the Saber Panther (サーベル・パンサー)

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シミターキャット・ホモテリウム(リポスト) + ホモテリウム・ラティデンスのミイラ発見について詳解を追記

2024年11月24日 | ネコ科猛獣の話
サムネ(ホモテリウム・ラティデンス(Homotherium latidens) 成獣の生体復元画
イラスト by ©the Saber Panther(Jagroar)(All rights reserved)


以下は元々、2020年10月31日に投稿していた記事のリポストとなりますが、今回報告のあったミイラについても、解説を付記しました。

また、ミイラの毛色や耳介、上唇の形状などに合わせて、オリジナルのホモテリウム復元画に、変更も加えました。


シミターキャット・ホモテリウムの核ゲノム解析 史上稀なる長距離追跡型のネコ科動物+追記
 


マカイロドゥス亜科(剣歯猫)、シミターネコ群の代表的種類であホモテリウム latidens の核ゲノムシークエンシングが実施されており(Current Biologyオンライン誌 2020年12月号)、注目を集めています。
 
カナダ・ドーソンシティの永久凍土層で出た上腕骨(4万7000年以上前)由来のDNA情報で、剣歯猫では初の核ゲノム解析の例となります。ホモテリウム属は剣歯猫のみならず、恐らくネコ科史上最も広い分布域を持っていたタクソンで、亜北極帯の凍土層からも氷河期時代の骨格が見つかっていることから、ミトコンドリアDNAの抽出、シークエンスの試みはこれまでにもなされていました。
 
同種の系統進化史、特徴的な遺伝子適応の特定、そこから導出された行動生態の仮説など興味深い内容となっているので、以下、二次資料ではなく当の論文内容(Barnett et al., 'Genomic Adaptations and Evolutionary History of the Extinct Scimitar-Toothed Cat, Homotherium latidens', 2020)の大綱を述べるとともに、生意気ですが、個人的な問題提起なども試みてみたいと思います。
 
その前にホモテリウム属について略述しておくと、マカイロドゥス亜科のホモテリウム族(Homotherini=シミター型剣歯猫群。スミロドン属に代表されるダーク型剣歯猫に比べて控えめな長さで鋸歯状となった上顎犬歯、四肢遠位部の伸長した細身の体形に特徴がある。ただし、シミターネコはポストクラニアル形態が多様であり、以上の特徴に当てはまらないタクソンも複数存在した)の最後期に現れたタクソンであり(更新世後期・氷河期に絶滅)、アフリカ南端からユーラシア全域、亜北極帯、北中米、南米に及ぶ広範な分布域を持っていたことからして、非常に繁栄した剣歯猫であったことが窺えます。
 
主に生息地/年代とサイズの違いを根拠に、同属には伝統的に複数種(H. latidens, H. serum, H. nestianus, H. sainzelli, H. crenatidens, H. nihowanensis, and H. ultimum)が類別されてきましたが、前述のミトコンドリアDNA解析(Paijmans et al., 2017)の結果を受けて分類が見直された経緯があり、現在、ホモテリウム latidens 一種のみが有効という状態です。
 

まず、ホモテリウムの系統と現生ネコ科の系統とは漸新世‐中新世境界に近い2250万年以上前に分岐していたことが示され、両者間の遺伝的距離の大きさが浮き彫りとなっています。マカイロドゥス「亜科」として、剣歯猫群がネコ科の中で進化系統を異にする独自のクレードを占めるという、従来からの分類を裏付ける結果だといえます。
 
ホモテリウムのDNAと現生のいずれのネコ科種のDNAの間にも、遺伝子流動が起こったことを示す形跡は認められなかったようです。ホモテリウムは広範囲に分布する過程で様々な環境系に適応し、多くの場合ヒョウ属の各種と分布が重なっていたことを思えば、これは意外な結果とも取れるかもしれません。
 
遺伝子流動(=異種間交配)が妨げられていた要因として幾つか考えられる中で、最も信憑性が高いとして著者らが挙げているのは、ホモテリウムの行動生態における他のネコ科との根本的な違いです
 
ホモテリウムに独自性を与えるところの遺伝的適応を確かめるために、比較ゲノム分析(comparative genomics analysis)の手法を用いて、正の選択圧を示す複数の遺伝子の特定が行われました。
 
