ひねもすのたりのたり 朝ドラ・ちょこ三昧

 
━ 15分のお楽しみ ━
 

『都の風』(108)

2008-02-09 08:34:51 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰
笹原  原 哲男 :雄一郎の住む長屋の部屋の前住人。もと地主
良子  末広真季子:雄一郎の住む長屋の部屋の前住人(笹原の妻)
坂井  河野 実 :「毎朝新聞」の記者、雄一郎の元同僚
長屋の女 タイヘイ夢路:笹原の部屋から出て行かない老婆

      キャストプラン
      アクタープロ

お初   野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

薫をおんぶしたまま、お初と抱き合って泣く悠

お初との9年ぶりの再会に、悠はただ言葉を忘れて生きていたことを喜びあったのです。

「あ、せや。女将さん。笹原良子(よしこ)さん、呼んでください」
「何や知り合いかいな」
「詳しいことはあとで話します。なんやご主人がお腹が痛いって倒れはったんです」
「えーっ。そらえらいこっちゃがな」

お初は店に呼びに行こうとしてから、ちょっと戻って悠にハンカチを渡した。

「およっさん、およっさーん」
「はーい」と良子が出て来た。
「あら、悠さん。 何でっか、女将さん」

「女将さんて、ほなこんな立派な料亭の‥」
「うんうん」と笑うお初

「何ですの」
「笹原さん、ご主人が」
「あら、死んでしもうたんでっかいな」
「まさか! お腹痛いって倒れてはったんです」
「またでっかいな。押入の箪笥の中に、お茶の缶の中に薬、入ってまんがな。
 飲ましてやっておくなはれな」
「ちょっとお良っさん、何や、そのものの言い方は。
 あんた、その男に惚れてまんのやろ」
「うーん。そらまぁな」
「じゃぁ、さっさと帰んなはれ」
「それかて これから忙しくなりまんのに!」
「お良っさん、あんたそのご亭主のために働いてまんねやろ?」
「そらまぁな」
「だったら、はよう帰んなはれ。どうでもいい人なら別れてまいなはれ」
「ほな帰らせてもらいます」 良子は急いで家の方へ向かった。

「ちょっともかわってはらへん」
「あんたの笑顔も同じや」

あーん と泣く薫に「あーあー、びっくりしたびっくりした?」とあやすお初
「この子、あんたの?」
「はい。お父ちゃんは、吉野雄一郎 いいます」
「‥‥! そうか、そうやったんか。なぁ、ほらボンボンに良く似て‥ 元気やなぁ。女の子」
「はい。薫です」
「薫ちゃん。んーん」
「わてな、ボンボンが奈良の時分の家に連れて帰った時から、何やそうなるんとちゃうかなぁ思ってたんや。
 嬉しいなぁ。わてが結びの神みたいなもんや!」
「うちも、大阪が空襲で焼けたときも、どっかで女将さんは生きてはる、そう信じてました」
「うんうん」
「あの、板場さんもご一緒ですか」
「(ちょっと顔がかわる)ん、、ま、こんなとこでは何だから入って入って」
「これから忙しくなる時ですやろ? また雄一郎さんと一緒に来ます」
「せやな。ほなもうちょっと早い時間の方がええな」
「けどまぁ、こんな立派な料亭の女将さんやなんて、さすがですねぇ」
「ここ全~~部な、借金。あっはははは!」


悠が帰ってみると、笹原夫婦はまたケンカをしていた。

「ウソばっかりついてからに、ホンマにもう!」
「すまん言うてるやないか」 鍋? が外まで飛んでくる
「あんた、死んでしまったらええねん!」
「今死ぬんやったら、とうに死んでるわ」


新聞社で勤務中の雄一郎は、かなり疲労しているようだ。
肩を叩き、首を回し、こめかみを押さえる。

坂井が入って来た 「おい、無理するな。顔色が悪いぞ」
「いや、大丈夫だ」
「貧血気味なんじゃないか。今日はもう寝ろ」
「いや。もうちょっとやるよ。
 5年前広島で友人を探し回った時、もう草木も生えるのも信じられなかったのに」
「うん。自然の力はすごいさ 」
「いや、そういうことじゃない。
 土の中に込められた、あの悲痛な叫び声を忘れて生き返ろうとするのはおかしいよ。
 俺は今度こそ、俺の思った通りのことを書くよ」


長屋ではゴム飛びをして遊ぶ女の子たち(*^_^*)

悠は薫に離乳食を食べさせながらお話し
「今日はお父ちゃんは帰ってきはるやろかなぁ~。
 なんやもう長いこと、会うてへんみたいなもんなぁ」

コロンと寝かされると、ふえーんと薫。「おとなしくしててや」


「あのー」と、こちらも座布団を枕にして寝ている笹原が、悠に話し掛ける
「良子はもう行きましたんかいな」
「はい」
「笹原さんもお粥さん、食べはりますか。食べんと元気が出えしませんし、すぐあっため直します」

ゆっくり起き上がる笹原 「すまんことです」

「お腹が痛いの、いつごろからなんですか?」台所で包丁を使いながら訊く悠

「さぁなぁ。時々、引き揚げ船のことが頭の中をよぎると、腹が痛うなってきますんや。
 神経でっしゃろなぁ。
 うちの奴が船底でもう死んでしもうた子どもに、出もせんおっぱいを飲ましてましたんや。
 引き離すのに、男三人の力が要りました」

包丁の手を止めて、笹原を見る悠

「女房のヤツ、忘れているわけがないのにそんなことおくびにも出さず、よう働いてられると感心しますわ。
 それでも時々、夢にでも見るのか、寝ながら布団を子どもを抱くみたいにして抱いてます。 
 ワシも慰めてやったらええのに、それがでけへんもんやさかい、ついついケンカになってしまいましてな。
 ま、あんたが来てから毎日ケンカばっかりするのは、あんたが子どもを抱いている姿を見るのが
 たまらんのでっしゃろな」
「‥‥」 お粥をよそう悠
「いや、何もあんたに罪があるわけやないのに、誰に怒ってもしょうがないのに」

お粥のお盆を笹原の前に置く悠  「おおきに」

「はよう仕事見つけて出ていきまっさ。もう少し辛抱しとくなはれや」
「すいません」


そこに「ごめんやっしゃー!」と日傘をさしたお初

「こんなとこに住んでんのかいな」
「女将さーん!」
「いや、お良っさんからいろいろ事情は聞きました。
 けどこんなことなら、悠、家においでな。ここよりはましやで」
「はぁ。それやったら、笹原さんご夫婦を住まわしてあげてください」

「‥この人、お良っさんのご亭主」
「はい」と悠。 情けなさそうに正座する笹原
「何とまぁ、漬かり過ぎたなすびの漬物みたいに、色かわってるがな。
 ちょっとあんさん、男やったら、もうちょっとしっかりしなはれや」
「へえ。良子がいつもお世話になって」
「男のくせに神経の病気になるやなんて、どうしようもないで!
 あのなぁ、うちのお客さんで鉄工所の社長さんがいてはりまんねんやわ。
 で、その人にお宅の働き口、頼んでありますさかい」
「え、ホンマでっか」
「ええ、お良さんがな、初めていろいろ話してくれましたんや。
 ほいで、働き口頼む、言われたら、何にもせんわけにいきませんやろ」
「おおきに」
「戦争でな、大事なもんなくしたんは、あんたらだけやない‥」

その口調に、悠はお初の方を見た。



悠とお初は、乳母車に薫を乗せて散歩に出た


「あの頃、『おたふく』守るために、わても精さんも必死やった。
 2人の命やったしな、『おたふく』は。
 爆弾落とされるまで、雑炊売って、守ってましたんや。
 わての上に火柱が倒れかかって来て、それ見て精さん、わての上に覆い被さってくれた。
 わての身代わりになってくれはったんや。
 気が付いて、やっとの思いで火柱から抜け出した時、精さん‥ 
 精さんは、わての最後の男や。 その精さんのためにも大阪一の料亭の女将になってやるって
 精さんのお墓に誓うて、この5年間時分ずっと働きづめやった。
 あてがな、ちょっと間(ま)世話た旦那はん、いはったやろ?
 あの人がな、闇屋で大もうけしはってな、あの料亭買う時に、色恋抜きでぽーんとかしてくれはった。
 ありがたいこっちゃ。 世の中は持ちつ持たれつ。
  なんぼ新しい世の中になったって言うてもな、恩義さえ忘れへんかったら、
 ちゃーんといいことはめぐって来ます」
「うちもそう思います。あつかましいと思ってた笹原さんのおかげで、女将さんとこうしてお会いできたんやし」
「そうやがな。そのためにも、家においでぇな。ボンボンもその方が安心して仕事ができるのとちゃうか?」
「はぁ。けどやっぱり笹原さん、住まわしてやって下さい。
 女将さんと一緒やったら、うちはいっつも甘えてしまうし。
 雄一郎さんと薫と、いっぺん三人で生活してみたいんです」
「相変わらずやなぁ。いっちょ前の口だけは利いてんねんやな」
「はいっ」
「うふふふ。よっしゃ。ほな、あの人らに貸しましょ。
 わてもな、お良さんがそばにいてくれた方が都合がええしな」
「すんまへん。せっかく言うてくれはったのに」
「それよりな、ボンボンにいっぺんゆっくり顔見せて、言うといて。な。
 薫ちゃーん(と乳母車を覗き込んで)今度な、お父ちゃんと一緒に来てや。な」


長屋では、悠が広くなって部屋の掃除をし終えた

「なぁ、薫。やーっと親子三人で住めますなぁ」

そこに雄一郎が帰って来た

「お帰りやす」と悠は雄一郎に抱きついたが、雄一郎はふらついてしまった。
「あ、堪忍! 具合悪いんですか?」
「いや、ちょっと疲れた‥‥」

あーん とちょっとぐずる薫に「ああ、よしよし」と、隣に横になってあやす雄一郎。
悠は雄一郎の額に手をあてる

「ちょっと熱もあるみたいやし すぐお布団敷きます」
「いやいいよ。お前の顔見ると疲れもとれる」(あ! 薫ちゃん、寝返りして腹ばいになった~~)
と薫のほっぺたをつんつんする雄一郎

「私の顔は?」
「ん? 熱が出るよ」
「ひどーい」
「かわい過ぎて熱が出るって言ってるんだ」

「そうそう、原稿ができたんだ、読んでみるか?」
「はいっ」
雄一郎はカバンから茶封筒を出し、悠に渡した。


『終戦記念日を前にして』と原稿用紙に書いてある

「立派なもんですねぇ」
「ばか、それは読んでから言え」
「はい」

「まずその前にメシにしてくれ。お前の顔見たら腹が減った。
 ずっと食欲がなかったんだよ」
「はい」

悠は茶封筒を箪笥にしまってから言った

「ものすごいええことあったんです」
「笹原さんが出てったんだろ? 電話で聞いたよ」

悠は丸テープルを出し、拭きながら言った

「どこへ行かはったかは、まだ話してませんやろ? 
 帰ってきたら話そう思って楽しみにしてたんです。
 雄一郎さんのこと、ボンボン言わはるお人に会えたんです」

そう言って雄一郎の方を見ると、雄一郎はネクタイも外さず、倒れこむようにしていた

「雄一郎さん?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと寝る‥」
「はい‥」

その日から雄一郎は、体の不調を感じつつ仕事に情熱を傾けたのです。
悠が止めるのも聞かずに‥ 



(つづく)





悠の声がガラガラなのが気になるわ

『都の風』(107)

2008-02-08 21:48:17 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰
葵   松原千明 :竹田家の長女
        (バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那
忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)復員後もそのまま番頭さん  
長屋の女 タイヘイ夢路:笹原の部屋から出て行かない老婆

      キャストプラン
      アクタープロ

笹原  原 哲男 :雄一郎の住む長屋の部屋の前住人。もと地主
お初  野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
          前回は第36回

市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

お初さん! 女将さん! 再会です 



・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★

「市左衛門はいらんのと違いますかっ」と義二
「いいや、竹田市左衛門が正式な社名どす! 発起人は家族6人。他のもんにも株主になってもらいます」

市左衛門は竹田屋を、竹田市左衛門株式会社 と改めることを告げたのです。


「資本金50万円、額面は50円とします。
 発行株数は1万、発起人は、私、静、葵、桂、悠、義二とします。
 株は発起人、店のもん全員に持ってもろて、役員は私、静、義二と桂、それに忠七になってもらいます」

忠七は両手をついて頭を下げる

「店のもんは新しい会社に入ることになります。それでよろしいな」
忠七の後に控えていた、新人2人も一緒に頭を下げた。

「わかりましたけど、私は株を何株持たせてもらえますのやろ」
「義二は、1000株どす」
「そしたら、他の株はどうするんどす」
「竹田屋のホンマの主人は、竹田 静どすさかいに、静には半分の5000株を持ってもろて、
 社長になってもらいます」

「お母ちゃんが社長!」と悠
「えーっ。お母ちゃんが社長?」と葵
「‥となると、お義母さんは大株主というだけで社長どすか」と義二
「はい。ただし、社長としての全ての権限を竹田市左衛門に委任いたします。
 私は大株主として監査役にならしてもらいます」

「お義母さん‥、それはおへんやろ」 桂も口をきつく結ぶ
「義二はん。異議があんのんどしたら正式に発言しておくれやす」
「‥‥」

「そらま、義二はんは不満やろけど、私が社長になることに賛成のもん!」
挙手する静、忠七、新人2名。

「反対のもん」 挙手する義二と小さく挙げる桂

「葵と悠はどっちどすねん」
顔を見合わせて、葵が「うちら、賛成でも反対でもありません」と言う

「お父さん、こんなことあんまりどす。こんなやり方しはるやなんて‥」桂が抗議した
「株式会社にすべきやといい続けはったんは義二どっせー。
 株式会社の仕組みっちゅうもんがどういうもんか、義二やったらようわかってはりますわなぁ」
「はい‥。
 そらそうどすけど、会社になったらお義父さんは相談役で私は社長になれると思ってきばってきたんです。
 そんなに私が信用できまへんのか」
「義二さんに尽くして尽くして、やっと義二さんの言わはることどしたら、何でも聞けるようになったのに
 今ごろになってこんなあこと、ひど過ぎます」

「桂、落着きやす」と静が言った
「うちは今まで何のために我慢してきたんどすか。何のために生きてきたんどすか? 
「桂、いずれこの店は、市太郎が継ぐことになるんどす。
 そことを忘れんようにな」

「そんな‥ 私は一体 何どしたんや。私はお義父さんから市太郎へ継がれる間の中継ぎどすか」
「‥ 養子 っちゅうもんはそういうもんどす。
 わしゃあんたに、それをわかって欲しかったんや」
「義二さん、頼みます。専務取締役営業部長として、どうぞ主人を助けてあげておくれやす。
 店のことはあんたが取り仕切ってくれたらよろしい。
 そいでも、形だけでも竹田屋の主人でいさせてやってください、お願いします」

「お母ちゃん。中京の女は、そんなことまでして旦那さんを立てなあかんのどすな」と桂が言った
「せやったらうっちも、うちのダンナさんを立派に立てて見せます」

桂は自分たちの部屋に入り、鏡台の前に座った。
悠が入ってきたのが、映った。

「何も言わんといて。うちがアホみたいに見えるやろ?
 竹田屋を逃げ出してよかったって思ってんやろ?」

葵も来る「すごかったなぁ。あんなお母ちゃん、初めて見た。女が強うなったって言われるわけや」

「違うえ。お母ちゃんはただお父ちゃんのために一生懸命やらはっただけや」と悠
「うちかて、旦那さんのためやったら、あれぐらいのこと、言えます」と桂は言ったが
「無理やと思うわ」と悠に言われる
「お母ちゃんのやらはることぐらい、うちにもできます」
「そうか。せやったら、お母ちゃんがお父ちゃんを愛してはるのと同じぐらい、お義兄さんを愛せますか?」

「‥‥ お母ちゃんはあんなこと言いとうないはずや。
 お店のことはお義兄さんに譲って、2人で旅行行ったり、お芝居見に行ったりしたい筈や。
 けど、お父ちゃんはそんなことでのんびりできる人やないことを知って、
 やりとうないことしはったんや」
「ほな、自分の娘が傷ついても、主人の方が大事やて言わはんの?」
「親は、子どものことやったら意識せんでも大事にできるけど
 夫婦のことは努力して大事にせんといかんやろか」
「ええなぁー、ふたりとも子どもがあってー」と葵

「葵姉ちゃんかて、結婚しはったらよろしんや」
「うちはもう子どもなんか産まへん」
「いっぺん流産したかて、子どもは産めんのえ?」
「うちの前でもう子どもの話せんといて‥ 
 いつまでも女は夫や子どものことだけ考えてたらええいう時代やないのえ。
 それにしてもお母ちゃんの演技力、すごかったな」
「芝居と違うえ」と悠 「言うてはることはキツイけど、心の中はお父ちゃんへの思いだけや」

「そんなことが言えんのは、好きな人と結婚できた人だけやー」ちらっと悠を見る桂
「お父ちゃんが決めはった人と結婚させられて、好きにならんといかん思うほうがどんだけしんどいか
 悠にわからへんのや」
「でも、ま、これからの女の人は、好きでもない人と結婚なんかせえへんようになるえ。
 親に無理矢理結婚させられるなんてこと、うちらの時代でお終いや」
「ぁーぁ。ぅちもう、こんな家のこと忘れて好きなことしてみたい‥」と桂

どすどす! と義二が廊下を歩いてきた

「あんた。お帰りやす」

悠と葵は立ち上がった。

「あんた、堪忍しておくれやす」 と桂が言っても義二は何も言わず、姉妹をちらっと見る。
悠と葵は、目で「出ましょう」と合図したが、義二が
「あのー、葵さんと悠さんの持ち株は、500株ずつどしたな」と話し掛ける
「もし良かったら、私に売ってもらえまへんやろか」

「そんなこと、できんの」と葵
「できんことおへん。あの、お金が要るような時は、いつでも私に言うておくれやす」
「はぃ。おおきに‥」と2人は返事をして、そそくさと部屋を出て行った
「お願いしますわな!」

「こうなったら実力を見せるしかないな」と義二は、桂に言った




竹田屋の電話が鳴った。
「竹田屋でございます」と悠が出ると、雄一郎だった。

「広島からは帰って来たんだが、資料の整理をしないといけないから今日は社に泊まりだ」
雄一郎の手には原爆ドームの写真。
「もっというっくりしてきていいぞ」
「いいえ。今日帰ろう思ってたところですし、帰ります。
 何や、元気のない声で。具合、悪いんですか」
「いや、ちょっと疲れただけだ。 いやそうもしてられないんだ。
 8月15日の特集号に間に合わせなきゃいけない。はぁー。悠、俺はやるぞ!」
「はい  
 私のことなんか気にせんとやりたいようにやってくださいね。  ほな。」


その電話を聞いていた葵が「結婚して2年以上経つんやろ? ほんで旦那さんの電話そんな嬉しいのぉ?」

「もうしびれてしまうわ   『悠、俺はやるぞ!』(と真似をする)」
「あはっ! あほらしい~。 うち、もう行こう」
「葵姉ちゃん。うちも帰る。一緒に行こう」

静は薫を抱っこしていた。

「ゃあ~、薫ぅ~、かぁいらしいぇ~。またええのつくってもらって、良かったなぁ」
静の手作りの上下のお洋服を着ていたのだった。
「あせもができんように、風通しのええようにしたえ」

葵も帰り支度に入って来た。

「おおきに。おとうちゃんは?」
「寄合どす」
「挨拶せんで悪いけど、うち、帰ります」
「たまには、薫の顔見せに来てや、な」

「お母ちゃん、うちお母ちゃんみたいな親を持って誇りに思うわ」
「何を言いますのや」
「あんた、よう面と向かってそんな恥ずかしいこと言えんなぁ」
「けど、ホンマにそう思うねやもん」
「葵、今度こそ、ちゃーんと結婚すんのどす。
 お父さん、あんたの好きな人やったら、どんな人でも結婚させる言うてはりますえ」
「へぇ。おおきに。また敷居高うなって、今度くぐり抜けならんな」
「もう」と静
「さ、薫、お父さんのとこ、帰ろうな」



悠は薫をおんぶして、長屋に帰って来た。

鍵が開いたままで、「笹原さん、あれだけ閉めて言うたのに」とぶつぶつ言う悠だったが
笹原はうずくまっていた。

「笹原さん! どうしはったんですか?」
「お腹が痛いんです。持病ですわ」
「お医者さん行きましょうか」
「いつも薬飲んだらすぐに治るんですけど、それがどこにあるかわからしません。
 えらいすんません、うちのやつ、呼んできてもらえまへんやろか」
「はい。もう仕事行かはったんですか」
「〝水仙〟いう、料理屋ですわ」
「電話番号は? わからへんですか」
「いやー、新町で人に聞いたら、すぐにわかると思います。あー」
「ダイジョブですか1人で」
「あたた、すぐにお願いします」
「はい」


悠は、そのまま薫をおんぶして猛ダッシュした!

