ひねもすのたりのたり 朝ドラ・ちょこ三昧

 
━ 15分のお楽しみ ━
 

『都の風』(93)

2008-01-23 07:51:29 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、考古学の先生の手伝い中
智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。戦死した筈が復員してきた
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん、戦後数年後に戻り、板さん復活
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女

若い客  木村律子 :吉野屋の宿泊客、夜明けの霞を見に行った
      福島日出子 :吉野屋の宿泊客、夜明けの霞を見に行った
      山下幸奈  :吉野屋の宿泊客、夜明けの霞を見に行った
客   植田 功   吉野屋の宿泊客

      アクタープロ
      東京宝映

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悲しい別れでした。15歳の時から思いつづけた人です。
笑顔で去っていった智太郎の後姿が悠の心に焼きついて、眠れぬ夜を過ごしました


「寝ていなくちゃだめじゃないか‥」
「起きてはったんですか」
「風邪をひいたときぐらい寝ていろ」
「でも、今日はお帰りになるお客さんがいっぱいいはるんです」

悠の額にさわる雄一郎

「まだ熱があるみたいだ。無理するな」
「ダイジョブです。風邪ぐらいで寝てられしません」
「たまには俺に言うこともきけ」

雄一郎はそう言って、寝かせなおして布団をかけた。

「うちはいつでも雄一郎さんの言うことだったら、聞いてますのに」
「よし。じゃぁ今日は一日寝ていろ。表の掃除ぐらい俺だってできる」
「そんなことまでしてもらったら、お義母さんに叱られます」
「かえって喜ぶさ」
「そんなぁ。たいしたことありませんし」と起き上がる悠
「怒るぞ」
「(うん)」と寝る悠
「いい子だ」 (かぁ~~~! 聞いてるほうが(〃▽〃))
「けど何でやろ、めったに熱なんて出る性質やないのに」
「うん。人並み以上に丈夫やもんな」
「どうせうちは、丈夫なだけが取り得ですし」
「そうや。女房は丈夫なのが一番や」
「いや、ひどいわぁ」

掃除をする雄一郎を見て「んもう~」な顔をするお常
「雄一郎、そんなことあたしがしますがな」
「いいよ、たまには」
「主人がそんなことするもんと違います」
「ええやないか」

「悠、具合悪いんですか?」
「いや、たいしたことはない」
「やっぱりこたえましたんやろな、智太郎さん帰ってきはったことが」
「母さん、もう何も言うなよ、そのことは」
「せやな。 しかしあんたもなかなかたいしたもんやな。
 2人でお水取りに行かせるやなんて」
「もう何も言うなって言ってるやないか」
「はいはい」


女学生たちが、にぎやかに降りてくる。
「お散歩ですか」
「夜明けの霞を見ようと思って」
「今日は暖っかくてよろしおましたなぁ」
「若草山の霞は最高なんだって?」
「ええ、みなさんなぁ、古代に帰ったようだと言ってくれてはります」

「ああ、眠たい。せっかくの休みなのに‥」と1人がぼやく。
「ほら、寝ぼけてないで~~」

「お気をつけてなぁ」
「行ってきま~~す」
「行ってらっしゃい」と雄一郎も声をかける
「おはようお帰りやす」とお常

「女学生が旅行できる時代になったんですなぁ」
「6~7年遅く生まれただけで悠たちとは大違いや」
「うん」


「お姉ちゃん、入ってええ?」と秋子
「風邪ひいたんやて? おばさん洋裁学校休んで、手伝え言わはんやで」
「堪忍え。悪いなぁ」
「まだ話してくれてへんの? おばさんに。私が大阪へ行くこと」
雄一郎の布団を片付けながら言う秋子

「堪忍。なかなかゆっくり話す時間がのうてなぁ」
「初恋の人に会う時間はあっても?」
「‥‥」

「ねぇ、どうやった?」
「ん?」
「初恋の人に会うて。楽しかった? お兄ちゃんと結婚して失敗したと思った?」
「ううん。雄一郎さんと結婚して良かったーっと思ったえ」
「なんや面白ない。うふ」


悠は起きて、台所を手伝いに行った。

「悠、あんた大丈夫か? 寝ててよろしいのやで」
「もう大丈夫です」
「そうか。ほなな、まずご飯を食べなはれ。
 風邪の神は膳の下ちゅうてな、食べたら治ります」
「あんまり食欲がないんです‥」

 ん? というように見るお常

「悠さんに食欲がないなんて信じられまへんな」
「ほんまや、うちも信じられへん、ご飯の匂いもうけつけへんなんて」

(おお!そういうこと

「悠、ちょっと」と、悠の手をとって外に出るお常

「悠、ちょっとおかしなこと聞きますけどな」
「はぁ」
「あんた、毎月のお客さん、ちゃんとありますか」
「えー?」
「お客さんですがな、ほら、毎月の」
「あっ! ああ。 ‥ いえ ‥ あっ」
「悠、えらいこっちゃ、風邪なんかと違いますがな」とどこぞへ走り出すお常

源さんは「???」と見ている

悠は、いとおしそうにお腹をなでた。



お常ががらっと障子をあけると、喜一と雄一郎は、座卓に向かいあって朝食を食べてはいたが、
それぞれが新聞を読み、目をあわせたりはしていなかった。
「ごはんの時は、新聞読むのやめて下さいって言うてますやろ。
 2人とも同じ格好して!」
「息子の顔見ながら朝ご飯食べるほど味気ないものおまへんでー」
「もうすぐあんたさんのお仕事ができます」
「もう男衆(おとこし)の仕事、堪忍してぇなー。腰が痛うなります」
「赤んぼのお守をせんといけませんのや」

「ん?」「へ?」と顔を見合わせる喜一と雄一郎、そしてお常を見ると
ほっぺを膨らまして、お腹が大きいジュエスチャーをしていた
そして、雄一郎を、あんたや と指さす。

雄一郎が飛び出そうとすると、悠が照れくさそうに廊下に立っている

「悠‥」

「あはは! 孫ですがな」
「さよか! あはは」

「寝てなきゃだめだ」と雄一郎
「これっ! これ。無理してでも食べんと丈夫な子どもはできませんのやで。
 悠、つわりなんてもんはな、気の持ちようでどうにでもなりますのや。
 主人や周りの人に甘える気持ちがあると、余計ひどうなります。
 あたしなんて忙しすぎて、つわりなんてなってるヒマもありませんでした。
 なぁ、あんたさん」
「なんで矛先がこっちに回んねんな。はっはっは。何はともあれ、めでたいこっちゃ」
「あぁ、孫ができますのや。
 もうあんたさんも遊んでいるお年やありませんのやで」
「わかってまんがな。はい」と頭を下げる喜一
「悠、ヒマ見てな、いっぺんちゃんとお医者さんに見てもらいなはいな」

「さぁ、ごはんにしまひょか。はいはいはい」とご機嫌なお常


春日大社にお参りに来た雄一郎と悠
「10月か」
「予定日が、雄一郎さんのお誕生日と同じやなんて。うそみたい」

「俺の人生はこれで決められてしまったみたいだな」
「そんな寂しいこと言わんといて下さい」
「お前が俺の子どもを産んでくれる、それはそれで嬉しい、しかし手放しで喜べないんだ」
「いいんです、正直に言うてくれはるほうが」
「悠、俺‥、大島先生の手伝い、止めようと思う」
「子どもができたしですか?」
「うん。それもある。しかしもう自分が何をしたいのか手探りをしてる時でもないだろう。
 時間と心の余裕がないとできない仕事や」
「雄一郎さん! そんな雄一郎さん、好きと違います」
「お前の怒った顔、悪くないぞ」
「んもう! 真剣に聞いてください。
 妻や子どもために自分の好きなことやめてしまうような男の人、好きにはなれへんのです」
「わかった、わかった」
「毎日働いてたら、食べていくぐらい何とかなる旅館の女将です、うちは」
「その立場に甘えるなって、最初に釘を刺したのは誰やったかな」
「それは浮気はゆるさへん言うことで、仕事は違います。
 大島先生の手伝い、やめるなんて言わんといて下さい。
 雄一郎さんがそんなこと言わはんのやったら、うち子どもなんて産みとうなくなってきます」
「何言ってるんだ。授かった命だ、大事にしてくれよ」


吉野屋にはお客さんが到着していた

「まぁまぁ、よう覚えていて下さいましたなぁ」
「おばちゃんのこと、忘れられるもんか」
「おおきに」

そこに「ただいま帰りました」と雄一郎と悠

「悠、お客さんのお見えになる時間の頃には、どこ行っててもちゃんと帰ってくるもんです」
「はい‥」
「はぁっ」
「悠、速達来てました。机の上に置いてまっせ」
「すんません」


それは、雅子からの手紙だった。

        兄は、両親のところに一日いただけで、すぐに出て行ってしまったそうです。
        それも自分のお墓の前に一日中立っていて、兄が行ってしまった後、
        お墓に千人針が供えてあったそうです。

その様子を想像する悠

        それから、兄はどこへ行ってしまったのか、誰もわからないのです


悠は自分たちの部屋で座り込んでしまった



(つづく)


風邪の神は膳の下

初めて聞きました




風邪の神様はお膳の下に隠れているから、
風邪を引いた時はたくさん食べると風邪の神様が出ていく。
ゆえに、治る・・・というたとえ


食費を切りつめて粗食に過ぎるとお膳が軽くなり、下に隠れている風邪の神が引っくり返して人間に取り付く。だから病気の予防には、日頃の食養生こそ大切なのだという意味。江戸中期に出版された「譬喩尽(たとえづくし)」にある諺です。


いずれにせよ、よく食べるようにってこと?

『都の風』(92)

2008-01-22 08:10:18 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、考古学の先生の手伝い中
智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。戦死した筈が復員してきた
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女


若い客  木村律子 吉野屋の宿泊客
      福島日出子 吉野屋の宿泊客
      山下幸奈 吉野屋の宿泊客

      アクタープロ
      松竹芸能

お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

板場で1人泣く悠‥

復員したとも太郎に結婚したことを話そうとしない雄一郎。
そして智太郎の千人針を見せられた悠もまた何も言えなくなってしまったのです



ベートーベンのレーコードが聞こえてくる。

お常が板場に入って来て言った
「雄一郎が、あんたらの部屋に智太郎さん案内していきました」
「‥‥」
お常は火がつけっぱなしのお鍋を止める
「あんたのつらい気持ちを思て、雄一郎は、自分から言うつもりになったんですやろかな。
 あんたらの部屋を智太郎さんが見はったら察しがつきますやろな。
 ‥‥
 逃げ出したらいけません。辛いやろけど、あんたの正直な気持ちを言うたらよろしい。
 あんたが選ぶことや。あたしは何も言いません」



悠たちの部屋

「また学校へ戻るんですか」 雄一郎が訊く
回るレコードを見ながら智太郎は「これから先どうなるかなんてことは今は考えられません」
鏡台のわきに置いてある2冊のスケッチブックに目を止める智太郎
「‥‥」

「しかし生きて帰ってきたんだ。生き続けなければいけないよ」
「たとえ、何かにすがってでも、それが身勝手な約束でも、その約束に拘っていくことで
 一途だった昔の自分を取り戻そうとしているのかもしれない」
「まだ悠さんを愛していますか。
 以前は女の愛情にすがって生きることなど、恥だと思っていた。
 しかし、それが何よりも大事だと思うこともある。
 僕は君にコンプレックスを持っていた。いや、戦死した君にかもしれない。
 生き残ったことを恥じて‥」
「僕もこの5年間、死ななかった自分との戦いでした。 生き残った理由を考え続けました。
 しかし、自分に嘘はつけなかった。
 あの人を愛したことを大事にしよう、そう思ってやっと帰る決心がついたんです。しかし‥」

目をあわせる2人 ‥‥
(立っている雄一郎とあぐらの智太郎‥ なんか立場を象徴しているような)

悠がお茶を運んで持ってきた
「失礼します」

「悠さん。智太郎君と一緒にお水取りを見に行ったらどうですか」
「え?」
「智太郎君、約束に拘わり過ぎて、一途だった昔の自分に戻れるのは今しかないのかも知れませんよ。
 ここにいては、二人でゆっくり話もできないのでしょう」

立ち上がり、部屋を出て行く智太郎

「一緒に行って来なさい」雄一郎は悠に言った
「何で? 何で行くなって言うてくれはらへんのですか?」
「僕には何も言えない。お前自身のことだ。お前の思うとおりにしろ」
「2人で智太郎さんのこと、一生大事にしよう、そう言ってくれはったんと違うんですか」
「死んだ人間は魂だけだ。魂は2人で共有できる。
 だが、生きた人間は肉体だ。それは共有できない」

智太郎が玄関で靴を履いている

「早く行かないと、智太郎君、京都に帰ってしまうぞ。
 このまま何も言わないで京都に帰ってしまっていいのか?
 お前だっていっぱい言いたいことがあるだろう。
 このまま別れてしまって智太郎君がどこかに生きている、
 お前がそう思いつづけながら、僕のそばにいられるのはやりきれない」

ショールを出して出かけようとする悠に、雄一郎は言った
「悠! お前が幸せなら俺はそれでいい。早く行け」


お水取りを見る二人

「何もかも5年前と同じだ‥。
 しかし年月を越えて5年前の続きとはいかなかったみたいですね」
「智太郎さん」
「何も言わないで下さい。夢の中に出てくる君はいつも笑顔だった。
 君が笑顔を見せてくれない理由がわかったのは、
 鏡台のそばにあるスケッチブックを見た時です。
 最初に君に会った時に気がつくべきだった」

「‥‥ ご両親の住所です」

振り返る智太郎

「京都の家は、今は別の人が住んでおられます。
 戦死の公報が来ても智太郎さんが生きてはると信じて、ご両親は京都で待っておられました。
 ‥‥私も、1年前、
 『畑仕事をしながら智太郎のお墓は自分たちで守るから、お墓参りには来てくれるな』
 お家の方に言われました。
 智太郎さんのことは決して忘れてはいけない、そう言うてくれた、雄一郎さんと結婚したのは
 その後です。
 ご両親は、私の結婚を心から喜んでくださいました」

悠に背を向ける智太郎

「終戦の前から、私は京都に帰ってました。
 智太郎さんの両親は私の両親、そう思って度々お家に伺って、お帰りをお待ちしていました。
 何で。 何でもっと早うに  」

振り返った智太郎は、悠の手に自分の手を重ねる
「ありがとう」と言い、去ろうとする智太郎に悠は言った。
「智太郎さん。あなたのこと諦めて結婚したんと違います。
 雄一郎さんのこと、好きになったんです。
 けど、忘れません。5年前のことも、今日のことも」

「僕は、多分、忘れます。それでいいですね。
 もう一度だけ、笑顔を見せてください」

そして智太郎は去って行った。


玄関前で心配そうに待つ雄一郎だった。
そこに泊り客の女学生たちがにぎやかに帰ってくる。
「おじさんただいま」
「何か暖かいもの食べさして~」
「はい、奥に女将がいますから」

「その前にお風呂入ろうよ~」と無邪気な女学生。

しかし雄一郎は、悠が帰ってきたのを見て、飛び出した
笑顔になる悠 (ああ、智太郎の前では、笑えなかったのになぁ 
「(うん‥)」と頷く雄一郎

悠はふらついてしまい、雄一郎に支えられ中に入る。

「熱があるんじゃないのか?」
「何か‥めまいがして」
「寒かったやろ」

お常と秋子も出てきて、悠を奥に連れていった。

その日から2人は、智太郎のことは二度と口には出しませんでした




智太郎さん~ん、ギバちゃ~~ん  
「ちくしょ~~~~!」って言いたいだろうに 


 私を許さないで、憎んでも覚えてて(松任谷由実『青春のリグレクト』)
を歌ってしまった


★『都の風』 第16週 (91) ★智太郎生還す

2008-01-21 18:36:47 | ★’07(本’86) 37『都の風』
★『都の風』 第16週 (91) ★智太郎生還す

脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

題字:坂野雄一
考証:伊勢戸佐一郎
衣裳考証:安田守男

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ

雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、考古学の先生の手伝い中

智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。戦死した筈が復員してきた

      アクタープロ
      松竹芸能
      キャストプラン

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母





制作 八木雅次

美術 田坂光善
効果 片岡 健
技術 沼田明夫
照明 田渕英憲
撮影 神田 茂
音声 土屋忠昭

演出 加藤郁雄      NHK大阪


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

昭和24年3月、お水取りの日。
悠が5年前に愛を誓い合った、その人が帰ってきたのです



( 智太郎は帰ってきた
  幻でもなく、何もかも忘れてもいなく、また生きる力を失ってもいない~~っ! )



「まっすぐ京都に帰ろうか迷った」

泣く悠、しかし駆け寄ることはできす、頭を下げるだけだった

(『純情きらり』では、テーマ曲が流れて桜子が駆け寄っていくんだったわねー)


「やっぱりここで待っていてくれたんですね」

違うともなんともいえない悠

吉野屋からお客さんが出てきて、お常がお見送りをし、
「また、お客さんですかいな、今日はもう‥」
と智太郎に声をかけようと顔を見て愕然とした。
お常に近寄る悠

「おばさん、帰って来ました」
「ご苦労様でございました」と笑顔をつくるお常

「こんなところでゆっくり話もできしません。どうぞ、どうぞ、どうぞ」
お常は智太郎を上げた

たまらなくなった悠は裏の畑に行き、井戸前で号泣
「悠、どうしたんだ?」と帰ってきた雄一郎
「(泣く)」
「とうとうお袋とやったのか。しょうがないな。お袋もいざとなると気が強いから。
 辛抱してくれよな」
「違うんです、そんなことと違うんです」
「悠? 一体何があったんや?」
「‥‥ も太郎さんが、帰ってきはったんです」
「‥‥ そして。俺たちのことは?」
「(ううん)」
「そうか」
「(泣く)」 悠は雄一郎にすがりついて泣いた