視覚に関わる複数の遺伝子、概日リズムの調整や同調に関わる遺伝子にそれぞれ正の選択圧が示されることから、ホモテリウムは(多くのネコ科種が夜行性や薄暮時活動であるのに反して昼行性であったらしいことが窺われるといいます。この仮説は、顕著に発達した視覚野等、ホモテリウムの解剖的な諸特徴とも符合します。
 
さらに、呼吸器系、循環器系、血管新生に関わる複数の遺伝子が正の選択圧を示しており、長距離持久型の走行への高度な適応が示されたといいます加えて、発達した社会性を持つうえで重要と考えられる複数の遺伝子が正の選択圧を示しており、以上の遺伝的諸特徴は、おそらくは「開けた環境系に生息し、長距離持久追跡型の狩りを群れで行う、昼行性の捕食獣」という実態(もちろん、あくまでも仮説ですが)を浮き彫りにする、と結論づけられています。
 

(ヒッパリオン属の古代ウマを追跡する、ホモテリウム latidens のパック)
イラスト ©the Saber Panther


私のブログに親しんでこられた人たちならご存知でしょうが、ホモテリウムは剣歯猫中の「変わり種」で、走行特化(四肢遠位部の伸長など。肢全長に占める遠位部の長さの比率がダーク型剣歯猫、ヒョウ属よりも大きい。また、爪の出し入れの程度が小さい)が認められるということは、何度しつこく強調してきたか知れないくらいです。言うまでもなく、形態的特徴について述べていたわけですが、遺伝子適応の側面からも走行特化の剣歯猫であったことがいわば例証された形であり、個人的にはむしろ、形態研究に身を置く人たちの眼識の確かさに、改めて感心する次第です。
 
しかしながら、典型的な(イヌ科の多くやブチハイエナにみられるような)長距離持久型の狩りに適応していたという主張が出てくるとは、全く意想外だったし、ネコ科の中ではこのタイプの狩りに適応していた、知られる限り唯一の例ではないでしょうか。かつて、『ヒョウ属、チーター、スミロドンの狩り』と題してネコ科の狩猟法の類型化を試みたことがありますが、全く異なる狩猟型を加える必要が出てきたということでしょうか
 
論文では、ホモテリウム latidens の遺伝的多様性が現生ネコ科のいかなる種よりも高い度合いを示すことにも言及があります。遺伝的多様性と個体数規模は相関する場合が多いようですが、ホモテリウムは同時代のヒョウ属、スミロドン属に比べて化石数が少なく、これは個体数密度が一貫して低い為であるとする従来の仮説からすれば、これまた意外な結果とも取れます。
 
ただ、いずれにせよ、本種のネコ科史上最大といえる分布域を思えば、遺伝的多様性を持ち出すまでもなく、様々な環境に適応する能力が窺われるし、ホモテリウムが非常に繁栄していたタクソンであったことは、明らかといえます。

 
以上、論文内容の概観をしてみましたが、ホモテリウムの繁栄のカギを握っていたはずの、生態行動、狩猟形態をここでまとめてみますと:
彼らはおそらくは昼行性で社会的な群れを形成し、中程度の速度の走行、持久力に優れ、長距離持久追跡型の狩りを行っていたという。しかし、いうまでもなくイヌ科、ハイエナ科とは異質な部分も多く、例えば、前肢はネコ科を特徴づけるグラップリング力も保持していました。何より、シミター型剣歯を用いた殺傷法は、イヌ科、ハイエナ科はもとより、現生のヒョウ属とも違っていたはず※。
 
(※違うとはいっても、ホモテリウムの頭骨は海綿骨の分布比率が高く現生ヒョウ属種の頭骨に近い柔性を示し、比較的短く丈夫なシミター型犬歯と相まって、ヒョウ属種の「クランプ・ホールドバイト」(窒息をもたらす持続性の噛みつき方)に近似した殺傷法にも支障がないことを示す、Figueirido et al. (2018)のような注目すべき研究もあります)
 
こうした現生ネコ科種に見られない複数の特徴のコンビネーションが、ホモテリウムの繁栄の裏付けとなっていたことは間違いなかろうと思います。同時に、彼らは絶滅しもはや存続していないことも事実であって、その絶滅の理由についても考察する必要があるはずです。
 