水仙の通用口から入り
「すんません、ごめんください。笹原良子さん、呼んでいただけませんか」
と声をかける悠の前に現れたのは、お初だった!

「誰や~、この忙しい時に」と言いつつ出てきたお初も
最初に目に入ったのは、背中の薫、それから頭をあげた女性の顔、それが悠だったのだ

「女将さ~ん」
「悠! 悠やないか! 悠!」

抱き合って、生存を喜び合う2人 「悠、ホンマやな、ホンマやな」


悠がはじめて家を出て世話になったおたふくの女将、お初でした。
それは、9年ぶりの再会だったのです



(つづく)



『都の風』(106)

2008-02-07 18:06:37 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。吉野屋に嫁ぐ
葵   松原千明 :竹田家の長女
        (バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那
忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)復員後もそのまま番頭さん  
お康  未知やすえ:「竹田屋」の奉公人

      アクタープロ
      キャストプラン

市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

昭和25年の祇園祭は、戦後初めての賑わいを見せていました。
思わぬ先住者のため、出張にも行けないという雄一郎の気持ちを思い、
悠は薫に祇園祭を見せるために京都に帰って来たのです


悠は薫をおんぶして、屏風の前で背中に話し掛ける
「なぁ、薫、きれいやろ? お母ちゃん昔なぁ、さっき見た鉾に上がったことあんのえ」

「悠お嬢さん‥」
「忠七どん」
「ご無沙汰してます」とあたまを下げる忠七
「祇園さんやなぁ、何年ぶりやろ」
「3年ぶりどすな」
「薫です、かわいいやろ」と背中の薫を忠七に見せる
「わぁ~~、悠お嬢さんの小さい頃によう似とりやすなぁ。
 抱かしておくれやす」

おんぶヒモをはずして忠七に抱っこさせる悠。
そばを子どもの手をひいた男性が通りかかり、忠七は目で追い、薫を見た

「どうしたんえ?」
「私が丁稚に来た頃、悠お嬢さんをお連れして鉾を見にいったことを思い出しましてな」
「忠七っどん、お父ちゃん元気か」
「ええ。祇園さんのころになると毎年元気どす」
「そうか。あとでまた鉾見に行くしな」
「へえ」

竹田屋では、市左衛門は市太郎と積み木遊び。市太郎は足で崩してしまった
都は桂に着物を着せてもらい、静が見ていた
「肩上げ、もうちょっと多めにしといた方がよろしおしたかなぁ」

「いいえー、ちょうどよろしい。 都おばあちゃんに『おおきに』は?」
「おおきに」 (おお、おっきくなった都ちゃん、セリフありましたね~!)
「まぁまぁ、おりこうさんどすなぁ」

「あのー、悠お嬢さんが帰ってきはりました」お康が嬉しそうに来た
「来たか、来たか」と市左衛門

「いや~、今日は、お父ちゃんお母ちゃん、桂姉ちゃん」
「お久しぶりです」
市左衛門は、それまであやしていた市太郎を静に預けて、薫を抱っこした
「おじいちゃんを覚えてま・す・か~~」

「お康どん、鉾を見にみんなを連れてってんか」
「へぇ。薫お嬢さんも連れていってよろしおすか」
「おおきに」と悠

お康は市左衛門から薫を抱きかわって、都と市太郎を連れて出かけていった
「忠七どんにも行ってもらうのやで~」と静が声をかけた。

「薫ちゃんは人見知りせんでええなぁ」と桂
「いろんな人にお守してもろうたし、逞しく育ててます」
「ふーん」
「悠、奈良のお母さんから大阪に引越したってお手紙いただいたばっかりやのに
 雄一郎さんからしばらく預かってほしいって、一体どういうことどす?
 大阪で何かあったんどすか?」
「ううん。何も。 祇園祭見に行ってええ、言ってくれはったんえ。優しい人やし」
「そんなええ加減なこと、私が信用すると思ってますのか?」
「まあまぁまぁ、よろしいがな。久しぶりの祇園祭や、ゆっくりしておいき」

「おおきに。葵姉ちゃん、帰ってきてるのと違うの?」
「うーん。いっぺん帰って来たことは来はったんやけどな、何やら男の人ができはったみたいえ」
「これ、お父さんの前で何どすか」静が諌める
「葵がワシに反抗するのが生きがいやったらそれもよろし。
 せやけどもやな、ワシの目の黒いうちにちゃーんとした結婚させて見せます」
「うち、無理やと思いますえ」と桂
「ままま、そのうち見てない。竹田屋も商売始めましたしな、ワシも昔どおりやってみせます。
 まだまだ若いもんには負けられまへん。
 ちょっと明日の鉾の巡行の打ち合わせに行ってきます、静、着替え」

「あ、お母ちゃん、これ」とお土産を渡す悠
「おおきに。おばあちゃんの仏前に」

「なぁなぁお姉ちゃん、この前奈良に来はった時とはえらい違いや。
 昔みたいにならはって。どうかしたん?」
「悠もそう思うか?」
「うん」
「ちょっとずつ商売が始まったからやろけど、奈良からお母ちゃんと帰ってきはってからなんかおかしいねや。
 株式の勉強したり、2人で銀行行かはったり、何か企んでいるのは確かや」
「そんな、企むやなんて」
「そらぁ、お母ちゃんはお父ちゃんには逆らえへんお人え?
 奈良でなんかあったんか?」
「酔うたお父ちゃんを怒鳴りつけはったけど」
「あのお母ちゃんが‥‥」
「ぅん」
「わからへんなぁ。 ま、お父ちゃんが元気にならはる分にはええやないの」
「あんたはよろしいわな。
 この家の人やないし、親子三人水入らずで暮らせて、大好きな祇園祭にはなんぼでも里帰りさしてもらえるし。
 悠はホンマに幸せな人や」
「うちな、いっつも思うのやけど、人から幸せに見えるとこは、ほんの氷山の一角で
 その下の見えへんとこは、みんなつらい部分を支えてんのや。
 辛いところが大きいほど、幸せに見えるところも大きいもんえ」
「うん。好きな人と一緒になって、子どもにも恵まれて、その上に月給取りの奥さん、
 んもう、あんた昔からうちが理想や思うたとおりになってるのに、辛いことなんかあんのんか?」
「人に見せへんだけです」
「そうか」 笑いあう2人

「葵姉ちゃん!」「しーーっ」
黒地に白い水玉のワンピース姿の葵だった
「悠、あんたやっぱり来てたんやなぁ」「うん」
「なぁ、お父ちゃんは?」
「奥や」
「いや~、まだいはんのか、ふーん」

「葵姉ちゃん、元気にならはって良かった」 しみじみ悠が言う
「うん」微笑む葵
「何えーー? 2人で」
「なぁ、あんたの古い着物貸してくれへん?」
「うーん、そやけど、葵姉ちゃんに似合うような着物なんか、あらへんえ」
「いいねや。今度の芝居で要んねん。衣裳つくるお金なんかあらへんし、な、頼む」
「お姉ちゃん、芝居って、今度は一体何してんの」
「ふーん。劇団に入ってんねん。新劇。新しくできたんや」
「新しいから、新劇?」
「うん。あ、悠でもいいわ、貸してくれへん?」
「ふん。大阪来てくれはったら、なんぼでも貸してあげるえ」
「大阪って、あんた今大阪に住んでんの?」
「雄一郎さん、元の新聞社に戻りはったんや」
「そっかぁ、良かったな」

そこに市左衛門登場

「葵、役者になるような娘は、この家の敷居跨ぐなっちゅうたの忘れはったんか」
「はい。せやし、あの、敷居またがんと、店の者におんぶしてもろて入ったんです。
 お父ちゃん、店に新しい人、入ったんどすね」
「そうどす。竹田屋は、昔異常の竹田屋になりますねん。
 せいぜい今のうちに親をおちょくってない  
「んもう!」と静も目で怒って、市左衛門の見送りに出る

「何や、昔に戻りはったような気ぃしぃひん?」と葵



「薫は休みそうどすか?」と、静がお茶を入れて持って来る
「子どもどうしよう騒いで、楽しかったんやろな」
「お父さん、孫に囲まれてこーんな楽しい祇園さんは初めてだ 言うて‥。
 ご機嫌さんでまたお出かけどすわ」
「なぁ? お父ちゃん、どうかしはったんどすか?」
「いいや、何かおかしおしたか?」
「いいえ。奈良で何かあったんですか?」
「あの時は雄一郎さんにホンマお世話になって。喜んではりましたえ。
 雄一郎さん励ましながら、ご自分でも考えるところがおありやったのと違いますか」
「うん、そら雄一郎さんはお父ちゃんのおかげで、新聞社に行く気になってくれはったけど」
「奈良のお母さんには申し訳ないことどしたけど、
 一家の主はやっぱり、自分を全部つぎ込めるような仕事をせんといけまへん」
「うん」
「男の人が自身を失はった時は、どーんと後押しせんとあきまへんのや」
「お母ちゃんは? お父ちゃんにどんな後押ししはったんですか?」
「え?」
「とぼけんと教えて下さい」
「私はただ、昔のような力を持って欲しかっただけどす。私は何にもしてしまへん。
 それより悠、引越ししたばっかりやのに、こんなとこで遊んでてええのどすか」
「うん。雄一郎さん、優しい人やし、出張の間にうちがさびしがるとあかん思うて、
 お母ちゃんから電話あったし、祇園祭見に行ってこいって言うてくれはったんです」
「そんなこと‥。私が嫁に行った娘に祇園祭ぐらいで帰って来いなんて言いしません」
「わかってます。でも薫に祇園祭見せたかったし、来てしもたんです。
 これから毎年見せて、うちが何で鉾に上がったか、話すんです」
「そんなことしたら‥、薫も大きうなって鉾にあがってしまったら困りますがな」
「いいえ、いつか、女も鉾に上がれるときが来ると思うんです」
「そんな時代が来ますのやろか」
「うん‥」


 祇園祭の鉾の巡行が終わったその日、市左衛門は、突然、家族一同と店の者を集めたのです


「やっぱりお父ちゃん、何かしはると思ったわ。みんな座敷に来なさいって」
「うちは、もうこの家の人間やないし」
「違うねや。葵姉ちゃんまでわざわざ呼びに行かせはったんえ。悠も来なはいって」
「何で? 今さら後継ぎでもないやろ?」
「薫ちゃんはお康どんに預けて、はよ、来よし」


座敷に正座する一同

義二と桂は何事かというように、空いた座布団を見ている
悠は「あのー、うちは関係ないし、帰ってよろしいですか?」と言ったが
静に「そこにお座りやす」と言われてしまった。
葵も「何え~? みんな集まって」と入ってくるが「黙ってそこにお座り」と言われる。

「これでみんな揃いましたな」と市左衛門

「今さら後継ぎのことやろか」「うちら関係ないし」とひそひそ話す葵と悠

「えー、今日からこの竹田屋は、 竹田市左衛門株式会社 と呼び、
 正式に社名として登記することにします」
「市左衛門はいらんのと違いますか」と反抗する義二
「いや! 竹田市左衛門は正式の社名どす。発起人は家族六人。
 ほかのもんにも株主になってもらいます。
 えー、そいで今日のこれは、創立総会っちゅうことになります」



悠は、静の横顔にいつもの母と違うものを感じていました。

(つづく)


『都の風』(105)

2008-02-06 12:10:38 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。吉野屋に嫁ぐ
笹原  原 哲男 :雄一郎の住む長屋の部屋の前住人。もと地主
良子  末広真季子:雄一郎の住む長屋の部屋の前住人(笹原の妻)
坂井  河野 実 :「毎朝新聞」の記者、雄一郎の元同僚
長屋の女 タイヘイ夢路:笹原の部屋から出て行かない老婆

      アクタープロ
      キャストプラン

雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

みんみん蝉の鳴く中、長屋の部屋で悠は引越しの荷物の片づけをしている。
笹原夫妻は、近所の住人たちを睨みつけながら、荷物を運ぶ手伝いをするのだった。

親子三人水いらずで住む夢を膨らませながら、大阪へ来た悠でしたが、
そこには既に先住者がいたのです。
街には引揚者や戦後も住むところを確保することの出来ない人々があふれていた時代です


「すんません、その隅でけっこうですし」と悠は声をかけた。
「これで全部ですか」と笹原

「どうもありがとうございました」とあたまを下げる悠
「何をおっしゃいますやら」笹原嫁の良子。

「まぁ~、立派な箪笥やこと~。私かて世が世ならこれぐらいのもん、持ってましたんやで~」
「戦争に負けたんが悪いんや」
「今さらそんなこと言ったら、笑われますわ  あんたが働けへんのが悪いんや
「今さらコツコツ働けるかい 

「あのー、すんません! ケンカはそれぐらいにしといて下さい。子どもが起きます」
「‥ あっ、すんません」と座る良子「お嬢ちゃんですか」
「はい」
「お名前、なんて言わはるんですか」
「薫ですー。 私は吉野悠です。あのー、失礼ですけど‥」
「あっ、せやせや。あんたご挨拶せんと」と夫を座らせる妻

手拭いハチマキを取って挨拶する夫
「笹原です、これは家内の良子(よしこ)、いいます」
よろしゅうに と頭を下げあう、女2人。

「あのー、ご主人、新聞社に勤めてはるんでっか」
「はい、新聞記者です」
「いやー、よろしいなぁ。ちゃんとしたお仕事あって」
「戦争さえなかったら、今ごろわしもこのあたりの地主や」
「何を言うてますねん。
 んなもん、あんた、家不足で家賃がばーっとあがってるだけでっしゃないかいな」
「わけもわからんのに一人前のこと言うな!」
「あのーすんません、狭い家ですし、喧嘩しはるんでしたら表でしてくれはりますか‥」

「すんません。おとなしうしてますさかい、置いとくなはれ」小さくなる良子
「戦争前までは請負師の笹原いうたら、この辺りでは羽振りをきかせておったもんですわ。
 それが大陸から引き上げてきたら、親も兄弟も家ものうなってしもうて。
 おまけに家まで使用人に取られてこのザマですわ」
「この人、三男坊で、私と駆け落ちして大陸行ったんです」
「みんな、お前が悪いんや」
「なーんで私のせいにすんの!」「お前が悪いんや」「なんで」

「あのー、ご飯ごしらえはここでしてはったんですか」
「いいえ。
 私は料理屋の仲居してますし、
 この人はいつもは日雇い行ってますさかい、外食なんです。何してるかわかりまへんけどなー」
「そうですか。
 ほなー、そしたら寝る部屋は私ら、この部屋使わしてもろてよろしいか」
「へっ。奈良に帰れってご主人言うてはったんと違うんですか」
「いいえ。どんなとこでも主人のそばにいたいんです」

「嫁はんというのはな、こうでないといかん。お前もちょっと見習え」
「あんたがちゃんと働いてくれたら、そら私かてそうしますー」
「いちいち大きな声を出すな! あほ! 

