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 自動運転野自動車発売前のすべきこと

日本政府は、コロナ多発対策の為、中等症以下の国民を収容施設【姥捨山】を復活させた。

2021-08-23 12:34:02 | 日記

2021年08月23日

政府はコロナ多発で、中等症以下の国民を収容する姨捨山を復活させた。

 姥捨山復活(
  別名は更科山・冠着山・冠嶽・坊乗・小泊瀬山・小初瀬山・小長谷山などの名称有り
 現在日本では、廃止された筈の【姥捨山】が自民党政権菅義偉首相により復活を見た。
 日本の政府やマスコミも、医療機関が崩壊しているのに、我々には医療崩壊はしていない、
 医療逼迫と騙しての報道をし、いかにもコロナ発症患者を収容出来るかの様に大本営【別名・大法螺発表】し、コロナ中症患者まで自宅療養と言う名の姥捨山に閉じ込めて、それなのに、小池百合子東京都知事や杉田和弘副官房長官は過労と言うだけで即入院出来、しかも陰性でも入院継続と言う、これは【差別そのものであり、日本国憲法第14条の法の下の平等違反である】このことに対しては、常日頃【差別反対を叫ぶ癖して、黙認
し、一部のものは容認している】。今回の横浜市長選挙が菅義偉首相の肝入りで、現職国家公安委員長を辞職してまで立候補した、しかも首相の選挙区で大敗したことは大いに結構なことで愉快・痛快・爽快であり、コロナ禍で自粛と言う名の『引き籠りを強いられて真面目にこれを厳守している我々は大いに溜飲を下げたね。』加えて衆議院総選挙でも現在の議員の半数近く落選し、これが十数年続くこと祈念する。特に三労咳の二階俊博幹事長・菅義偉首相・麻生太郎副総理兼財務大臣の落選を祈念する。

何故、日本のマスコミは野田聖子幹事長代行の夫が前科二犯が有って元会津小鉄組昌山組幹部であることを隠すのか?

2021-08-16 11:26:20 | 日記

NEW!2021-08-16 11:16:15 テーマ:ブログ


野田聖子の夫は「元暴力団員」と裁判所が認定 約10年間組員として活動【上半期ベスト15】  8/15(日) 6:00配信・二階幹事長お気に入り

今年4月21日、東京地裁で、野田聖子元総務相(60)の夫・文信氏(54)が本誌(「週刊新潮」)を訴えた裁判の判決が言い渡された。結果は文信氏側の請求棄却。さらに文信氏が「反社会的勢力」に属していたことを裁判所が認めるという、異例の認定が下されたのだ。(以下は5月12日配信当時のもの)