「昨日、山口のセンザキに着いて、満員列車の中で走りたい気分でした」とお常に語る智太郎
「‥‥」
「やっと奈良駅に着いて、本当に帰ってきて良かったと思いました。
 昔のままだったんです。お寺も仏像も。
 きっと吉野屋さんも悠さんも昔のままでいてくれる、 ‥ そう思いました。
 申し訳ありません、自分のことばかり話して。
 雄一郎さんはお元気ですか 」
「はい、おかげさんで。
 入隊してすぐに終戦になりましたもんで、無事に帰ってまいりました」
「それで今はどこに。大阪の新聞社に戻られたんですか」
「いえ、あの‥、その雄一郎のことですけど」

目の赤い雄一郎が入って来た

「雄一郎‥」

雄一郎に気づき、はい寄る智太郎

「良かった、生きていて‥!」と雄一郎は言い、手を取り合う2人。
「互いに」
「母さん、腹が減ったよ。智太郎くんも一緒にみんなで飯を食おう」

「はい」

「良かった、良かった」
「やっと帰ってきた 」肩を抱きあい泣く二人

お常が様子を見にいくと、悠は茫然と部屋に座っていた

「こんなことってあるんですなぁ。戦死の公報まで来て、お骨まであるっていうのに。
 雄一郎がな、智太郎さんと一緒にみんなで食事をしよう言うてな」
「そんな‥」
「雄一郎に任せましょ。とっておきのお酒、智太郎さんにつけてあげましょな。
 あぁぁ‥、せめてな、もう1年はよ、帰ってきてくれはったらなぁ」
「‥私、一緒にお食事なんてできません」
「悠、逃げたらいけません。今自分の気持ちに嘘ついたらいけません。
 今、あんたは雄一郎の女房や。
 せやけどな、あんたがどれだけ智太郎さんを好きやったか、
 雄一郎は、よう知ってます。
 智太郎さんが戦死しはったと思い込んでたからこそ、雄一郎はあんたと結婚する気になりましたんや。
 雄一郎があんたと結婚したことを言えへんのは、
 雄一郎か智太郎さんか、あんたに正直な気持ちで選んでくれ そういうことと違いますか。
 悠、ごはん作ってあげましょうな」
「(はい‥) 



食事

「こんな残りものばっかりですけど」とお常
「いえ。ご馳走です」
「晩ご飯はな、みーんな悠、 悠さんがつくってくれますのや。
 どうぞ遠慮せんと召し上がってください」
「悠さん、智太郎くんにお酒を注いで上げてください」と雄一郎
「やっと会えたんじゃないか。俺たちに遠慮することはない。さぁ」
智太郎の差し出すお猪口に、お酒を注ぐ悠。手が震えている
「僕にも注いでくれますか」と雄一郎
そして、雄一郎と智太郎は乾杯した

一気に飲み、「美味い!」と言い泣きだす智太郎
「申し訳ありません。
 戦友と2人で、山の中で、盃一杯ぐらいの水をわけあって飲んだ時のことを思い出してしまって‥」
「‥ 」お常は、たまらなくなって席をはずす

「グアム島、大変だったろう」
「捕虜に、ならはったんですか」

「いいえ。自決する覚悟はできていました。
 しかし追い詰められた時、銃を落としてしまった。傷ついた戦友を背負って山の中に逃げました」

「さあ」と、雄一郎はお酒を注ぐ

「‥‥ 心の底で、生きていたい、死にたくない、そう思っていたのかもしれません。
 もしかして、銃を落としたのも、無意識のうちに自分で投げ捨てたのかもしれない。
 どうしても、もう一度悠さんに会いたかった‥。このまま死にたくはなかった!
 戦友と三年間、山の中に隠れていました。
 戦友の傷が悪くなって身動きがとれなくなった時、殺される覚悟で山を降りました。
 その時、日本が負けたことを知ったんです。
 日本が負けた‥‥ 何がどうなったのかわからないまま、どうやって生きていたのか、
 ただ日本に帰りたい、生きて帰ると約束した悠さんのことしか考えていなかったのかも知れない」

悠は、その場から去ろうとしたが、雄一郎が、その手をぐっと押さえた。


智太郎は、あの千人針を出した

「これは僕のお守りだった。
 住民の人たちに助けられて、腑抜けのようだった時も、これだけは身につけて離さなかった」

悠は、耐え切れなくなって、出て行ってしまう

「悠!」 雄一郎が呼ぶ

雄一郎を見る智太郎


悠は、ただ台所で泣くばかりだった



生きて帰ってきて欲しい、悠が智太郎のために必死の思いでつくった千人針でした

『都の風』(90)

2008-01-19 08:46:07 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、考古学の先生の手伝い中
智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。戦死した筈が復員してきた

西川  岩田直二 :「吉野屋」の常連客。美術史の先生
大島  山口幸生 考古学の博士、法隆寺火事を聞き吉野屋に宿泊

源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん、戦後数年後に戻り、板さん復活
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女

学生   小坂剛士 「吉野屋」の宿泊客、お水取りを見に来た

      東京宝映
      アクタープロ

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

昭和24年、悠が雄一郎と結婚して、初めてのお正月を迎えました。
雄一郎は毎日どこかへ出かけていましたが、悠はそのことについて何も触れませんでした。


お祝いのお膳の前で、きちんと挨拶をする悠
「明けまして、おめでとうございます。今年も、よろしゅうお願いいたします」
「こちらこそ、よろしゅうに」とお常。

「さ、いただきまひょ」と喜一の声で、みなが口をつける。

「悠さん、今年は孫の顔、見しとくれな」と喜一
「そうやわなー、うふふ。
 だんさん、あんたこそ今年は還暦ですわな。女の人ももう振り向いてはくれしませんしな」
「いやぁ、まだまだ」
「自分は若いつもりでも、どっから見ても、もうおじいちゃんや」秋子、ずけずけ言う
「わははは。娘にあない言われたら、お終いやな」
「孫の子守りでもせえいうことかな。雄一郎、がんばってや」

「まだ子どもなんて持てないよ」と雄一郎
「子どもでもつくらはったら、お兄ちゃん、また昔みたいにならはるのと違う?」
「子どもが余計なこと言うな 

肩をすくめる秋子
お常は、ちょっとはらはらして雄一郎と悠を見ていた

「雄一郎さん、初詣に行きましょうか、お雑煮いただいたら」と悠が気をそらすように言っても
「いや、することがある」とにべもない。
あっというまにかきこんで、
「ごちそうさん」と雄一郎は出て行ってしまった。

「悠、すんませんなぁ」とお常が謝る
「いえ、いいんです」
「お姉さん、お兄さん、いったい何してはるの~?」
「さぁ」
「さぁ って、平気なの?」
「うん」
「宿屋の亭主は、することがないねん。ほっとこされるのが一番や」
「雄一郎はだんさんとは違います」とお常がちくり。
「同じこっちゃがな。
 わしゃ女に逃げたけども、あいつは難しい理屈言うてるだけのこっちゃ」


雄一郎が何を勉強し、何をしようとしているのか、その疑問が解けたのは1月26日の朝
法隆寺金堂の火事がきっかけだったのです



朝から吉野屋の電話が鳴った。
それは、法隆寺からで、金堂が火事やと言うてはると悠は雄一郎を起こした。
「金堂が火事?」と雄一郎は飛び起き、着替え、あわてて飛んでいった。

「お気をつけて」と送り出す悠
「何ごとですかいな」
「法隆寺の金堂が火事なんです」
「え~~っ? なんちゅうことっ! でも、何で雄一郎が?」
「さぁ‥」


その夜、焼失した金堂を調査するため、東西の学者たちが集まり、
吉野屋にもその宿を求めたのです



「お待たせいたしました」と、お酒を運ぶ悠

「この人が雄一郎君の奥さん」と紹介する西川先生。
「こちら、考古学の大先生、大島博士だ」
「ようお越しくださいました」
「いつもご主人をお借りして、悪いね」
「主人をご存知なんですか?」
「ん。 大和園に行った時に知り合ったんだがね、
 なかなか立派な青年だったので、ちょっと頼みごとをしたんだよ。
 何も話してないのかね」
「はい」

「いやぁ、私は忙しくてなかなか奈良には来れないもんでね、明日香の調査を頼んだんだ。
 まぁ、私の個人的な仕事だから、誰にも言うなとは言ったんだが、
 奥さんにまで内緒にしていたとは 思わなかったなぁ。
 また奈良のお寺や仏像についても自分で歩いていろいろ調べてくれてねー。
 本当に助かってますよ」
「せやったんですか」
「残念だったろうなぁ、雄一郎君は金堂にはひとかたならぬ興味を持っていたからね」
「大島先生は、考古学の先生だが、寺や仏像にも独特の考えを持っていられる。
 雄一郎君、先生のもとで働けるなんて、幸せものだよ」と西川
「いやぁ、今度の調査もね、私は部外者だが、金堂が焼けたとなれば私はじっとしてられなくなってね、
 雄一郎君が帰ってきたら、すぐにここに来てもらってくれないかな」
「はい」


悠は嬉しくて、小走りで板場に向かった。

「お義母さん、うち、こんなに胸がすーっとしたこと、初めてです」
「えー?」
「雄一郎さんは、やっぱりすごい人です」とお盆を胸に抱えて、話す悠
「??」
「やっぱり雄一郎さんは、気楽さんとは違いますな。ぁ、すいません」

「ぃや、何でもよろしいがな。
 今日はまだ5人もえらい先生方がお見えになりますのやで」
「はい」

そこに雄一郎、帰宅
「お帰りやす、疲れはったでしょう?」と飛びつく悠
「うち、嬉しかった」
「何言ってんだ、大事な国宝が焼けただんだぞ」
「大島先生がお見えです」
「先生が?」
「はい」
「すぎにお部屋に来てくれるようにって」
「ああ」

「これ、私が持って行きやす」と張り切る悠を見て
「どないなってまんねやろ」とお常と源さん
「何でもよろし、二人が仲良くしてくれたら」



居眠りしながら待っている悠だったが、障子の開く音に目をさまして
「おつかれさんででした」と言う悠
「なんや、まだ寝ていなかったのか」
「肩をもみましょか?」
「いや、いい」

「とうとうばれてしまったな」
「うち、ホンマは不安で不安でしょうがなかったんです。
 何をしてくれはってもええと言いながら、けど何で言うてくれはらへんかったんですか」
「話すほどのことじゃない。まだ自分で手探りしてるだけだ」
「‥‥」
「俺が一生懸命手探りしたことを、えらい先生は自分の手柄みたいにしゃべっている。
 腹が立つこともあるんだ。
 そんな俺の愚痴を、今朝電話をくれた法隆寺のじいさんが黙って聞いていてくれたんだ。
 あのじいさん、毎日寺を掃除しているだけなのに、それを誇りにしていた。
 それが、金堂から火が出たとあって、じいさん壁画を守ろうとして、夢中で火の中で戦ったらしい。
 古いものを守ろうとして、男が命を賭けるんだ。
 旅館の親父になりたくないなんて、逃げ道をつくっていた自分が恥ずかしいよ」
「でも雄一郎さん、ここの仕事は、わたしがやります。
 本気で日本の古い文化を勉強してください」
「しかし妻に食わしてもらって何が勉強だって、俺は半分そう思っている」
「そーんなこと。私は全然気にしません」
「男はそうはいかないこともある。もう少しだけ、時間をくれないか」
「(うん)」


翌朝、先生たちを見送る悠

「ご苦労さまです。  先生、お昼のお弁当は、あとでお持ちします」
「頼むよ。 雄一郎君は。」
「はい。大島先生ともう出かけました」
「雄一郎君、美術に関しても、自分なりの見方をしている。
 もう一度、学校に行って勉強したらどうかなぁ。
 この世界、肩書きがないと世間に通用しないところがあるからな」
「はぃ」
「大島先生はそうおっしゃっているが、女房がいて子どももいたら、そうはいかないか。
 じゃ」

「お気をつけて」悠は複雑な表情で見送った。

秋子も出かけようと出てきて
「お姉さん、おばさんに話してくれへん? うち、大阪に行きたい」と言い出した
「大阪へ‥」
「大阪のデパートに洋裁部ができるんやて。
 うち、そこで働きたい、な、おばさんに頼んで!」
「うーん。そいでもなぁ」
「何とか春までに話して。おばさん、お姉ちゃんの言うことならちゃんと聞いてくれはるし。ね。
 じゃ、行ってきまーす」
「おはよう、お帰りー」と見送った悠だった。


吉野屋は以前のように、仏像や寺を見に来る客で連日満員の日が続きました。
悠は、雄一郎と話をするヒマもなく、二月堂のお水取りの日を迎えたのです



「悠」
「はい」
「あの、なぁ。 お水取りを見たいちゅうお客さんがお見えになるっちゅうやけども、
 もう、いっぱいですわなぁ」
「はぁ、けど、せっかく来られるんですから、相部屋でも良かったら」
「そやけど、あんたが大変やー」
「10人が15人でも同じことです。
 お水取り見たい言わはる人には、できるだけ見てもらいまひょ」
「そうですな。あはは 」と嬉しそうなお常

そこに「おい、悠、弁当頼む」と雄一郎
「はい」
「どこへ行くか聞かないのか?」
「信じてます」
「じゃぁ、信じてもらえるついでにもう一つ。暖かくなったら大島先生と一緒に岡山に行く」
「えー」
「古墳の発掘を手伝う」
「岡山まで」
「うーん、一ヶ月はかかる」
「一ヶ月も!」
「ダメか」
「どうぞ」
「さみしくないか」 (ああ、こういう表情がたまらないのよね~ん)
「さびしいけど、我慢します」
「いい奥さんだ」 とおでこぴんをする雄一郎


夜、「行ってらっしゃいませ」と学生たちを見送る悠

「お水取は何時からですか」
「7時ごろから、かご松明がたかれます」
「7時、遅いんだね。もっと早いのかと思ってた‥」

などと話す学生たちを送り出し、振り返った悠の目に入ったのは、
ちゃんと足のある、無精ひげの復員兵姿の、智太郎だった!

(つづく)





え゛え゛え゛~~~~っ 智太郎さんが! 吉野屋に!
悠の幽霊でも見るような‥‥
まっさきに奈良に来たのね 



 お水取り  については

11月22日(46回) ガ詳しいです

『都の風』(89)

2008-01-18 22:07:16 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、「大和園」から実家に戻る

葵   松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、今度は女性代議士の後援会活動中)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ、一女一男の母に)
忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)
お康  未知やすえ:「竹田屋」の奉公人
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん、戦後数年後に戻り、板さん復活
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女

      アクタープロ
      キャストプラン

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

竹田屋に三代ぶりに男の子が誕生し、悠のことを気にもとめようとせず喜んでいる
市左衛門を見て、悠はある種の寂しさを感じていました


悠は桂の髪の毛をきれいに結ってあげながら話をする。

「お父ちゃんも親バカやのうて、孫バカやな」
「うーん。うちが文句言うやかい、今みたいにすぐに自分の部屋へ連れて行ってしまはんのやで」
「名前は?」
「それがなぁ、一の上は、二やし、自分の上をいくように、二左衛門にする言わはったんえー」
「え~~っ(笑)」
「そんなん大げさな名前、子どもがかわいそうやって」
「うん」
「泣いて頼んで、やーっと市太郎(一太郎かな?)にしてもろたんや」
「市太郎ちゃんか、ええ名前やないの。男の子でよかったな」
「うち、毎日六角さんにお参りしてたんえ。そしたら祇園祭の日に男のや」
「市太郎ちゃんは、産まれたときから鉾に乗れることが決まってんのやな」
「うん。皮肉なもんやな。
 でも、悠おばちゃんがどんだけ鉾に乗りたがっていたか、ちゃんと教えるえ」
「あの子が大きうなる頃には、女も鉾に上がれるようになってるやろか」
「そうせんといかんて教えんのや。
 女がなんぼ鉾に上がりたい言うても、男の人がわかってくれはらへんとあかんしな」
「うん」
「うち、男の子を産んでつくづく思うえ。うちができんかったことを次の世代に教えんのや。
 そうせんといつまでたっても同じことやもん」
「えらい! さすが桂姉ちゃんや」
「うふふ。もう! うちができるのはそれぐらいのもんや。
 葵姉ちゃんみたいに、表に立って女の権利を叫ぶっちゅうようなことうちにはでけへんもん」
「葵姉ちゃん、今何してはんの?」
「うーん、何や、代議士さんに立候補しはる女の人の事務所で働いてはるみたいえ」
「ふーん。葵姉ちゃんらしいなぁ。家にはたまには帰ってきはるのか?」
「うん。市太郎の顔をいっぺん、見にきはったえ。
 お父ちゃんも帰ってくるないうようなこと、言わはらへんのにな」
「うーん」