「すんません、そしたら、お掃除手伝うてくれはりますか」
「あっ、はいはい。 あんた」と笹原に促した良子だったが
笹原は、「仕事探してくる」と出かけてしまった。
「しょうがない人やなぁ、んもう!」


夜になり雄一郎が大また歩きで帰って来た。

「お帰りやす」と出迎える悠 「遅かったですね」
「薫は?」
「もう寝ました」と雄一郎の背広を受け取る悠
「それでどうした。出て行ってくれたのか?」
「いいえ。あの奥さん、お料理屋さんで働いてはるんです」
「亭主は」
「さぁ、出て行かはったまんま、まだ帰って来はりません」

「こんなことってないよなぁ。
 大家の方にかけあったら追い出してくれって言うばかりで、どうしようもない。
 向いの家だって一ヶ月前に出て行く約束をしてまだ居座っているそうだ。
 やっぱりお前、スッキリするまで奈良に帰ってろ」
「お腹、すかはったでしょ」 悠は卓袱台の上の旅理を見せた。

「へぇ」
「うち。こうやってダンナさんのお帰りを待っていたかったんです 
悠は台所から切ったスイカも持ってきた
「お義母さんが荷物の中にお酒を入れといてくれはったんです。
 冷ですけど、よろしいか」
「うん」

悠は雄一郎にお酒を注ぎ、嬉しそう。

「けど、楽しいわぁ。
 今まで、一升より少ないお米炊いたことなかったのに、これからは何でも2人分でいいなんて
 ままごとみたいや」
「今日は無理をして帰って来たけれど、そう毎日帰れるとは限らない。
 楽しいなんて言ってられないぞ?」
「けど、宿直室で休まはるんやったら、近いんやし帰ってきてくださいね」
「はいはい」
「うふっ 


すると、「お~~~い、今帰ったぞぉ~~~」と酔っ払いの笹原が帰宅
「世の中、どうなってるんや~~~」

泣き出してしまう薫

「金持ちだけ儲けやがって! 何とか言うたらどうや!」と管を巻いて、玄関に転がる笹原

「ここは僕の家ですよ。そんなに大声出さないで下さい」
「あんた誰や」と言う笹原を外に担ぎ出す雄一郎
「何するんや~~。あほ~~」

「うちには赤ん坊がいるんですよ。そんな大声出すんなら出て行って下さい」
「なんじゃい! ここあたりはみんなワシの土地や。ワシの。
 文句があるんらったら、お前ら出て行かんかい  ワシは絶対、どこにも行かんぞ」

玄関先に座り込む笹原に
雄一郎は「悠、バケツもってこい。頭冷してやる」と水をかけようとするが
悠は、コップ一杯の水を持って来て、「飲んで」と渡すのだった。

「あんたは優しいなぁ」と悠の手を握ろうとする笹原の手を取り、雄一郎は立たせ、
「いい加減にしろ!」と突き飛ばす。

「こんなヤツ、ほっときなはれ」と向いの長屋のおばあちゃん
「早う家の中に入って、鍵かけてしまいなれ」

「何をすかすんや。お前が出て行かへんから悪いんやないかぃ」と悪態をつく笹原に
「へーへー、いいとこが決まったらさっさと出て行きますっさー、ふん」とこちらも悪態

べろべろの笹原は生垣に倒れこんでしまった。

「こんなとこにほっておくわけにもいかんし、家の中にいれてあげましょ」
「頭冷せばいいんだよ」という雄一郎だったが、悠は
「笹原さん、大丈夫ですか」と手を取るので雄一郎も手伝い、家に入れて寝かせた。

ぐおう~っといびきをかいて寝る笹原


「こんな酔っ払いと一緒になんか住めるか‥。
 暑いのに閉め切って、寝ることだってできやしない」
「毎晩あんなふうになるんやろか」
「はぁ。な、悠、頼む。奈良に帰ってくれ。
 あんな酔っ払いとお前がいるかと思うと、おちおち仕事なんかしてられないよ。
 お前だけならともかく、薫がいるんだから」
「な、雄一郎さん。
 今、奈良に帰ったら、すぐには出てこられへんような気がするんです。
 わけ、知らはったらお義母さんも来さしてくれはらへんような気もしますし」
「それでもいいじゃないか。世の中落ち着いてからでも遅くはない」
「うちの我儘やということはわかってます。
 けど何がなんでもあなたのそばにいたいと思って来たんですから、
 そんな帰れなんて言わんといて下さい」
「うーん」
「薫のために、ようないことはわかってます。 けど、薫は私の子どもです。
 この子が自分の意志で何かできるようになるまで、私と同じ気持ちやと思うことにしたんです。
 戦争中、吉野屋で疎開の子どもたち預かってる時に思うたんです。
 親御さんは子どもだけは安全なとこへと思うて疎開させはったんでしょうけど、
 子どもは、どんな時でもどんなとこでも、親と一緒にいたいと思うてるもんです。
 薫もきっと、あなたといたいと思うてるはずです‥」
「(うんうん)はーっ。 ‥お前には、いっつも負けるな。しかしなぁ、困ったもんやなぁ」


「ただいまー」とにぎやかな妻・良子が帰って来た。

「あんた~~!  また酔っぱらってる!」と金切り声で
「いい加減にして下さいよ!」と、バックを笹原の頭に落とした。

「な、な、何すんねん」
「んもー、ホンマにもう!」
「お前も酒飲んでるやないかい」
「あたしは仕事! 遊んでるのと違いますの!」
「やかましいわ。もう一杯酒、飲ませや」
「どこにそんな酒があんのんよ」
「酒屋に売ってる」
「働いてください。お酒ばっかり飲んでもう~! 酔っ払い!」

夫婦喧嘩の声を聞きながら、うんざりする二人だった (^_^;)



毎朝新聞社


「三ヶ月先? 三ヶ月も待てないんだよ」 電話を切る雄一郎

「家か」と、坂井が話し掛けてきた
「はい」
「悪戦苦闘しているようだな」
「今のとこ、同居人がいるんだよ。それも酒癖の悪いやつなんだ。
 広島へ出張しなきゃいけないのに、女房と子ども、そいつらと一緒に住まわしとくのは心配だ」
「広島は誰かにかわってもらうんだな」
「いや、そういうわけにはいかないよ。
 原爆の取材だけは俺がやる。どうしても俺がやらないといけないんだ‥」
「ま、だいじょぶだよ、お前の嫁さん、しっかりしてる」
「酔っ払いだからな、相手は」
「こういう時、女房がすんなり行ってくれるのは、実家だな。
 嫁さんにとって実家は、息抜きの場所だ」
「あ、そうか。その手があったな」
「どんなに優しくされても姑のところより、母親にところにはすんなり行ってくれるもんだよ」
「ありがと」
「うまく持っていけよ」


夕方。
悠は薫をだっこしてあやしていた。

「お帰りやすー。早かったんですね」
「ああ。薫  ただいまー」

「京都のお義母さんから電話があった」と雄一郎
「何かあったんですか?」
「いや。
 今年の祇園祭、葵さんが帰ってるから、僕さえ良ければ、悠を帰してやってくださいませんかって
 遠慮しながらおっしゃって」
「ホンマですか?」
「行ってこいよ。久しぶりに三姉妹に揃って欲しいんだろ」
「行ってもいいんですか」
「当たり前だ」
「すんません。一日だけ行かしてください」
「えっ、一日といわず、しばらくいてもいいぞ」
「そんなことできません。その間あなたはどうしてるんですか」
「広島に出張だ」
「どれぐらい?」
「わからん。できたら終戦記念日の取材もしたい」

「な、雄一郎さん。私がそばにいること、そんなに迷惑ですか?」
「何を言うんだ、ありがたいと思ってるよ」
「わかりました。 私のことは気にせんとゆっくり行ってきてください。
 その間私は、おとうなしぃに待ってます」
「そんな意味じゃないよ。ホントに電話がかかってきたんだって!」
「わかってますー。祇園さん言うたら、うち断らへんていろいろ考えてくれはったんですね。
 おおきに」
「はぁ」
「私がそばにいたら、あなたがホンマに困ること、ようわかりました」
「違うったら! わかってくれよ」
「はい、薫~」と薫の抱っこを雄一郎に交代して、悠は雄一郎のお弁当の包みを持って家に入った。

「はぁー。薫ぅ。何とかしてくれよ。
 お母ちゃん、何がなんでもお父ちゃんにくっついて離れてくれないんだ」
「ぅ」と薫 ( セリフかよ~ ォィォィ )

悠は雄一郎の優しさに感謝して、素直に従うことにしたのです

『都の風』(104)

2008-02-05 12:10:14 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。再び大阪で家族3人暮らし
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰
笹原  原 哲男 雄一郎の住む長屋の部屋の前住人。もと地主
良子  末広真季子 雄一郎の住む長屋の部屋の前住人(笹原の妻)

お民  町田米子 :「吉野屋」のもと仲居。戻って来た
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女。女将修行を決意
長屋の女  タイヘイ夢路  笹原の部屋から出て行かない老婆

      キャストプラン
      アクタープロ

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

すえひろまきこ って、議員さんの方 ^^;

・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★

家族会議になってしまった

「無茶だよ、そんなこと。いくら家族で決めたからって俺が困るんだよ」
「悠が一緒に行ったらいけませんのんか?」とお常
「いや、ちゃんと働いてますよ。大阪は本格的な復興の活気で、町じゅう沸きかえっているんだ。
 社会情勢だって一日一日かわるし、事件だって毎日ある。
 女房・子どもを気にしながらやれる仕事じゃないんだよ」
「私のことやったら気にしていただかんでもいいんです」
「そんなこと言ったって、住むとこだってないんだぞ」
「あんた、今、どこにいますの」
「仮住まいとして、一時的に借りてる部屋はある。家といったってバラックみたいなもんで」
「どんなとこでも平気です」
「お、お前は平気でも、まだ1歳にもならない薫がかわいそうだよ」

「子どもっちゅうもんはな、母親さえしっかりついててたら、どんなどこでもちゃーんと育つもんです」
とお常
「ここでいっつもほったらかしにされてるより、お母ちゃんとずっと一緒にいられたほうが
 薫は幸せや」 秋子まで加勢する
「秋子、お前まで‥。 父さん、何とか言ってくれよ」
「わしはやな、どうしても行かんといてくれとは、悠さんに言うたんや」
「あんたさん」
「みんなでよってたかって、悠を俺と行かせるようにしむけたんやろ」
「いいえ。うちが行きたかったんです。我慢してたらみんなが応援してくれはったんです」
「もう勝手にしろ 俺は知らんぞ!」

「雄一郎、夫婦はな、一緒にいてなあきませんのや。
 どんな仲のええ夫婦でも、いっつも同じ船に乗ってんと、いつ嵐が来て別々の方向に行ってしまうか
 わからんもんです。
 悠のことはもう諦めました。
 吉野屋の女将になんかなってもらうよりな、息子のかわいい女房になってもらわんと困ると思いましてな」

「困るんだよな」
「雄一郎!」
「負けたよ、全く。 悠、そのかわり何があっても文句は言うなよ」
「はいっ 
「物価は高いし、月給は安いぞ」
「毎日お芋を食べて、闇市に立ったことを考えたら、何でもできます」
「そやそや。その調子!」お常も励ます
「いっつも雄一郎のそばにおってな、お尻をぶんぶんひっぱたいてやんなやれな」
「はいっ! 」

笑いあうお常と悠 「良かった、良かった~」


吉野屋の前に車

「おーい早くしろよ、時間がないんやから」
「はーい」と悠が薫をおぶって両手いっぱいの荷物で出てくる。

「何やまだあるのか?」
「薫のおむつ忘れてたんです」
「これ、全部おむつか?」
「ふん」
「全部持ってくことないやろ」
「薫のもんなんか買われへん思うし、たいした荷物にもならへんし、よろしやろ?」
と悠は車に、積め込んだ

「悠ー」とお常とお民さんも、「うちの食器類や」とまた荷物を持って来る

「母さん、いらないよ、そんなもの」と雄一郎は言うが
「たいした月給もとってないのにえらそうなこと言いなさんな。
 所帯道具そろえるだけでも結構お金がかかります、なぁ」
お民に「はい、坊ちゃん」と渡され、しぶしぶ積める雄一郎。
喜一は畑で採れたスイカを持って来てくれた。
「お父さん、遊びに行くんじゃないんだよ」
「薫が好きなんやがなー。食べさしたってくれ」
「お姉ちゃん、これうちがこしらえたんや。持ってって」と秋子もお弁当を手渡す
「おおきに、あっこちゃん本気で女将さんの修行してや」
「うん」

「早くしてくれよ。午後一番に大事な会議があるんやから」
「ささ」

薫をおんぶして、深深と頭を下げる悠

「体にだけはな、気をつけますのやで。京都へはな、あたしからお電話入れときます」とお常
「落ち着いたらな、薫の元気な顔、京都のご両親に見せてあげるのやで」
薫の頭をなでながらお常は言った
喜一も「薫、おじいちゃんの顔忘れたらあかんで」と話しかけ、お民は鼻をすすっていた。

「さぁ、薫、ちゃんとおじいちゃんにお礼言おうな」 背中からおろして抱っこし
「さよなら」と手を握らせた

「悠!」 雄一郎が呼び、エンジンがかかった。
悠が乗り込み、喜一は車のドアを閉めてやった。

そして、車は動き出し、出発した。


昭和25年7月、悠は初めて親子三人で暮らすことになったのです 

車の中でお茶をいれて「こぼれるこぼれる」とさわぐ悠、薫もじっと見ている
ブレーキを踏む雄一郎だったが、「やっぱりこぼれてしもた」

「けど嬉しいわぁ、三人だけで暮らせるなんて。ホンマに夢やないんですね」
「夢を見てるのと違う。ホンマにひどいとこなんや」
「お父ちゃんと一緒やったら、なんにも怖いことあらへんなぁ」薫を見て言う悠
「いっつも一緒になんかおられへんぞ」
「はいっ! お父ちゃん、しっかりがんばってくださいよ」

急に肝っ玉母さん風になる悠。車は川の土手を走っていった。



大阪城が映る

長屋に車は到着した。車を降りる雄一郎と悠(と薫)

悠が雄一郎の後をついていくと、ある家から、ステテコに腹巻き姿の男が逃げて出てくる。
「堪忍してくれ!」
「うるさいなぁー、働きもせんで!」と箒を持った女が追いかけて出てきた。

「ちょっとあんたたち何ですか」と雄一郎
「見ればわかるでやろ、夫婦喧嘩やぼさっとせんで止めてくれ」

本気で泣く薫 

「いったいどういうことか説明してくださいよ!」
「なぁ、夫婦喧嘩はいいからはよ行きましょ」と、雄一郎の袖をひっぱる悠
「どこですか?」
「ここだよ」

それは、その夫婦喧嘩の夫婦が出てきた家で、そしてまたその夫婦は中に入って行ったのだった。

「いったいどうなってますの?」
「俺の方が聞きたいよ」

「堪忍してくれ、ワシが悪かったから堪忍してくれ」 男は座布団を被って叫んでいた。

(ああ、『ちりとてちん』の座布団はあんなに感動モノなのに ^^; )

「こら、なんぼおもろいからって家の中まで入ってきて見ることないやろ」
「いい加減にしろ! 警察を呼ぶぞ」
「ちょっとあんた。夫婦喧嘩をしたら警察を呼ばれるまんのか」
「それやったら、世の中の夫婦、全部つかまってしまうのとちゃうか」

妻は夫を羽交い絞めにして、ひっぱたいていた

「人の家に黙って入ったら、不法侵入だ」

力が抜ける夫婦喧嘩の夫婦。

「ここを一体誰の家だと思っているんだ!」
「あんた、ここの ‥」と男
「一体、誰の許しを得てここにいるんだ」
「‥‥ どうぞ」と喧嘩に使っていた座布団を渡す女
「これは俺の座布団だよ!」

「えらいすんません、いろいろ事情がありまして」と頭を下げる夫婦。

「事情も何もあるか!」 まだ泣いている薫をあやす悠
「人の家に黙って住み込んでいたら、立派な犯罪だ。本当に警察を呼ぶ」
「おもろいやないか。呼んでもらおうやないか、警察でも何でも!」と切れる男

「え、言うておくけどな、戦争前まではこのあたりは全部うちの借家やったんじゃ」
「そんなことは関係ないよ。、うちの新聞社と大家が契約して、ちゃんと家賃も払ってるんだ」
「あの成金の大家め! もとうちの会社の使用人やったんや」

悠が扉を閉めると、覗いていた近所のおばちゃんたちが知らんぷりをして帰っていく。

「ワシが大陸から死ぬ思いで引き上げてきたら、あいつ何もかもあいつのもんになっとったんや。
 こんなことがあってええのか」
「とにかく、今はここは私の家だ。出てってくれ」

「お願いでございます」と、女がせり出てくる 
「私ら行くとこないんです。向いの家が開いたら、すぐに出ていくよってに、それまで置いとくんなはれ」
「冗談じゃない、女房と子どもが出てきたんだ。今日からここに住むんだよ。 
 さ、出てってくれ」
「玄関の隅っこでいいんです。引揚者の寮も追い出されてしもて、
 大屋に頭下げて頼んだら、向いの家があくまでまっとれ言われて、行くとこないし‥。
 表見たら表札かかってへんし、空家みたいやし。
 いいえ、最初は表で待ってたんです」

「向いの家はいつ空くんですか?」と悠が笑顔で聞いた
「悠、お前一体何を言い出すんだ」
「四~五日なら、ここにいて下さい。困った時はお互い様です」

「ありがとうございます」 平伏する妻

「勝手に上がりこんだだけでも許せないのに、お前なんてこと言い出すんだ」
「けど、行くとこがない 言うてはるんやし、しょうがないのと違いますか」

まだ泣く薫と、いっしょうけんまい頭をさげる夫婦

「じゃぁ、とにかく、荷物だけ置いて、お前はしばらく奈良にいなさい」
「いいえ、せっかく来たんやもん。うちもここにいます」
「そういうわけにはいかないよ」
「時間がないんでしょ、さ、はよ行ってください」

時計を見る雄一郎

「後は、私にまかせて」
「しまった」
「荷物だけ、おろしておいてくれ。 トラックを返しに行く時、お前も奈良に連れて帰る。
 わかったな」 もう一度言って、雄一郎はあわてて出社した。

「お気をつけて!」 さらに平伏する夫婦

「すんません、表にトラックの荷物があるんです。運ぶの手伝うてくれはりますか」
「はいっ! はよう、あんた!」
「表のトラックな」 小走りに行く夫婦。

一瞬泣き止んだ薫だが、また泣き出す

「せっかく親子三人で暮らせると思たのになー」


(つづく)



約束の旅




★『都の風』第18週(103)

2008-02-04 12:09:45 | ★’07(本’86) 37『都の風』
★『都の風』第18週(103)

脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

題字:坂野雄一
考証:伊勢戸佐一郎
衣裳考証:安田守男

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、雄一郎の妻
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰
喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん。戦後数年後に戻り、板さん復活
お民  町田米子 :「吉野屋」のもと仲居。戻って来た
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女

      キャストプラン

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母




制作 八木雅次

美術 石村嘉孝
効果 藤野 登
技術 沼田昭夫
照明 田渕英憲
撮影 神田 茂
音声 永井啓之

演出 荘加 満      NHK大阪

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

薫は離乳食の時期になっていた。
「なぁ、お父ちゃん、週にいっぺんは帰るって約束してくれはったのになぁ」
「ふえーん」
「忙しうて薫のこと忘れてしまったのかなぁ。あーん」

昭和25年6月。
新聞社に復職した雄一郎は単身大阪に行ったまま、帰ってきませんでした。
 


「寂しいけど、がまんしような」 悠は女将の着物のまま食べさせて、
「ごちそうさん。お腹いっぱいになったら1人で遊んでてな、薫はほんまにお利口さん」と寝かしたが
薫は泣いてしまった。

(タイミングよく泣くなぁ。もっと食べたかったんだろうなぁ (^_^;) )

「泣かんといて。お母ちゃんのいうことよく聞いて」とあやす悠 「薫はいい子やろ」


薫の泣き声を聞きながら、ご飯の片づけをしてお茶を出すお常。
喜一は気になるのか、立ち上がる
「薫のことは悠に任しといたらよろしい」
「何でや」
「もう悠のことはあてにしたらいけませんのや。いずれ大阪に行ってしまうのやし」
「‥」
「私はな、悠にかけてましたんや。雄一郎が大阪行く言うても、ずっとここにいる言うの信じてました。
 これでやっと肩の荷がおりたと思いましてな」
「そんなことうじゃうじゃ言うたかてしゃあないやないか」
「そやかて、たまには私の言うことも聞いとくなはれ。
 あんたさんしかこんな愚痴聞いてくれる人いてへんのやさかい」
「ほんならまぁ、言いなはれ」
「そらなぁ、あたしかて悠 我慢してるのはようわかってましたから、秋子がここ継いでくれるのやったら
 悠を気持ちよう行かしてやってもええと思うてました」
「雄一郎が大事。その方が正直や‥」
「こうなったらなぁ、せめてあっこがあんたさんの実の娘やったら、そない思いますわな」
「急に、守りせんちゅうのもかわいそうやな。ちょっと見きてあげまっさ」
「秋子のことになると、すぐ逃げ出してしまいはる‥」

薫はかわいいエプロンをつけて、悠の腕であやされて寝ていた

「あー、寝たんか」
「やっと」
「かわいい顔して  
 ‥なぁ、悠さん。 お常のために大阪行くの諦めてくれへんかなぁ。
 あいつががっかりしてる姿見ると、なんやかわいそうになってきてなぁ‥。
 子守りやったらわしなんぼでもする。わしにできることやったら何でもするがな。
 せやさかい、大阪へ行くのだけはやめてくれへんか」