 新聞・テレビが報じない話を記事にする。それこそが週刊誌の真骨頂であるが、痛いところを書かれた相手によっては、法廷で“潔白”を訴える。その過程では驚くべき事実が飛び出ることもしばしばである。本誌が被告となった裁判の全容を、ここに報告する。 「私が総裁選で推薦人を20人集めて、全力で演説すれば、最短で今年の可能性はある」  と、「日本初の女性総理」への意気込みを語ったのは、自民党幹事長代行を務める野田聖子元総務相(60)である。TBSのCS番組で、今年秋までに行われる予定の自民党総裁選への出馬を問われた際の発言だが、この約1カ月後に裁判所が下した判決を、いったい彼女はどう聞いたのだろう。  4月21日、野田氏の夫・文信氏(54)が、本誌の特集記事(2018年8月2日号「『女性総理』の夢を壊した『野田聖子』総務相の『元反社夫』」)で名誉を毀損されたとして、小社に対し1100万円の損害賠償を求め東京地裁に訴えた裁判の判決が下った。  結果は原告の請求棄却。本誌記事で彼の名誉は毀損されていないとした上で、判決文では文信氏の経歴についてこう書いている。 〈原告が指定暴力団・会津小鉄会の昌山(まさやま)組に所属していた元暴力団員であるとの事実の重要な部分は、真実であると認められる〉  つまりは「女性総理」候補の筆頭として名前が挙がる政治家の夫が、かつて「反社会的勢力」に属していた。そう裁判所が異例の事実認定をしたのである。ここに2年半に及んだ第一審は決着がついたが、いかにしてこのような結論が導き出されるに至ったのか。  ことの発端は、18年7月にまで遡る。当時の安倍政権で総務大臣を務めていた野田氏の秘書が、文信氏と懇意にしていた仮想通貨事業者を同席させ、金融庁の担当者を事務所に呼びつけ“圧力”をかけたのではないかとの疑惑を朝日新聞(7月19日付)が報じたのだ。  釈明に追われた野田氏は、“金融庁に一般的な説明をしてもらっただけ”“圧力ではない”と弁明。この出来事を、本誌は前述の特集記事として報じた。“金融庁への圧力”の背景には文信氏の存在があると指摘し、暴力団に所属する構成員であったという経歴を明かした。この記事が“事実無根”だとして文信氏は提訴に踏み切ったのである。  付言すれば、本誌と同じタイミングで文信氏が「反社」であった旨を報じた「週刊文春」も訴えられたが、こちらは名誉毀損が認められ、原告への110万円の支払いが命じられた。  裁判所は、同誌記事で文信氏が暴力団員だったと書かれた点について「真実と信じる相当な理由がある」と事実関係を否定していないが、本誌記事のように「真実であると認められる」と踏み込んだ判決にはならなかった。  果たして明暗を分けたものは何だったのか。実は本誌の裁判では、文信氏の過去を知る「重要な証人」が出廷していたのだ。  本誌は野田氏周辺を取材する過程で、かつて京都市にあった暴力団「昌山組」の元組長(74)への接触に成功。説得により、裁判所に提出する陳述書の作成と、証人として法廷に立つことに同意を得たのである。  元組長によれば、「昌山組」は1999年に元組幹部の刺殺事件が起き、組長自らが逮捕され懲役7年の実刑判決を受けたのを機に解散。組が雲散霧消したため、都合10年ほど組員として在籍していた文信氏も、堅気(かたぎ)の世界に戻っていったという。  いわば盃を交わした“親子”が再会を果たしたのは、今年2月のこと。東京地裁803号法廷で行われた証人尋問で、元組長と文信氏は顔を合わせた

「おう、久しぶりやな」まず法廷では裁判長の前で証人らが横一線に立ち、“良心に従って真実を述べる”旨を宣誓する。その際、文信氏は、証人として呼ばれた本誌記者を挟み、元組長と並んだ。すかさず元組長は文信氏を睨みつけると、 「おう、久しぶりやな。懐かしいのぉ」 「お前、よう来れたな」  などと声をかけた。ところが、文信氏は元組長に目もくれず無言を貫いた。そんな彼は、尋問で暴力団組員であったかを問われても、 「(元組長には)会ったことはありません」  と答え、自らの過去には一切口を噤(つぐ)んだのだ。  だが、これに続いて証言台に立った元組長は、京都にあった家で文信氏と盃を交わすまでのいきさつから、組のベンツを運転させていたことや、「事始め」と称する新年会で毎回顔を合わせていたことなど、現役当時の具体的なエピソードを交えて証言したのである。  民事裁判でも、証人が法廷での宣誓を破って偽りを述べれば「偽証罪」に問われる。そのリスクを承知の上で法廷に立った元組長の発言を重視した裁判所は、文信氏の隠された経歴を認めるに至ったわけだ。  ちなみに、本誌と「週刊文春」が共に文信氏から訴えられた際に、大手新聞社が〈野田総務相の夫が文春と新潮提訴〉と報じたが、それから2年経って本誌が事実上の“勝訴”となったことを報じた社は皆無……。  一方で、文信氏が求めた損害賠償が認められ、実質的に“敗訴”した「文春判決」のことは、〈野田氏夫への名誉毀損認定 文藝春秋に賠償命令〉などと報じているのだ。 「週刊誌が取材先から訴えられ、敗訴した時はニュース価値を認めて報じるのに、勝訴した時は報じない。こうしたダブルスタンダードは見直されるべきです」  と苦言を呈するのは、メディア論が専門で元上智大学教授の田島泰彦氏だ。 「どのような結果であれ、大手メディアは司法の判断をきちんと報じるべきなのに、週刊誌が敗訴したら問題だと言わんばかりに書く。政治家にまつわる問題は、本来なら大手メディアも扱うべき話題です。それを週刊誌だけが報じていることを恥じるべきだと思います。“政治家の夫が元暴力団員だった”という話は有権者にとっても重要な公益情報であり、大手メディアであれ週刊誌であれ、勝ち取った情報はお互い役割を補完しながら世間に発信すべきではないでしょうか」  本誌が訴えられた当該記事を取材した当時、野田氏は文信氏の過去について〈事実ではございません〉と明確に否定している。  今回改めて、判決についての見解を問うたところ、 「裁判中につき回答は控えます」(野田聖子事務所)  と言うのみだった。  宰相を目指す政治家ならば、まずは世間に対して明確な説明が求められるのは言うまでもない。 「週刊新潮」2021年5月6・13日号 掲載
日本のマスコミや政府与野党政治家は独裁国並みの情報統制をするな!