「それがな、また違う男の人ができはったみたいえ」とひそひそ話
「ほんまか」
「その事務所のな‥」

そこに静がお茶を持って上がってきた

「まぁまぁ、(桂の頭)きれいに結えましたなぁ。悠がこんな器用だとは思いまへなんだな」
「おおきに」
「だんだん、お母ちゃんに似てくんのえ、きっと」

「悠、そろそろ帰った方がええのと違いますか」
「ううん。今日は泊まってきてええて」
「奈良のお母さんからお電話いただいてます、一日休ませてあげてくれって
 ホンマにありがたいことどすなぁ」
「はい」
「そうでも、理由もなしに、あんたが帰ってくるわけはおへんわなぁ」
「ううん。何にもあらへん」
「そうか? そんならよろしけど。嫁に行った娘がちょくちょく帰ってくるもんやおへんえ」
「‥」
「あちらのお母さんに甘えてたら、あきまへんえ」
「はい」
「どんな優しいお人でも、一緒に住むとなるといろいろありますやろけど、
 好きな人と一緒になったんやし、どんなことでも辛抱せんとなぁ」
「はい‥」


吉野屋、帰ってきた雄一郎を秋子が迎える
「今日は、えらい早いねんね」
「ああ」
「お姉ちゃん、どこ行かはったか、聞かへんの~?」
「?」
「気難しいお兄ちゃんに愛想つかして、京都帰りはったんや」
「ふふっ」
「ホンマは、おばさんが帰しはったんや」
「?」
「雄一郎を1人にしてやってくれって」
「そんなバカな」
「お兄さんの不機嫌に合わせて、お姉ちゃんまで黙りこんでしまはるし、
 お互いにしばらく離れて暮らした方がええって。
 これはホンマ。 な、源さん」
「‥」返事をしないでジャガイモの皮をむく源さん

「あー。結婚しはったら少しは昔みたいにならはるかと思ったのに」と秋子
「雄一郎さんは、自分を誤魔化すことができまへんのや。
 ワシらはなんとのう、誤魔化して生きてますけどな」
「ふ~~~~~ん~~~」


部屋をうろうろ歩く雄一郎

「お帰り」
「母さん! 俺たち夫婦のことに余計な口出しするな」
「けどな。悠があんまり辛そうやったし。
 あんたなぁ、毎日どこに行ってるんか、そいだけでも悠に教えてあげたらどないですか。
 悠はもともと明るい素直な子や。
 それがあんたと一緒になって言いたいことも言えんようになってしもうたら、かわいそうですがな。
 女ちゅうもんはな、気がつかんうちに男の人によって性格までかわってしまうもんですよってな。
 ま、適当に息抜きさしてあげんと」



悠は、婦民党公認 候補 小野林陽子 の選挙事務所を訪ねてみた


「どうぞ開いてますよー」と、葵は丼を食べていたが
悠を見ると「ひゃ~~、悠」と詰まらせてしまった。

「もう、あんたはホンマにいっつもびっくりさせる人やなぁ」
「お姉ちゃんこそ、何? その格好」
「ふん。
 女はな、自分が女やと意識するが故に、男と同格でない、よって私は女を卒業したのであります」
「うふふ」
「うちは真剣えー」
「ホンマに会うたんびに違う人みたいやな」
「そうか? 中味一緒やけど。 ま、座りぃ」

「また、男の人できたんやって?」
「あほなこと言わんといて。うちは女を卒業したって言うてるやろ?
 世の中を変えるためにはな、女も政治に関わらんといかんのや。
 女も自分のことだけやのうて世の中のこと、日本のこと、世界のこと、広い目をもたんといかんのや」
「ふ=ん」
「せやしな、うちはもう男のひとなんかあてにしぃひんの」
「そいで、そんな男の人みたいな格好してはるの?」
「うん。どっちか言うたら、うちはきれい過ぎるやろ?
 うちは女を意識しんでも、まわりの男の人が意識してしまうのや。
 せやし、こんな格好せえ言わはったんや」
「ふーん。 誰が?」
「ああ、あのほら、うちの尊敬する人」
「ふーん」

「あんた、何でこんなトコに来たんや?」
「市太郎ちゃんのお祝い。 奈良のお義母さんに頼まれて持ってきたんよ」
「は~。桂、得意の絶頂やろー。もう竹田屋の女主人の座は安泰や。
 自信を持つときれいになる」
「そうやなぁー」
「こら、その顔は何かあってんな」
「ううん。別に」
「新婚の奥さんいうのは、用事あって外に出てもちょっとでもはよ、帰りたいもんなんえ。
 うちのところまで訪ねてくれるいうのは、うまいこといってへんのやろ、雄一郎さんと」
「違う。そんなこと言わはんのやったら、うち帰るわ」
「あんたなぁ、結婚いうものに夢をえがき過ぎんのやわ。
 好きな人と一緒になって、一心同体と思うたらあかんえ。
 この人のこと心底好きやなんて思えんのは、ほんのちょっとの間のことで、あとは我慢と辛抱。
 うちはそれができひんさかい、すぐに別れてしまうけど」
「うちは我慢すんのは平気え。そんでも好きな人が何考えてはるかわからんぐらいさびしいことない」
「思いあがったらあかんえ。
 雄一郎さんはな、世の中のことや人間についてのこと、いろいろ勉強してはる人や。
 そんな人のこと全部わかろうとすることが間違うてんのや。
 好きやー言う気持ちだけ、大事にしたらええのと違うんか?」
「うん」
「あのな、女の人に全部わかってしまうような男の人、たいしたことあらへん」
「うん!」
「やっぱり葵姉ちゃんに会うて良かった。ほな、うち帰るわ。
 お姉ちゃん、元気でな、いつでも奈良に来て、ほなね。さいなら」
「‥さいなら」



「今日は」と、竹田屋に雄一郎が現れた。
「ひゃー、お越しやす」とお康。

「悠に迎えに来たと伝えてください」
「へぇ、せやけど、お嬢さん、今日はお泊りになる言うとりやしたけど」
「え?」
「お康どん、余計なこと言うてんと、はやいことせんかいな。どうぞ、上がっとくれやす」と忠七。
「いえ、僕はすぐ帰りますから」
「そう言わんと、どうぞ。
 悠お嬢さんいま、ちょっとお出かけみたいどすけど」
「そうですか」
「若旦那さん。 ‥‥ 悠お嬢さんのこと、幸せにしてあげておくれやす」
「悠が何か言ったんですか」
「いえ。 ただ私は、悠お嬢さんのお顔を見ただけで、お幸せかどうかわかるんです。
 こんな差し出がましいこと申し上げて、すんまへん‥」

雄一郎は軽く礼をして奥へ引っ込んだ

「まぁ、これはこれは、よう来とくれやしたなぁ」と静と市左衛門まで出てきてしまった。
「悠は、今、葵の所に行ってますねやけど、すぐに帰ってきます」
「はぁ」
「悠が何ぞ、不始末でもしたんでっしゃろか」
「いえ」
「雄一郎さん、かましませんさかい、悠、ばちーんとどついてな、連れて帰っておくれやす」
「はぁ?」
「意地ばっかり張ってる、気まぐれな嫁はそうするのが一番どす!」
「いえ。悠はようやってくれてます。僕の方が悪いんですから」
「やっぱりケンカして、飛び出してきたんどすな。 
 お母さんがわざわざ気をつこうて電話しておくれやしたのも、おかしいと思うてました」
「いえ。本当に母は悠を休ましてやりたかっただけなんです。一日中、働き通しですから」
「嫁だったら当たり前どすがな。
 雄一郎さん、おなごちゅのはややこしいもんどすや。
 おだったら(おだてたら)付け上がるし、怒ると泣くし、死んでも化けて出てきはる。
 手におえまへんで」
「はぁ?」
「まぁ、その点、男はよろしいな。 市太郎の顔、見てくれはりますか」
「あんた!   まぁ、すんません、男の子ができたもんで、しょうがおへんなぁ」
「はぁ‥」


そこに「ただいま帰りました」と悠

「雄一郎さん、迎えに来てくれてはったんですか。 
 さ、はよ、帰りましょ」
「ああ 
「何ですか、その言い方。ちゃんとお詫びをおしやす。
 旦那さんを迎えに来さすなんて、嫁としての資格がおへんえ」
「はい。申し訳ありません」と雄一郎に謝る悠
「ケンカして家を飛び出してくるようなこと、二度としたらあきまへん」
「は?」

「何でもよろし、さっさと帰んない

「はい。さ、はよ帰りましょ」と悠
「それじゃ」と、立ち上がる雄一郎


忠七とお康に見送られて帰る二人

「迎えに来てくれはらんでも、帰ろうと思うてたんです」
「いいのか? 何も聞かなくて」
「はい。雄一郎さんがどこで何をしはっても、いいんです。
 雄一郎さんのことみんな知りたいなんてもう言いません。
 うちが好きやったらそれでいいこと、もうわかったんです」

仲良く帰路につく二人だった


(つづく)






『都の風』(88)

2008-01-17 21:58:43 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、「大和園」から実家に戻る

桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん、戦後数年後に戻り、板さん復活
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女

      アクタープロ
      キャストプラン
      松竹芸能
      東京宝映

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

食卓の上にならぶ、20人分のお刺身などの銘々皿

悠がお常の意に反して予約を受けた20人の団体客は、
雄一郎の目の前で他の旅館にとられてしまったのです。
その日の20人分の夕食は、悠の喉をとおりませんでした


「申し訳ありませんでした」と深深と頭を下げる悠

「いやぁ、こんなごちそういただけると思わなんだな」と喜一
「うん。ほんま」秋子は美味しそうに食べる「それでも20人分は多すぎる」

「戦争前にもよくこんなことおましたなぁ」とお常が言うと、源さんも「へえ」と笑う
「ほら、東京の美術史の学生さんの同窓会、あはっはは。
 あん時は、こっちが予約を1ヶ月間違えて文句言ったら、逆に怒鳴られたりして。
 まぁ、私もいろいろ失敗してきました。
 悠、なにも団体さんとること反対してるのやありませんのやで。
 今度のお客さんが満足してくれはったら、帳場も何も雄一郎と悠に任せてもええって
 だんさんと話してましたんや」
「(ふむふむ)」と喜一
「けどな、団体さんの予約っちゅうのはな、何べんも確かめんといけませんのや。
 予約を受けたら、まず、お礼のハガキを書いて、
 ほいで一日前になったらもいっぺん電話を入れるようにせんといけませんのや。」
「はい」
「あたしもな、いっぺん家に泊まってくれたお客さんが、もういっぺんここに来たい、
 と思ってくれはるように、心がけてきました。
 団体さんも個人のお客さんとおんなじようにお世話できるように、
 こっちの準備ができてしません。  な。
 これからはあせらんと、ゆっくりやっていきましょ」
「はい」と笑顔になる悠
「さぁさ! みんなどんどん食べなはれ。おいといたかて、ムダにしてしまうだけや。
 悠! 座って! ほら」
「はい!」と席に着く悠
「こんなことでくよくよしてたら、旅館の女将なんて勤まりませんのやで。
 さぁ、いただきましょ
 源さ~ん、あんたも笑ってる場合とおませんがな、さぁさぁ」

悠は、雄一郎と喜一があきれるぐらい、思い切りよく食べ始めたのだった。



「あー、もう指の先までお腹いっぱい。苦し」
「バカだよ、全く」
「もったいないし。これで3日分いただいたと思ったらよろし」
「しかしお袋も年をとったよ。ねちねちと文句を言うようになった」
「私が悪いんですし、しょうがありません」
「しかし、客商売も難しいもんだということがわかったよ。
 駅前で吉野屋の旗を広げて待っている俺の前を、さっさと素通りしてくんだもんな」
「せっかく雄一郎さんがやる気になってくれはったのに」
「悠、俺はやっぱりこの仕事は向いてないよ」
「家にいても、お前が気を使うだけだし、もっぺん、墨を作ってみたいんや」
「えー、雄一郎さんがこの家を出ていくんやったら、うちも一緒に行きます」
「昼間だけや。夜はちゃんと帰ってくる」
「うちも一緒に働きます」
「これからは、だんだん客も増えるだろうし、いくらお袋でも1人ではやっていけない。
 頼む、手伝ってやってくれ」
「うちだって、ホンマは雄一郎さんに好きなことやってもらいたいんです。けど‥」
「大丈夫だよ、俺は親父みたいにはならない」
「それでも大和園には雄一郎さんと結婚したい言わはった女の人がいはりますのやろ?
 うち、嫌や。雄一郎さんがそんなとこに行かはんの」
「心配するな。俺はお前以外の女は女と思わない」
「ホンマですか」
「ああ。残念だがな」

突然立ち上がって、体操をする悠

「何をやっている」
「あんまり食べ過ぎて、太ったら、雄一郎さんに嫌われます」
「よーし。いちにさんし、ごろくひしはち」 一緒に体操をしだす雄一郎。

(なんちゅーか ‥ (^_^;) )



金魚売りのおじさんが歩いている季節になった。

昭和23年7月、封鎖預金も解除になり、吉野屋の客も増え始めました。



「悠ぁ、悠、お吸い物はまだですかいな。
 2階の奥のお客さん、すぐにお出かけですから急いでな」
「はいはい」 と言いながら、お皿を割ってしまう悠

「あぁ~、これはもう2人では無理みたいやなー。
 あっこが手伝うてくれたらええんのやけど、毎日あの子は帰りが遅いから」
「女将さん、もう1人お手伝いさん雇わんと、若女将さん1人では何もかも無理でっせ」
「そう思ってますけど、なかなかいい人が見つからんでなぁ」

「まだですか?」と客の声がする。

「はーい」とお常たちは返事をし、
「悠、お吸い物できたらすぐに2階へな」とお常はお膳を運びに行く

忙しい時間に、雄一郎帰宅
「お帰りやす」と悠は「すぐにごはんにしますし」と声をかけ、雄一郎の後をついていく。
源さんが、お吸い物を見ながら
「あぁあー、女将さんがまた機嫌が悪くなる」とぶつぶつ、そして
「困ったなぁ、これをワシが運ぶわけにもいかんし」とお椀によそう。

お常が「悠、悠ぁ」とやって来て
源さんに「ボンちゃんが今、帰ってきたんで」と言われると
「え~? あの子は、なんでこう毎日忙しい時間に帰ってくんのやろ。あほかいな」

雄一郎は、1人でご飯を食べている。お膳を運んでいた悠は
「すみません、すぐ済みますし」と声をかけて通って行った。

「んもう、だんさんはどこへ行ってはんのや。
 雄一郎と一緒にごはん食べてくれはったらええのに」とこちらもぶつぶつ言うお常

雄一郎は、食べ終わり、新聞を読んでいたかと思うと、食器はそのままで部屋へ行った。
そしてレコードが鳴り出した。

「行ってやって」とお常
「悠ぁ。雄一郎は毎日一体どこへ行ってますねやな。墨屋は夏場はお休みの筈ですやろ」
「えー?」


雄一郎は、寝転がっていた。


「すんません」と悠
「ん?」と起き上がる雄一郎
「私、雄一郎さんがベートーベン聞かはるようなことだけはせんとこうと思っとったんです」
「どうして」
「雄一郎さんがベートーベン聞かはんのは、いっつもやりきれん時でした」
「考え過ぎだよ。久しぶりに聞いてみたくなっただけや」
「な、雄一郎さん。うちに隠し事だけはせんといて下さい。毎日、どこへ行ってはるんですか。
 墨屋さん、今はお休みやって」
「‥」
「ホンマのこと、言うて下さい」
「悠。お前は俺を信じてるだろ?」
「けど、うちはものわかりのええ奥さんにはなりません。
 雄一郎さんが好きなことしてくれはるのはええんです。
 ただ、妻として夫が何が好きなのかわからへん言うのが、情けないんです」
「たとえ妻でも、心の中までさらけ出すのができないこともある。
 男は勝手なもんや。
 親父みたいにほっとかれるのも、がんじがらめにされるのもやりきれないんだよ。
 俺がこの仕事に向いていないとか、お前が忙し過ぎるとか、そんなことはどうでもいい。
 今、俺の心の底に何があるのか、もう少し時間が欲しい」

雄一郎はそう言って、レコードの針を止めた。

「ちょっと散歩に行ってくる」

「私も一緒に行く」 悠はその言葉が素直に出てきませんでした。
結婚生活の難しさを知った最初でした。






客室の掃除をしながらため息をつく悠

「新婚のお嫁さんがため息つくのは、何が原因ですやろな」とお常が入って来た。
「すいません」
「悠、仕事中悪いんやけどな。私のお使い頼まれてくれますか」
「はい」
「私のかわりにな、お祝いを持って行ってほしいんや」
「はい」
「桂さん、立派な男の子ができはったそうや」
「いや~、ホンマですか!」
「あ~あ、あははは! 
 今日はな、おなじみさんだけやし、あっこも早く帰ってくるて約束してくれたし
 一晩ゆっくりして来なはれ」
「いえ‥薮入りでもないのにそんなことしたら、父に叱られます」
「悠ぁ、雄一郎な、あの子は難しい子ぉや。
 いっぺん黙ってしまったら手がつけられしません。
 あたしはお手上げやけど、雄一郎のことは悠に任せてます」
「はい」
「けどな、雄一郎のことなんて一日忘れて、お母さんに元気な顔、見して来てあげなはれ」
「よろしいんですか ホンマに。」
「あたしの方からちゃんと電話入れときます。
 ここんとこ働きづめやったし、ちょっと休ませてやってくださいってな」
「はい。ありがとうございます」


「ただい!」と言いかけて「今日は~!」と大きな声をかける悠

忠七を見て「ひゃ~~~」と声を出す悠 
「悠お嬢さん!」
「忠七ど~ん、元気か」
「へぇ! 悠お嬢さん、いや、お嬢さんと違いましたな」
「忠七どんに奥さんなんて言われたら、なんやおかしな気がする」
「そうどすな」
「やっぱり、私にとっては、いつまでたってもお嬢さんどす」
「お父ちゃんは?」
「3代ぶりにボンボンができて、もうご機嫌さんどす」


