_pmc_inline.html?title=Click%20on%20image%20to%20zoom&p=PMC3&id=2740860_pone.0007062.g002.jpg
上に、同論文中からの新しい哺乳類系統樹を示してお
きます。
舌を噛みそうな強面の専門用語が並んでますが、
Cetancodontamorphaとあるのは鯨偶蹄目の下位グルー
プで、主にクジラとカバの仲間からなる分類群です
ね。ここに、エンテロドン科(Archaeotheriumなど)と
アンドルーサルクス属種とが含まれています。
ご承知かも知れませんが、分子系統学上の新知見を受
けて、かつてのクジラ目が偶蹄目に統合され、上位分
類の名称も、鯨偶蹄目に変わった経緯があります。
一方、メソニクス目(Mesonychia)は、むしろ食肉目に
近い立ち位置にあるグループで、鯨偶蹄類との繋がり
が明確に否定されていることが分かります。
前回の記事でもちょっと述べましたが、したがって、
エンテロドン科はカバに近縁であるということはでき
ても、イノシシ亜目との繋がりは希薄だということも
分かります。
始新世の次の漸新世の頃までは、種類の豊富さにおい
て、奇蹄類のほうが偶蹄類を上回る勢力であったと聞
きます。ブロントテリウム科は、当時にあって別格的
なサイズ、多様性共に、まさしく初期奇蹄類群を代表
するグループであったと、言えるかと思います。
おっしゃるように、一見サイに似ていますが、頭骨各
部位や全体のプロポーションなど、細かく見ると、違
いも大きかったりします。
コメントをありがとうございます。