# 馬鹿騒ぎ・お祭り騒ぎの原爆記念日はやめろ、何故被害者が損害賠償をするのだ、アメリカに請求せよ!

2021-08-13 16:12:56 | 日記
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評論家及び政府与野党政治家も日本国民も大騒ぎをしての歓待ぶりは何だ、オバマの広島訪問での大喜びの無様さ!。
全く意味の無い【原爆記念日】はやめるべきだ
唯、バカ騒ぎ、お祭り騒ぎ、 日本のマスコミの偏向報道の現実
 2016年(平成28年)5月27日(金)にバラク・オバマ米大統領が来日し、広島市を訪問し、一言半句の謝罪をもせず、核なき世界とまるで他人事の様な美辞麗句を並べたのに日本のマスコミや評論家及び国民は歓喜の涙で大喜びの無様さは、飽きれ返ってしまうね。能天気、天然ボケのバカ丸出しだね。
オバマ大統領は
  【大統領として広島を訪問出来たことは。とても光栄なことだった。あの日の記憶を抱え続ける被爆者と会った事を忘れない。彼らは平和を希求し、科学の奇跡が破壊でなく創造に使われるようになることを諦めずに求め続けるべきと呼びかけている。】【原爆による破壊の規模と広島の奇跡の復興をきちんと理解するには爆弾の落ちたその場所に立たねばならない。】【核なき世界の追及を実現していきたい】
と言ってるだけで謝罪の【しゃの字も無い】何の意味も無い、美辞麗句の羅列で有る。
(2) これに対し、1993年10月10日(日)の来日したポリス・ニコラエヴィッチ・エリツィン露西亜大統領は、10月13日(水)に、エリツィン大統領は
  【シベリア抑留の非人道的行為に対してロシア政府及びロシア国民を代表して謝罪の意を表します】   
と、正式に謝罪しているのに、誠に小さな記事での報道なのに、オバマは謝罪の(しゃの字)も全く無いのに何故、大々的に報道しているのか。
何故、アメリカに損害賠償を請求せず、謝罪をも要求しないのか。
こんな意味の無い、唯、バカ騒ぎするだけの【75年1日の如く、唯、一途に、馬鹿の一つ覚えに悲惨さのみ】の報道と記念日なら永遠に中止せよ!そして、広島市や長崎市で被爆した朝鮮人の補償もアメリカに請求すべきなのに何故責任の無い我々の税金で支払うのかね、責任を有するアメリカに請求すべきである・。

こんなことだから韓国の慰安婦問題が解決済みにも拘らず未解決だと韓国に言いがかりをつけられるのだ。
また、昭和19年(1944年)8月22日に(沖縄県那覇市から子供を長崎市に疎開させる為に運搬中の対馬丸がアメリカの潜水艦が攻撃し1480人)が犠牲となったが、これはアメリカの国際法違反であり、当然アメリカの損害賠償を請求すべきであるのに損害賠償をせず、唯、悲惨さと戦争反対で済まそうとする行為は卑怯である。日本が、他国に対してこれと同じような行為【原爆投下や無差別爆撃】及び民間船舶を攻撃し死傷者を発生させれば、(悲惨さのみ)の報道をすることは無い筈だ、それこそ鬼の首でも獲った様に連日連夜大騒ぎで日本政府の国際法違反を批判し、非難し、責任者を処罰せよ、責任者は謝罪せよ、損害賠償をせよと報道評論すること間違いなしだ。何故、日本が被害者であるとこの様な報道評論をするのか。これが、日本のマスコミや評論家及び政府与野党政治家の本性かね。
だから、バッハにまで馬鹿にされるのだぜ!アホーども

何の意味のない原爆記念日はやめろ!