「まぁまぁようお越しくださいました」 お常の声がする
「すんません、お義父さん。お願いします」 悠はお出迎えに出た。

薫は泣き出してしまって、喜一が「よしよし」とあやす。

「どうぞどうぞ」と悠が出て、「お二階へどうぞ」と案内しようとすると、
お常は「あたしがします」とカバンを持ってあがってしまった。

板場へ行ってお茶の準備をすると、お民が「あたしがします」と言われてしまう
「悠さん、大阪へ行きはってもなるべく、2人でできるようしようて女将さん言うてはりますし、
 私が持っていきます」

「女将さんは、吉野屋のお客さんのためにも若奥さんにいてほしいんです。
 人を見る目に厳しいあのお人が、若奥さんがまだお手伝やった頃、
 わたしの後を継げるのは悠さんしかいない、言うてました」
源さんも魚を仕込みながら言う。

「‥‥」
「ここに、いてておくれやす」

喜一が「いないいないばぁ~」と薫をあやしているのを、廊下から腕組みして見る秋子
「お父ちゃん、恥ずかしいないの? 何でそんなことまでせんならんの」

「お前が子どもの時分にも、ようこうやって遊んでやったがな。
 わしの一生は子守りばっかりや。一生懸命に遊んでやってもみんな勝手なことばっかりすんのや。
 お前さえここを継いでくれたらなぁ」
「お父ちゃんまで、うちにお姉ちゃんの犠牲になれ 言うの?」
「お前が考えるのは勝手や。
 せやけどもな、人間一生にいっぺんぐらいは人のためになることをせなんだバチがあたるで」
ガラガラを振りながら、薫に「なぁ」と話し掛ける喜一
「‥‥」

悠は戸締りをして電気を消し、帳簿をつけようとした。
「あ、それはさっき私が書いておきました」とお常が入って来た
「悠、冷たいようやけど、あんたがおらんでも吉野屋はやっていけます。
 ここのことは気にせんでよろし。
 雄一郎もなかなか帰れんようやし、あんたの寂しそうな顔みてんのも辛い。」
「すんません」
「あたしがな、うんと長生きしてればよろしんや。さ、お休み」

お常の本心を知っている悠には、大阪に行くことも、ここに残ることも
素直に言い出せなくなっていました 



電話が鳴る「はい、吉野屋でございます」
秋子が取ろうとしたのか、部屋まで来ていた。
「雄一郎さん  いいえ、何でもないんです。どうしはったんですか、こんなに遅う」

「おいどうしたんだ、泣いているのか」 新聞社にいる雄一郎
「いいえ、泣いてなんかいません。なんかご用ですか」
「うん。今週は帰れそうもないんだ。忙しくて寝る暇もない」
「そうですか。仕事やったらしょうがありませんね。けど体に気ぃつけてくださいね」
「だいじょうぶだ。薫も元気か」
「はい、元気です」
「そうか」
「いつお帰りなんですか」 
「わからんな」
「ちゃんとお休みになって、ごはんも召し上がってくださいね」
「ああ、食ってるよ。じゃ、切るよ。朝刊の締切時間が迫っている‥」
「ちょっと待って下さい」
「(ガチャ)」

寂しそうに電話を置く悠を見てる秋子。

翌朝、悠が表に水を打ちに行くと、もう済んでいた
「水撒きもさしてもらえへんいうことやろか‥」

水撒きしているのは、秋子だった

「あっこちゃん‥」
「うち、こんなことしとうない。女将になんか、なりとうない。
 そいでも、うちが女将になるって言うたら、お姉ちゃん、大阪に行きやすくなるやろ?」
「そんな‥」
「はよう、お兄ちゃんのところに行ってあげて」
「あんなところに1人でいたら、どないになってしまうかわからへん。
 うちはよう知ってる。男も女も騙しあいや。
 うちの好きな人、働き過ぎて病気になってしまいはったん。
 アパートで看病してたら、田舎から奥さんが出てきはった‥。
 お兄ちゃんは絶対そんなことないけど、きっと体こわしてしまいはる。
 心配やろ?」
「(うん)」
「よっしゃ、うちに任せとき。女将なんてかっこだけならなんぼでもできる! さ」

お常ができてて、着物を着た秋子を不思議そうに見る
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」と挨拶をしてみせる秋子

「おばさん、これでよろしのやろ?」
にっこり笑ったお常は「あっこ‥」と嬉しそう、そして悠は泣き出しそう。

「悠、あっこの気がかわらんうちに、さっさと雄一郎のとこに行きなはれ」
「でも‥」
「あたしはなぁ、あっこにこない言うてくれんのをずっと待ってましたんや」
「お義母さん」と涙ぐむ悠
「あっこ、今日からは、おばさんやのうて おかあさんと言いますのやで」
「そんな簡単には呼ばれへん」
「いいえ。今日から本気で私が教育します。さ、ご飯の支度! はよう。台所においでなはれ」

お常は、本当に嬉しそうに台所に飛んでいく

「どないしよう。おばさん本気にしてしまはった」
「おばさんやのうて、おかあさんでしょ?」
「ひどい。うちはお姉ちゃん助けただけやのに」
「あっこちゃん、おおきに‥」

悠が引越しの準備を始めたところに、雄一郎がふらっと帰って来た
「なんや? 大掃除か?」
「雄一郎さん、お帰りやす」
「うん」
「うち、ここを出ます」
「え」
「雄一郎さんがあんまり冷たいし、うち、京都に帰ります」
「悠‥お前…」
「うっふふ」
「一体どういうことや?」
「決まってますやろ、一緒に行きますねや。大阪に。うふっ」
「そんなこと勝手に決めるなよ」
「うちが決めたんと違います」
「どっちにしても今は来ないでくれ」
「いいえ、行きます」
「悠! いい加減にしろ
「‥‥」


(つづく)



あら、どうしてそんなに来て欲しくないんだろうか? 

『都の風』(102)

2008-02-02 13:10:26 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰
喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女
お民  町田米子 :「吉野屋」のもと仲居。戻って来た  前回は第41回

      アクタープロ
      キャストプラン

お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

雄一郎の荷造りをする悠

雄一郎が大阪へ行く日が近づきました。どうしても雄一郎と離れたくない、という思いが
だんだん強くなっていくのを悠は押さえることができませんでした 


悠は一度詰めた衣類を放り投げるが、気を取り直して詰めなおした。
そこに薫を抱いて散歩から帰った雄一郎

「遅かったんですね、どこ行ってはったんですか」
「ああ、もう薫と散歩もできなくなるかと思うとさみしくてな、春日大社まで行ってきた。
 薫を守ってくれるように、お父ちゃん、お願いしてきたんやな」
そういいながら、薫を布団に寝かせた

「なぁ、雄一郎さん。うちも一緒に大阪に行く」
「何やて?」
「大阪に行きます」
「本気か?」
「うちは今何よりもあなたが大事です。うちも行きます」
「いや、それはわかってるよ。
 でもこの家はどうする。お前がいないとやっていけない。お袋が承知しないよ」
「けど、お義母さんは結婚した時に言うてくれはったんです。
 女将を選ぶか雄一郎を選ぶかどっちか決めんならん時が来たら、まず雄一郎の妻であることを忘れんといてほしいて」
「たとえ、そう言ったとしてもだよ」
「お義母さんにはうちからちゃんと話します」
「おい、ちょっと待て。こんな大事なこと簡単に決めるな」
「いいえ。ずっと考えてました。うちが今出て行ったら、一番困るのはお義母さんです。
 うちにかわってあっこちゃんに女将を継いでもらおうとも考えましたが、 断られてしまいました。」
「‥」
「虫のいいことを考えてたんですね」
「お前のかわりができる人なんていないよ」
「いいえ、いはります。うちがここに来たときお手伝いしてはったお民さん、あのお人に手紙書きました。
 もう田舎に引っ込んで、孫の世話したいいうことでしたけど、それでも三回手紙書いたんです。
 そしたら、とうとう根負けして、来るって言うてくれはったんです」
「呆れた奴だな!」
「自分でもそう思います。けど、うちは今あなたと離れとうないんです」
「俺がダメだと言ってるんだよ」
「うちがキライですか?」
「バカなこと言うな、足手まといになるって言ってるんだ」
「あなたを煩わせるようなことはしません。薫と2人で大人しう待ってます」
「それが困るんだよ」
「大阪がどんなに変わってても、うちは平気です。薫と一緒にあなたのそばにいたいんです」
「わがままを言うな!  」と机を叩く雄一郎

「とにかく、お前の気持ちはわかった。しかし今、俺と一緒に来ることは許さない。
 母さんにも納得してもらってそれからでも遅くはない。その時が来たら俺が母さんに言う。
 それまでは絶対に言うな。
 この吉野屋をどんな思いをして守ってきたか、お前という後継ぎができてどれだけ安心したか、
 お前も知ってるだろう。
 口ではわかったようなことを言っているが、お前が出て行くとなったらきっと悲しい思いをするに違いないんだ。
 わかるだろ?」
「はぃ」
「お前が、何より俺を大事だと思ってくれるのは嬉しいよ。
 しかし、もう一度考えなおしてくれ。頼む」
「(うん)」



洗濯物を干しながら、おんぶした薫をあやすように、悠は話し掛ける
「なぁ、薫~、あんたのお父ちゃんは優しそうに見えるけど、ホンマは冷たい人え。
 これだけ一緒に行きたい言うても、あかん言わはるんえ。
 薫と三人、どんなとこでも暮らしていけると思うのになー。
 来たらあかん、やて」

その悠の独り言は、秋子の部屋まで聞こえていた。

「あんたのお父ちゃんにとっては、みんな同じように大事なんや。
 おばあちゃんのためにこの家残れ、言われたら、お母ちゃん、もう何にも言われへんのや。
 寂しいけど、我慢しような、薫」

秋子ははらばいになって、せんべいをかじりながら、それを聞いていた。

出発する雄一郎を見送る一同 (しかし、ここん家も玄関は旅館の玄関と一緒だわね )

「当分、お父ちゃんともお別れですわなー」とだっこした薫に話し掛けるお常。
「さびしいけど、おじいちゃんもおばあちゃんもいてますよってに、安心して働いてくださいってなー」

「父さん、母さん、頼んだよ」
「薫のお守りはまかしとき。あとのことは知らんねん」
「はっはっは」

「お義母さん、駅まで送っていってよろしいですか」と悠
「遠い所までいくわけでもないのに、しょうがないお母ちゃんですなぁ」とまた薫に話し掛けるお常
「すんません」

「じゃ」
「行っといなはれ」

秋子は、何も言わないで立っていた。
「あっこ、元気になりましたんかいな。
 あんたな、もうどっこも行かんでずっとここにおんなさいや。
 あたしが何か言うたら、あんたすぐに反発するやろけど、お父ちゃんもあたしもな、
 あんたがかわいいんや。
 血なんかつながってなくとも、あんたも悠もあたしの娘だす」
「おばさんも、うちに女将になれって言うんですか」
「‥え?」
「お姉ちゃんは幸せすぎるわっ‥ 」そう言って奥へ行く秋子



夕飯を残して「ごちそうさま」をする秋子
「あっこちゃん、もうええの。もっと食べへんと元気でえへんえ」
「あっこ。食べんでもよろし、ちょっと座んなはれ」とお常。

ある雰囲気を察し「ごっつぉはん」と喜一は立ち上がりかけたが、
「あんたはんも座っておくなはれ」とぴしゃりと言われる
「薫が目をさましたら見てやらんとぉ」と反抗するが、お常に睨まれてそのまま正座する
「いつもあんたの言うとおりにしてまんがな~」

「秋子」

秋子も座った


「悠。あんた秋子に女将になれ、言うたんですか」
秋子と喜一を見る悠
「はい‥」
「勝手なことしれくれますわな」
「(すんません)」と頭を下げる悠
「あんたがな、雄一郎と一緒に行きたいのはようわかってます。
 せやけど、ここ残ってくれました。ホンマにありがたいことだと思ってました」
「すんません。でもうちはお義母さんの言わはった通りに、雄一郎さんの妻でいたかっただけなんです。
 今すぐには無理でも、うちのかわりをしてくれはる人が見つかったら‥ そう思たんです」
「確かに、あたしはそう言いました。
 女将か女房か迷うことがあったら、雄一郎の女房でいてやってほしい‥
 けどあんた、何で相談してくれませんのや」
「‥ 」
「さっきお民さんから電話がおました。何もかも1人で決めすぎと違いますか」

「どうしても雄一郎さんと一緒に行きたかったんです。すんません」
「雄一郎のとこ行くしか、しょうがおませんわな」
「お義母さん‥」

「勝手やわ‥」と秋子 「おばさんもお姉ちゃんも」
「うちは何も思うようになれへん。
 お姉ちゃんは好きな人と一緒になれて、みんなから望まれて女将さんになって、
 都合のいい時だけ娘や妹や言われても迷惑や。
 女将にしてやったなんて思われんの ‥  惨め‥ 」

「あっこ、一体どないしたんや、お前が泣いたりして」 喜一
「あっこちゃん、堪忍。うちはどこへも行かへん。大阪行くなんてことも考えへん。
 せやし、あっこちゃん、自分のことだけ考えはったらええねや」
「あかん! お姉ちゃん、お兄ちゃんのとこ行かんなあかん。
 せやけど、うちは絶対女将になんかならへん」
「あっこにな、女将になれとは言うてません」とお常
「女将いうのはそんないやいやなれるもんとは違いますねや。
 けどな、女将になんかならんでも、あんたはずーっとここにいてたらよろし。
 悠、あんた雄一郎のとこ、行きなはれ」

「うち、お給料もらえるんやったら、女将になってもかまへんわ」と秋子が言い出す
「あほ、何を言うねん」と喜一
「お手伝いさん雇ったら、どうせお給料払わなあかんのでしょ。
 それやったら、うちを女将に雇ってください」
「‥」渋い顔のお常

「うちの勝手でお民さんに来てくれるように頼んだけど、お給料払ったらうちはカツカツや。
 それにあっこちゃんはここの娘なんやし」
「おばさん、どうですか」
「お民さんにはな、あたしからもお願いしました。
 うちは2人分も給料は出せません」
「まだ来てへんのやし、断ってください!」と秋子

「お金のことやったら、あんた、他の仕事探したらよろし、な。
 元気なったら一緒に考えよ。なぁ、あんたさん」
「うん。そうせえ、秋子」
「そうせえって! どないしたらええんですか」 金切り声を上げる秋子
「うちは何をやってもうまいこといけへん  補欠にもなられへんのや 

「そんなことあらへんって。でもな、あっこちゃんはここにいんとあかん。
 大阪で何があったかわからへんけど、もう心配かけたらあかんえ」悠がとりなした。
「うちは自分の勝手にする。お姉ちゃんもそう言うたでしょ。
 自分勝手でもそうせなあかん時があるって」
「そら、あの時は雄一郎さんと一緒に行くことだけしか考えへんかったけど」
「お兄ちゃんに絶対について行く言うたん、あれは嘘やったん?」
「嘘と違う! 嘘と違うけど‥」
「それがいややねん! お姉ちゃんが曖昧にここにいたら、うちが補欠みたいや。
 うち、そんなん御免や」

「あっこ、あんた、女将になんかするつもりはありません
 悠が雄一郎のところに行ったら、この吉野屋はお終い。 吉野屋はあたしの代でお終いや」


玄関ががらっと開く音がして
「女将さーん、みなさーん、民でございます」と声がした
「この度は、わざわざよんでいただきまして~~!」

やれやれ ‥ という表情のそれぞれだった

(つづく)





約束の旅 


『都の風』(101)

2008-02-01 08:03:35 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。古墳発掘はやめ、吉野屋を手伝うが‥
喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
板井  河野 実 :「毎朝新聞」の記者、雄一郎の元同僚 前回は 第36回
          板井 になってますが、坂井 かと‥
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女。大阪に出ている

      アクタープロ
      キャストプラン

お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

朝靄の中、悠は表に水打ちをしていた

市左衛門は、静と一緒に京都に帰っていきました。
2人の姿を見ながら、微妙な夫婦の結びつきを考えていました。 



そして雄一郎は、新聞社から来た手紙を読み返し、
また市左衛門の言葉を反芻して考えていた

 人間同士が殺しあうのは間違いや ‥ それをはっきり言える勇気のある人間が
 世の中に出ていかんならん時代と違うんどすか
 そうせんと、戦争で死にはった人間が化けて出てきまっせー

悠が部屋に入って来ても、雄一郎はその手紙を広げたままにし
「悠、大阪に行ってきてもいいか」と訊いた
「はい」
「断るにしても、一度はデスクに会わんとな」
「はい」
「ばかに素直だな」
「はい。あなたの思わはる通りにして下さい。うちはついていくだけです」
「ありがとう。 俺、お前みたいな嫁さんもらって、良かったよ」
「私も、あなたみたいな旦那さん持ってよかった 
「はっはっは。そこまで調子あわせることない」
「いいえ、ホンマどす。この間、お父ちゃんととことん飲んでくれはったあなたを見て
 うちが男やったら、きっとそうしたやろ思ったんです」
「いや、あれは気がついたらお義父さんの調子に巻き込まれただけで、
 あんなに酔っぱらうつもりはなかったんだ」
「何でもよろし。けど、お父ちゃんもホンマの息子のような気がするって嬉しい顔してくれました」
「俺もお義父さんに教えられたよ」


「四月十日  婦人週間  の立て看板のある毎朝新聞社。

雄一郎は、久しぶりに前に立って「奇蹟だよなぁ、ここが焼け残ったなんて」と言い
ビルに入って行った。

資料部の扉を開け「よお! 戻ったんだって」と話しかける雄一郎
「今、デスクから聞いてきいたんだ」
「よぉ、お前も戻るのか」
「いや、迷ってる。前のような気持ちでとても勤まりそうにないからな‥」
「あいかわらずボンボンだよ、お前は!
 勤めなくても食っていけるから、いい気なこと言ってられるんだよ」
「相変わらず厳しいな。ま、幸いか不幸か、お互い生き残ったんだ」握手する2人。
「よし! 久しぶりだ。バラックの飲み屋にでも招待するか」
そう言って、坂井は松葉杖をついた。

「もういいんだろ? 行こう」

コップ酒を飲む二人

「田舎に引っ込もうかとも思った。しかし妻子がいるからな。
 俺だって、できるなら一線で働きたいよ。
 おやじ、もう一杯。 復職して俺の分もやってくれよ、な、吉野」

そこに、若い女が初老の男性と入って来てにぎやかにした。
「おやじ、冷、二杯」
「うわー、お肉おいしそうやな。おっちゃん、うちお肉」と雄一郎のとなりに座る

化粧をして赤い大きなイヤリングをしたその女性を見て、雄一郎はぎょっとした
「秋子」

吉野屋から大阪に出している秋子だった
秋子は、雄一郎を認めると目をひんむいて、そのバラックから逃げ出した。

追いかける雄一郎

「もう離してよ、いや!」
「秋子!」


そのまま秋子は奈良まで連れて行かれた。

吉野屋の前で「いや!」と抵抗する秋子だが、雄一郎は手をひっぱって、離さなかった
悠が「お帰りやす」と出てきたが、雄一郎の連れている女性を見て驚く
「あっこちゃん‥」