市左衛門は、もう赤ちゃんにめろめろだった。
「あややや、うあああ」とあやす市左衛門に
「お父ちゃん、そんなに毎日見てはってかて、大きならへんえ」と桂


「桂姉ちゃん」と悠が声をかける
「悠~」
「お姉ちゃん、おめでとうさん」
「おお、悠か」と市左衛門は、見もせずに、赤ちゃんにつきっきり。

「見たってんか~。男の子や~で~」と布団をめくって、おしめもはずす市左衛門
「ちゃんとついてまっせー。立派なもんどっしゃろー」


(つづく)




『都の風』(87)

2008-01-16 07:50:36 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、「大和園」から実家に戻る

桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん。戦後数年後に戻り、板さん復活
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女

      アクタープロ

お常    高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

以前は何事につけ優しく接してくれたお常が、雄一郎と結婚してからは急に厳しくなった理由が
悠には理解できませんでした


先に寝ていた雄一郎の枕もとで、繕い物をする悠

「もう寝ろ。明日も朝早いんだろ」優しく言う雄一郎
「なぁ、雄一郎さん。お義母さん、なんでもないことであんなに怒らはったの、うち初めて見ました」

起き上がる雄一郎

「以前は君に優しすぎただけだ。
 お袋だって女だ、理屈ではわかっていても時々感情を抑えられないんだろう。
 ま、どんな立派な人間同士でも、嫁と姑になれば、いろいろうまくいかないことがあるもんだ」
「ふーん‥」
「けど雄一郎さん、なんでそんなことわからはるんですか」
「新聞社にいた頃、家庭欄に記事を書いていた女学校の先生が言っていたよ」

「なぁ、雄一郎さん、もう新聞社に戻りはる気ぃはないんですか?」
「ないね」
「何でですか」
「公の立場にたってものを書くなんてことは、もう俺にはできないよ」
「戦争の‥生き残りやからですか?」
「それもある。しかし命令されて書いていたとはいえ、自分もそれを信じてきた‥
 自分でものを考えようとしなかったことが恥ずかしい。
 広島で、友だちを探して歩き回った、あの街のことが今でも時々夢に出てくる。
 どんな理由があれ、あの爆弾を落とした奴が許せないのに、占領軍の言う通りにしか記事を書けない。
 敗戦国とはいえ、少なくとも俺にはできない。
 本当を言えば、結婚なんかする資格もないんだが、
 君を愛することで人としての気持ちを取り戻せるかもしれない、
 そんな気持ちもあった」
「‥」
「君とこうして何でも話し合える。
 こういう積み重ねの中で、だんだんと生き残った意味もつかめるような気がしてるんだ」
「よかった。後悔してるなんて言われたら、どうしようかと思ってました」
「君は? 後悔してるのか?」
「うちは‥。
 結婚は好きな人とする、そう思い続けてきて、そうなったんですから、後悔なんて」
「悠‥」


そして電気が消えた。 (きゃ~~~ 



朝靄の中、新聞配達の少年が朝刊を届けに来た。受け取る掃除中の悠。
秋子も、もう起きてきていた。

「秋子ちゃん、おはようさん」と悠
秋子は、雑巾をあらったりしながら言い出した。
「お姉ちゃ~ん? うちがこの家に来たての頃、
 掃除教えてくれるお姉ちゃんに、水ぶっかけて逃げ出したこと、あったなぁ」
「うーん」
「うち、あの時、この人真剣にうちのこと考えてくれてはる思うたんや。
 うち、今、何したらええと思う?」
「えー?」
「何かしたいねんけど、何をしたらええかわからへん。じっとしてたらみんなから取り残される思うし。
 何かせんといられへんけど」
「うーん、せやなぁ。これからは洋服の時代がくると思うし、洋裁でも習ったらどうえ?」
「そんな学校あるの?」
「たくさんできてるえ」
「そやなぁ。 そうするわ!」
「えー、そんな簡単に決めてええのか?」
「もう自分で考えてもわからんし、お姉ちゃんの言う通りにしよ、思うてたんや。
 洋裁学校ねぇ、うん!」
雑巾をそのままにして、秋子は奥へ行ってしまった。


電話が鳴り、朝刊を手に悠が出る。
それは、来週の土曜日に20人の予約をしたい ‥という電話だった。
私どもでは‥と断りかけた悠だったが、なんとかお引き受けできると思います と受ける
「1泊2食付きで200円、お米持参でお泊りいただいております。
 幹事さまは‥、ツカモトさま。ご連絡先は‥、はい駅までお迎えに参りますので。
 ありがとうございます」

「おなじみさんか? どなたさんや」とお常

「すんません」
「どないしましたんや?」
「20人さんの団体さん、お引き受けしてしもたんです。
 お義母さん、お願いします。雄一郎さんのためにも、たくさんのお客さんお引き受けして下さい。
 雄一郎さん、だんだんここの仕事手伝うってもええいう気になってくれはりました。」
「‥‥雄一郎に、こんな仕事ができますやろか?」
「この仕事があわへんのは、雄一郎さんもようわかってはります。
 けど、ぶらぶらしてるより何かしてほしいんです」
「駅まで行って、お客さんの送り迎えが雄一郎にできるって思はんのですか」
「そんなことは私がします。ただ帳場に座ってくれてるだけでいいんです」

「俺だって、客の送り迎えぐらいするよ」と顔を洗ってきた雄一郎が話に入る。

「雄一郎‥」
「帳場に座っていいなら、電話番もやる。俺は昔、新聞社で電話番もやったし、得意だよ」
「わかりました。やれるもんならやってみなはれ」
「そんな意地になんなよ、母さん」
「あんたらがちゃーんとやってくれはんのやったら、もうあたしも何にも言いません」
「すんません、お義母さん」

秋子がバタバタと走ってきて、宣言!
「おばさん、あたし洋裁学校行きます、お姉ちゃんがそうしろ言わはったから。
 じゃ、ちょっと探してきまーす」

「はっ。あっこまで上手に手なずけはったみたいやな」
「手なずけるなんて‥」
「よろし。あたし、西川先生の言わはる通り、もう引退した方がよろしいなぁ。はぁ」
お常はそういうと出て行ってしまった

「うちはまた出すぎた真似をしたんやろか」
「気にするな」
「お母ちゃんにあれだけ『意地をはったらいかん』て言われてたのに‥。はぁーっ‥‥」



竹田屋では、市左衛門がぷりぷり

「義二のヤツ、本気でワシに逆らうつもりか!
 竹田屋の看板利用して、安物の人絹で商売しようなんて、もう! 許さん!
 もうちょっとの辛抱やないか、来年は統制だって解除になる。
 それを見越してワシが仕入れ先や職方回りを始めたんやないかいな。
 それなのに、もう。 桂、呼びなれ、桂」
「桂やのうて、義二さんに直接お言いやしたらよろしいのに‥」
「義二出て行ってしまうがな。そしたら桂がかわいそうや」

寝ている都を抱っこして桂が来る
おばあちゃん(静)に預けようとしたが、市左衛門が「こっちゃ、こっちゃ」と抱っこしてしまう。
「よぉ寝てかわいい子ぉやなぁ。 あのお父ちゃんの娘とは思わんなぁ」

「お父ちゃん、うちも小さいころ、ようそう言われましたえ。
 おとうなして、かわいらしいお嬢さんや、とても竹田屋の旦那さんの娘とは思えへん いうて」
「そうか、そうか、そうしてワシをバカにして」
「バカにしてるどころか、義二さんなんかお父ちゃんの信用はたいしたもんや言うて
 毎日感心してますえ」
「義二に言うときない。え、竹田屋の信用潰すようなことしたら、出てってもらいます ってな」
「へ。よう言うときます」

市左衛門は都を抱っこしてどこか別の部屋に行ってしまった

「桂、あんたはたいした人どすなぁ」
「おおきに。お母ちゃんもやっと何があっても平気にならはりましたなぁ」
「あんたの足元にも及びまへんけどな」
「うちは男の子を産みますねや。そしたら誰が何をしはっても怖いことあらしません」
「けどなぁ、悠の時も、お腹の中で元気に暴れまわって、てっきり男の子やと信じてましたんや。
 女の子とわかった時のお父さんのがっかりしはった顔、今でも忘れしません」
「悠はお腹の中にいる間に、お父ちゃんの思いが乗り移ったんかもしれんなぁ」
「今でも夜中になると、悠はちゃーんとやってますかいなって必ず言わはります」
「ふーん」


スーツを着た雄一郎が「悠、まだか~」と呼ぶ
悠は「歓迎 吉野屋」の旗を持って来る

「ホンマに行ってくれはるのですか」
「ああ」
「こんな旗持って‥」
「平気だよ。じゃあな」
「ほな、お願いします。急いでおくれやっしゃ」


板場では、源さんが、お刺身20人分、秋子が玉子焼き20人分、準備していた
「あっこちゃん、堪忍。洋裁学校休ましてしもて」
「これぐらいせんと、授業料出してもらえへん」
「おおきに」
「でも、おばさん一体どないになってんの? 部屋から一歩も出て来はらへんなぁ」
「風邪ひかはって、お客さんの前には出られへんし。」
「そんなうちらにも嘘つかんでええて」


お常は寝込んでなどおらず、喜一の肩をもんでいた。

「もうよろし。そんな揉んだら、よう肩凝ってきますわ」
「ええっい。 あたしもいつかこんなことがして見たかったんです」
「もうよろし。もうよろし」
「よろしって。ええいっ」鬼のような形相で肩を揉むお常
「もう~~!」と喜一は逃げた。

「それより台所は気にならんのかいな」
「そら気になりますがな。けどな今あたしが出て行ったら悠が気ぃ使いますやろ」
「ほんなら、あんた。わざと‥」
「ええ。悠と雄一郎にどれだけのことができるか、試してみるええ機会ですよってにな」
「悠さんとのケンカも?」
「ええ。半分はホンマです。でもあとの半分はあたしがひねくれましたんや ^^
 こうでもせんと雄一郎、あんたの二の舞ですさかいな」
「えらい見本がいてますさかいになぁ。
 しかし言うときまっせ、急にそんな親切にされても、ありがたいこともなんともありまへんで」


「おかえりやす」と悠の声がする

「ご苦労さんでした」と正座して頭を下げるが、雄一郎は旗を持ってしょんぼり立っていた

「あれ、お客さんは?」
「‥」

外を見に行く悠、しかし誰もいない

「どうしはったんですか?」
「お前がちゃんともう一度確認の電話 しとかんからや」
「え?」
「うちより新しくて安い旅館に予約したそうや」
「そんなぁ‥」


上がり框に2人とも座り込んでしまった。

悠は旅館業の難しさを初めて知りました

『都の風』(86)

2008-01-15 08:02:39 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ

雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、「大和園」から実家に戻る

西川  岩田直二 :「吉野屋」の常連客。美術史の先生 前回は11月15日(40話)
源さん 北見唯一 :「吉野屋」の板さん、何年かぶりに帰る 前回は11月15日(40話)

秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女

     松竹芸能
     キャストプラン

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父  
お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
  

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠が雄一郎と結婚して、吉野屋の女将になると決まった時、
養女の秋子は家を出ると宣言したのです。


悠は普通に洋服を着て(つまり張り切ったお着物ではなく)ネギを切っていた
「あーあ腹減った、飯はまだか」と雄一郎
「すぐにできます」
「さてと。俺は何をしたらええねん」
「何もせんと座っててください」
「旅館の親父なんてやっぱり身の置き所がないな」
「それやったら、このお鍋、かきまぜといてください。
 なんにもしてくれはらへんでもええんですけど、ねきにいて欲しいんです」

(おお、また出た 〝ねき〟 そば・近くってことよね)

「はっ」と、額を小突く雄一郎~~
( げ大阪でもやってたっけなー、ちとこっぱずかしい )


「お袋やあっこはどうしたんや」
「あっこちゃんの部屋で話しおうてはるんです、おじさんも一緒に三人で」
「大事なことか?」
「あっこちゃん、養女の縁を切ってくれって言い出さはったんです」
「はぁーん。きっとそう言い出すと思ってた」
「そいでもあっこちゃん、うちがこの家に来んの、ホンマに待ってたって言うてくれてはったのに」
「多分嘘じゃないだろう。半分は寂しいし、半分は自由になりたいし」

お味噌汁の味見をする雄一郎

「複雑だろうな、あいつの気持ちとしては」
「うちは一体、どうしたらええねやろ」
「俺は君と一緒に居たかっただけや。
 秋子がここを継ぎたいって言うなら俺たちが外へ出てもいい。 そうだろ?」
「はい 
「えらく素直だな」
「はい 
「俺はなた、お袋のためにそんなこと言い出すのは、ダメだっていうのかと思った」
「いえ、私は雄一郎さんが第一です」
「その言葉、忘れんなよ」
「はい  あ、お鍋ふいてる」

「あーあやーれ、ホンマにまぁ」とお常が来る 「あの子は何を考えてるのやらわかりません」
そして、雄一郎がお玉を持っているのを見ると、顔色をかえた。
「雄一郎、あんた、なんぼ旅館の主人になるいうたかて、こんなことまでせんかてよろしいのに!」
「すんません、私が頼んだんです」
「ま、あたしがとやかくと言う事とは違うようですな。仲のええのはけっこうなことやけど。
 悠、食事、済ましてしまいまひょ。今日はお客さん2人お見えやからね」
「はい」


「あーあ、あんまり雄一郎さんを一人占めしてもいかんのですね」
「ま、お袋としては複雑な心境なんだ。気にするな」
「はい」

会話のない食事‥に、悠は気をつかって話だす

「旅館は、ガイショケイの割り当てがありますやろ? 毎日こんな白いご飯がいただけるやなんて」
「ここへ来はるお客さんはな、お米持参で泊まりに来てくれはるんやで」と喜一
「農業組合のお客さんなんか、そらもう1週間分、持って来てくれはんやがな」
「へぇ。そしたら魚屋さんや八百屋さんが泊まってくれはったら、
 吉野屋は食料心配せんでもええんですね」
「そうやがな。これで酒屋さんが泊まってくれはったらな、あはは!」
「あんたさん、あほなことばっかり言うてんと、秋子のことはっきり返事してやってください」
「うーん。まぁな、秋子が家を出たい言う気持ちはわからんこたないけどな、何やってまだ18やしなぁ。
 雄一郎、どうしたらええやろなぁ」
「雄一郎には関係のないことですー。
 秋子のことはあんたさんとあたしでちゃんとしてやらんと、いけませんのや」
「そやけどなぁ」

「秋子どうだ、お前がこの旅館を継ぎたいのなら、俺と悠は家を出てもいいんだぞ」と雄一郎
「(えっ) 雄一郎、そんなこと!」
「私もそれでええんです。あっこちゃんが一人前にならはるまでいて欲しいて言わはるんやったら
 お手伝いさしていただきます」
「雄一郎、あんた家を出てちゃんとした仕事をするっていうんですか?」
「いや。また大和園で働く。夫婦で住み込んでもいいし。な」
「私も雄一郎さんと一緒に働きます」
「そんなこと、あたしが許しません。
 夫婦で住み込みで働くやなんて、京都のおとうさんになんて言い訳ができますねんや」
「いいえ。父は私が幸せにしてたら何をしても許してくれると思います」
「いいえ。秋子にはこの仕事はまだまだ無理です」
「母さん! 黙ってて。 なぁ、秋子。お前の好きにしていいんだぞ?
 家を出て何をするあてもないから母さんたちが心配するんで、
 1人で生きていくんなら、何か手に職をつけないと、とても生きていけないぞ。
 ここを継ぎたいんなら、今からマジメに女将になる勉強をしろ。
 それなら母さんだって許してくれるし、父さんだって喜んでくれる」
「そうえ? お母さんはあっこちゃんのこと心配して、ホンマにかわいい思って養女にしはったんえ。
 それに、私がここに来たから言うて、縁をきるやなんて」

(ひえ~~~っ、お常の悠を見る顔がこわいぃぃ~! )

「お母さんはそんなええ加減な気持ちと違います。
 自分のやりたいことをやるためには、時間がかかんのんえ。 
 まわりの人も気使うて1人で生活していくメドも立てんとあかん。
 いろいろ考えならんこと、いっぱいあんのと違う」
「‥‥」「‥‥」「‥‥」


「ごめんください」と玄関から声がした。

悠が出てみると、それは、かつて吉野屋で働いていた源さんだった
「ひやー。源さーん 
「悠さん」
「ようまぁ、ご無事で」
その声で、お常も雄一郎も出てきた

「源さん! ま~~あ、あんたよう帰ってきましたなぁ」
「女将さん、ボン(坊)ちゃん、便りもせんとすいませんでした。
 ようやっとのことで息子が帰ってきてくれました」
「そやったんか、そら良かったー」
「戦死の公報も来たんで、諦めてたんですけど」
「どの方面から帰ってきはったんですか?」と悠は訊いた
「南方です」

悠と雄一郎の顔色がかわった(BGMもかわった)

「南方‥」
「フィリッピンです。
 部隊は全滅したんだそうですけど、マラリアにかかった息子を現地の人が助けてくれてたそうです」
「まぁ、源さん、そんなあとこにおらんと、上がって」とお常



悠は、働きながらも考え込んでいた
それは雄一郎も同じようだったが、薪を「俺がかわりに焚いてやるよ」と話かけてきた

もし、源さんの息子が智太郎であったら‥。 それは2人にとって一番恐ろしいことでした。
そんなおとはありえない。2人は無言のうちに同じ思いを確かめ合っていました




ある日、美術史の西川先生が泊まりに来た

「先生、おこしやす」と挨拶に出る悠
「お姉ちゃーん。売れ残ってまだここにおったのか。もったいない。
 俺の弟子にいい男がいっぱいいるから、またつれてくるよ」
「はい。お客さんはいっぱいお連れして下さい。女将として心からお世話させていただきます」
「ほう。おばちゃん、あんたに女将の座を渡したの! 
 あのおばちゃん、やっと引退したか。 はっはっは」