2021-08-10 08:06:09 | 日記
日本のマスコミや評論家及び政府与野党政治家の偏向、依怙贔屓、隠蔽はやめろ‼
NEW!2020-08-29 17:41:44
(1) オバマが来ただけで謝罪もせぬのに歓喜の涙を流して大々的に報道し、エリツイン大統領が謝罪をしても知らん顔の日本人及び日本のマスコミや評論家及び政府与野党政治家も日本国民も大騒ぎをし手の歓待ぶりだ!
2020-08-24 12:01:28 | 日記
全く意味の無い【原爆記念日】はやめるべきだ
唯、バカ騒ぎ、お祭り騒ぎ、 日本のマスコミの偏向報道の現実
 2016年(平成28年)5月27日(金)にバラク・オバマ米大統領が来日し、広島市を訪問し、一言半句の謝罪をもせず、核なき世界とまるで他人事の様な美辞麗句を並べたのに日本のマスコミや評論家及び国民は歓喜の涙で大喜びの無様さは、飽きれ返ってしまうね。能天気、天然ボケのバカ丸出しだね。
オバマ大統領は
  【大統領として広島を訪問出来たことは。とても光栄なことだった。あの日の記憶を抱え続ける被爆者と会った事を忘れない。彼らは平和を希求し、科学の奇跡が破壊でなく創造に使われるようになることを諦めずに求め続けるべきと呼びかけている。】【原爆による破壊の規模と広島の奇跡の復興をきちんと理解するには爆弾の落ちたその場所に立たねばならない。】【核なき世界の追及を実現していきたい】
と言ってるだけで謝罪の【しゃの字も無い】何の意味も無い、美辞麗句の羅列で有る。
(2) これに対し、1993年10月10日(日)の来日したポリス・ニコラエヴィッチ・エリツィン露西亜大統領は、10月13日(水)に、エリツィン大統領は
  【シベリア抑留の非人道的行為に対してロシア政府及びロシア国民を代表して謝罪の意を表します】   
と、正式に謝罪しているのに、誠に小さな記事での報道なのに、オバマは謝罪の(しゃの字)も全く無いのに何故、大々的に報道しているのか。
何故、アメリカに損害賠償を請求せず、謝罪をも要求しないのか。
こんな意味の無い、唯、バカ騒ぎするだけの【75年1日の如く、唯、一途に、馬鹿の一つ覚えに悲惨さのみ】の報道と記念日なら永遠に中止せよ!そして、広島市や長崎市で被爆した朝鮮人の補償もアメリカに請求すべきなのに何故責任の無い我々の税金で支払うのかね、責任を有するアメリカに請求すべきである・。
こんなことだから韓国の慰安婦問題が解決済みにも拘らず未解決だと韓国に言いがかりをつけられるのだ。
また、昭和19年(1944年)8月22日に(沖縄県那覇市から子供を長崎市に疎開させる為に運搬中の対馬丸がアメリカの潜水艦が攻撃し1480人)が犠牲となったが、これはアメリカの国際法違反であり、当然アメリカの損害賠償を請求すべきであるのに損害賠償をせず、唯、悲惨さと戦争反対で済まそうとする行為は卑怯である。日本が、他国に対してこれと同じような行為【原爆投下や無差別爆撃】及び民間船舶を攻撃し死傷者を発生させれば、(悲惨さのみ)の報道をすることは無い筈だ、それこそ鬼の首でも獲った様に連日連夜大騒ぎで日本政府の国際法違反を批判し、非難し、責任者を処罰せよ、責任者は謝罪せよ、損害賠償をせよと報道評論すること間違いなしだ。何故、日本が被害者であるとこの様な報道評論をするのか。これが、日本のマスコミや評論家及び政府与野党政治家の本性かね。
 被爆国の被害者に、被害国国民が損害賠償をせよ!と叫び、加害国アメリカに謝罪も損害賠償も請求をせぬド阿呆日本人・政府与野党政治家共だぜ!世界最低国日本は消滅せよ!文句があるならば、何故なのか具体的証拠を挙げて反論せよ!