「コイツを風呂に入れてやってくれ」そっぽを向いている秋子
お常も出てくる
「何で? そんなかっこして一体どうしたんえ?」 
「ほっといてー! うちはもともとこの家の子やないのや」
「あんたはうちの妹や、こんなことになる前になんでうちに一言言うてくれはらへんかったんや」

「ふんっ。何が妹や。うちのことなんか全然心配したことなんかないくせに!
 好きな人と結婚して自分だけ幸せだったらそれでええのや」
「秋子! あんたなんてこと言いますのや」とお常
「都合のいい時だけ娘にして、都合が悪くなったらやっかい払いや!
 うちはうちの勝手で生きていくよりしょうがないやろー」
「あんた、デパートの洋裁部で働いてたんと違うんですか」
「最初の三ヶ月だけや‥ うちは負けたんや。
 負けたから言うて自分の家でもないところへ、のこのこ帰ってこられへんやろー」
「あっこちゃん!」 悠は平手打ちをした

秋子は頬を押さえて茫然とするが、悠の言うまま、玄関から中に入っていった。
お常もついていこうとしたが、雄一郎に「悠に任せておいたほうがいい」と止められる。

「あの子一体、何を考えてますのやろか‥‥」


雄一郎は、机に向かって復職願いを書いていた
悠が「すんません、先にお風呂に入ってしもて‥‥」と部屋に入って来た
「秋子はおとなしく寝たか」
「はい。お布団に入るなり、安心したみたいに、すぐに」
「何か話したか?」
「何も‥」
「あいつなりに懸命につっぱっていたんだ」
「元気にやってはるもんとばっかり思って、私に対する反発もあったんでしょうね‥」
「‥秋子のことはもう心配するな。きっと立ち直る。
 悠、俺、もういっぺんやってみるよ。
 お前も知ってるだろ、文芸部で一緒だった、坂井」(サカイ って言ってますね♪ 坂井)
「いっぺんお会いしたことがあります」
「あいつが復職していた。戦争で足をやられて、それでもがんばっていたんだ。
 自分では走り回れないから、俺にもういっぺんやってくれないかって言ってくれたんだ。
 お前や薫のこと、一時でいい、忘れさせてくれるか」
「1人で大阪、行かはるんですか。あなたと離れるのはいやです」
「お前だけならともかく、薫も一緒に連れて行って生活する自信はない。
 新聞記者ってやつは夜も昼もない、お前や薫のことを気遣いながらやれる仕事とは違う。
 それに、今ではここの仕事も、お前がいなくなってはやっていけないだろう」
「‥はい‥
「一週間に一度は薫の顔を見に帰ってくる。それだけは約束する」
「(うん)」
頷きあう2人


翌朝

「母さん、もう一度、俺の身勝手許してくれよ。頼みます」
「悠さえいてくれたら、あたしはもう何にも言いません」と呆れ顔のお常
「な、あんたさん」
「うん。ま、良かった良かった」
「んもう、またそんな気楽なことを。たまには父親らしいことを言うてやって下さい」
「まぁ、女と体には気をつけてな。しっかいやんない」
「父さんじゃないんだから、俺は」
「まあな」
「考えようによったら、息子にとってはいい親父さんなんやろ?」とお常
「せやろ。そう思うてワシも無理して、どうしようもない男になってまんのや」
「これはこれはご苦労さんなことです。うっふふ」
悠と雄一郎は、目で、良かった‥というように合図を送る

「ほいで、いつから行きますのや」
「うん、正式な復職の手続きをとって、多分、来月くらいになると思う」
悠は、寂しそうにお味噌汁を口に運ぶ
「悠、おおきに。よう承知してやってくれはりましたな」
「やっとその気になってくれはって、嬉しいような半分、寂しいような半分てとこです」
「けどな、こんな嵩高い男はんがおらんようになって、のんびりと仲良うやっていきまひょ。な」
「はい」
笑いあう悠とお常


秋子は部屋で布団に入ったまま、手鏡で目を見ていた
「秋子ちゃん」 悠の声 「入ってよろしいか」
秋子は背を向けて寝たままでいる

「なぁ、秋子ちゃん。お願いがあんのやけど」
「お手伝い代わりはもう嫌や」
「お手伝い代わりとちごて、ホンマの女将さんになってくれはらへん?」
「嫌や」
「何で?」
「うちはこの家と、何の関係もあれへんもん」

「‥そっか。この家にいんのは嫌か。また大阪へ行きたいの? 
 誰か好きな人でもいはんの?
 もしそんな人がいはんのやったら、何も言わへん、あっこちゃんの好きなようにしはったらええ」
「何、寝言うてんの!」起き上がる秋子
「お姉ちゃんなんかに言われんでも、うちはうちの好きなようにする」
「せやな。うちがあっこちゃんの一生を決めることはでけへんもんな」
「‥」
「うちも昔な、京都の家を継げと言われて、家を出てしもうたんや。
 親の身勝手さが許せんかった。
 せやのに、他人のうちが、あんたにそんなこと言うても聞いてくれはらへんわな。
 雄一郎さん、大阪に行かはんねん。元の新聞社に戻らはるんやて。
 うちは、連れてってもらえへん。ここの女将になると約束した以上、一緒に行かれへんのは当たり前や。
 けど、あっこちゃんが女将になってくれはったら、あの人と一緒にいける‥
 そんな虫のええこと、考えてたのや。堪忍え。
 これからのことだけを考えはったらええのや。
 人の一生には自分で決めんならんことがなんべんもあんのや。
 一番大事なことだけは、見失うてはいかん」

話を聞きながら、悠の口調に何かを感じる秋子

悠は、秋子にそう言いながら、雄一郎と一緒に大阪に行くことが自分にとって一番大事なことだと
言い聞かせていました 


(つづく)

『都の風』(100)

2008-01-31 23:12:46 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。古墳発掘はやめ、吉野屋を手伝うが‥
喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
おでん屋 森下鉄朗  市左衛門と雄一郎が飲みに行ったおでん屋

      キャストプラン

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

竹田屋の主人としての座が揺らいできた市左衛門を慰めようと、
悠は奈良のお寺を案内しました。


春日大社を歩く三人

「お父ちゃん、疲れはったらちょっと休みましょか」
「お腹が空いてはるんやったら美味しいうどん屋に案内しますよ」

「恥ずかしい話やけど、わしゃ生まれてこのかた、こないのんびり景色見ながら歩いたん初めてどす。
 鞍馬の貧乏な百姓の二男に生まれて、こんなちっちゃいガキの時から働いとりました。
 小学校出てすぐ、竹田屋に丁稚に入って、それからもう下ばーっかり向いて働いて来ました。
 旦那さんやお客さんにはいっつも頭、下げ通しで、
 荷馬(にうま)ひいて反物運ぶ時も、足元しか見てまへんどした。
 ただ、年にいっぺん祇園さんの鉾、見上げる時だけは、何もかも忘れて空を見上げることが出来ました」

「養子にしてもろてからもう、歩くときも商売のことだけ考えてました。
 まぁ遊ぶ余裕みたいなもんはおへんどした。
 そないまでして守り通してきたのは、竹田屋の主人としての誇りどす。
 それも、時代の波に逆らうことはできまへん。誇りっちゅうもんは何の役にも立ちまへんもんどすなぁ」
「お父ちゃん。なんぼお義兄さんがお店の実権握ってはっても、お父ちゃんは竹田屋の主人です」
「そうですよ。いくら会社組織になっても、その頂点に立つのはお義父さんですよ」
「いやぁ、そんな形だけのもんより、娘夫婦とのんびり歩けることの方がよっぽど嬉しおす」
「気ぃの済むまで、何日でもゆっくりしてって下さい。な、雄一郎さん」
「ああ」
「うちは、そう案内できませんけど。 お願いできますか」

「いやぁ。働き盛りの人を年寄りに付き合わせるのはいけません」
「いいんですよ。旅館の主人というのは返って口出ししない方がうまくいくんですよ」
「まぁ、それもしんどい立場どすなぁ」
「はい。覚悟の上で継いだんですから、愚痴を言うこともできません」
「悠、忙しいんどっしゃろ、早う帰んない」
「今日はすきやきにしますし、はよ帰って来てくださいね。 ほな」
「じゃ」

悠は吉野屋に戻っていき、雄一郎と市左衛門は2人になった。

「雄一郎さん、悠は我慢強うて明るい娘どす」
「ええ」
「我慢するのは、悠に任せはった方がよろしいのと違いますか」
「え?」
「もちょっと歩きまひょか」

歩き出す市左衛門。東大寺まで来る

「悠はきっと、あんたさんに、子守りみたいなことはさせとうない、そない思ってんのと違いますか?
 男は何ちゅうても仕事どす。
 女はどんな苦労しても仕事に誇りを持ってる男に尽くすのが、ホンマの幸せやおへんか。
 家内が今ごろになって、そないなことを言うようになりました」
「‥‥」 考える雄一郎


「ただいま、遅うなりました」

玄関にきれいな草履を見つけ急いで入る悠 「(やっぱり)お母ちゃーん」

静とお常は、薫を見ていたのだった。

「嵩高い男の人が、あんまりおじゃましてるのも、お義母さんに悪いしなぁ」
「家は何日でもよろしいのやけども、
 何せ、悠さんがゆっくりお相手でけへんのが お義父さんに悪いんですけどなぁ、
 ま、ウチは悠さんがいてくれないと、この商売やっていけませんのでな」
「おおきに。そこまで思うてくれはりまして」
「ほなま、どうぞごゆっくり。 頂戴します。 
 悠、悪いけどな、お客さんがお見えになったら、頼みますな」
「ご迷惑をおかけします」と静


「薫、かあいらしいやろ?」
「へぇ。悠の小さい頃にそっくりどす」
「お父ちゃん、お母ちゃんに似てべっぴんさんや って言うてはりましたえ」
「あ、おおきに。わざわざ電話してくれて。 お父さん、元気どすか」
「ぅん」
「お父さんは心臓の持病があるし、心配で心配で。家になんか落ち着いていられしません」

「お母ちゃん、ホンマにお父ちゃんのこと愛してはるんやね」
「うーん。この年になって初めて‥。何を言わすんどすか、ホンマにもう‥ 
 薫のお母ちゃんは親をからこうてばっかり。ホンマにしょうがおへんなぁ。
 いやぁ、この顔、ホンマに悠、そっくりやー」
「うふふ。あ、お母ちゃん、うちそろそろお台所に。忙しうなるし、悪いけど、薫、見ててくれはります」
「へえ。盛大、お気張りやっしゃ」
「うん」

「お父ちゃん帰って来ても、うちが電話したって言わんといてくださいね」
「はい。お父さんが帰ってきはらへんで寂しいから薫の顔を見に来た、いうことにしときます」

よく寝ている薫ちゃん



「まぁ、お越しやす。遠いところからどうぞ」と学生のお客さんをもてなす悠
お膳を運び終わり、やっとスキヤキの夕ご飯だというのに、まだ帰ってこない市左衛門。

「お義父さん、一体どこまでおでかけにならはりましたんやろな」とお常
「スキヤキにしますし、早う帰って来てください 言うといたのに、すんません」
「男同士、なんぞ話でもあるんやろ。ワシも一緒に行ったら良かったなぁ。
 そしたら、小そうなってんでも済みましたのな」
「すんまへん。どうぞお先におあがりやしておくれやす」
「そうですか。ならぼちぼちと。はい、あんたさん」と喜一にお酌するお常

「こんなおいしそうなお肉、よう手に入りますなぁ」
「今日はなぁ、もう是非、お義父さんとお義母さんに召し上がっていただこう思いましてな」
「主人が帰って来ましたら、すぐに失礼するつもりどしたのに、もうホンマに一体どうしたんどすやろな」
「雄一郎さん付いてはるし、心配せんでもええて」と悠


しかし、雄一郎と市左衛門は、気持ち良く、飲んでいた。

「雄一郎! ワシの息子やったら、どついたるところやぞ!」
「おーし、殴って下さいよ! 僕は息子ですから」
「おーし、表に出ぇい!」

入り口で立ち止まった市左衛門は「ちょっとおっさん」と、おでん屋の店主に話し掛ける。
「止めてくれんと、おさまりつきまへんがな」
「‥」
「わしゃ、息子もったことおへんさかいな、いっぺんこういうこと言うてみたかっただけどす」
「俺の親父は、俺を殴るような親父やないから、いっぺん殴られてみたかったんですよ」

「いい年して、暇なお人らやなぁ」とおでん屋

「何や、気ぃ抜けてしまいましたがな」と市左衛門、
「おーし、どんどん飲みましょう」と雄一郎がいい、再び飲み始めたのだった。

「あー、何年ぶりどっしゃろなぁー。こないに楽しい酒飲めんのは」
気分のよくなった2人は歌いだす。

♪ここはお国の何百里、離れて遠き満州の 赤い夕陽に照らされて ‥


突然、雄一郎が「すみません」と謝る。「僕ぁ、この歌を歌えません」
「戦争で死にはった戦友の分も、ちゃんとやることやらんと、何のために生き残ったかわからしませんで。
 人を殺すのは間違いや いうて、はっきりいえ勇気のある人間が、
 世の中に出ていかんとならんのんと違いますか」
コップをつかんで酒を飲みほす雄一郎
「そうせんと、戦争で死にはった人間が、化けて出てきまっせ」

市左衛門がまた歌いだすのを聞いて、おでん屋のオヤジは縄暖簾をしまい、看板にした。


悠が部屋に戻ると、静はまたいつものように裁縫をしていた。
「お母ちゃん、ここに来てまで、そんなことしはらへんでもええのに」
「こないしてると、落着きますのや。ほら」と肌着を見せる静
「いやー、かいらしなぁ。おおきに」

「よう眠ってる。薫もほっとしてますのやろな。
 お母ちゃんに薫 見ててもらえるとホンマに安心できるんです」
「ん?」
「今まで、雄一郎さんにお世話してもろうてても、ここのお義父さんにお世話してもろうても
 悪い悪い いう気ぃがして、落ちつかへんかったんです」
「桂に言うてきかしてやりとうおすな」
「桂姉ちゃんには桂ねえちゃんの苦労があんのやし‥。
 二階のお部屋に布団敷きましたし、もう休んでください」
「ホーンマにお父さんは、何をしてますのやろ。わざわざ私が迎えに来てんのに」
「お父ちゃんはそんなこと知らはらへんし。どっか羽を伸ばしてんのえ」
「もう‥」

「おーい、帰ったぞ~~、悠ぁ」と雄一郎が酔って帰って来た
市左衛門も「帰ったでーーお帰りやで~~」と大騒ぎ。

お常がまっさきに出てきて「雄一郎、静かにしなさい。あんたはもう!」と叱咤
静と悠も飛んで出てきて「お父ちゃん!」

静の顔を見た市左衛門は「いつの間に京都に帰って来たんかいなぁ」と言い、転がった。

「雄一郎!  あんた! 何してんの」とお常が叱咤し、悠はこっちの介抱もする。

市左衛門はまだ「おい、雄一郎!」と騒ぎ、2人で肩を組んで部屋へと行ったのだった‥


(つづく)



『都の風』(99)

2008-01-30 08:00:06 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。古墳発掘はやめ、吉野屋を手伝う。
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)復員後もそのまま番頭さん
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん。戦後数年後に戻り、板さん復活

      アクタープロ
      キャストプラン

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

薪割りをする雄一郎のそばで、洗濯物を干す悠

向いていないとは思いながらも、旅館の主人になりきろうとしている雄一郎に
悠はある寂しさを覚えていました 



「ええお天気やわ。なぁ雄一郎さん、久しぶりに春日大社行きましょか。
 お客さん来はるまで、まだ時間あるんです。
 それとも吉野の桜、見に行きまひょか。うちまだ見たことないんです。
 そしたら今度の休み、薫連れていきましょ、お弁当持って」
「休みなんていつあるんや? 旅館に」 雄一郎は薪割りもいまひとつ ‥
「休みは作ったらええんやし、予約のお客さんをお断りしたら、その日が休みです」
「そんなことをしたらお袋が大変だ。
 せっかく奈良に来てくれはるお客さんをお断りするなんてこと
 吉野屋の女将になって30年、いっぺんもあらしません」
「うふふ」

「ほぉほぉ、けっこうなことですわな」とお常が来る
「あたしなんかなぁ、吉野屋の女将になって30年、旦那さんと楽しそうに働いたことなんて
 いっぺんもあらしません」

つい笑う悠

「何がおかしいんですか。人がせっかく税務署に行って頭下げて来たっちゅうのに」
「どやった? お役人は『規則ですから』しか言わないやろ。
 うちだけ税金を安くするわけにはいかないって、言われたやろ?」

肩を自分で揉みながら雄一郎は聞く

「いいえー、安うしてもらうのは違います、宿泊料金に合うた税金はちゃんとお払いしてます。
 一流と同じ税金は払えん、こう言うてるだけです。
 雄一郎、西川先生が中心になってな、新聞社や雑誌社に吉野屋を救えっていう記事を書いてくれはったりして
 まだ、税務署も勾留中ってとこです」
「母さんの力はたいしたもんや」
「あんたかて、昔、新聞記者してましたんやろ?
 もっと新聞社に働きかけて、吉野屋を守れっちゅう記事でも書いてくれたらどないです」
「はぁ。何で俺がそこまでせんといかんのや」
「だって、その方があんたらしいのと違いますのんか?
 なぁ、悠かてそない思いますやろ?
 あ、そろそろ、お客さん見える頃や。着替えて、お迎えする支度しなれや」
「ハィ‥」

雄一郎は薪割を続ける

「なぁ、雄一郎さん。うちには何でもホンマのこと言うて下さい。
 うちも言います。
 うち、雄一郎さんあての新聞社からの手紙、見てしもうたんです ‥」

手を止めて、悠を見上げる雄一郎

「それで?」
「せっかく、復職を誘ってくれはるのに、何でうちに言うてくれはらへんのですか?」
「言う必要がないと思ったからだよ」
「薫やうちのことは考えんと、あなたの思わはる通りにして下さい。
 うちはついて行きます」
「‥ お前と結婚する前から、俺は元の職場に戻るつもりはないって前から言ってるやろ?」
「でもあの頃は終戦直後で、まだ世の中がどうなるかわからへん時やったし
 進駐軍の言いなりの記事は書けへんって」
「今だって、かわりはないさ‥。世の中は少しは落ち着いてきたように見えるが、
 アメリカとソ連の雲行きが怪しい」
「また戦争になるんですか?」
「世の中はどうなるか、わからない。
 言われた通りに書いていればいいという新聞記者には俺は、なれない」
「真実を書ける新聞記者になって下さい」