論文では、更新世終盤に起こったメガファウナの縮小に伴い大型の獲物へのアクセスが減少した結果、上述の諸適応や特殊化が裏目に働くようになったのではないか、という趣旨のことが簡単に記されています。
 
同時代の別の剣歯猫、スミロドンの絶滅についても、大物猟に特化しすぎた機能形態とメガファウナの縮小とを結びつけて論じられることが常ですが、同じことをホモテリウムの絶滅にもそっくり当てはめて説明することは、個人的には妥当でないと感じます。本稿の記述だけからしても察しがつくと思いますが、ダーク型剣歯猫スミロドンと、シミター型剣歯猫ホモテリウムは同じマカイロドゥス亜科の種類とはいっても、機能形態、生態行動、狩猟形態、おそらくは殺傷法までが異なっていた(上記 Figueirido et al. (2018))ことが窺われるのです。
 
ホモテリウムの絶滅要因という問題の究明にあたった学問的研究は、スミロドンの場合とは異なり、ほとんどなかったと思います、少なくとも私が関知する限りでは。いかなる結論も仮説の域を出ることはないわけですが、このように「変わり種」で、かつ他に例を見ない繁栄を示していたネコ科種の絶滅要因というのは、一考に値する問題だと思います。

最後に蛇足になりますが一点。今回核ゲノム・シークエンシングの対象となったのは更新世後期にベーリングに生息していたH. latidens 個体ですが、ホモテリウムは五大陸に分布し、なかには東南アジアのジャワや南米北端の密林帯に生息していた個体群もあったわけです。体の大きさは平均的に現生のアフリカ南部産のライオンより少し小さい程度とされますが、既知の最小「亜種」としては現生のヒョウ程度の大きさで、逆に最大級は欧州北西部分布の個体(当復元画)で300kg超級に達したとされます。
 
要するに生息年代、地理別に存在したであろうサイズ差は意想外に大きい(私は、初期の個体群ほど祖先とされるアンフィマカイロドゥス属種の形態、サイズに近く、大型であったと考えています)し、生息地の環境系も多様で、一括りにできるようなものではなさそうです。これら個体群いずれにも、論文で提起されたような生態行動、狩猟形態が該当するのかというと、正直疑わしい気もするのです。
 
 
 

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー


追記

シベリアの永久凍土層で、ホモテリウム・ラティデンスの幼獣のミイラが発見されたという、大きなニュースが報じられています。およそ3万2千年前(更新世後期)の標本とのこと。
The world’s first saber-toothed cat mummy has been found in Siberia


生後3週間程度の幼獣で、同じ年代のライオンの子に比べて、長い顔面部、長く太い首、長い四肢、手根球を欠くことなどが特徴的。また、閉口状態では、上顎「剣歯」は上唇・下唇に覆われ、「隠れて」いたことがわかりました。上顎犬歯の発達を終えた成獣のホモテリウムにおいてもそうであったらしいことは、私も以前、この記事で詳しく述べていました(ただし、これはホモテリウムのようなシミター型剣歯猫にいえる特徴で、更に長大な上顎犬歯を有するダーク型剣歯猫(スミロドンが代表格)の場合、犬歯は露出していたとされ、そういったことも英語版記事では説明があります)。

毛皮は濃い茶色で、無地に近かったことがうかがわれるようです。亜北極帯に分布したネコ科猛獣の毛色としては実に意外ですが、研究者は、「(ホラアナライオンのように)暗めの毛色で生まれ、成長するにつれ明るい色になっていった可能性」を論じています。また、凍土層の冷凍動物は、(実際よりも)赤褐色の色合いを帯びていることが多いそうです。成獣の毛色などについても、このミイラ由来のDNA調査で、後々判明してくるのでしょう。

古代のネコ科猛獣の中で、ホラアナライオンに続き、ホモテリウムの幼獣のミイラも発見されるに至りました。剣歯猫(ナショナルジオグラフィック日本語版の記事での、「サーベルタイガー」というのは、正確な表現ではありません。元記事の英語版では、ちゃんと「saber toothed cat(剣歯猫)」と記されています)という、古生物学における大きな謎の一つに光を当てる、世紀の発見だと思います。是非、成獣ミイラの発見も続くことを、期待しましょう。


(ホモテリウム・ラティデンス(Homotherium latidens) 成獣の生体復元画
イラスト by ©the Saber Panther(Jagroar)(All rights reserved)