何故、日本のマスコミ・評論家・政治家は、戦後中国人や朝鮮人による日本人に対する強盗。虐殺、強姦事件を黙認するのか!

2021-07-16 16:10:34 | 日記
終戦後の日本人住民や日本人婦女子への朝鮮人や中国人による
日本人住民への略奪・強姦・虐殺行為「麻山事件」、「小山克事件」、「葛根廟事件」、「牡丹江事件」、「敦化事件」、
および「乙女の碑」も参照
ソ連軍占領下の地域では、ソ連兵や中国共産党軍、朝鮮人民義勇軍や朝鮮保安隊、および暴徒化した現地住民の朝鮮人による日本人住民への暴虐行為や拉致があった。 米田建三は、婦女子の強姦は有史以来、戦争には付き物とされるも先の大戦での満州・朝鮮における日本人婦女子の強姦は度を越して凄まじいものであった。朝鮮人・朝鮮保安隊のレイプは残虐を極め、強姦・婦人の要求は「報い」として甘受できる
被害とはとうてい言えるものではなく、ベルリン等ドイツ全土では200万人のドイツ女性がレイプされたと推定されるが、朝鮮人朝鮮人の保安隊に犯される日本の婦女子の様はベルリン同様と述べている[3]。 ソ連兵は規律が緩く、占領地で日本人に対する強姦・殺傷・略奪行為を繰り返した為、、これが戦後の日本において対ソ感情を悪化させる一因となったのである。
朝鮮人も朝鮮半島でソ連兵と同様の行為を日本の婦女子に行ったと言われており[4]、強姦により妊娠した引揚者の女性を治療した二日市保養所の記録では相手の男性は朝鮮人28人、ソ連人8人、中国人6人、アメリカ人3人、台湾人・フィリピン人各1人となっている[5]。夫の前でソ連兵にレイプされ、
青酸カリで自殺した婦人もいた[6]。興南の日本人収容所ではソ連兵が「マダム、ダワイ!(女を出せ)」と喚
き、女性を発見すると暴行した[6]。日本人女性は暴行されないように短髪にしたり男装や顔に墨を塗った[6]。
また一部の満蒙開拓団では、未婚女性らを性接待係としてソ連兵に差し出すことで、ソ連への庇護を求めた。 また、中国共産党軍と朝鮮人民義勇軍は在留日本人に強制徴兵や強制労働を課したため、それに対する蜂起とその後の虐殺などで1946年2月3日の通化事件のような事件が起きた。引揚列車に乗車後、
乗り込んできた中国共産党軍によって拉致された婦女子もいた[10]。
ヨーコ・カワシマ・ワトキンズによる自伝的小説
『竹林はるか遠く-日本人少女ヨーコの戦争体験記』
でも被害が記載されている[11](韓国では発売禁止) 多引揚援護局が愛国建物を福岡県から借り、財団
終戦直後より在満・在朝日本人は塗炭の苦しみを味わうことになった。
追放や財産の略奪に止まらず、強制連行や虐殺などで、祖国の地を踏むことなく無念のうちに斃れた者も少なくなかった。これに加えて女性は、朝鮮人やソ連兵、中国人等による度重なる強姦を受けた末、