「残念でしたな、先生。あたしは死ぬまで引退なんかせえしません。
 この子はな、うちの大事な大事な嫁になりましたんや」
「そう! さすがおばちゃん、人を見る目が確かだ」
「ハイ! これだけは誰にも負けません。ようおいでくださいました」
「挨拶が遅いんだよー」
「さぁさぁ、どうぞあがっておくれやす」

悠が西川先生のためのお茶を用意していると、
源さんが、板さんの格好になり包丁を持って板場(台所)に現れた

「そんな帰って早々、働いてくれはらへんでも‥よろしんですよ」
「いやいや」
「息子さん、どうしはったんですか?」
「結婚しました。 征く前から、約束してはったんですわ。
 今さら息子夫婦の世話にはなりとうないし、息子が帰ってきましたらやる気が出てきましてな。
 死ぬまでここで働かしてもらいます(ぺこり)」

「お願いします」と言った悠だが、複雑な表情を一瞬浮かべていたのだった


雄一郎は算盤をはじいていた。
お茶を持ったままの悠が「帳簿つけ、やってくれはるんですか?」と話し掛ける。

「預かるほどの収入もないだろう。
 かと言って君が働いているのに一日中本を読んでいるのも気がひける。
 親父が家にじっとしてない気持ちもわかるよ」
「いやです、どこにもいかんといて下さい」
「どうしたの、そんなマジメな顔して」
「雄一郎さんがどっか行かはるんやったら、うちもどっか連れてって下さい」
「そんな子どもみたいなこと言うてたら、お袋に叱られるぞ」
「いえ、おばさんは」
「おばさんじゃない、お母さんだろ」と指摘され、自分の頬を打つ悠

「なかなか今までのくせが直らへんのです」
「それで? おふくろがどうした?」
「ものわかりのええ奥さんになったらいかん、盛大ヤキモチ焼きなさいって」
「俺は親父みたいに浮気なんかしないよ」
「あたり前です! 浮気なんて絶対にさせません」
「頼むから、そんな怖い顔するな」
「けどうちは仕事より何より、雄一郎さんが大事なんです」
「わかった! わかったから、そう迫ってくるな」
「な、一緒に仕事してください。
 源さんも板場やってくれはるし、みんなでやったらどんどんお客さんに泊まってもらえます。
 宣伝したり、御客さんお迎えしたり。
 営業面やってくれはったらええんです」

「悠、悠。 あんたお客さんのお茶、何してますのや?」
「はい、ただいま」
「ちょっと」と、中を確認して、「こんなぬるいお茶を出したらあきまへん!」とお目玉。
「すんまへん」

「悠。 確かにお客さんより雄一郎を大事にしてほしいち言いました。
 けど、それは心がまえのことで、目の前のお客さんをほったらかしにして
 雄一郎と仲良くしないさいいうこととは違いますねやで」
「母さん、ヤキモチなら父さんにやけよ。俺たちは今、吉野屋の経営方針について話してたんだよ」

「そんなもん、あんた、今まで通りでよろしいがな。
 昔からのおなじみさんがちゃんと来てくれてはります」
「3日に1人か2人じゃ、物価はどんどん上がるし、食っていけないよ。
 板さんの給料だって払えないし」
「そんなんうちかてわかってます、
 けど団体さんをとることは、おなじみさんのためには出来ませんのや」
「母さん。 じゃ、こんな商売やめてしまうか!」
「雄一郎。あんた、なんちゅうこと言いますねんや」

雄一郎はぷいっと帳簿に向かった。

「悠、あんた早う、お茶かえなはれ!」
「は・・はい」



悠はどうしたものか‥と2人を見た


(つづく)


★『都の風』第15週(85) ★悠と雄一郎の婚礼

2008-01-14 08:34:10 | ★’07(本’86) 37『都の風』
★『都の風』第15週(85) ★悠と雄一郎の婚礼


脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

題字:坂野雄一
考証:伊勢戸佐一郎
衣裳考証:安田守男

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、吉野屋に嫁ぐ
雄一郎 村上弘明 :悠の夫に。「吉野屋」の息子、「大和園」から実家に戻る

葵   松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、家出しジャズクラブで歌の勉強中?)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父
義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那 
秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女

      松竹芸能

お常     高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静      久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻



制作 八木雅次

美術 石村嘉孝
効果 村中向陽
技術 宮武良和
照明 綿本定雄
撮影 八木 悟
音声 田中正広

演出 門脇正美      NHK大阪


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

昭和23年春、悠と雄一郎は2人の結びの神ともいえる春日大社で
愛を誓ったのです


披露宴は吉野屋で行なわれていた

雄一郎側は、仲人(誰だろう?)男性(誰?)、女性(誰?)、秋子、喜一、お常
悠側は、仲人(誰だろう?)義二、葵、桂、市左衛門、静

市左衛門が気持ちよーく♪祝いのなんかを謡っているが、秋子はあからさまに飽きた風。
葵が咳払いをし、静がなんとかやめさせた。

「失礼しました、近ごろはめったに聞いてくれる人もおへんのでな、
 ついつい調子にのってしまいましてな、」
「いいえ、何よりのお祝いをありがとうございました。
 さ、何にもございませんがどうぞお召し上がりくださいませ」
「吉野さん、よーくあの子をもらっておくれやした」
「いいえ、私の方こそ、よくいらしてくださいました。お礼を言わしていただくのは
 私の方です」
「私の言うこと聞いてくれまへんでな、1人で東京へ行くなんちゅうこと言い出しまして
 ほとほと困りはてとりましたところでした」
「いいえ、私の方こそな、雄一郎のこと諦めてましたのに、
 家へ帰って、悠さんと一緒に旅館の仕事やっててくれるやなんて、
 こんなありがたいことあっていいのかと思っております」
「雄一郎さん」
「はい」
「悠は、私によう似て頑固もんどしてなぁ、いっぺん言い出したら聞きまへんのや。
 せやから腹が立つことがおしたら、かましません、
 ひとつやふたつ、どついておくれやしてよろしいのやで」
「はい」
「何してくれてもよろしおすのやけど、雄一郎さん、悠を幸せにしとっておくれやす。
 私の身勝手で悠には遠回りをさせてしまいました、ひとつまぁよろしゅうお頼み申します」
「はい」

聞きながら泣くのを堪える悠

「悠」
「ハイ」
「やっと好きなお人と一緒になれましたんや、今までみたいに意地はったらあきまへんのやで。
 雄一郎さんの言うことは何でもようお聞きして、かわいがってもらわなあきまへんのやで」
「はい」
「それからな」

「あんた、あんまりおまたせしても‥」と静が止めに入り、
「ああ、すんまへんどした。でも言うとかならんことが山ほどおして‥」

「いやぁ、そのお気持ちは、ようわかります」と喜一さん
「大事なお嬢さんいただくんですさかい、みんなして仲良くさしてもらいます」
「よろしくお願いします」 竹田家の一同は頭を下げた。

「悠もちゃんとご挨拶を」と静
「不束者ですが、末長う、よろしいお願いいたします」
「こちらこそ、よろしゅうに」と返すお常だったが
「堅苦しい挨拶は抜きにして、さぁ、召し上がってください」と喜一さん

「こんなことでもないとお酒なんて飲ましてもらえんし」
と、市左衛門に注ぎに行く喜一だった。


宴会の途中なのか、白無垢のままの悠と、2人の部屋に入る静
「お嫁入りの支度が箪笥一つやなんて肩身の狭い思いさして、堪忍してや」
「何を言うてはんの。身一つで来てくれて言うてはったのに、こんな支度までしてくれて」
「あんたのお嫁入りにとっといたお金も祇園祭やら暮らしの足しにやらで、
 半分はのうなってしもうて‥。
 インフレとやらでお金の値打ちものうなって、これが精一杯どした」
「お母ちゃん
「悠、これからはどんな時でも、
 だんなさんにかわいいと思われるような女にならんとあきまへんえ。
 意地を通したら、嫌われます」
「はい
「なんぼ勝手知ったお家でも、なんぼ立派なお母さんでも使用人として入んのと、
 嫁として入んのとは違います。
 そこんとこちゃんと心得ておくようにな」
「はい

そこに、酔って少々ご機嫌の市左衛門も入ってくる。

「なんや、わしにあんな言っといてからに、こんなとこでこそこそお説教どすかいな」
「すんまへん。せやけど急なことどしたし、花嫁修業もろくにさせてませんさかい
 気になりましてなぁ」
「悠、あんたさんよりよっぽど、人間の修行はしてきてますがな。なぁ、悠」

涙目の悠は、指をついて
「お父ちゃん、お母ちゃん、ありがとうございました。
 教えを守って、必ず、幸せになります。
 お父ちゃんも、お母ちゃんも、いつまでもいつまでも元気でいて下さい」と挨拶をした。




雄一郎と悠は、弥一郎のお墓参りに来ていた。
「いったいいつまでそうしてるんや」と言われるほど長く手をあわせる悠。
「おじいちゃんにお礼を言わなあかんことが、いっぱいあるんです」

ごーん

「君の花嫁姿、見せてやりたかったな」
「(うん)」
「一つだけ、約束してほしいことがある」
「はい」
「‥、いや、やっぱりやめておこう」
「智太郎さんのことやったら、おじいちゃんのお墓に誓います。もう忘れました。
 二度と智太郎さんのことは口にしません」
「いや。それじゃ困るんだ。一度愛した人のことを忘れるようじゃ‥困るんだ。
 君が忘れてしまったら、智太郎くんはどうなる。
 この戦争でムダに命をなくした人は、せめて誰かが覚えていなきゃやりきれない。
 戦争で生き残った人間は、死んだ人間に対して、一生罪の意識が残る。
 戦死した男が愛した人を生き残った僕が愛するのは罪を重ねることだと思ってるんだ。
 しかし君が智太郎君を忘れて東京へ行くと言った時、僕はほおっておけなかった。
 戦争で愛する人をなくしたことを忘れてはいけないんだ。
 その悲しみを、痛みを、一生抱えて生きていかなきゃいけないんだ。
 そう簡単に忘れてはいけないことなんだよ‥」

悠は黙ってじっと聞き頷いた

「君に智太郎くんをなくした痛みを忘れさせないでいられるのは、僕だけだ。
 そう思ったら、君をどこへも行かせたくなかった。
 僕の側にいなきゃいけないと思った。
 しかし、今の僕には、智太郎君が君を愛した以上に愛せるかどうか、わからない」
「‥‥」
「長い一生だ。いつか僕も智太郎君以上に、君を愛したといえる時が来ると思う」

またお墓の前で抱き合う2人であった‥

「2人で智太郎くんのことをしっかり忘れないでいよう」
「(うん)




悠は式の翌日の朝早くから、玄関周りに水を撒いていた

「なんにも、式の翌日から働かんでもよろしいがな」とお常
「今日からはもう、前にお手伝いさしてもろてんのと違いますし」
「おおきに。けどな、そんな格好で掃除したり食事の支度はできまへんやろ?」
「はぁ。
 いや、そいでも母に女将として恥ずかしくない身なりをきちんとせんといかん、言われましたし」

「悠、ちょっとこっち来てくれますか」とお常


奥の部屋

「旅館の女将はただいい着物を着てたらええっちゅうもんでもあらしません」
「‥」
「うちなんか一流の旅館と違いますけど、そいでも働き着とお客さんの前にでる時の区別だけは
 した方がよろしいな」
「はい」
「お客さんの前ではゆったりと。
 お客さんのいはらへんところでは独楽鼠のように働くのが女将っちゅうもんどす」
「はい」
「えー、それと、あたしの二の舞はせんこと」
「え?」
「あたしは女将としてはまぁまぁやと思ってますけど、女房としては失格です。
 あたしはなぁ、うちの人に甘えることができませんなんだ。
 それがこの年になって悔やまれることの一つです。
 まぁ、亭主っちゅうもんはなぁ、
 口ではものわかりのいい女房をありがたがってるように言うもんやけど、
 本心は違いますねや。
 ヤキモチをやいたり怒ったりしてほしいものや。
 仕事がいきがいなんて女としてはさびしいこっちゃ。
 これから先な、もし雄一郎の女房でいるか女将でいるか迷うことがあったら、
 どんな時でも雄一郎の女房でいてやってください。
 このことだけは約束してくださいな」
「はい」


そこにきちんと座って「おはようございます」と挨拶する秋子

「何です? えらい早いんやな」
「おばさん、私、大阪へ行かしてください。一人で働きたいんです」
「え?」
「悠さんが来てくれはったら、うち、この家に用はないし、
 できたら養女の縁も切ってくれはった方が、ありがたいんやけど」
「あっこちゃーん。な、お願い。そんなこと言わんといて」

が、つんつんする秋子 (かわってないのね~~、こういうところ)

「私は、雄一郎さんと結婚しただけで、女将さんになるためにここへ来たんのと違いますねや」
「同じことや!  どうせうちは~、
 雄一郎兄ちゃんがこの家を継がへん言わはった時の補欠で養女にしてくれはったんやし」
「あっこ! あんたなんちゅこと言いますねや!」 お常も大きな声を出す。

「ふん!」と秋子、そして座卓をばんと叩いて行ってしまった。


みんなに祝福されて雄一郎と結婚できたと思っていた悠は、
十八歳になった秋子の心が傷ついていたのを初めて知ったのです



(つづく)

大阪の「おたふく」のみなさんには知らせたのかしら?
大阪空襲で ‥‥‥ だったのか~?

それと、あんなになついていた京子ちゃんは?
まぁ、いいけど ^^;   

『都の風』(84) 悠・雄一郎 やっと結婚だす

2008-01-12 08:32:15 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵   松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、家出しジャズクラブで歌の勉強中?)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

雄一郎  村上弘明 :「吉野屋」の息子。戦後、家を出て墨屋の「大和園」で働く

忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)復員後もそのまま番頭さん 
お康  未知やすえ:「竹田屋」の奉公人(悠付きの女中さん)

お常   高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

市左衛門  西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

東京へ行く決心をした悠は雄一郎と智太郎との思い出の地、奈良に別れを告げるつもりでした。
それは悠にとって青春への決別でもあったのです 
(ナレーション)


悠は墨屋に向かった。

「それでもう出来上がりなんですか?」
「いや、昨日練って乾かしたものをもう一度形を整えるんだよ。
 それから、ひび割れないように乾かしていく」

悠はスケッチブックを開いて見せた。
「この前雄一郎さんからいただいた墨で書いたんです」

手にとってみる雄一郎
‥‥春日大社の回想
雄一郎が返そうとすると悠はずっと持っていてほしいと言う。

「雄一郎さんにはいろんなこと教えてもらいました。
 お礼のしるしがこんなもんで恥ずかしいんです。
 けど私にはこれしかないんです。
 私、東京に行きます。美術学校に行きます。
 父は許してくれてませんけど、もう諦めてるみたいです。
 時間がかかるんですね、自分がやりたいことをみんなに納得してもらうには‥‥
 智太郎さんにもやっとさいならって言えるようになりました。
 早よう前のような雄一郎さんに戻って下さい。私は何のお役にも立ちませんでした。
 それだけが心残りです。
 行く前にどうしてももう一度雄一郎さんにお会いしときたかったんです

 さいなら 」

悠はそう言うと走って帰って行った



奈良の街が見える丘の上、悠はお常と弥一郎のお墓参りに来ていた。

「お父さん、悠さんやっと、自分の道を行く決心をしはりました。
 安心して眠って下さいよ」
「おじいちゃん、ごめんなさい」
「謝ることなんかありません。おじいちゃんも喜んではります。
 雄一郎はもう私の息子と違います。
 墨を作る仕事が気に入ったのか、大和園さんから養子に来てくれと言われてもいやとも言わんと‥‥
 何を考えているのか私にはもうわかりまへん」
「そやったんですか」
「雄一郎のことはもう心配せんといて下さいな」


そこに雄一郎がやって来た。

「雄一郎! 雄一郎‥ あんた、家には帰らんでもここには来ててくれたんですか」
「いや、納骨の日から二度目や」

「(がっかりして)もう勝手にしなはれ。
 でもちょうど良かった、悠さんな、東京に行かはるんやて」
「知ってる」
「え?」 と悠を振り返って見ると「(うん)」と悠
「ほな、お客さんが見える頃やし、私は帰りますわな。
 悠さん、あんた体に気を付けてな。無理せんと‥。
 勉強っていうのは心に余裕がないと身につきませんのやで」
「お手紙書きます。おばさんもお元気で‥」と言い、深く頭を下げる悠


「お袋も年をとった‥」帰っていくお常の後姿を見て言う雄一郎
「そう思はるのやったら安心させてあげてください」
「俺が何をしたって安心するような人じゃないさ」
「うそぉ。わざと心配させるようなことばっかりしはって」
「おとなしくしてるじゃないか」
「大和屋の養子になって、好きな墨つくりをすることおとなしくする事ですか。
 それが雄一郎さんの一生ですか」
「君は少しもかわってないな。言いにくいことをずけずけと言う」
「いいえ。雄一郎さんよりずっと大人になりました」
「うん。少しは絵が上手くなった」
「ホンマですか?」
「大阪にいた頃はへたくそなスケッチによくつきあわされた」
「そんなこと思わはってたんですか?
 上手い上手い言うてくれはったんは、嘘やったんですか」
「お世辞だよ」
「ひどいわぁ~」

「こうしていると、大阪にいた頃を思い出す」

「おたふく」のみなさんがどうしてるのか気になるんですけどぉ)

「来て良かった。私、雄一郎さんのその笑顔を見たかったんです。
 これで安心して東京へ行けます」
「東京へなんか行くな」
「え?」
「絵の勉強なら奈良でだってできる。
 奈良の仏像を描きにわざわざ東京から来る人もいるぐらいだ。
 君はただ竹田屋から逃げ出したいだけだ。年は食っても、ちっともかわってないよ。
 家出という形をとらないだけ、大人になったということか」
「ヒドイ‥、そんな言い方。うちは一生懸命考えて、やっと東京へ行く決心をしたんです。
 雄一郎さんにもようやったって言うて送ってもらえると思ったのに。
 そんなひどい言い方、やめて下さい」
「喜んで見送れたら、どんなに気が楽か!
 それができないからここまで来たんじゃないか!
 ‥‥せっかく大人しくなった俺の心を、君はいつも掻き乱しにやって来る。
 君がいなくなればほっとしていいはずなんだ、それなのにほっておけない。
 行くんなら黙って行ってくれ!」
「‥‥」
「さっさと目の前から消えてくれ」
「けど‥お会いしたかったんです。この3ヶ月、ずっと雄一郎さんのこと思ってました。
 それが嬉しかったんです。
 お会いしないで行くことなんて、うちできひんかったんです

たまらず抱きしめる雄一郎! 