雄一郎は薪を投げて言った
「それがわからないから、復職できない って言ってるんだよ!」

「すんません。何もわからんのに偉そうなこと言ってしまって」
「すまん。俺は旅館の親父になろうと思ってるんや。
 尤も、それも務まるかどうかわからん」



悠は、花を活けていた

「なかなか桂姉ちゃんみたいにはいかへんなぁ」
玄関に人の気配がし、振り返って見ると、なんと市左衛門だった。

「お父ちゃん!」
「まぁ、何とか格好だけはついてますな」 悠を見て言う市左衛門
「はい。 お父ちゃん、何かありましたんか」
「ちょっと薫の顔見に来ましたんや。べっぴんさんになってるかどうか」
「そんなことまだわからしませんえ」
「ふっふっふ」
「お父ちゃん、‥‥ 1人?」
「いけまへんか?」
「お父ちゃん、ホンマに悪いお人や。お母ちゃんに黙ってお茶屋さんに泊まらはるなんて」
「え?」
「違うんですか? お母ちゃん電話でそう言うてはりましたえ」
「静、わざわざお前のとこに電話してきたんかいな」
「はい。 あんまりお母ちゃんに心配かけはったらあきません」

気配に気づいたお常が出てきて
「ま゛っ、まぁ~まぁ、これは、これはお義父さん。ようこそお越し下さいました」

「悠、さ、さ、はよ上がっていただいて。お電話でもいただいたらお迎えにあがりましたのに」
「いええ、急に孫の顔を見とうなりましてな」
「それはそれは。さあさあ、お上がりくださいませ。ようおいで下さりました」


悠は、市左衛門を自分たちの部屋に案内した

「雄一郎さん」

部屋には、薫をおんぶひもでおんぶしてガラガラを持った雄一郎 ‥
(時代と役者さんさえ違えば『おしん』)

「お義父さん いや、よういらっしゃいました」

「悠
「はいっ」
「何どすか、主人をこんな格好にさせるやなんて。女房の恥どす!」
「はいっ」

悠はすぐに薫を背中からおろす
「どないしなったんですか」
「ずっと抱っこしてたら腕が痛くなってな」

「お義父さん、お座りください」
「忙しいのやったら、主人の背中やのうて、自分の背中にくくりつけなはれ」
「ま、お義父さん、そう怒らないでやってください」
「あんたさんも女房を甘やかすから、つけあがるんどす」
「違うんです」と雄一郎
「まさか、悠、あんた主人を尻にしくような女になるとは見損ないましたん」
「お義父さん、旅館の女将というものは
 子どもを泣かせてもいかんし、おんぶしてるのを客に見せてもいかんのですよ」
「ほな、雄一郎さんは一日中、こないしてやや子のお守りをしてはるんどすかいな」
「僕にはこんなことしかできませんから」
「そんなことおへんやろ。 それも悠を大事にしてくれはるのんは、嬉しおすねんけどな、
 女ちゅうのは子どもを産んで育てるのが当たり前、何ぼ忙しゅうてもそれができん女は
 女房の資格がおへんのや」
「わかってます、それでもな、お父ちゃん」
「主人に子守りをさせるような女に悠を育てたつもりはおへんっ 
「お父ちゃん、薫の顔を見に来てくれはったんでしょ? いっぺん抱いてやってください」

「ああ」と相好が崩れる市左衛門 (*^_^*)

「はいはい、こっちこいで~。
 かいらしい顔してなぁ。おばあちゃんに、良う似て、べっぴんさんやなぁ」

「うちに良う似てる言うてくれはる人もあります」
「そうかそうか、よしよし。ぶーぶー」

「お台所が忙しゅうなる時間です、うち行きます、お父ちゃん、ゆっくりしてって下さいよ。
 お父ちゃんの好きなもの作りますし。
 ほな」

「目元は雄一郎さんそっくりやなぁ。あーん」


「すみません」と板場に入る悠

「悠、お義父さんの御食事、お客さんと同じものでよろしいわな」
「いえ、うちらと同じで結構です」
「だけど、一応お客さんですし。な」
「すんません」

「お義父さんなぁ、ホンマは何の用でお見えになりましたんかいな」
「え?」
「薫の顔を見に来てくれたんです。前から行く行く言うてましたし」
「ふーん、ほな、何でお義母さんはご一緒においでになりませんのや?」
「はぁ。  母は‥出不精ですし」
「けどなぁ。お義父さんよりお義母さんの方が、薫に会いたい会いたい言うてはったんと違うんどすか?」
「はぁ」



「なぁ、忠七っどん。今すぐ連れて帰っておない」桂が言うが、静はいつもの通り裁縫。
「もう、ええ年した人が二晩もお茶屋さんにい続けしはるなんて、もう格好悪いわ。
 なぁ、お母ちゃん」
「‥」
「忠七っどんが行かへんのやったらうちが行きます。どこのお茶屋さんどっせ?」
「いや‥ それだは言うなて。2~3日、好きにさしてくれと仰ってでした」
「2~3日って。お父ちゃん一体どうしはるつもりやろ」
「若旦那はんに、引退せえと言われはったんが、よっぽどこたえはったんどすろな」
「‥」うつむく桂
「私が見込んだ養子に好き勝手なことをされるのは、私に人を見る目がなかったっちゅうこっちゃ、
 もう生きていてもしゃあない て‥。
 そないお言いやしてなぁ」
「そんなぁ。えらいことや! どうしよー。 
 なぁ、もし自殺でもしはったら、なぁ、お母ちゃんって」
「忠七っどん、旦那さんにそう言えって、言われて来ましたんか?」と静
「うっ‥ いいえ」
「忠七っどん、もうよろし。ご苦労さんやったなぁ」
「へぇ」
「忠七どん、ちょっと待って。うち一緒に行きます」

「桂、何べん言ったらわかりますのや。
 中京(なかぎょう)の女はお茶屋さんに旦那さんを迎えに行ったりすることはせんのどす」
「うち、お父ちゃんが心配やし、お母ちゃんは心配やおへんのどすか?
 お茶屋さんとこに居続けしはって、腹が立たへんのどすか?」
「旦那さんは、私の主人どす。ほっといておくれやす。 忠七どん、もう下がってよろし」
「へぇ」

静は針の手は止めない

「お母ちゃん、うち、もう何があっても知りまへんえ」
「桂、こういう時はオロオロせんと、忠七どんに、
 『ほな盛大、遊んでおくれやす』言うて、お金を持たすぐらいの器量がないとあきまへんのどす」
「ほな、何でそうしはらへんかったんどす」
「わたしに今、そんなお金、あらしません」
「お母ちゃん‥ もう、知らん‥」


悠はこっそり竹田屋に電話を入れた。


雄一郎と市左衛門は、碁を打っていた。

「いつまでこないにして待ってんどすかいな」 時計がボーン・ボーンと8つ鳴った

「ああ、すみません」と、雄一郎は次の手のことを言われたのかと思ったが
「いやな。 いつになったら、ごはんいただかさしてもらえますのやろ」
「はあ お客さんが全部済んでからです」
「毎日も、こないして待ってはんのどすか」
「客が多いときは、もう忘れたかと思うぐらい待たされます」
「しんどいもんどすなぁ、旅館の主人ちゅうのんも」
「わかってくださいますか?」

そこにやっと「遅うになりました。どうぞお食事にして下さい」と悠が来た。

「お父ちゃん、その前に言うときますけど、うちら夫婦を竹田屋に連れ戻そうなんて考えだけは
 やめてくださいね」
「(えっ?)」と市左衛門を見る雄一郎
「はぁ、わしはもうそんな気ぃはおへん。竹田屋の主人はただの年寄りになってしもた‥
 世の中が情けないのか、わしが情けないのか‥」


(つづく)

『都の風』(98)

2008-01-29 14:23:21 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。古墳発掘はやめ、吉野屋を手伝う。

桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)復員後もそのまま番頭さん  
義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那 

源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん。戦後数年後に戻り、板さん復活

      キャストプラン

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静    久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

仕入れに行く源さん。
「大丈夫ですか? まだ寒いですし、気ぃつけてくださいね」とバケツを持った悠。

ちょうど雄一郎が来て「源さん、休んでてくれ。俺が行く」と言うが
「まだまだ旦那さんには任せられまへん」と源さん
しかし
「もう大丈夫だよ。源さんにはいろいろ教えてもらったし、
 仕入れから自分でやって、なぜ宿泊代を値上げしなければならないかお袋にわからせてやらんとな」
と雄一郎は言うのだった。

「それやったら私も行きます」
「いつまでも源さんに頼ってはいられないよ。悠。今日の予約、何人や?」
「はい。西川先生と学生さんで、8人さんです」
「ん」
「魚は、よう見ておくれやっしゃ」と源さん
「ん、わかってる」
「おはようお帰りやす」と送り出した悠

新聞社から復職の誘いがきていることを悠に隠して、
雄一郎は旅館の主人になりきろうとしていました。 



「源さん、まだ早いですし、休んでてください」
「どうもすんません、春先になるとあきまへんのや」
「大事にしてくださいね」

薫の泣き声が聞こえる 「困ったなぁ、もう起きてしまったのかぁ」

悠は、薫をおんぶして玄関先を掃除しはじめたが、お散歩へ出るお客さんを見送りに出たお常が、
その姿を見てカンカン

「悠。私は子どもが何ぼ泣いてもな、そんな所帯くさいかっこでお客様の前には出ませんでした」
「すんません」
「雄一郎はもう子どものお守りはいややちゅうてんですか?」
「いえ、仕入れに行ってくれはってます。源さん、また腰が痛うならはって」
「そんな雄一郎は本気で旅館の主人になるつもりですかいな。
 ちょっと薫、おろしなはれ。こうなったら旦はんに見てもらうよりしょうがおまへんがな」
「だけど、こんな早うからお義父さんに悪いですし」
「しょうがありませんて、はよおろしなはれ て」
「すんまへん」
「うちの旦はんはな、雄一郎と違うて、旅館の主人にはなろうとはしてくれませなんだ。
 うちは子守りを雇う余裕なんてあらしませんしな」
「すんまへん」

お常は薫を抱っこして「ほーらほら。薫は重とうなって」とあやしながら
「はよ乳離れさして、お母ちゃんの手がかからんようにせんといけませんわな」と言い、連れていった

「泣かしたらあかん、おんぶしたらあかん、お手伝いさんは雇われへん。
 女将と女房と母親 ‥‥ みんなあんじょう良うしよう思うたら、体が三ついるっちゅうこっちゃ」
ぼやく悠

そこに電話 「はいはい、たいだまーー」

いそいで出てみると、それは桂だった
「桂姉ちゃん、何、こんな早よから」
「んー。お父ちゃん、行ってはらへんか?」
「何え? お父ちゃん何かあったんか?」
「それがなぁ、お父ちゃん昨夜寄り合いに行くー言うたまんま、帰ってきはらへんのや」
「えー。どっかで倒れはったんと違うやろか」
「それやったら、誰かが知らせてくれはる筈や。
 あのな、こんなこと悠に言いとうないんやけど、うちの人と大喧嘩しはってな、悠のとこ行く言わはったんや」

( 再現 )

義二は座卓を叩いて言った「会社組織にすることがナゼあきまへんのですか 
「竹田屋が株式会社になるってか。商売っちゅうもんはな、会社にして大きゅうするだけが能やないねん。
 昔からできもん(吹き出物)と呉服屋は大きくなったら潰れるって言いますねん」
「店や暖簾はそのままで、内部の組織を合理的にするだけどす。
 それに扱う商品も、京染め呉服だけでは将来やっていけんことは目に見えています!」
「いいや! 統制が解除になったら京友禅だけでもちゃーんとやっていけます。
 京友禅の上(じょう)もんだけでは商売でけへんちゅうから、
 しゃーない、いろんな商品扱うこと今までは許しとっただけや
「旦那さん。やましろ(山城?)屋さんもまつみ屋さんも、もう会社組織にしてはります。
 統制が解除になってからでは遅いんどす。
 それにこれからの世の中は洋風化が進んで、着物と畳はなくなるという人もいるぐらいどす。
 その時のために今のうちになんとか準備しとかんと」
「何を言ってんねや。日本人が着物を着なくなるっちゅうことは絶対におへん。
 もしそんなことになったらな、わしはこの商売やめます」
「そうどすか!  そうどしたらお義父さんに引退してもらいます」
「何!」
「着物は無くならんでも、今のままやったら竹田屋の暖簾を守ることができません」
 暖簾は、ワシが、守りつづけます! 

「今までの信用があればこそ、竹田屋は商売できましてん。えー?
 それを忘れて勝手なことすんねやったら、今すぐ出て行きなはい! 

桂は間に座って口を挟まずにきたが ‥

「出て行けなんて、そんなこと通用せんのと違いますか。昔と違うねやし」と一言
「出て行かんのやったらワシが追い出します。
 悠夫婦をここに帰ってこさして、店、継がせます」
「お父ちゃん、そんなこと言わはったかて、笑われるだけどすえ?」
「悠やったら、ワシの気持ちはようわかってくれます。
 ワシが悠のとこに行って、連れ戻します」
「悠が今ごろになって、そんなこと承知するわけがありまへんやろ?
 悠はもう立派な吉野屋の女将さんどす。
 いつまでもお父ちゃんの娘とは違いますのや」

そこに忠七「すんまへん。若旦那さん、藤田デパートの支配人さんからお電話でございます」
「そうか」と出て行く義二

「忠七! お前だけはワシの味方どすな」
「へえ。そうどす」
「ワシの言うことは何でも聞くな?」
「へ」
「一緒に来ない」
「お父ちゃん? 今さら悠とこに行くやなんて、それこそ竹田屋の恥どす。
 そんなことだけはせんといておくれやす」
「あほー。寄合に行くんじゃ。
 寄合に行ってな、わしゃ、株式会社みたいなもん、せえへん言うたらみんな賛成してくれはります。
 忠七っ! 一緒に来いっ!」
「へぇ」と返事をした忠七ではあったが‥‥



電話をきる悠 ‥

「お父ちゃん、昔とちょっとも変わってはらへん。
 まさか本気で連れ戻しに来はるわけはないと思うけど ‥
 うちはもう吉野屋の人間や」


するとまた電話、今度は静だった

「いや、お母ちゃん。お父ちゃんどこに行かはったんえ?」
「悠、心配せんでもよろし。お父さん、今帰って来はりましたえ。  
 何や昔なじみのお茶屋さんのところに泊めてもろたと言うてはります」
「そいで、お父ちゃん元気か?」
「ええー、元気どす。
 桂が言わんでもええこと言うて、堪忍してや。 
 あんたにまで心配かけて、お父さんが桂をちょっとからかいはっただけどす。
 あんたは雄一郎さんやお義母さんのいうことを良う聞いて、しっかり働いておくれやす」
「はい」
「それから、いっぺん、お父さんと一緒に薫の顔見に行こう、思うてますのや。
 うん。ほな。 お義母さんによろしうにな」


そばで聞いていた桂だったが

「お母ちゃーん? お父ちゃん、まだ帰って来はらへんのに、ようあんなこと言えますなぁ」
「桂、あんた私よりずっとしっかりしてると思うてましたけど、まだまだ修行が足りんまへんな」

奥へ行く二人。


静が、途中だったらしい着物の繕いを続けるのを見て 桂
「ようそんなことしてられますなぁ。お父ちゃんが無断で外泊しはったのなんて初めてどっしゃろ?」
「若い頃は、そらもう朝帰りもしはりました。
 浮気も男の甲斐性やいう時代どしたしな」
「どこに行かはったか、知ってますのやろ? な、お母ちゃん」
「いいえ、知りまへん」
「心配やおへんのどすか?」
「店のことは義二さんに任せて、また本気で遊ぶ気ぃにならはったんどっしゃろ」
「平気なんどすか? それで」
「へぇ。それよりも桂、身内のことはたとえ兄弟でも喋るもんやおへんえ。
 大事なことがあったときほど、当たり前にしてるのが中京(なかぎょう)の女どす」
「ぅん。‥ それでもお父ちゃん、ホンマに悠のとこに行かはったと思ったら心配で寝られへんかったわ」
「たとえ行かはったとこで、悠に家に戻れなんて言わはる筈がおへんやろ?」
「‥ あんたは他のことは冷静やのに、
 悠とお父さんのことになると、当たり前にしてられへんみたいどすなぁ」
「へぇ。お父ちゃんと義二さんが喧嘩しはる度に、いつ出ていけ言わはるかわからんし
 うちホンマに気の安まる時がありまへん」
「おばあちゃんが私のこと、家付き娘はあかんってよう言うてはりましたけども、
 今になって、あんたを見てたら ようわかりますえ。
 他人さんの中で暮らしたことがないというのは、ホンマの自分の姿が見えへんのどす。
 しっかりしているようで、いざとなると家族に甘えてしまうのどす。
 それでは竹田屋の女主人は勤まりまへんな」 いつになく厳しい顔で言う静だった。


吉野屋では、玄関先のゴミをいらついてはらうお常。
雄一郎は悠と一緒に、算盤をはじいて、帳簿を見ていた

「やっぱり2割は値上げせんと、家族の生活費も出えへんことですね」
「そうだな」

「まぁ、2人でこそこそ何を話してますのや?」とお常
「悠、あの、西川先生のとこにお茶をな」
「はい」

「母さん、母さん」と呼び止める雄一郎
「ちょっとこれ見て。仕入れと必要経費。税金から計算すると2割の値上げが必要なんや」

「はぁーあ。税金のことですか。
 そのことやったら、ちょうど今 西川先生にお話しましたんや。 
 そしたら、まぁ、
 税務署っちゅうところは奈良のたった一つの憩いの場所をとりあげるつもりか! って言うて
 えらい怒りはってな、
 昔からのおなじみさんが集まって、税務署やとかお役人に働きかけてくれはるそうです。
 そんな、あんた、値上げなんかしたら、今まで来てくれたお金のない学生さんに
 泊まってもらえんようになります。
 そんなことになったらこの吉野屋の意味が のうなってしまいますがな」

にっこり笑うお常

「長い間のおなじみさんは、みーぃんな 私の味方や。ま、税金のことはあんたらには手には負えませんやろ。
 はい、私にまかせておきなはれ。ほいほい」とご機嫌で行ってしまうお常。

雄一郎と悠は、顔を見合わせ、雄一郎は、むっとして帳簿を放り算盤をしゃかしゃか振ったのだった。



(つづく)



 約束の旅

★『都の風』 第17週(97)

2008-01-28 12:46:08 | ★’07(本’86) 37『都の風』
★『都の風』第17週(97)

脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

題字:坂野雄一
考証:伊勢戸佐一郎
衣裳考証:安田守男

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ

雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。古墳発掘はやめ、吉野屋を手伝う。
喜一  桂 小文枝:雄一郎の父

源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん。戦後数年後に戻り、板さん復活

      アクタープロ
      キャストプラン

お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母




制作 八木雅次

美術 増田 哲
効果 野田信男
技術 宮武良和
照明 綿本定雄
撮影 八木 悟
音声 中村英嗣

演出 広川 昭      NHK大阪


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

昭和25年、春。奈良を訪れる客も増え始めました。
悠は6ヶ月になった長女・薫の世話と客の応対で息をつくひまもありませんでした。


薫が部屋でぐずって泣いているが、悠は「もうちょっと我慢しててや。すぐ行ってあげるしな」と
廊下でつぶやき、板場に入る。

「源さん、お客さん、ちょっと早めにお夕食にしてくれって言ってはるんですけど」
「へぇ」
お常が来る
「悠ー、ほれ、赤ん坊の泣き声、お客さんに聞こえんようにって言ってますやろが」
「はい。でもお茶だけ、お客さんにお出しせんと」
「雄一郎はどこに行ったんですかいな」
「税務署です、呼び出しが来て‥」
源さんは あちゃー という表情をしている
「えー? まだあの子には無理と違いますか? 帳簿のことはわかってないのに」
「そいでも、自分で行く、言わはったんです」
「吉野屋の主人になろうとして、いろいろやってくれるのはありがたいこっちゃけども」
「大丈夫です。今度はちゃんとやってくれます」

