人に聞くと、京都・東山の清水寺に倣って開山したありがたいお堂なのですと。
清水の舞台から飛び降りると例え話にでてくる清水寺には、大きな舞台が東山の斜面にせり出していて、賀茂川はおろか、京都の町並みを見下ろす景観で名高い。
片や上野の清水観音堂は、不忍池や弁天島を見下ろす上野台地の崖にせり出すように舞台が作られている。あたかもミニ清水寺なのです。

このお堂は、東叡山寛永寺の諸堂の一つとして、寛永8年に天海大僧正によって造られた。
さらに言うと、京・比叡山延暦寺は、京都御所の鬼門の鎮めとして平安を保ってきました。
この東叡山寛永寺は、徳川将軍います江戸城の鬼門を守護する役割を持って発足された江戸時代からのパワースポットなのです。
そんな鬼門守護の上野のお山では、王政復古、大政奉還の流れの中で、官軍と彰義隊がドンパチ戦争をしたのでした。
物情騒然、議論百出、悲憤慷慨、明治維新の大騒動の一角だった上野は、今や動物園あり、博物館、美術館、美大、お花見の名所。
私らのようなシモジモでさえ、気軽に散策できる場所になっているのでした。
それと、清水観音堂の背後には、摺鉢山古墳という弥生時代の前方後円墳の跡もあって、摺り鉢を伏せたような地形がそのまま残っています。