「バカだよ君は‥。東京なんて行かないと約束しろ」
「(うんうん)」

弥一郎のお墓の前でかたく抱き合う2人だった‥‥





悠は、るんるん気分(古っ!)で帰ってきた

「悠」と桂が入ってくる
「まるで女学生に戻らはったみたいえ。東京に行くのやめたんやろ。
 東京やのうて奈良に行くことになったんと違うのん」
「桂姉ちゃん。何でわかんの?」
「うちは今までみんなの顔色を見て生きてきたんえ」
「そいで? うち、どうすると思う?」
「そうやなー。東京へ行かんでも奈良でも絵の勉強はできるって言われたんやろ?」
「‥‥」
「それでまた吉野屋さんで働くことにしたんか?」
「うん 多分女将さんとしてな」
「えーっ。」
「うん」
「そうか」 嬉しそうに報告しに行こうとする桂
「お父ちゃん、お母ちゃんにはまだ言わんといてや」
「えー?」
「雄一郎さんが今働いてはるところの整理をしてから、正式に申し込みに来てくれはるまでは
 内緒にしておきたいんや」
「何でー? そんなめでたいこと」
「はようから言うたらお父ちゃんもお母ちゃんも、無理して準備しはるやろ?
 うち、何にもいらんねや。 
 雄一郎さんも身ひとつで来いって言うてくれてはるし」
「悠」と手をとる桂 「ホンマなんやな」
「今度こそホンマなんやな」
「(うん)」
悠を抱き寄せて「良かったなぁ」としみじみ言う桂




ネクタイを締めスーツを着た雄一郎が竹田屋に来た

「結納をすることもできません。
 だから悠さんも何の支度もせすに来てほしいのです」
「それでもなぁ」と静
「いえ。悠さんを僕は7年間見つづけていました。
 愛しつづけていたと言ってもいいと思います。
 僕を信じて、僕に悠さんを下さい。 お願いします」

涙ぐむ静と、何も言わないが涙を堪えている市左衛門




金屏風と毛氈に、白無垢姿の悠。うぐいすが鳴いている

「お母ちゃん」
「うん」

葵が来た
 「きれいやわぁ。やっと思いが叶ったんやなぁ。
  幸せにならへんかったら、うちが承知せへんえ」
「はい」

「お父ちゃん」と桂の声
「お父ちゃん、寂しいさかい、悠の花嫁姿見んのいやや言わはんのんえ」

悠は顔を上げ、市左衛門を見る。


忠七の「悠お嬢さん、お幸せに」の言葉にも涙を堪えて口をかみしめて
竹田屋の暖簾をくぐり、出て行く直前に振り向く悠

「さぁ、笑って行こう」市左衛門がやっと笑った。

昭和23年、悠、23歳の春のことです



(つづく)

『都の風』(83)

2008-01-11 23:59:07 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵   松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、家出しジャズクラブで歌の勉強中?)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)復員後もそのまま番頭さん  
お康  未知やすえ:「竹田屋」の奉公人(悠付きの女中さん)

大和園主人 田中弘史  墨屋「大和園」の主人、雄一郎を婿にと欲す
木原    原 一平 :墨屋「大和園」の職人
幸子    森 華恵  墨屋「大和園」の娘、雄一郎を婿に?

雄一郎  村上弘明 :「吉野屋」の息子。戦後、家を出て墨屋の「大和園」で働く

市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静      久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠は雄一郎への新しい愛に気づいていました。
しかしそれをそっと自分の胸に秘めていられるだけ、大人になっていました


悠は、葵のアパートを訪ねる。
葵はなんと、引越し準備の真っ最中だった。

「また振られてしもてん」
「えー」
「やっぱり老舗のぼんぼんはお家が大事やいうことや」
「岩谷さん、どうかしはったんか?」
「家業を継ぐとなったらさっさとお見合いするような人、コッチでお断りや」
「そいでも岩谷さん、本気でお姉ちゃんのこと好きなんやろ?」
「そやったら家なんか捨てて、うちと居てくれる筈や。
 岩谷さん、親の言う通り結婚しても、好きなんは自分だけやって、
 男の人って、なんでこう身勝手なんやろ」
「それはお姉ちゃんが身勝手やさかい、男の人もそうなってしまうのと違うか?」
「そんなことない。男運が悪いだけや」
「せやろか。自分勝手なことして相手にだけ誠実さを求めるのはおかしいと思うわ。
 自分が相手の人をみんな好きになったら、相手の人もみんな好きになってくれはるのと違うか?」
「あんた、えらいわかったこと言うようになったな、急に‥
 どうぞ、愛についての講義、聞かしてもらいましょ」
「もう、知らん!」
「そうやなー。確かにそういんかもしれへんなぁ。 
 こっちが半分しか好きにならへんのやもん、向こうが半分やて怒ることあらへんな」
「せやろ?」
「でもな、うち、自分いうもんを半分残しておきたいんや。
 そうしんと相手のいうなりになってしもて、自分のしたいことできひんようになってしもて」
「うーん。
 ま、そんなこと考えてる間は、だあれも本気でお姉ちゃんのこと、好きになってくれはらへんと思うえ」
「えらそうなこと言うて。
 悠かって、画ぇの勉強したい気ぃがあるさかいに、本気で雄一郎さんのこと好きになれんのと違うか?」
「画ぇの勉強と雄一郎さんのことと一緒にせんといて!」
「どうしたん、急に」
「堪忍‥。 お姉ちゃん、お父ちゃんに言うてくれはったんやてな。
 うちが東京に行って画の勉強したいいうこと」
「あ、怒られたんか、お父ちゃんに」
「ううん。ちゃんと東京で画の勉強ができる結婚相手、見つけてきはった」
「えーー?どんな人ぉ?」
「うん。美大で着物のデザインを勉強してはる西陣の織物はんの次男坊やて」
「はあっ(笑) お父ちゃんらしいな。もうあんたを1人では遠いところには行かせへんいうことやな」
「うん。結婚いうじゃたちをとらんと家を出さしてくれはらへんいうことや」
「いっぺん結婚して離縁されることやな。そしたらうちみたいに自由になれるえ」
「うちはお姉ちゃんと違う。みんな好きになれる人やないと結婚せえへんの」
「そんな相手が今、みつかるかどうかや。
 今のさばってる男の人は、みんな闇屋で儲けた成金さんだけや。
 それに岩谷さんみたいに、ちょっと世の中が落ち着いてくると、自分の所に帰ってしまはる‥
 そんなことにふりまわされてしまう女と、うちは違うのや!」 

葵はそういうと、荷造りしたカバンをぽん! と叩いて言った

「この荷物、岩谷さんのとこに送ったら、それでお終いや。
 もうこれからは男の人なんか頼らんと自分ひとりで生きて見せる」

ラジオから東京ブギウギ が流れる

「うち、もっと歌の勉強して、こんな楽しい歌、歌える歌手になってみせるえ」



竹田屋の台所でも、お康が大根を洗いながら、東京ブギウギ を歌っている。

忠七が台所に来る
「悠お嬢さんが東京に行きたい言う気持ち、わかるような気がするわ」とお康
渋い顔をしている忠七に、お康はお粥さんをよそってあげる。
「あーあ。
 もう智太郎さんのことも忘れはったみたいやし、奈良のお人とも結婚する気はないみたいやし。
 旦那さんは1人では東京へは行かさん言わはんのやったら、今度のお人とお見合いして結婚しはるしか
 しょうがないのと違うやろか」

「今度の人?」
「へぇ」
「簡単に言うな。悠お嬢さんはそんな人と違う」
「せやけど、はっきり断りしませんどしたえ。春には、お見合いしはるのとちゃいますやろか」


「ただいまっ! 」 不機嫌な声の市左衛門の声がする
「おかえりやす」 忠七とお康が出迎える

「忠七、お前、竹田屋の番頭ですな」
「へぇ」
「お前、今日から義二の手伝いは一切すなっ!  
「へっ」
「義二は何でもやるつもりらしいけど、竹田屋はあくまでも京友禅が看板や!
 それ忘れたらあきまへんえ」
「わかっとります」 頭を下げる忠七
「ワシの言うこと聞いとったらな、そのうち運が向いてくる」

「お帰りやす」と桂が出てきた

「桂、義二に言うときない。
 竹田屋の看板利用して勝手なことすんのやったら、わしにも考えがあるってな 
「へえ、よう言うときます」

「若奥さん」 忠七が呼び止めた
「大旦那さん、ああやって張り切ってやすけど、京友禅で堂々と商売できんのはまだまだ先のことどす。
 今は何でもやらんと竹田屋が潰れます」
「忠七どんは、お父ちゃんの味方どっしゃろ?」
「へぇ」
「うちは義二さんの味方や。ほいでもな、そういうことははっきり口にしたらあかんのえ。
 どっちの味方もするような顔をして、黙って見てたらよろしいのや。
 そのうちに周りが結論を出してくれはります」
「へえ」
「忠七どんも竹田屋の番頭やったらそれぐらいの器量はお持ちやす、ん?」

「‥ 若奥さん、だんだん亡くならはったご隠居さんに似てきたなぁ」
「ホンマに。もう番頭さんもしっかりしておくれやっしゃ。
 いつまでも悠お嬢さんのこと思ってる場合と違いまっしゃろ」
「アホ! 悠お嬢さんと商売、一緒にすな」



自分の部屋でお見合い写真を見る悠。桂が入ってくる

「ふーん。優しそうなお人やないの。お見合いすんのやろ?」
「‥」 微笑む悠

「悠頼むわ。その人と結婚して、東京へ行ってくれへんか?」
「うちがこの家にいたら邪魔ということか?」
「うん。邪魔や」

「うふふ。うちな、悠にだけはホンマのこと言うけどな、
 義二さん、今度ばっかりはお父ちゃんの言うこと聞かんで自分の商売の方法、通さはるつもるや。
 もしあんたがお見合いの話、断ったら、お父ちゃん、次に考えはる手ぇは、うちにはわかってんねや」
「え? お父ちゃんの次の手ぇて、どんな手? 教えて?」
「忠七どんや。
 お父ちゃん、一度は忠七どんとあんたを一緒にさせて店を継がせるて言わはったぐらいえ。
 もしあんたがいつまでもこの家にいたら、また言い出すに決まってるわ。
 な。悠、 お父ちゃんにそんなこと考えさせんためにも。な。その人と結婚して。
 東京にも行けるし、画の勉強もできるやないの。
 な。 お姉ちゃんのためにもそうして」

「お姉ちゃん。 今はもう竹田屋は都ちゃんという次の代の後継ぎまで決まってんねや。
 うちのことなんか、お父ちゃん、何も考えてはらへんて」
「悠、うちな、まだ誰にも言うてへんのやけど、また子どもができんのえ」
「え~ ホンマか」
「うん。今度こそ男の子を産みたい。産んでみせるえ。
 この子が竹田屋を継ぐまで、義二さんに名実ともに竹田屋の主人でいてほしいねや」
「お姉ちゃん‥」
「‥‥」

春になっても悠はなんの結論も口に出しませんでした。
三ヶ月の間、悠の心を占めていた雄一郎からはなんの音沙汰もなく、自分から奈良に会いに行く勇気も
ありませんでした。





墨の大和屋


「吉野さん」とお茶を持って来る女性。「どうぞ」
「休み時間ぐらい、あっちでお茶、飲まはったらええのに」

しかし、雄一郎は作業を続ける。


「吉野。どや、この間の話、考えてくれたか」
「いやぁ‥」
「君の仕事ぶり、ずっと見てきたんやけどな、ホンマにこの仕事が好きみたいやな」
「はぁ」
「決まった人もおらんようやし、娘もな、君のこと気に入ってんのや」
「‥」
「養子がイヤやったら、嫁にもろてくれてええのやで。
 君さえこの仕事続けてくれたら、籍はどっちでもええのや。
 吉野屋さんに聞いたら、もう親のいうこと聞く年でもなし、君の言うようにしてくれと
 こういうこっちゃ。
 こちらで話進めて、ええか」
「すいません。勘弁してください。今はこの仕事してるだけでええんです」
「君は何もせんでええのや。ただ仕事だけ続けてくれたらええねや」
「いや、それでも困るんです」
「娘が嫌いか?」
「いえ。しかし、僕は一生結婚するつもりはありませんから」
「あぁ、ワシに任しときなはれ。な」


「業を煮やしてとうとう主人の御出座しやな」と木原
「俺が1人もんやったら、この家の主人になるけどなぁ」

しかし答えない雄一郎


悠は、例のお見合い写真を市左衛門と静の前に置いた
「お父ちゃん、このお話、お断りします」

うんうんと頷く市左衛門

「私を東京に行かしてください。
 ‥‥ いいえ、反対しはっても行くつもりです。
 うち1人が食べていくぐらいやったらできます。
 大阪で働いた経験もあるんです。
 画ぇの勉強がしたいんです。
 その前に、奈良に行かしてください」
「何をしに行くのえ?」と静
「奈良にお別れをしてきます。智太郎さんと私の奈良に‥」

悠は、本当は雄一郎に別れを告げるつもりでした


(つづく)





『都の風』(82)  ★ あぁ弥一郎さん逝く

2008-01-10 23:53:17 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女

雄一郎 村上弘明:「吉野屋」の息子。戦後、家を出て墨屋の「大和園」で働く 

弥一郎 小栗一也:雄一郎の祖父、お常の実父

秋子  酒井雅代:喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女となる

木原  原 一平:墨屋「大和園」の職人
医者  邦 保  弥一郎の危篤の際、いた医者

      アクタープロ
      キャストプラン


お常   高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門  西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

突然、弥一郎が危篤という電報を受け取った悠はとるものもとりあえず
奈良の吉野屋に向かいました



「おばさん、おばさーん、悠です」

お常が出てきて、すぐに弥一郎の寝ている部屋に通す。
医者がいて、雄一郎までも揃っていた

「お父さん、お父さん。悠さんが来てくれましたよ」
「多分、もう殆ど意識がないと思います」と医者
「一晩中、悠さん、悠さん言うてな、あんまり何べんも言うよってに
 迷惑やと思ったんやけど、電報うたしてもらいました。
 せっかく悠さんが来てくれたのに‥」
「おじいちゃん、おじいちゃん? 悠です。 悠ですよ。おじいちゃん」
「おじいちゃん、おじいちゃん」 雄一郎も声をかける

うっすらと目を開ける弥一郎

「おじいちゃん、わかりますか。」
「おじいちゃん」

弥一郎は、雄一郎の手をとって悠の手の上に重ね合わせ‥、そして息を引き取った

 ううっ うう‥ 」声を出して泣くお常。


お通夜の晩、悠も秋子も近所の人と一緒に台所に立っている
お常が「雄一郎、ここに来ませんなんだか」と訊きにくる
「しょうがないお子や。ちゃんと座ってくれないと困りますがな」

悠は、畑にでてみると、やはり雄一郎は冬の風の中、立ちすくみ、
そして、1人で泣いていた

悠は雄一郎が涙する姿を初めて見ました。そこには悲しみから逃げまいとする
1人の男がいました




通夜の振舞い酒の片付けをする悠を見て、お常は声をかける
「疲れましたやろ、休んでくださいな」
「いえ。おばさんこそ疲れはったでしょう」
「さ、ちょっとここに座ってください」と座布団を出すお常
「おねえちゃん」と秋子がお盆を下げる

「ありがとう、悠さん。わざわざ来てくださって」
「いいえ、そんなこと」
「雄一郎からはな、京都へは勝手に連絡するな言われてましたし、ずいぶん迷たんですけど
 けど‥来てもろてよかった。
 おじいちゃんからの最後の頼みでしたんたろな‥。
 2人の手をとって、嬉しそうやっ   った‥」
「おばさん 
「雄一郎もな、心残りでしたやろ。ケンカして出て行ったまんまで‥。
 まあな、なんせ急やったさかいに、雄一郎が駆けつけた時には、
 おじいちゃん、ちゃんとしゃべることもできませんなんだ 
 2人とも言いたいこいとはいっぱいあったやろうにな、でもな、悠さんに来てもろて
 あのおじいちゃんの嬉しそうな顔。
 私はそれだけでありがたいことやと思ってます」