薫の泣き声がまた聞こえてくる

「あーあー。お茶、私が持っていきます。あんた、薫のとこ行ってやって」
「すんません」

悠は大急ぎで部屋に戻り「堪忍えー、お腹すいたんやろ?」とお乳をあげた
「そろそろ重湯をあげんならんねやけど、ゆっくり食べさしてあげる暇もないしなぁ。
 困ったなぁ、こんな筈やなかったんやけどなぁ。
 お父ちゃんもおばあちゃんもようかわいがってくれはるけど、みんな忙しいて薫のそばにいられへんねん。
 だーれもそばにおらんでも我慢してや。薫はお母ちゃんの宝物やしな」

疲れた様子の雄一郎が部屋に帰って来た。

「お帰りやす」
「全く吉野屋を何やと思ってるんや」
「何か言われはったんですか?」
「一流の旅館と同じ税金を払えだなんて言いよる」
「そんなぁ。吉野屋は安い料金と女将の心づくしでもってること、ちゃんと言うてくれはったんですか?」
「言うたよ。帳簿も持ってって全部、見せた」
「それでもあかんかったんですか‥」
「帳簿誤魔化してるなんて言って。今度調べに来るそうや」
「なんぼでも調べに来たらよろしいわ。けど税務署の人に一晩泊まってもろたらわかります。
 家族ぐるみでお世話して、儲けなんて殆どないんやし」
「ちゃんと言うた。この子のために旅館のおやじにだってなってやろうと思うたが」
「雄一郎さん、この子のために、自分を犠牲にしはるようなことだけはやめてくださいね」
「犠牲だなんて思ってやしないよ。戦争で生き残って親父になれれば、それだけで十分だよ」
雄一郎は、寝ている薫を見ながら言った
「男の人が、父親になれただけで満足やなんて、そんな筈ありません」
「お前のお母ちゃんは、お父ちゃんを買いかぶり過ぎてるんだよな。
 旅館の親父の仕事も満足にできないのに‥、あっはっは。
 薫の笑顔、お母ちゃんにそっくりや。
 この笑顔見てると、自分が何をやりたかったのか、そんなのどうでも良くなる」
「ほんまにそう思うてはるんですか?」
「ああ。俺は薫に感謝している」
「ホンマに今の生活に満足してはるんですか?」
「しつこいな、お前も。物価の値上がりと税務署に痛めつけられながら家族五人どうやって食っていけるか
 毎日考えているじゃないか。
 これ以上、何をしろって言うのや?」

「悠~」とお常が呼びに来る。
「この忙しい時に。2人して子どものそばにくっついてる暇なんてあらしませんのやで。
 悠、もうお客さんが夕飯にしてくれ言ってますのや、早う、はよう!」

「あ、雄一郎。これ、税務署は、どないでした」
「役人ってやつは例外を認めてくれん」
「そーんなぁ。一流旅館と同じ税金取られてたら、うちなんてやっていかれませんやがな」
「そんなこと言ったかてどうしようもないんやから」
「そうですか‥。ま、税務署のことはあんたにはまかせておけませんな。よろし、あたしが行きます」
「誰が行ったかて同じだよ」
「まぁまぁ、そのことはあたしに任せて。ほれほれ、薫のおもりしてやって」

薫がタイミングよく泣き出す

「ほれほれどうした~」とお常はちょっとあやして、おむつをかえようとするが
「あかん、これからお客さんに食事出さんとあかん、ほれ雄一郎」と呼ぶ
「ん?」
「おむつ替えたって、はよう。はよう」

おむつを持って手際の悪い雄一郎に
「どんくさいお子やなぁ、こう広げてこう足を持って‥」とお常は言ってさらに
「泣かしたら、あきまへんのやで!」
「はいはい」

「なーんで俺がこんなことせんとあかんのや。よしよし。お前泣くなよ」


忙しそうな板場。源さんは一生懸命盛りつけをして悠が運ぶ。

薫を抱っこして裏庭に出た雄一郎は、かつての弥一郎と同じように畑仕事をしてる喜一を見る
「父さん。だんだん死んだおじいちゃんとそっくりになってくるな」
「お前も昔のワシとおんなじカッコしてるがな」
「俺は父さんとは違うよ」
「そない思うのは自分だけや。お前が赤ん坊の頃はな、ワシもそないしてよう抱いて歩いたもんや。
 泣いたらお客さんに悪い、思うてな。
 なーんでこんな子守りせないかんのやろ、今に見とれー思いながら、ワシのしてきたこと言うたら
 浮気ぐらいのこっちゃ。
 お前も立派な理屈をこねまわしているけども、結局はワシと同じ運命やがな。
 女には相手にされんと、一生畑仕事で終わる‥ 寂しいもんやで」
「この子の顔見てたら、それでもええと時がある」
「そんなこと思うの、小学校に上がるまでのこっちゃ。
 大きくなったらもう‥親父をバカにしてさっさと出て行きよる。
 でも、嫁はんもろて、子どもができたら、結局は親父と同じことしとるがなー。
 お前だけはましやと思ったけどなー」

「お父さん、お食事です。遅うなってすみません」と悠が呼びに来た
「あー、飯だけが楽しみやわ」
「さ、薫」と雄一郎から抱きかわって、「もう眠たいなー。堪忍え、遅うなってな」と語りかける。
「雄一郎さん、さ、お父さんと一緒にはようご飯召し上がってください。
 うちもこの子寝かしたら、すぐ行きますし」

雄一郎は畑の土をつかんで投げていた


晩ご飯
「物価が何倍も値上がりしているのに、宿泊料が昔のままなんてのがおかしいんだよ」と雄一郎
「なけなしのお金をはたいて来てくれるお客さんに、そんな値上げなんてことできますかいな」
「吉野屋が儲けるわけやない。税金が上がったらそうするより他、ないでしょうが」
「それだけはあたしは、ようしません」

悠が入って来て、座についた

「だけど、税金も物価も上がんのに、宿泊料だけはそのままなんて、
 そのしわ寄せは全部悠にかかって来るんですよ」
「私のことはいいんです」
「お前は黙ってなさい」
「‥ はい」
「人件費がかかるからってお手伝いもおかず、朝から晩まで悠は働き通しじゃないですか」
「あたしかて同じだけ働いてます」反撃に出るお常
「悠は赤ん坊の世話までせんといかんのです」
「女なら当たり前のことです。私かてちゃんとそうやって来ました」
「お父さんに赤ん坊だった俺の子守りをさせて、お客さまが何より大事、
 その結果、男の一生をだいなしにさせろということですか!」
「‥‥」 お常も悠も何も言えない

雄一郎はそのまま部屋から出て行ってしまい、悠は後を追うが、お常に
「悠、はよご飯済ましてしまいなはれ。片付きませんよってな」と言われる。
「ハィ‥」

「あたしが一番気にしてること、はっきり言うてくれますわな」
「気にしな」と喜一
「ワシはこれだけの人間や。けど、お前と一緒にいてることで、よかったと今でも思ってんのや」
泣くお常「おおきに。 あんたはんがそないに言うてくれるのだけが、あたしの救いです」
「ま、お前もいっぺんいけ」とお猪口を渡す喜一。
「おおきに。けど、私はすぐ顔に出ますやろ? 赤い顔してお客さんの前になんて出らしません 
笑顔で手酌する喜一。


雄一郎のもとには、かつて記者として勤務していた毎朝新聞社から手紙がきていた

     日本の政治も経済も徐々に復興の兆しあり。
     夕刊も発刊され復職する気持ちがあるなら、今がチャンスかと思う
     しっかりと今の世の中を判断できる人材が必要な時である。
     一度、来阪されたし。

悠が入って来て、雄一郎は慌てて手紙を本の間に隠した。

「お風呂、空きましたえ。遅うなってすみません」
「もう『遅うなってすんません』と言うのはやめろ」
「そんなに言ってますやろか。薫や俺に謝ることはない」
「くせになってしもうたんです。ちょっとお客さん多いと家のこと後回しになってしまうし‥」
「お袋、まだ怒っているのか」
「いいえ」
「あんなこと言うつもりはなかったんやが、親父の顔見てると自分の未来を見てるようで
 どうしようもなく腹が立つ。
 俺は親父とは違うといいながら、やってることは同じやもんな」
「な雄一郎さん。また大島先生のお手伝いしてください」
「ふっ 俺がいない方がいいって言うのか?」
「いいえ、あなたがそばにいてくれはらんと困ります。薫のためにも吉野屋のためにも。
 けど、うちは好きな人が我慢してはるより、勝手なことしてくれはる方が嬉しいんです」
「お前は母親になっても女学生みたいなこと言ってるんだな」

悠は箪笥の引出しから雄一郎の着替えを出して言った。

「せや、また大和園で働かしてもろたらどうですやろ?」
「本職の職人が復員してきて、もう俺なんか使ってくれないよ。
 それに俺は吉野屋の親父になると決めた‥
 だから、お袋とも真剣にやりあう。いつまでもお袋のやりかたが通るわけがない。
 時代にあった経営方針でやるつもりや」
「けど‥」
「お前は俺の味方か? お袋の味方か?」
「うちはいっつもあなたの言わはるとおりにしてます」
「よし! いい子だ」

着替えを渡され、雄一郎はお風呂に行った。

悠は、机のあたりを気にして、本の間に挟んである手紙を開いてみた

(あららら~、盗み見 だけどぉ~)

新聞社からの誘いの手紙を、雄一郎がなぜ隠そうとするのか
悠は雄一郎の本心がわかったような気がしました。 


『都の風』(96)

2008-01-26 08:36:18 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、考古学の先生の手伝い中
葵    松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、女性代議士の後援会はやめてきた)

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん、戦後数年後に戻り、板さん復活
      アクタープロ
      東京宝映

お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠にかわって葵が吉野屋で働き始めたのですが、
流産の恐れがあると言われて悠は寝ているより仕方ありませんでした 



「悠ぁ、あんたようこんなしんどい仕事、毎日やってられたなぁ」
葵が部屋に戻って来た

「堪忍え」
「またお膳間違うて持って行ってしもうたー。
 一つのお部屋に同じもの2回持って行ってしもうてな。
 お客さんもけろっとして食べてしまうし、もう1人のお客さんはかんかんや。
 食べもんの恨みは恐ろしいなぁ」
「んもう、気になって寝てられへん」
「起きたらあかん、寝とり。
 うちが看護婦してた時にな、とにかく妊婦は、異常があったら横になってんのが一番、
 言うてはった先生がいてん。
 縦になってるよりも横になってる方が安全って言うてな」
「えーっ」と笑う悠
「でも、あの先生、頼りなかったな」

「いやー、もうそろそろ次のお客さんお迎えする頃や」とエプロンをする葵
「こう見えてもな、礼儀作法だけは京都でおばあちゃんにちゃんと躾てもろうたし、
 お客さんの接待は100点え。
 行ってくるわ」


「いらっしゃいませ、ようお越しくださいました」と葵が玄関で挨拶をしているところに
ちょうど雄一郎が帰って来た。

「葵さん」
「雄一郎さ~ん」
「一体どうなっているんですか」
「お手伝いさんに雇うてもろたんです」
「え?」

「お帰りやす」と指をついて挨拶する葵に「はぁ」と怖気づく雄一郎

「あの、悠は」
「はい、どうぞ奥へお上がりください」

「はら、雄一郎。あんたえらい早うおましたんやな、1ヶ月言うてはったんと違いますか」
お常が出て来た

「まぁ、いろいろあって。悠は?」

(どうでもいいが、なんで中に入って話さないんだろう~ (^_^;) )

「いや、それがな。たいしたことはないんやけどな」
「え?」と、急に慌てる雄一郎。
転がりそうになりながら、部屋の方へ行った。 それをじっと見ている葵。


部屋に入る雄一郎

「雄一郎さん!」と、軽く身を起こす悠
「どうして知らせなかったんだ!」
「こんなに早う、どうしたんですか」
「こっちがどうしたんだって聞きたいよ」
「たいしたことあらへんのに、みんながおきてたらあかんて無理に寝かされているだけです」
「医者に診てもらったか?」
「時々、お腹が痛うなるだけで、どうでもないんです」
「もう脅かすなよ。お前だの子どもじゃないんだからな」
「なんや、雄一郎さんの顔見たら、お腹が痛いの治ってしまったみたいや」
「はっ  無理するな」
 そして悠のお腹をなでながら「もう少しじっとしてろよな、動くんじゃないぞ」と話しかけた。

「あの~」と顔を出す葵 「仲のええとこお邪魔しますけど」
慌てて離れる雄一郎
「雄一郎さん、お風呂が沸いてますし、どうぞごゆっくりお入りください」

「何か、別の旅館に来たみたいだな」
「ふふ」
「お姉ちゃん、お腹痛いの治ったみたいえ」
「どういうことやの?」
「うーん、うちにもわからへんけど、どうもない」

「ここは?」「こっちは?」とお腹の張りを確認する葵

「ううん」
「痛うないの?」
「うん」
「はーん。 診断したげよか」
「うん」
「これはね、妊娠不安症。つまり雄一郎さんのそばにいて欲しいけど、わがまま言うたらあかん、
 その矛盾が子どもに伝わって、ひきつけおこすんです。
 要するに、雄一郎さんがそばにいはったら治るんです」
「そんなことってあるんやろか」
「とぼけたらあかん、悠。 あんた毎日雄一郎さんのこと、思ってたんやろ」
「‥ぅん」
「あほらしい(≧∇≦) うち、心配して損したわー。
 雄一郎さん、もう悠のそば、離れはったらあきまへんえ」
「はぁ」

葵はからかうように、でもちょっと羨ましそうに2人を見た。


みんなそろっての食事

「しかしまぁ、良かった。何とものうて」と喜一
「ちっとも家にいはらへんで、よくそんなこと言えますな」

「けど悠がそんな甘ったれやさんとは思わへんかった」と葵

「女はそのぐらいの方がかわいげがあってよろし。
 根が強いばっかりではあきまへんわ」
「私の顔見て言わんでもよろしいやろ。
 あんたはんがもうちょっとしっかりしてくれはったら、私かてか弱い女でいられましたんや」
「そらニワトリと玉子みたいなもんでな、どっちが先とも言えまへんのや」

「母さん、俺、今度はマジメに帳場をやるよ」と雄一郎
「店にも仕込みに行くし、客の出迎えもやる」
「私のためにそんなことせんといて下さい。
 ただ、初めてのことやったし不安やっただけなんです。 もうしっかりします」

「いや、お前や子どものためだけじゃない。
 手探りからやっと抜け道を見つけたような気がしてるんだ。
 確実に信じられるものが欲しくていろいろやってみたんだが、一番身近にそれがあることに気づいたんだ」
「そしたら、大島先生の調査はどうしはるんですか?」

「今度のことでつくづく思い知ったよ。つまり勉強が足りないということだな。
 好きなことだから周りをうろうろしてればいいというには、男として年を取り過ぎた
 肩書きが必要じゃないところで、1人でコツコツと勉強しなおすよ。
 それにはまず生活していかないとな」

「雄一郎‥‥ あんたよう言うてくれました。
 悠、あんたがそばにいれくれたおかげです。おおきに」

葵は、その話をじっと聞いていた。そしてまた、レコードを聴く。

「お姉ちゃん」
「うちはどこに行ってもいるとこのない人間や。ううん、僻んでんのと違うえ。
 悠の今の幸せは自分の力で勝ちとったもんや。
 これからもいろいろあるやろけど、がんばりよしや」
「うん。お姉ちゃん、どっか行ってしまうの?」
「お父ちゃんが昔よく言ってはったなぁ、うちは新しがりややけど飽きっぽいて。
 今になって、ようわかる。
 うち、いっつも新しいものに挑戦してんと生きてる気がせん」
「何か、やる気にならはったん」
「ぅぅん‥ まだわからへんけどな。やっぱりうちが全身で感動できんのは、こういう音楽なんやと。
 このベートーベン、最高やわ」

雄一郎が廊下で話を聞いている

「一番落ちこんでいるときに、あんなほっとした気持ちになれんのは、こういう音楽なんや」

「‥ 葵さん」と雄一郎が入ってきた。「僕も賛成だな」
「姉が出て行くと言うてますねや」
「引き止めても止められる人じゃないでしょう」

葵はにっこり笑った「やっぱり雄一郎さんや。こういう優しい人を探すことにするわ」
「無駄やと思うえ。こういう優しい人は世界に2人といはらへんもん」と悠
「あほらし。じゃ、出るか。 悠、このワンピース借りていくな」
「すぐ行ってしまはるの?」
「うん。おおきに。助けてくれて」
「ぅぅん」
「出産が近うなったら手伝いに来るわ。それがお世話になったもんの礼儀やし」
「ぅん」

そういって出て行った葵でしたが、悠が産み月になっても姿を現しませんでした 



昭和24年の10月、野菜、魚、肉の統制が既に撤廃され、大都市の市場でのセリ売りも再開されていました
雄一郎は仕入れにも出かける決心をしたのでした。
 


自転車の荷台に仕入れ用の入れ物を括りつけ、出かける準備をする雄一郎
「ホンマに魚の仕入れなんてわからはるんですか?」
「源さんも年やし、朝が辛いって言ってるからな。旅館の主の俺がわからんようじゃ一人前じゃないだろう」
「おはようお帰りやすー」

お常は、帳簿のチェックをして
「まぁなぁ、雄一郎がこれほどやってくれるとは思いませなんだ。
 帳簿もちゃんとつけてあるし、この御礼状の文章、たいしたモンですぅ」と喜んでいた。
「団体さんはとらんでも、おなじみさんは次々来てくれはりますし、
 今日はお店まで仕入れに行くって」
「えー? そんなこと素人にできますかいな」と止めに行こうとするお常
「もう行ってしまったんです」
「えー?」
「ま、失敗するのも勉強のうちか」

雄一郎は11時過ぎに、やっと帰ってきて
「源さん、いいハマチがあったんだよ! ほら」と魚を見せる。

源さんは「どこで買うて来はりました」と聞き「高級鮮魚の店で買ったんや」との答えを聞き
「お客には出せまへんな」と言い、さらに「明日から、私も一緒に行きまひょ」と言った。

「うまそうだと思うけどな。どこが違うんや」
「ま、口では言えまへんな、長年の目ぇですな」



雄一郎は部屋に戻り、ため息をついて寝転がってしまった
「そんなにがっかりせんと。慣れたら誰にでもできますって」
「帳簿はお前がつけてるし、礼状だってお前が書いてる。情けないよな」
「別にどっちがやってもええことです」
「やる気になっても、結局こうやって寝っ転がってろ ってことだな。はぁ‥」


「 あ、来たみたい。陣痛が 」 と苦しむ悠
「大丈夫か、母さん、母さん、来たんだよ、来たんだって、早く、産婆さん呼んで」


「名前は薫(字、不明 かおる)。 男でも女でもそう決めてたんだよ」と励ます雄一郎


不安な時代でしたが悠と雄一郎にとって、希望の星が産まれようとしていました 



(つづく)



