みなさまこんにちは。散歩は好きだけどぶどう大好き、フリーライターの少年Bです。
あいも変わらず、ぶどうのはなしをさせていただきます。今回のテーマはみんな大好き「シャインマスカット」です。
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シャインマスカットの畑
たぶんね、みんな名前くらいは聞いたことあると思うんですよ、シャインマスカットって。
でもこれ、よく考えたらすごくないですか?だってさ、みんなが子どものころって「巨峰」と「デラウェア」、「マスカット(・オブ・アレキサンドリア)」にせいぜい「ピオーネ」くらいしか品種の名前って知らなかったと思うんですよ。
たとえば日本で古くから栽培されているぶどうには「マスカット・ベーリーA」(1927年作出)とか「ネオマスカット」(1925年作出)、「キャンベル・アーリー」(1892年にアメリカで作出、日本には1897年に導入)なんて品種があるんですが、その名前を言われて「ああ、聞いたことあるな」って思う人がどれくらいいるでしょうか。ましてや名前と現物が一致するなんてかたは、農業・小売関係者以外ではあんまりいないんじゃないでしょうか。「品種名を覚えてもらえるポジション」に入るって、それだけ難しいことなんです。
主要品種の栽培面積の推移(農中総研より)
シャインマスカットは1988年に作出されたぶどうですが、農中総研によると一般向けの栽培が開始されたのは2007年。なんと、栽培されるようになってから、まだわずか13年しか経っていません。
他の品種の栽培開始時期はわかりませんが、作出時期は判明しています。一般的にも知名度のある品種で言うと、巨峰は1937年、ピオーネは1957年の作出。海外品種のデラウェアは1872年、マスカット・オブ・アレキサンドリアは1880年ごろに導入されたとされています。いずれも、シャインマスカットより30年~100年以上前に作出・導入されています。
歴史が古くとも一般的な認知をされていない品種があるなか、シャインマスカットの一般化は、極めて異例のスピードであることがわかります。
では、なぜシャインマスカットがこのような知名度・人気を獲得することができたのでしょうか。
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シャインマスカット。かんじんの質感が表現できない写真ですみません
シャインマスカットは、ちょっとテカっとした、ろう細工のような見た目が特徴のぶどう。一目で「ほかのぶどうとは違うな」とわかる質感は、この品種独特のものです。粒は小ぶりなものから大粒まで、ものによってさまざまですが、一般的には巨峰と同程度の大きさのものが多いです。
さらに、その味です。いままでのぶどうとは一線を画すそのうまさ。10人食べたら9人は「うまい」と言うはずです。さらに、時期によって味の変化も楽しめるのも特徴です。初物は甘さがひかえめで、サラダのようにさっぱり食べることができ、熟期になるにつれどんどん糖度を増していきます。最終的には砂糖菓子のような甘さになります。
このシャインマスカットの革命的なところは、見た目や味はもちろんですが「種がなく、皮ごと食べれる国産の緑ぶどう」だったことではないでしょうか。
「先代のマスカット」、マスカット・オブ・アレキサンドリア。皮は厚く、種があります
緑=マスカットの図式がわれわれ消費者の頭の中にあります。実のところマスカットではない緑の品種もありますし、黒や赤のマスカットもあるのですが、日本で一般的に「マスカット」と呼ばれる「マスカット・オブ・アレキサンドリア」が緑の品種であることから、日本ではそのイメージが強いのです。
また、マスカット=高級品のイメージもあります。高級品のマスカットの新種で、しかも種なし皮ごと食べれる……となると、消費者の覚えもいいはずです。
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例えば黒いぶどうであれば、巨峰とピオーネが君臨しています。ここに割って入るには、見た目や味、大きさで相当のインパクトがなければ名前を売ることができません。もしくは、「作りやすさ」で勝負をして、農家が巨峰から切り替えるように仕向けるか、です。
巨峰の仲間、ナガノパープル。見た目で巨峰と判別することはほぼ不可能
黒いぶどうでは1粒が30gにもなる「藤稔(ふじみのり)」や、巨峰の風味はそのまま、皮ごと食べれて種もない「ナガノパープル」、温暖化に強い漆黒の「ブラックビート」が3番手争いをしていますが、消費者目線ではいまいち認識できていないのではないでしょうか。
オリエンタルスター。あまりまともじゃない写真ですみません
実はシャインマスカットの異父兄弟品種として「オリエンタルスター」という品種があります。シャインと同じ血が入っているだけにとてもうまく、もちろん種なしで皮ごと食べられる品種です。
個人的にはとても好きな品種なのですが、黒いぶどうというだけで巨峰と見た目で被ってしまい、残念ながら一般的な認知度が高いとは言えません。巨峰とは味もまったく違うし、パキッと割れるような食感もたいへん魅力的なのですが……
このことからも、シャインマスカットの認知度を押し上げた大きな要因は「種なしで皮ごと食べられる」「緑のぶどう」であることだと推測されます。
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また、わたしは「シャインマスカットは奇跡のぶどう」と常々言っているのですが、それには大きな理由があります。
シャインマスカットは国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構で作出されたぶどうで、親品種が公開されています。ルーツを探ってみましょう。
母品種が「ブドウ安芸津21号」、父品種が「白南」というぶどうです。これはどちらも市場には流通していない品種で、わたしも特徴がさっぱりわかりません。しかし、その親品種、つまりシャインマスカットの祖父母を見てみるとそのすごさがわかります。