「ちょっと休ましてもろてええかな」と喜一さんが来る
「雄一郎が側にずっとついててくれてんねん」
「へえ。だんさんも疲れましたやろ、ご苦労さんどす」

「はい、お父ちゃん」と秋子がお酒を運んでくる
「お前もなかなかよう気がつくようになったな」
「お客さんの分しかないし、お父ちゃんまでまわらへんやろ思うて最初から抜いておいたんや」
と、注いであげる秋子

「せやけど、おじいちゃんも、こんなもののない時代やなかったら
 もっと盛大に見送ってあげられたのに‥。 それが気の毒や。
 けど、こうして悠さん来てくれはったしな」
「何のお役にも立ちませんで‥」
「いいやぁ、お役にはこれから立ってもらうのやがな。
 おじいちゃんの遺言みたいなもんや、雄一郎と‥」
「あんたさん、そんなこと、もうよろしいのや。まわりのもんがとやかく言うこととは違います」
「そやな」

ベートーベンのバイオリン・ソナタ 春が聞こえてくる

立ち上がりとんでいく悠

雄一郎は、蓄音機を持ち込み、レコードを弥一郎に聞かせてやっていたのだった。
「これが俺にできるたったひとつの供養や」 絞りだすように言う雄一郎
「(うん)」

   ( 回想 )菜箸を持って指揮の真似をする弥一郎
         赤紙が届き、出征前に雄一郎の部屋で蓄音機でベートーベンを聴く弥一郎

悠の頬に涙が落ちた
目をつぶり指でタクトをとる雄一郎を見つめる悠。



「お葬式の後片付けまで手伝うてもろて、助かりました。
 おまけに京都からたいそうなお香典まで頂戴して。よろしう仰ってくださいな」
「はい」
「雄一郎は?」
「お姉ちゃんが帰り支度しはったら、ぷいっと出ていかはった」と秋子
「しゃあないやっちゃな、もう」
「せっかくのおじいちゃんの遺言も無駄やったみたいやな」
「悠さん、気にせんといて下さいな。
 もう雄一郎のことはほっといて、悠さんだけの幸せを考えて下さい」
「ハィ」
「もう、おじいちゃんの気持ちは気持ちとして、あたしもここを雄一郎に継がせることはもう諦めました」




春日大社を歩く悠

悠は、弥一郎が愛した春日大社に寄って、
弥一郎の最後の願いを聞いてあげられないことを詫びるつもりでした


そこには、雄一郎がお参りをしていた

見つめ合う2人。

「なぜ来たんだ」
「おじいちゃんに謝るつもりでした。雄一郎さんが来てはるなんて思ってもみませんでした」

そのまま行こうとする悠の手を掴む雄一郎! しかしすぐ離す
そして抱きしめる雄一郎!
悠も手を回すのに、再び、離してしまう雄一郎! 

そして、振り返らず行ってしまった‥‥




「ただいま帰りました」 竹田屋に戻った悠

「ご苦労さんどしたなぁ。お葬式の片づけまで、ちゃんとお手伝いしとりやしたか?」
「はい。くれぐれもよろしいにて仰ってました」
「急なことで、吉野屋さんもお力落としてましたやろ。なぁ」
「危篤の知らせを、他人の悠にしはるぐらいや。何ぞ、遺言でもありましたんかいな」と市左衛門
「いいえ。行った時はもう意識はありませんでした。
 ただ、うちに会いたい言わはったから電報くれはっただけです。
 おじいちゃん、ホンマにうちのことかわいがってくれはったし‥」
「うーん、それやったらよろし。悠、見合いしなはい」
「何も、こんな時に」と静
「いやいや、春になってからでよろしいのや。
 相手はな、西陣の織元はんの次男坊で、東京の美大でデザインとやらを勉強したはるお人や。
 絵の好きなお前とは似合いどすやろ。ま、考えみな。
 じゃ、ちょっと出かけまっせ。商工省のおえらいさんが京都に来てはりますんでな」
「おはようお帰りやす」
「‥‥」



悠は部屋で、鏡に映る自分と対峙する。
春日大社で雄一郎に抱きしめられたことを思い出していたのだ。


雄一郎は、墨屋の大和園で仕事に没頭していたが、やはり春日大社で会ったことを思い出していた。
「おい、作業が遅いぞ。どないしたん」 職人の木原に注意される



悠は雄一郎が作ってくれた墨で、春日大社と雄一郎の顔の画を描いていた

周りの人たちが悠と雄一郎の結婚を諦めた時、悠の心には密かに雄一郎の姿が住み着いたのです


(つづく)


・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★

ベートーベンのバイオリン・ソナタ 第5番 へ長調 『 春 』

雄一郎さんが、弥一郎さんの通夜の席で聞かせたレコード

『のだめカンタービレ』(ドラマでは第2話)で、峰龍太郎試験で弾いた曲デスよ

バイオリンが峰くんで、
ピアノ伴奏が、のだめのはずが、ほれ、「だっちゅうの」の薄着&厚化粧のアタックで
風邪を引き、
試験では、千秋が弾いた、あの曲♪



『都の風』(81)

2008-01-09 07:58:23 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵   松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、家出しジャズクラブで歌の勉強中?)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

信太郎 湯浅 実 :沢木智太郎・雅子(悠の元同級生)の父、検事
忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)復員後もそのまま番頭さん 
義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那 
雅子  山本博美 :悠の女学校の同級生。結婚したが夫は戦死したとの公報が来た
岩谷  草川祐馬 :造り酒屋の次男坊、かつては葵の踊りの兄弟子
お康  未知やすえ:「竹田屋」の奉公人(悠付きの女中さん)

市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★


祇園祭からあっという間に肩をすぼめて歩く季節になっている。

静と一緒に縫い物をしている悠

悠は自分が何をしたらいいのかわからないまま、春になればなんとかなる と
自分に言い聞かせていました。
昭和22年の暮れ、新憲法は発布されたものの、日本はまだ経済復興には程遠い状態でした


「お母ちゃん、ここはどう縫うたらいいんやろ」
「ここは、斜めの布で止めるんどす。そしたら袖ぐりが丸うなりますやろ?」
「ふ~~ん、やっぱりお母ちゃんは頭がええなぁ」
「悠、そんな都のもんばっか作ってんと、自分のものも作りやす」

ちょっとぐずっている都を抱いて桂が来た

「都~、おばちゃんがこんなかわいいちゃんちゃんこつくってあげたえ」と話し掛ける悠
「えーん 
「もう、あっちこっち1人で行って、危ないなー。
 抱っこしてたら腰が痛うなってしもうて」
「じゃ、都、おばちゃんとお散歩行こか」と寒いのに‥という静を振り切って出かけた


葵のアパートに岩谷は「ただいま」と帰ってきていた
「お帰り」と葵。
「ええ匂いや。味噌汁の匂いかぐとほっとするなぁ」
「なぁ、岩谷さん」
「あのねぇ、その岩谷さんいうのええ加減にやめたらどうです?」
「だってうちはあんたの奥さんになる気ないもん、岩谷さんでええやん」
「葵さん、来年の春にはうちの商売も再開できそうなんです。
 そうなったらワシは1人息子やし帰って家を継がんといけませんのや」
「ほしたら帰りよし。もともとはここはうち1人で住む筈やったんやし」
「そんなこと言わんと、親父にはちゃんと話をします。一緒に帰っておくれやす」
「造り酒屋の奥さんになる気ぃはありません。な、それより進駐軍のキャンプで歌わしてくれる話、
 あれ、どうなったんえ?」
「それがな‥」
「ちゃんと話してくれてへんのやろ。んもう! うち、自分でテスト受けてきます」
「葵さん、頼んます。家に一緒に来ておくれやす」
「うちのことより悠のこと考えてやって」
「ひえ゛~っ? 悠さんに嫁に来てもろてもええのですか」
「あほなこと言わんといてくれるか? あんたみたいなええ加減な人に大事な悠、やれますかいな。
 竹田屋とつりあいのとれた家で、1人もんの誰か優しい人‥、知らはらへん?」
「奈良の人とは、うまいこといかへんのですか」
「うーん。結婚いうのはいろんなこと知りすぎるとできんみたいえ」
「わしと葵さんみたいにどすか」
「うちは真剣え」
「ほんならお見合いのお相手を探してきたら、葵さんに家に来てくれます?」
「あんたも男らしないなぁ」

お鍋が沸騰しそうになり、立ち上がる葵

「うちな、悠に好きな人と一緒に暮らしてお味噌汁作ってあげる、
 そんなささやかな生活を味あわせてあげたいだけなんや」
「おおきに」 (ん? なぜ岩谷はん! (≧∇≦) )
「やっぱり、葵さんはワシのこと、本心は好いてくれてはるんどすな」
後ろから肩を抱く岩谷

 (後ろからのぎゅ と言えば
 ちょっと前はヨン様、千秋さま@『のだめ』 最近では友春@『ちりとてちん』か)


「ちょっと、甘えんといてくれんか。んもう」 つれない葵


ノックの音がする。「葵姉ちゃん」悠の声

「こうなったら、うそでもええから仲良うして、結婚てええもんだって思わせよう? わかったか」
「本気でやります」

「はい」ドアを開ける葵 「なんや都なんて抱いて」
「おいでやす!」
「都が電車に乗りたいっていうし、たまには葵姉ちゃんに子どものかわいさを見してあげよて思うたの。
 ほら、都。
 ほら、ちゃんと結婚して子ども産みよし。
 自分の子どもでのうてもこんなにかわいいんやし」
「うちも同じこと悠にいうてあげるわー」
「うちは結婚はせえへん。うちは東京へ行って、絵ぇの勉強すんのや」

(それって、第一話に出てきた15歳の悠の夢では ‥‥)

「ほらきた」
「まだお父ちゃん、お母ちゃんに言うたらあかんえ?
 うち今な、お母ちゃんに子ども服の縫い方教えてもろうてんねん。
 それで生活費が稼げる自信がついたら東京へ行くねん」
「あーあ。今さらお見合いなんて考えて、うちあほらしいわ」
「うーん。お母ちゃんと桂姉ちゃんもお見合いの話ばっかりしてはるし。
 はよう家を出んとわるいような気がしてな」
「言うてもしょうがないことやけど、智太郎さんが生きてはったらなぁ‥‥。
 あんた一番幸せになれたのにな」
「‥‥」




沢木家

「これでよろしいか?」 雅子が四角い箱を白い布で包んでいる
「もし、どうしても悠さんが中を見たいと言わはった時のために千人針の切れ端を入れときました」
「いいだろう」と父・信太郎

「これで悠さんが智太郎の戦死を信じてくれるといいんだが‥‥」
「(うん)」

引越しの荷物の準備中の沢木家を張るかが訪問してくる
「ごめんください」

応接間に入ってきた悠の目に最初に飛び込んできたのは、その白い布に包まれた箱だった‥

「悠、父が田舎に引っ込む決心をしたわ。これがうちに届いたさかい」
「‥‥」
「悠さん、今まで本当にお世話になりました。感謝します。
 私ももう諦めました。
 ここで智太郎の帰りをまっていてやりたいと思い続けていたんですが、智太郎のお骨です。
 中、見ますか。千人針と骨が入っていました」
「見せてください。智太郎さんの千人針は、私が作ったんです」

顔を見合わせる雅子と信太郎

「他の人のとは、違うんです」
雅子が結び目に手をかけたとき「いいえ‥、いいんです」と悠

「悠さん、智太郎のことは忘れてください。
 病気の妻のためにも田舎でひっそりと余生を過ごします。
 雅子は戦死した夫の両親を養うのが当然です。
 子どもも父親の姓を継ぐ義務があるので嫁ぎ先に帰ります。
 万分の一でも、智太郎が生きていることを願って、あなたに甘えすぎたことをお詫びします」
「‥‥」
「智太郎のお墓は、田舎の仮住まいのそばに建てて、私と妻が見守ります。
 お墓にきてくださることはいりません。
 冷たいようですが、これは私たちの心からのお願いです」

「‥‥‥」涙でいっぱいの目を信太郎に向ける悠

「本来でしたら、ご両親のところにお伺いしてお礼を申し上げなければいけないんですが、
 悠さんから、よろしく‥言ってください」


枯葉の道を1人帰る悠

智太郎との最後の糸が切れてしまったことを感じながら、
悠は思い出を自分の胸だけに閉じ込める決心をしたのです


部屋に戻り、かつて書いた智太郎のスケッチを破り、泣き崩れる悠



明けて昭和23年。悠たちの願いどおり市左衛門は元気を取り戻していました

「今年こそ、ワシは死んだふりをやめます。
 えー竹田屋もおかげさんで、商工省の登録業者になって、
 わずかでも表向きの商売ができるようになりました。
 登録業者の看板を揚げている以上、
 義二、今やってる裏口商売は、きっぱりやめていただきます」
「旦那さん、統制が解除されたわけやないんどす。
 表看板の商売だけでは食べていけまへん。
 みんなの生活はどうするんどすか」
「近いうちに商売できます。今は、信用第一。みんながんばっておくれやす」

「お父ちゃん、そんな無茶なこと」桂が反論した
「蔵の商品は一反たりとも持ち出すことはなりまへん」
忠七がぴくっと動く
「鍵はワシが預かります。忠七、ええな」「へえ」


「葵、お前は嫁に行った子ぉや。そうちょこちょこ帰ってこんように。
 悠、お前は今年中に嫁に行くこと、相手はワシが決めます。
 桂は、竹田屋の後継ぎになる男の子を産みますのや」
「! ほ¥そんなこと言わはったっかて、こればっかりは‥」
「人間、努力してできんことはおへん」 (市左衛門はん、あんたかてできなかったんでしょう~、オトコノコ)
「祇園祭はやれましたんに、その気になったらやれます!」


悠の部屋で火鉢にあたりながら話をする悠と葵

「うちはもうこの家に帰ってきんでも住むとこあるけど、悠、どうすんの?
 今年中にお嫁に行くこと やって」
「どうせ今年中には家を出ようと思ってたし。ちょうどええねや」
「ほんまに絵ぇの勉強しぃに東京行くのか?」
「うん」
「うんって、簡単に言うけど‥‥」
「お姉ちゃん、うちはもう後ろは振り返らんのや。
 智太郎さんのことももう生きてはるなんて考えへん。
 うちの心の中だけで生きてはる‥‥  そう思えるようになったし、
 これからは自分のためだけに生きることにする」
「雄一郎さんのことは?」
「一生大事にできるお友達になれるまで、もう会わへん」

「悠、その元気や」と桂も入って来る
「うちも家族の食べるもんぐらい何とでもできまっせ。な」

「なんや、この家、お父ちゃんが気張らはるとみんな元気になりますな。
 いつまで続くことやら」
葵が言い、笑う三姉妹。


そこに「悠お嬢さん、電報ができますけど」とお康
「電報?」
「へぇ」
「どこから?」


ヤイチロウキトクメンド ウデ モスグ コラレタシ
 

 
  ナラ ヨシノツネ


(つづく)

『都の風』(80)

2008-01-08 07:55:56 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵   松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、家出しジャズクラブで歌の勉強中?)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

秋子  酒井雅代 :喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女
お康  未知やすえ:「竹田屋」の奉公人(悠付きの女中さん)

      アクタープロ
      キャストプラン

お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻



・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

クレジットに雄一郎の名前がないっ!!!