さらに

二次的な資料ではなく、第一次資料たる当の形態報告書Lopatin et al., 'Mummy of a juvenile sabre-toothed cat Homotherium latidens from the Upper Pleistocene of Siberia', 2024)の内容(英文。オンラインで公開されています)に基づき、もう少し子細な形態学的情報を加えておきますと:
 
ライオンの幼獣(同年齢)の頭骨に比べて、長い顔面部、発達した下顎フランジ、前突気味で幅広くアーチ状に並んだ切歯、下顎筋突起骨(coronoid process)の顕著な短縮など、ホモテリウムの成獣を特徴付けてもいる形質を、既に示している。その反面、頬骨弓幅がライオンの子よりも大きい点は、成獣の場合と異なっています(ホモテリウムの成獣では、頬骨弓の相対的な幅が、ヒョウ属のそれよりも顕著に狭くなる)。脳容量も、ライオンの子よりも大きいことが分りました。
 
また、これは論文に記述があるわけではなく、CTスキャンで撮られた頭骨の画像に基づく私見になりますが、ホモテリウム成獣の脳頭蓋から鼻骨にかけての直線的な形状は、幼獣の段階では緩やかな凸状をなし、ライオンとあまり違わないように見えます。



 
 
アジア産とヨーロッパ産のホモテリウム(成獣)の、頭骨プロファイル
(Images courtesy of ©Jiangzuo et al.(2022), Ghedoghedo (wikimedia commons)
(いずれも成獣の標本。矢状稜から脳頭蓋、鼻骨にかけて、フラットで直線的な形状であることが分る。ライオンなどヒョウ属の種類では、このプロファイルが顕著にドーム状をなす。しかしホモテリウムも、幼獣の段階ではこの点でライオンの子と違いはないように見える)
 
 
ポストクラニアルについては、首が長く、ライオンの子の首よりも倍以上の太さですが、この太さは筋肉の発達によります。前肢はライオンの子よりも18~23%も長く、胴体は同等か、~10%ほど短い。
 
長い首と長い四肢、比較的短い胴は成獣ホモテリウムにおいても顕著な特徴で、幼獣の段階で既に現れていたということですね。

  • 下顎筋突起骨の短縮をはじめ、諸々の頭蓋ー下顎の形質は、開口角度を大きくするための適応
  • 長く強靱な首は、長大な犬歯を用いた殺傷法(スラッシュバイトやシアーバイトなどと呼称される)の精度を高めるための適応
 
だと、それぞれ考えられます。

手根球の欠如や幅広で丸みのあるポウ(paw)は、低温下での積雪地を歩くために適応した形状だろう、とのこと。
ただ、本記事でも述べたように、ホモテリウム属は極めて広大な分布域を持つタクソンなので、例えばアフリカ分布の個体群などは、異質な形態を有していたことが考えられましょう。

 
私が個人的に感動(?)したことを述べさせてもらうと、ホモテリウムの幼獣の「鼻平面(nasal planum)と鼻孔」の形状が、典型的なネコ科のそれであったことが判明した点。剣歯猫の復元画を描く際、鼻平面がネコ科離れした形状(例えばイヌ科やハイエナ科的な、丸みのある形状)であった可能性は否定できなかったので、この点は常に気がかりだったもので。

あとは、このミイラのDNA解析が実現するとして、その結果から何が明らかになるのか。成獣のミイラの発見が続くのかどうか。実は幼獣ミイラが発見されたのは2020年で、その公表まで4年を要しているので、既に成獣が発見されている可能性も捨てきれません。引き続き注目して、続報を待つ他はないでしょう。


イラスト&文責  Images and text by ©the Saber Panther(All rights reserved)
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参照学術論文
Barnett et al., 'Genomic Adaptations and Evolutionary History of the Extinct Scimitar-Toothed Cat, Homotherium latidens', 2020
 
Lopatin et al., 'Mummy of a juvenile sabre-toothed cat Homotherium latidens from the Upper Pleistocene of Siberia', 2024

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1 Comments

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ミイラ発見を受けて (管理人)
2024-11-24 08:17:53
ミイラの毛色や耳介、上唇の形状などに合わせて、オリジナルのホモテリウム作品に、変更も加えました。
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