ブドウ安芸津21号の親は米国種の「スチューベン」と先代のマスカット「マスカット・オブ・アレキサンドリア」。白南は「カッタクルガン」と「甲斐路」のかけあわせでできた品種です。これらの品種はどれも、圧倒的な長所と短所を持ち合わせています。
シャインマスカットの祖父母品種の長所と短所(少年B発行の同人誌「ぶ同人誌」より)
例えば、カッタクルガンは見た目や味は最高ですが、農家さんに言わせると「割れるのが趣味」というほどよく割れるため、ほぼ売り物になりません。一部の観光農園では少量を作っていますが、この品種をメインに作っている農家はおそらく、日本中探しても1軒たりともないでしょう。
マスカット・オブ・アレキサンドリアは日射量の関係で、日本では「晴れの国」岡山県以外での栽培は無理とまで言われており、さらにガラス温室内でなければ栽培ができません。高価な理由も納得がいくというものです。
このように、ものすごい長所と致命的な短所のある品種をかけ合わせた結果、奇跡的に長所ばかりが出た品種がシャインマスカットなのです。
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ぶどうには米国種と欧州種があり、一般的に米国種は頑強で栽培がかんたんな反面、小粒で味や肉質の面では劣ります。欧州種は大粒でおいしく、よい香りを持つものもあります。しかし、日本の気候にはあまり向いておらず、耐寒性や耐病性に問題があります。
日本ではこの条件をクリアするために、以前から両種の雑種を交配してきました。巨峰やピオーネなどがそうです。巨峰はやや米国種の特徴が残っていますが、純粋な米国種とは比べものにならないほどおいしいぶどうです。
シャインマスカットの祖父、スチューベン。主に青森県で栽培されており、鶴田町のものが有名
シャインマスカットには米国種の中では最も品質のいいぶどうのひとつ、スチューベンの血が入っています。スチューベンは小粒で種があり、「くにゅっ」とした肉質は近年の消費者の好みからは外れているのですが、きわめて甘く、耐寒性が強いブドウです。気候の関係で巨峰が栽培できない青森県においては主力の品種で、主に12月~2月ごろまで出回っていることが多いです。
12月にぶどう?というと不思議な感じがしますが、これはスチューベンの「日持ちがよい」という特徴を生かしたもので、10月に収穫し、りんごの貯蔵技術を応用して作られた専用施設で保存し、国産ぶどうが出回らない冬の時期に流通させることで、価格を保っています。
シャインマスカット収穫期延長・貯蔵マニュアル(農研機構より)
この血を引くシャインマスカットも当然、長期間の保存に期待ができるため、研究の結果「専用施設で3ヶ月程度の保存が可能」という結果が出ています。
また、青森県同様に巨峰の栽培ができない北海道でも有志によって栽培研究がされています。通常、北に行くほど熟期は遅くなるため、もし北海道での栽培に成功すると「日本で最も遅く収穫できるシャインマスカット」が誕生することから、今後はさらに販売期間が延びることが期待されます。
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シャインマスカットの影響はそれだけではありません。
ぶどう輸入量の推移(農中総研より)
一般的に「種なし皮ごと食べられる」ぶどうは海外品種であることが多いのですが、シャインマスカットが一般的になった2010年以降、海外ぶどうの輸入量が大幅に増加をしています。さらに、従来シェアの多かった大粒で種のある赤色品種「レッドグローブ」が大きくシェアを落としています。
つまり、シャインマスカットの影響で「種なしで皮ごと食べられる」ぶどうのシェアが伸びたことが推測されます。ぶどう界に大きく影響を与えすぎでは……?
なお、海外の品種は主に国産ぶどうが出回らない12月~5月にかけて輸入されるため、シャインマスカットの競合にはなり得ません。なので、消費者は夏はシャインマスカット、冬は輸入ぶどうと「種なしで皮ごと食べられる」品種を選んで食べることが可能というわけですね。
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さらに、シャインマスカットの後継品種の研究も始まっています。
巨大な粒と見た目によらず上品な甘さが特徴の雄宝
上品な甘さと、25gにもなろうという巨大な粒が特徴の「雄宝」や……
赤い品種のコトピー
シャインマスカットの子どもの中では真っ先に生み出された「コトピー」、
山梨県が作出した品種ジュエルマスカット
山梨県の農業試験場で、海外の品種とかけあわせて生まれた「ジュエルマスカット」。
次世代の覇権を握るか、クイーンセブン
「ぶどう史上最も糖度が高い」という触れ込みの「クイーンセブン」などなど、シャインマスカットを親にした品種が次々に生まれています。シャインマスカットの次の世代の覇権争いは、すでに始まっているのです。人気が出る品種もあれば、淘汰される品種もあるでしょう。この勝負の行方から、目が離せません。
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どっちが甘いでしょうか?
4000字以上に渡ってシャインマスカットの魅力をお伝えしてきましたが、さいごにもうひとつ。
見た目と味が一致しないのもシャインマスカットの特徴です。ぶどうは追熟しないため、収穫時点での糖度・酸度から変化がありません。
本来、早穫りをしてしまったぶどうは十分に糖度が上がっておらず、食べられたものではないのですが、シャインマスカットはそのポテンシャルの高さから、甘くなくともじゅうぶん食べれてしまいます。少し後味に青臭さはありますが……
青々として魅力的な見た目のものはおいしそうに見えますが、もし「甘いシャインマスカット」が食べたいなら、写真左のような「黄緑色」のものをえらぶとおいしいですよ。見た目があんまりよくないので安いですし。今年の秋は、ぜひシャインマスカットを食べてみてはいかがでしょうか。