心ならずも妊娠したり、性病に罹ったりしたにもかかわらず、何ら医療的治療が施されずにいた。そして強姦により妊娠・性病罹患した女性の中には、これを苦にして自殺する者が出た[注 1]。
移動医療局
ソウルから釜山にかけての旅程にいる引揚者の治療にあたるため、移動医療局(英名MRU、メディカ ル・リリーフ・ユニオン)という組織が形成されていた。
これを手掛けたのは文化人類学者の泉靖一で、のちの在外同胞援護会救療部も、一部の資料によれば泉が働きかけて資金援助をとりつけ作り上げたとされる[3][4]。 移動医療局は、釜山日本人世話会と共で検診する女性を対象に1945年12月より被害調査を行っていた。 1946年3月の調査では、調査対象者885人のうちレイプ被害者70人、性病罹患患者19人、約1割が性犯罪の被害に遭っている
という数字が示された[5]。
城帝大グループ
朝鮮に在留していた日本人を治療していた経験を持ち、継続して今度は引揚者の治療にあたりたいと志願したのが、旧京城帝国大学医学部医局員グループで[注 2]、外務省に働きかけて省の外郭団体である在外同胞援護会の「救療部」として活動を始めていた[6]。引揚船に船医を派遣したが
搭乗者していた日本人の大多数は朝鮮北部からの引揚者で、特に婦女子の有様は凄惨であった。なかには性的被害に遭った者、なお、かつ、性病感染や妊娠させられた女性もおり、彼女らに対しなんら
救済措置も用意されていない次第を博多引揚援護局に報告し、被害者患者のための病院の設立を具申した。提案は受け入れられ、在外同胞援護会と引揚援護局の協力により、1946年(昭和21年)3月25日に「二日市保養所」が開設されることになった[7]。 病院の開設や人員確保の経緯は以上の通りだが、これとは別に医師たちがなぜ違法な中絶手術を恒常的に行う道に踏み切れたのか、
そのきっかけとなったというエピソードも紹介される:このグループの仲間の一員は[注 3]、朝鮮での元教え子に遭遇するが、彼女は国民学校に赴任しており、凌辱されたために妊娠して腹が大きくなっているのが目立ってきた。両親に歎願で中絶手術を決行したが、失敗し、母子ともに死亡した[2][10][11]。
施設の概要
二日市保養所は、かつての愛国婦人会の保養所だったところである[2]
博多引揚援護局が愛国婦人会福岡県支部武蔵温泉保養所の建物を福岡県から借り、財団法人在外同胞援護会が運営にあたった[12]。閑静な立地条件にあり、温泉も湧き出ており療養には最適であった[13]。
木造2階建てで[14]、上の階は14、 15室あり小さい部屋に分かれていた[13]。そして何よりも交通の便がよいが[2]、人目に触れにくい場所であることから選定された(主要な引揚港であった博多港から直行した場合は、当時の劣悪な交通事情下においても3時間内外2017.8.15 10:44更新
【終戦の日】
一家6人、満州から日本目指し引き揚げ 略奪や虐殺…止まらぬ涙 群馬・下仁田の佐藤和江さん 
15日、日本は終戦から72年を迎える。長い戦いの終幕は苦しい新生活の始まりで当時、満州国(現・中国東北部)にいた推定155万人の民間邦人は生活が一変、命を失い、全財産をなくし、追われるように日本を目指した。
満州の首都・新京(現・長春市)で生まれ昭和21年秋、家族と引き揚げてきた群馬県下仁田町の佐藤和江さん(81)が日本で迎える71回目の夏を前に、あまり公にしてこなかった体験を語った。(久保まりな、風間正人)
 押し寄せる朝鮮人
   昭和20年8月15日、9歳だった佐藤さんは、満州と朝鮮国境の町、大栗子(だいりっし)で玉音放送を聞いた。
「日本が負けるなんて」2週間ほど前、新京から逃れてきた日本人たちは全員が涙した。
だが放送が終わった途端に状況は一変。棍棒やナタを手にした朝鮮人が押し寄せ時計や指輪、財布から屋根裏に隠していた荷物をさらっていった。朝鮮人だけでなく、日ソ中立条約を一方的に破棄して
参戦したソ連軍、中国人などに若い女性や所持品を狙われる逃避行が始まった。
    日本人一行が身を寄せた大栗子の施設には満州国皇帝、溥儀もいた。
佐藤さんの父が宮内府職員(馬事技官)だったため情報入手も早く、敗戦前に皇帝一族や宮内府職員らと新京を離れたのだった