・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★・‥…・・・★

慌てるお台所

「急に お酒や、鱧や、お言いやしたかて、そんなもん今時あらしませんわなぁ」と静

「大丈夫どすえ。うちにまかせといておくれやす。こういう時のためにちゃんと用意してますし」

流しの下から一升瓶を出す桂

「あんた、いつの間に」
「うちは竹田屋の若主人どすえ。さ、お康どん、お客さんのお膳出しといてんか」
「私もきゅうりの酢のもんでもつくりまひょか」

悠が来て言う
「そんなことしはったら、かえって雄一郎さんが困らはります」
「ええさかい、悠は座敷で雄一郎さんのお相手をしてたらよろし」
「ホンマに雄一郎さんが来てくれはるなんてありがたいことどす。
 ここはあたしらにまかせて、あんたははようお行きやす、な」
「‥‥」

悠は無理に雄一郎をつれてきたことを後悔していました。
お互い結婚する気はないことを報告する筈だったのです



市左衛門は、雄一郎に屏風の説明をしていた。

「こういうもんがあったかても今はなんの値打ちもおへんのや。
 売るにしても買い手もおへんしな」
「いや、すばらしいですよ。こういうものがさりげなくあるなんて。
 これこそが町衆に守られた文化です」
「もとはっちゅうたら、屏風は店の反物かくしどす、
 それが長い間に老舗の見栄と誇りでこういうもん集めるようになったんどす」
「世の中がひっくり返っても、こういうものだけは人の心を打つんです」
「久しぶりにええもんわかってもらえる人に会うて、屏風も喜んどっしゃろ。
 ささ、どうぞ」
「いや、僕はものを見る目なんかありません。
 人や世の中を信じられなくなった時、生きていてよかったと思うのは、
 こういうものに触れたときです」
「雄一郎さん、そない気に入ってくれたんどしたら、あの屏風さしあげまひょ」
「いや、竹田屋さんの財産だから値打ちがあるんですよ」
「ついでに‥、娘も、もろていただけると嬉しおすのやけどな」

悠が「お父ちゃん!」と入ってくる

「悠、そんなトコにつったってないで、手伝うて来なさい」
「でも、雄一郎さんは‥」
「悠! わしゃ今、雄一郎さんと大事な話をしてるんや、あっちへ行ってない 

雄一郎は悠に(あっちへ行ってなさい というように)目配せをした。

「芸術も人間も心から大事に思うてもらえるお人のそばにおいてもらうのが一番どすのや。
 わかってくれますな」
「はい‥。しかし私は大事なものをいただくだけの心の余裕がありません」
「‥」
「まして人間は、どんな高価なものより大事なはずです。でも今の私はそうは思えないんです。
 人を幸せにするだけの資格がないんです。
 一年前、母が来ていったことは忘れてください」
「‥」
「悠さんを幸せにできる人と一緒にしてあげてください。それだけを言いに来たんです。
 申し訳ありません」

雄一郎は頭を下げて廊下に出て、悠にだけ見送られて帰っていった。

「わざわざありがとうございました」
「奈良によることがあったらたまには墨屋に寄ってください」
「はい」

同じ思いを感じながら戦争による傷を背負った男と女の切ない別れでした

辛そうに立っていた市左衛門に、悠もまた辛そうに一礼をした。



葵が買い物をかごを持って、着物のまま走って帰ってくる。

「あったえー。ありましたえーーー! 特大の鱧が!
 あるとこにはあるもんや、けど100円もしてしもた」

そう言って台所に飛び込んできたが、静も桂もお康までも、どんよりしていた。

「支度してへんの? 悠は?」
「奥や」
「雄一郎さんは?」
「帰ってしまわはった」
「何で? おとうちゃんとけんかでもしはったん?」
「わからへん。さっぱり。仲良う話してたと思うたら急に帰ってしまわはった」


葵があわてて行ってみると、市左衛門と悠は2人でお酒を飲んでいた
「お前が男やったら、ちょうどいい酒飲み相手になってたのになぁ」ご機嫌な市左衛門
「何でお前男に生まれんかったんや」
「うち祇園さんのたんびにそう言ってたけど、産んだんはお母さんや、お母さんに文句いいなはれって
 言うてはりましたな」
「男に子どもが産めるなんらわし産んでましたがな」

「ちょっと2人ともどうなってますの? 人がかけずりまわって鱧買うてきたというのに」
「おお、はよ持って来い。お前も一緒に飲め、5年ぶりの祇園祭や」
「お父ちゃん! ちょっと悠、ちゃんと説明して」
「うちは一生嫁になんか行かへん。葵姉ちゃんも帰ってきよし。な、お父ちゃん」
「出戻り娘も家族揃って暮らすのが一番や、お前も飲め。はっはっは」

葵はお猪口のお酒をくっと飲んだ

「お前も話せるようになったなぁ。女も外で働くと一人前になりますのやなぁ。
 お母さんなんてあの年になってもだめ、箱入りの娘がそのまま年とったようなもんや」
「あんた」と静が入って来た。「私もいただかしていただきます」
「それでこそワシの女房や」

くーーっと飲む静、顔を見合わせる葵と悠

「お前が相手してくれてたら、お義母さんの前で小さくなって晩酌せんでも済みました」
「あほなこと言わんときやす。お母さん生きてたら、こんなことできしません」
「それもそうやな」
「もう一杯、ついどくれやす」
「え?」
「箱入り娘でもなぁ、あんたさんに気を使い、勝手なことばっかりする娘に振り回され
 お母さんには文句ばっかり言われて30年、もう疲れましたわ」
「‥‥」
「私が悠のためにどんな思いで奈良に手紙を書いたか、知りもせんと。
 勝手に断りはったんか断られたんか知りまへんけどな、もう誰も嫁に行くなやなんて
 あんまりやおへんか? もう一杯」

「ちょっと、お母ちゃん」止める葵
「よろしい。私でもな、こんなもん飲もう思うたら飲めますのや。
 あんた、注いでおくれやす」
「桂、酒もってこい」と台所に声をかけにいく市左衛門

「お父ちゃん、もったいないことせんといておくれやす。
 みんなでヤケ酒を飲むために大事にしといたんと違います。
 悠のために、悠の結婚式の時にお酒の一本もないといかん思うてとっといたお酒なんどすえ」
「桂、なんどすえ。 こういうときはもったいない思うても口には出さんで
 本心を言わないのが中京の女どす。
 私はおばあちゃんに何かにつけてそう言われつづけてきたんどすえ」
「そうどすか。お康どん、お康どーん」
「へえ」
「お台所の流しの奥にあるお醤油のびん、あれもお酒やし、持って来てんか」
「桂、お前もなかなかやるな。お康! 燗なんかせんでよろし、どんどん持って来て」

ひゃっくりする静

「お康どん」と悠が声をかけた
「もうええねや。桂姉ちゃん、お父ちゃんもお母ちゃんも葵姉ちゃんも‥おおきに。
 みんなをうちのために気をつかわしてしもて。
 雄一郎さんは最初からうちとの結婚をお母ちゃんに諦めてもらうために
 うちが無理にお連れしたんです」
「‥‥」
「うちと智太郎さんのこと、何もかも知ってはる雄一郎さんとは結婚できひんこと
 みんなにわかってもらいたかったんです。
 雄一郎さんは大事な人です。
 けど、智太郎さんを好きになった時と同じような気持ちにはなれへんこと
 雄一郎さんもわかってはるんです。
 お母ちゃん、堪忍え。
 せっかくのお母ちゃんの気持ちがこんなことになってしもて」

「お康どん、お康どん、お酒!」「お母ちゃん!」
「お酒を飲んで、みんな忘れてしまいまひょ。な、あんた。
 お酒てこんな美味しいもんと思いませんどしたな」

 笑いあう三姉妹

「な、あんた、これからも」といいかけて静はひゅう~~と倒れこんでしまった。


吉野屋では帰宅した雄一郎は「腹へった、何か食うもんある?」
お常は「御客さんの食事、2人分作っときましたからな、あっこ用意して」と指示し
「祇園祭、どないでした」と訊く

「行ったことだけのことはあった」
「悠さん、元気でしたか?」
「ああ」
「竹田屋さんにも行ってちゃんとごあいさつしてきましたんか?」
「ああ」
「ほいで?」
「室町の老舗がいかに金持ちだったかがわかった。すごい屏風があったよ」
「へぇ。見せてもらえはったんか」
「目の保養になった」
「はぁ。ほんで?」
「それだけや」
「竹田屋さんのお父さんもお母さんもご立派なお方でしたやろ」
「ああ」
「あんた、悠さんとはちゃんとお話しましたんか?」
「ほんで?」
「お袋が余計なことをしたことは忘れてくれって言ってきた」
「雄一郎‥」
「母さん。この商売、秋子に継がせてやってくれ。そのために養女にしたんやろ?」
「あんた、ホンマにそれで宜しいんやな?」
「ああ。飯食ったら墨屋に戻るよ。俺が戦死したと思えばええのや」
「‥悠さんもそれで納得しはりましたんやな?」
「うん‥」 寝転がってもう何も言うなというように目を閉じる雄一郎



1人で散歩する悠‥

雄一郎の 僕はもう吉野屋を継ぐ気はない。それに君と結婚して幸せにする自信もない という言葉を
思い出していた

雄一郎に、はっきりと結婚の意志はないと言われた悠は
今まで感じたことのない寂しさに耐えなければならなかったのです



(つづく)



★『都の風』第14週(79)

2008-01-07 18:14:52 | ★’07(本’86) 37『都の風』
★『都の風』第14週(79)

脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

題字:坂野雄一
考証:伊勢戸佐一郎
衣裳考証:安田守男

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵   松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、家出しジャズクラブで歌の勉強中?)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

雄一郎  村上弘明 :「吉野屋」の息子。戦後、家を出て墨屋の「大和園」で働く 
忠七   渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)復員後もそのまま番頭さん 
義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那
お康   未知やすえ:「竹田屋」の奉公人(悠付きの女中さん)

      アクタープロ
      キャストプラン

市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻



制作 八木雅次

美術 増田 哲
効果 藤野 登
技術 沼田明夫
照明 田渕英憲
撮影 神田 茂
音声 永井啓之

演出 兼歳正英      NHK大阪


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

昭和22年7月、5年ぶりに復活した祇園祭に人々は酔いしれました。
その人々の中に雄一郎を見た悠は、一番見てもらいたい人に見てもらえた喜びで
いっぱいだったのです。



人ごみをかきわけて雄一郎にかけよる悠

「見に来てくれはったんですね」
「ほんまに祇園祭ができるなんて信じられなかったな」
「やっと、やっとできたんです。まちのひとたちの生き生きした姿を見てください。
 雄一郎さんのおかげです」
「僕は何もしていないよ」
「いいえ。雄一郎さんが教えてくれはったんです。
 今、日本人の心を取り戻すにはこういうことしかないって」
「そんなこと言ったかな」
「雄一郎さんが1人で、真っ黒になって墨を作って働いてはる姿を見て
 うちは祇園祭りをせんといかんと思うたんです」

「おかしな人だ、君は」
「なんでですか?」
「僕が墨屋で働いているのは、自分だけが勝手につけた理由だ」
「それをこんな立派な祇園祭りと一緒にするなんて、バチがあたるよ」
「そうですか。ほな一緒にに来てください」
「どこへ?」
「八坂神社へ一緒に行って、謝って下さい」
「わざわざそんなことしなくても」
「いいえ。神さんがホンマに怒ってるかどうか自分の目で確かめてください」

お康が、その悠と雄一郎の後姿を見つけ、ちょっと顔が曇ってしまう



竹田屋では静が都をだっこしてあやしている。
「都ちゃんのてんてんありましたえ」

葵と桂、そして巴の写真(遺影)が帰ってきた
「お母ちゃん、堪忍。おもりさして‥」と都を抱っこする桂
「お母ちゃんも一緒に見はったら良かったのに。
 お父ちゃんの綱引いてる姿見はったら、もっぺん好きにならはったえ」
「私も見とおしたん。けど都を置いて行からしませんやろ?  お康どんまで行ってしまうのやもん」
「すんまへん。それでも眠ってる子をわざわざ起こすのもかわいそうやし。
 都はこれからなんぼでも祇園祭見られるもんなぁ」
「ま、お父さんの張り切っとるやす様子は、見んでもわかります。
 私はお父さんが元気になってくらはったらそれでよろしいののや」
「悠なんかお父ちゃんの姿見て、もすごい喜んでたえーー」
「きっと鉾と一緒に寺町まで行ったんやろな」
「うんー」

「とうとう来てくれはらしませんなんだなー」と静
「ん? 誰が?」
「祇園祭が済んだら本気で悠の結婚のこと考えてやらんといかんと思うて」
「雄一郎さん?」
「祇園祭にお招きして来てくれはったら、吉野さんもまだその気でいてくれてると思ったんやけどな」
「奈良の人には、祇園祭に招かれることがどんなことか、わからはらへんのやろなー」
「うーん。それとも知ったはっても、結婚する気はないさかい、来はらへんかったんかや。
 1年以上もほっといたんやもん。
 吉野屋のおばさんもあきらめてしまったんかもしれへん」
「そやろかな」
「雄一郎さんにもその気がないんのやったら、お母ちゃん? 諦めたほうがええのんと違うか?」
「このまま一人でいさせるわけにもいかへんし。
 お見合いや言うても悠が承知してくれるわけがないし。 一体どうしたらええのやろかな」



「神さん、喜んでましたやろ? また祇園祭りができたんやもん」
「さあね」
「神さんはみんな平和を願うてはるんです。
 雄一郎さんが出征しはる前、春日神社にお参りしたこと、覚えてはりますか?」
「‥」
「あの時は、お参りもせんと雄一郎さん‥、先に帰ってしまはったんです」
「そうだったかな」
「あの時はわけがわかりませんでしたけど、今やったらうちにもようわかります」
「‥何がわかるんだ?」 (ああ、雄一郎さんの切なそうな顔)
「好きな人にめんとむこて好きと言えへん気持ちが‥」
「‥ そんなこともあったかな。もう遠い昔のような気がする」

雄一郎は悠から目をそらしてしまった

「僕の青春は戦争と一緒に終わった。じゃ、僕は帰るよ」

「せっかく来はったのに。もうちょっといて下さい。いろんなところご案内します」
「本当に祇園祭ができるかどうか確かめたかっただけなんだ。
 わざわざ君のお母さんが祇園祭に来てくれって手紙を下さって。
 本当はお袋がくるつもりだった。それが急に昔のお客さんが来て、これなくなった。
 申し訳が立たないからかわりに行ってくれって泣きつかれて、仕方なく来たんだよ。
 お母さんにお礼を言っといて下さい。
 確かに日本人も、だんだんと心をとりもどしつつあることを見せてもらった。
 じゃ」

「待って下さい‥。うちに来て、ちゃんと断ってください」
「断るって?」
「母がおばさんにそんなお手紙を書いてたなんて、私は知りませんでした。
 母は1年も前にわざわざおばさんが来てくれはったお返事をせんならんと思ったんです。きっと」
「お袋はもう、忘れてるよ」
「母はお待ちしてると思います。
 昔から、祇園祭にお招きする御客さんは、お見合いする人かそれ以上の人と決まっているんです」

(へ~~~~~~~~~~~!)

「‥?」
「せやし、ちゃんと断ってください。
 母は、私が雄一郎さんと結婚して吉野屋さんを継ぐのが一番やと思ってるんです」
「僕はもう吉野屋を継ぐ気はない。それに君と結婚して幸せにする自信もない」
「一生墨屋さんで働くおつもりですか?」
「先のことなんかわからないよ」
「そうですね‥。
 人の気持ちなんてその時は絶対と思てていても、時間が経つにつれてかわっていくものですね。
 ここも智太郎さんをいっつも待ってた所なんです。
 でも、ここに来ても胸がきゅんとなるような気持ち、だんだんなくなってきてるんです。
 そやから言うて、智太郎さん以外の人を好きになることもできひんのです。
 せやから、私は雄一郎さんの気持ちもようわかります。
 けど、母にはちゃんとおっしゃってください。母も諦めると思います」
「いや、今日は勘弁してください」

下駄の音が近づいてくる、お康が遠くから見ていたのだった。


市左衛門と忠七がご機嫌で帰ってくる。「旦那さんのお帰りどすーー!」
「お帰りやす」と、奥から静たちが出てくる

「あー、いい祇園さんやったー。みんながひとつになってなー。
 こんなにいい祇園祭は初めてどっさー」
「あんた、ご苦労さんどしたなぁ」
「あっはっはっは! お義母さんにも報告や!」と、鈴(りん)をならし、お仏壇に向かう市左衛門

「お義母さんにも見せとおしたなぁ。
 もうちょっと生きててくれはったら、大旦那さんへのええお土産にしてもらえましたのになぁ」


お康は1人で玄関先に座っていた

「お康どん、何をしてますのや」と忠七
「悠お嬢さんを探しに行かはんのやったら行かんほうがよろし」
「はぁん? どういうこっちゃそれ」
「番頭はん? ちょっとお聞きしますけど、悠お嬢さんを諦めて、うちを好きになることできますか」

(おお! 遂にお康どん! にしても大胆な直球勝負!)

「はぁ?」
「人間は一生に1人しか好きになれんのと違うんどすか」
「お康どん、お囃子にあてられて熱でも出たんと違うかー?」
「うちは、人間が信じられんようになったんどす」
「信じられん?」

そこに悠が帰ってきた

「お康どん、奈良の雄一郎さんが来てくれはった って言うてきて。
 さ、どうぞ」
「やっぱり‥」

(はれ? 来ることにしたんだ。
 お康は智太郎を忘れてしまったように見える悠が、ショックなんだわねー。きっと)


口をぽかんとあけたままの忠七 (晴天の霹靂ってやつ?)

「ええわ。突然お連れして、みんなを驚かせましょ」雄一郎の腕をとって奥へ行こうとする前に
「番頭の忠七どんと、お康どんです」と紹介した悠



「義二、お前のおかげで気分よう祇園祭させてもらいました」と市左衛門はお礼を言っていた。
「旦那さん、手をあげておくれやす。私は何もしてまへん」
「奉納金も無理して出してくれたそうやしな。
 わしゃぁ、もう、鼻が高かった。おおきに、おおきに」
「私は竹田屋の恥にならんようにしただけどす」
「それでよろしいのや。ふだんはケチでも使う時には使う、それでこそ室町の老舗どす」

2人の会話をにこにこ聞いている、静、桂、そして葵。

「あ、悠。一体今ごろまで‥」
「うん。ちょっとな。さ、どうぞ」

「雄一郎さん!」と葵が言うのを聞き、「え?」と静たち、ざわめく。

悠は「お父ちゃん、奈良の吉野さんです」と市左衛門に紹介した。
「こちらへどうぞ」と市左衛門は、挨拶体制に入り、義二はさっと退席。

「吉野雄一郎です」と正座して挨拶をする雄一郎。
「祇園祭、見に来てくれはったんです」
相好をこれ以上ないぐらいに崩して
「おぉおぉ、それはそれは、静、酒や。桂、鱧や」と嬉しそうな市左衛門

「雄一郎さん、わざわざおこし頂いて‥」と挨拶をする静

「そんなのは後でいい」と市左衛門
「いえ、僕は母のかわりに来ただけで」困惑の雄一郎をそよに
「いやいやいや、ほら、何してんねん、はよ持ってこい」と祝福モード満開の市左衛門

「雄一郎さん、こっちや」
「ホントに僕はすぐに帰りますから」

悠もちょっと困った表情

「悠も座ってないで、はよ、準備せい!」
「お父ちゃん、雄一郎さんはうちが無理言うて来てもろたんです」
「そうどすかいな。おおきにおおきに。どうぞどうぞ」


嬉しさを隠せない市左衛門を見て、悠は雄一郎が来た理由を言えなくなっていました

(つづく)



約束の地