初めてでも、陣痛ってわかるの? とはうちの娘の言。

そうねぇ、なんとなく、それまでのお腹の張りとは違うのよー。
でも、ぐぐぐ~~っときたからといって、すぐにぽんと産まれるわけじゃないし


『都の風』(95)

2008-01-25 08:01:55 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
葵    松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、女性代議士の後援会はやめてきた)
桂    黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ、一女一男の母に)

西川  岩田直二 :「吉野屋」の常連客。美術史の先生 
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん、戦後数年後に戻り、板さん復活 

      アクタープロ
      松竹芸能

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠が妊娠7ヶ月の不安と期待の中にいる時、
葵は奈良まで来て倒れた理由を告白したのです 


「結婚なんか二度とするもんかて思ってたけど、子どもができたとわかったら
 結婚せんならんて本気で思った。
 今までのうちの生き方かえてでも、子ども欲しかった」

鏡台にむかって、髪を梳きながら話す葵

「新しい考え方の人でな、結婚制度とか社会的常識は意味がないて考えてはる人なんや」
「そんなんおかしいわ。
 どんな人でも好きな人の子どもができたら結婚する気になんのと違うんやろか」
「今の時代、子どもに責任なんて持てへん言わはるんや。
 男の人の本心なんて、わからへんもんえ」
「せやろか‥」
「要するに、うちは悠ほどに愛されてなかったんや」
「お姉ちゃん、いっぺんその男の人に会わして?」
「(ううん)ええのや、もう。
 結婚してくれはらへんでも、子どもは産もう、産んで子どもの顔見たら考えなおしてくれはる、
 そう思ったんや」
「うん」
「三ヶ月過ぎてもうちが産むって言い張ったら、あの人、出て行ってしまはった」
「そんなひどい男の人、いはるの?」
「けどうちな、決心したんえ。一人でも産もうて。
 仕事も探したんやけどな、結婚もせんとお腹に子どもがいるような女、どっこも雇ってくれはらへん。
 家にも帰れへんし、毎日狭いアパートに閉じこもって、お金はだんだんないようになってくるし
 うち、気がおかしなって、 病院行ってしもたんや」

立ち上がる葵

「産む勇気がなくなったんや。
 うちもえらそうなこと言うてるだけで、いざとなったら何にもできひんいうこと、ようわかった。
 病院も一日で追い出されてしまうしな‥。
 しょうがなしにアパート帰ったら、あの人もう違う女の人、連れてきてはった」
「なぁ、お姉ちゃん、なんでそんな女ばっかり損せなあかんのやろ」
「うちもそう思うけど、そういう世の中なんや」
「男と女の違いなんて、子どもを産めるか産めへんかだけやと思うのに、おかしいわ」
「祇園さんの鉾にうちらがあがれへんのと同じや」
「‥‥」



竹田屋では市左衛門が市太郎(いちたろう)を抱っこしてあやす。
「お父ちゃん、ほっといておくれやす。市太郎が悪いんやさかい」と桂
「何悪いこと、しましたんや。なぁ」
「都のお菓子、さっき取ったんどす」
「都、お姉ちゃんどっしゃろ、お菓子の一つや二つ、あげない。
 返事もせんと、誰に似たんかいな。
 そやったらな、おじいちゃんが買うてあげましょ」
「お父ちゃん!」
「そんなきつい顔せんときなはれ」
「お父ちゃん? 市太郎もこれからいろいろわかってきますし、甘やかさんといておくれやす」
「市太郎は竹田屋の後継ぎどっせ? もうじき商売も昔のようにできるようになりますし」
「そやし、特別扱いはせんといてほしいんどす。
 男も女も同じやいうことを教えよう思うて、うちは男の子を産んだんどっせ」
「そんなややこしいこと、こんな小さい子どもにわかりますかいな」
「お父ちゃんには、もうわかってもらおうと思ってやしません。
 けど、子どもにはわからしてみせます」
「怖いお母ちゃんやな、あっち行こ、行こ行こ」と市左衛門。

おまけに部屋を出るとき桂に「いーっ!」とあかんべーの真似までしていく

「なんぼおじいちゃん子でも、寝るときはお母ちゃんでないとあかんのやし。
 だんだんお母ちゃんの言うとおりにしてみせます。
 都、都も女の子やいうて、遠慮することないんえ。ん?」



吉野屋に、西川が若い学生を連れて泊まりに来た
「西川先生、ようこそいらっしゃいました」
「おお、だんだん立派な格好になってくるねぇ。いつ予定日は」
「10月の中ごろです」
「そうか、大事にして下さいよ」
「先生、まぁ、お久しぶりでございます」とお常も出てきて挨拶
「ようお越しくださいました」
「よう、おばさん。 じゃなくて、おばあちゃんだ」

「おばあちゃんなんて言うお客さん、追い出すことにしとりますさかい」
「おばあちゃん、お腹の大きい嫁をこき使ったら、私が許さんぞ」
「人聞きの悪いこと。私は大事に大事にしてます」

「これは今度私の手伝いをしてくれる学生だ」
「お世話になります」と2人の学生は頭を下げた
「そうですかぁ。
 あんたさんらも、こんな人使いの荒い先生につかはるのはおやめになったほうがよろしい」と逆襲

「雄一郎くんは」
「大島先生のお手伝いで古墳の調査に行ってます」
「いよいよのめりこんでいったか」

やっと「どうぞ」「おじゃまします」と上がる西川先生たち。

靴を直そうとかがむ悠は、お腹に向かって話し掛ける
「大人しうしててや。もうちょっとの辛抱やさかいな。
 あんたのお父ちゃん、早うかえってくだはったらええのにな」

ベートーベンの田園 のレコードが聞こえてくる

葵がかけていたのだった
「お姉ちゃん」
「こんな古いのでもちゃんと聴こえんのやなぁ。やっぱり音楽はええなぁ」
「せやな」お腹をなでながら答える悠

「なぁ、悠、洋服貸してくれへん?」
「うん。好きなの着て。うちは今までの洋服もう入らへんし」

葵が洋服ダンスから出そうとしているところに
「ちょっと手伝うてくれるか」とお常が来た
ちらっと葵を見、その視線に葵もちょっと居心地の悪さを感じた風だった。

「葵さん、もうよろしいのか」
「はい。いろいろご迷惑をおかけして。申し訳ありません」
「うちはよろしいのや。けどな、京都のご両親、心配しておいでになんのと違いますか」
「ええ。でも多分うちのことは諦めてるの違いますやろか」
「親というものはな、いつまで経っても子どものことは心配するもんです。
 いっぺん京都へ帰りはったほうがええと思いますけどな。
 いや、うちはいつまでいてくれはっても、かましませんのやで。
 ただ、ここにいることだけでもお知らせしといた方がよろし」
「はい」と葵は答え、レコードを止めた

「その蓄音機はな、雄一郎が宝物みたいにしてますのや。
 ま、音楽でも聞いて、仏さんでも見て、気持ちが落ちついたら、
 自分のこと真剣に考えはった方がよろし」
「(うん)」
「まぁなぁ、事情はいろいろと、おありやろうけども。
 葵さん、おいくつにならはったんどすかいな」
「はい、もう28です」
「まだまだやー。女っちゅうもんは、やっぱり結婚して子どもを産んでやっと一人前。
 それがでけへん女が、1人で好きなことして生きていこう思うたら、
 男の人の2倍も3倍も勉強して頑張らんことには、一人前として認められませんのやで。
 若い時は二度とありませんのや。
 今ふらりふらりしとったら、年とったら自分が惨めな思いするだけと違いますか」
「(はい)‥」
「ついな、悠のお姉さん思うて、自分の娘みたいな気持ちで言わしてもろうてますのや。
 どうか、どう思わんといておくれやすな」 (悪く思わんと ではない、よく聞こえない)
「おおきに」


再びレコードをかける葵 「ふうっ。やっぱり出て行けいうことかな」

お腹を押さえて悠が部屋に来る
「痛いのんか?」
「たいしたことない」
「ちょっと横になりよし」
「大丈夫やて」
「ちょっと働きすぎえ。朝早くから夜遅うまで、な、ちょっと横になり」
「これから忙しうなるのに、そんなこと言うてられへん」
「無理して流産でもしたらどないするのん!」

「悠~、悠~!」と呼ぶ声

「もうこんな忙しいのにちょっと時間があると悠いってしもて」とお常
「もうあれこれ選ぶ時と違います、誰でもよろし、お手伝い雇った方がええのと違いますか。
 悠さんも出産近いこっちゃし」
「そうやなぁ。こっちの思うような人はいてしませんしなぁ」

そこに葵
「あの、女将さん。うち悠の代わりに働かさしてもらいます」
「悠、具合悪いんですか」
「お腹がちょっと痛いって言うてますさかい、無理に寝かして来ました」
「えらいこっちゃ」と様子を見にいこうとするお常を「だいじょうぶやと思います」と止めて
「このお茶、どこへ持っていったらよろしんやろ」
「あ、これは私が持っていきます。じゃ、ちょっと源さんのお手伝い、頼みますわなぁ」


「あの、源さんて言わはるんですか。」
「へえ」
「よろしゅうに。あの、何さしてもろたらよろしいやろ」
「それやったら、あそこのお皿、小鉢、並べておくれやす」
「はい」と言いながら、お皿を割ってしまう葵


お常は悠の様子を見に行く

「起きたらあきまへん。
 お姉さんがな、あんたの代わりに働いてくれる気持ちが嬉しいんや。
 今、お医者さんよびましたさかいにな」
「そんなことまでしていただかんでも、大丈‥夫」とお腹を押さえる悠
「大丈夫か、やっぱり雄一郎に知らせたほうがよろしいな」
「それだけはせんといて下さい。心配させとうないんです」
「うん、そうか」
「すいません」

悠は苦しそうに横になる。

悠は、人生の手がかりを掴み始めた雄一郎に迷惑をかけたくなかったのです。
不安はあっても1人で頑張ろうと心に決めていました 



(つづく)


葵姉ちゃんっちゅう人はまぁ ‥‥

『都の風』(94)

2008-01-24 07:55:30 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、考古学の先生の手伝い中
葵    松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、今度は女性代議士の後援会活動中)
桂    黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ、一女一男の母に)

喜一   桂 小文枝:雄一郎の父
源さん  北見唯一 :「吉野屋」の板さん、戦後数年後に戻り、板さん復活
中年の女 松谷令子 お手伝い募集に来て、金を盗んでいった女

      アクタープロ
      松竹芸能

お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
静    久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

「お手伝い求む 年齢不問 誠意のある方」の張り紙が吉野屋に張られた


悠は智太郎との辛い別れの後、智太郎が行方不明になったことを知らされました。
しかし、悠はただ無事を祈る以外、為す術もなく妊娠7ヶ月を迎えました



喜一がこっそり帰って来た
「しーーっ」と、奥を指差して両手で角を作る喜一
「お帰りやす~!」と大きな声を出す悠
「お義父さんのおはやいお帰りですよ」
「こらまた、えらいお早いお帰りやこと」とお常が出てきた。
「ほんまに。ちょっと早すぎますね」

バツの悪そうな喜一 「気の利かん嫁はんやなぁ」

「悠はなぁ、息子の嫁で、あたしの味方です。
 あんたももうすぐおじいちゃんになりますんやで」
「わかってるがな」
「あんたさん、そっちと違いますやろ。ちょっと部屋に来ておくれやす」と喜一に言い
「悠、あんたもう廊下の掃除はつらいやろ? ここは私がしますよってにな」と
悠にも気遣うお常

「いいえ、まだまだ平気です」

それでも
「はぁ、いざとなるとなかなかいいお手伝いさんが来てくれなせんわなぁ。
 もう、秋子は大阪に行ってしまうし」


悠が拭き掃除を続けていると、女性が声をかけてきた

「あのー、このお手伝いいうの、まだ決まってませんのやろか」
「はい!」
「私のような者ではあきませんやろか」
「いいえ」
「主人が戦死しまして、三人の子ども抱えて、食べていかんとならんのです‥」
そう言って、その女性は玄関先でふらっと倒れかけた。
「大丈夫ですか?」
「すんません。この2,3日、何にも食べてしませんのですわ」
「ちょっとお上がりください」

悠は、源さんに「またですか? よく食べる赤ちゃんや」
とからかわれつつ、おにぎりを作っていたが、
その女性は、金庫のお金を全部盗み、いなくなっていた。

「きゃ~~~~~~っ!」

「どうしたんや」「悠!」 全員が飛んでくる
「お金!」
「え~~~っ?」

「女の人がお腹すいた言って倒れてしまはって、おにぎり食べさしたげよう思って
 お台所行ってる間に‥」
「あんた。 知らん人、こんなとこまで上げたんですか」
ため息をつく喜一と源さん
「そんな人に見えんかったんです」
「はぁーっ」
「すんまへん」


部屋で遺跡発掘の準備をしている雄一郎のところにしょんぼり来る悠
「ほんまにすんません」
「だいぶお袋にしぼられたみたいやな」
「この間の若い人は一晩で逃げられてしまうし。今度は大丈夫やと思ったのに」
「常習犯だよ」
「私は人を見る目がないんです」
「いやな世の中や」
「なるべく早う帰ってきてくださいね」
「そんな情けない顔するな。私にかまわず好きなことしろと言ったのはお前だぞ?」
「はい‥。 けど古墳を調べるのに一ヶ月もかかるんですか」
「いや、もっとかかるさ。土の中を宝物を探すように少しずつ少しずつ丁寧に掘るんだ。
 大島先生の手伝いも今度でやめるよ」
「いいえ。大丈夫です。ゆっくり心おきのう仕事してください」
「はっ。言葉と顔、違ってるぞ」
「お腹に子どもがいると、ついつい心細うなってしもて」
「それが自然なんだよ。子どもはお腹の中にいる時から二人で守ってやるものなんだ」
「優しいんですね」
「どうや。惚れ直したか?」
「(うん)」
「(にっこり) 」 (かっこいい)

「お前はいつもお腹が大きいといいな、おとなしくて従順になる」
鏡台の前でネクタイを結びなおしながら、雄一郎は言った
「んもう!」と雄一郎を突き飛ばす悠

「すげえ力だな。きっと男の子だぞ」
「男の子でも女の子でもええ、早う生まれて来てくれへんかなぁ。
 なんやおっきな荷物抱えてるみたいで自由がきかへん」

見送りに立とうとした悠に「無理するな」と雄一郎は言い、出発した。




さて、また吉野屋の玄関に女の人が倒れている

「もうだまされへん」と悠は言って
「あのー、ちょっと、すんませんけど、お手伝いさんはもう決まってますのや」と声をかけた。

動かない女

「ちょっと! すんません」と揺らして起こす悠

その女はなんと葵で、「悠。頼む、ちょっとだけ休まして‥」と葵は言った。



悠たちの部屋で布団に寝ている葵

「堪忍な、突然来てしもて」
「お姉ちゃんは、もう。いったいどうしはったんえ」

そうっと起き上がる葵

「お医者さん、なんて言ってはった?」
「うん。貧血やて」
「それだけか?」
「体が弱っておられるようですけど、特別悪いところもありませんて」
「そっか」

「悠、あんたお腹大きかってんな~。ちょっとも知らんかったー」
「京都の家にはちゃんと知らせたえ? お姉ちゃん、全然帰ってはらへんのやろ」
「ふん。 お父ちゃんもお母ちゃんも喜んではったやろ」
「うん。
 お母ちゃんは赤ん坊の着るもんいろいろ送ってくれはったし
 お父ちゃんは男の子を産め、やて。 ここは女の子の方がありがたいのに。
 桂姉ちゃんも、古いオムツ仰山送ってくれはったえ」

泣く葵「あんた、ええなぁ。みんなに優しうしてもろうて」
「お姉ちゃん」
「みんな、うちが悪い」
「‥‥ お姉ちゃん」
「今は、何も聞かんといて」
「うん」
「雄一郎さんもちょうどいはらへんし、ここでゆっくり休まはったらええわ」
「おおきに。雄一郎さん、どこに行かはったん?」
「古墳の調査、手伝うてんのや」
「古墳‥?」
「いろいろ手探りしてはんねん。
 うちは雄一郎さんが何か一生懸命やっててくれはったらそれでええねん」
「ええなぁ。それだけ信じられて」

葵はおおきに‥と小さく言って湯のみ茶碗を悠に返し、横になった。

「気ぃのすむまでここにいはって ええ」 悠は言った。



板場では食事の準備中。源さんは魚を串に通し、お常はお酒を用意している。
「すんません」とエプロンをして悠が入ってきた。

「悠、お姉さん、大丈夫ですかいな」
「はぁ。いろいろあったみたいですけど」
「なぁ? やっぱり京都には知らせておいた方がええのと違いますかいな」
「はぁ。そいでも京都に帰れへん事情があって、ここまで来たのと思うんです」
「それならそれで、よろしんやけどな」
「すんまへん」

「ああ、それ、もう私が持っていきます。あんたもう階段の上り下りは無理や」
とお常は、大きなお盆を運んで行った。



竹田屋では、桂が算盤をはじきながら
「なんで祇園さんてこんなにお金がかかんのやろ」と、ぼやいている。

向こうの方がざわめき、静が都をつれて入って来た。
「あ、お母ちゃんやで」
「都、どうした」と抱っこする桂
「鉾にあがりたい言うてな、あんたらとおんなじことや」
「よしよしよし。都が大きくなるころには上がれるようになりますえ。うん?」
「おじいちゃんが市太郎(一太郎)を肩車して鉾に上がらはるのを見てな」
「んもう、いけずやなー、おじいちゃんは。わざと見せびらかしてー。なぁ」
「んー。
 やっぱり葵は祇園さんにも帰ってきはらしませなんだなぁ」
「アパートにもいはらへんし、一体、どこに行ってしまったんやろ」
「あの事務所もやめてしもたんどっしゃろ?」
「きっとまた、新しい男の人ができはったんえ」と桂
「頼むし! もうそんな胸がドキッとするようなこと言わんといておくれやす」
「相手の人が変わるたんびに、違う生き方をしはる人や。お姉ちゃんは」
「おばあちゃんがおいやしたら、何てお言いやしたやろなぁ。
 三人そろった朝顔の着物をお見やすのが 楽しみやったお人どしたのに」
「お母ちゃん。いつまでも子どもみたいに、三人おそろいの着物着てるほうがおかしいのどっせ」
「あの朝顔が最後になってしまいましたなぁ」



吉野屋では、悠が大きいお腹の上から、その朝顔の着物を羽織って見せていた。

「昔、思い出すなぁ」と葵
「姉ちゃんの朝顔は?」
「多分まだアパートにあるとは思うけど」
「ふーん」
「もしかしたらもう、売られてしもうかもしれへんなぁ」
「そんなぁ。男の人と一緒に住んではったんやろ?」
「‥‥  悠。 あんた、お腹の子、大事にしよしや」 外を見ながら言う葵
「うん」
「うち、また。 また子ども ‥ あかんようにしてしもた」
「また流産してしまはったんか?」
「ううん  せやない」と髪をいじる葵のことを見る悠。



(つづく)



中絶 ですか ‥