認知症の予防、介入、ケア:ランセット常設委員会の 2024 年報告書
Lancet 2024; 404: 572-628
認知症に関するランセット委員会の 2024 年最新版では、認知症の予防、介入、ケアに関する新たな希望に満ちたエビデンスが示されている。人々が長生きするにつれて、高所得国では年齢別発症率が低下しているにもかかわらず、認知症患者の数は増加し続けており、予防アプローチを特定し、実施する必要性が強調されている。我々は、システマティックレビューとメタアナリシスを優先し、認知機能と身体的予備能がライフコースを通じてどのように変化していくのか、また血管障害の軽減(例えば、喫煙の減少や高血圧の治療など)が加齢に伴う認知症発症率の減少に寄与していると考えられることを示す様々な研究からの知見を多角的にまとめ、認知症に関するランセット委員会の 2020 年報告以降の新たな研究を要約した。我々が以前にモデル化した認知症の多くの危険因子(すなわち、低学歴、難聴、高血圧、喫煙、肥満、うつ病、運動不足、糖尿病、過度のアルコール摂取[すなわち、英国で 21 単位以上、米国で 12 単位以上に相当]、外傷性脳損傷[traumatic brain injury: TBI]、大気汚染、社会的孤立)に取り組むことが認知症発症リスクを減少させるというエビデンスが増加し、確かなエビデンスが蓄積している。本報告書では、未治療の視力低下と高 LDL コレステロールが認知症の危険因子であるという新たな説得力のある証拠を追加する。
私たちは、難聴とうつ病の将来の認知症リスクに関する新たなメタ解析を完了し、すべてのリスク要因の世界的なリスクと有病率に関する最新の文献をレビューし、すべてのリスクに関する集団毎の寄与率を算出した。我々は、この集団毎の寄与率を用いて、これら 14 の危険因子を組み込んだ認知症予防の新たな包括的ライフコースに沿った認知症予防の見取り図を作成した。全体として、これら 14 の危険因子を除去することによって、理論的には認知症の半分近くを予防できる可能性がある。これらの知見は希望を与えるものである。ライフスタイルを変えることは容易ではなく、いくつかの関連は部分的な因果関係に過ぎないかもしれない。しかし、我々の新しいエビデンスは、個人が認知症リスクをどのように低減できるかを示し、政策的介入が認知症予防をどのように改善するかを論じている。低所得国や中所得国、少数民族や社会経済的低所得者層では、リスク低減の可能性がより高く、新しいエビデンスによれば、高所得国やその中の多数派集団に比べて、修正可能なリスクの負担が高いことが多く、認知症が早期に発症する可能性が高い。
特定の危険因子に関するエビデンスは、すべての子供に教育を受けさせるべきであり、教育期間が長いことが有益であることを示唆している。中年期(すなわち 18-65 歳)と晩年期(すなわち 65 歳以上)においては、認知的、身体的、社会的に活動的であることが重要であり、中年期の活動性は、教育をほとんど受けていない人でも違いを有無ことを示す新しいエビデンスがある。難聴の治療が認知症のリスクを減少させるという証拠は、前回の委員会報告書が発表された時よりも強くなっている。補聴器の使用は、難聴と認知症の追加的な危険因子を持つ人々に特に効果的であるようである。また、うつ病の治療と禁煙が認知症リスクを低下させるという新たなエビデンスも示されている。
大気汚染の低減が認知機能の改善と認知症リスクの低減につながるという新たな知見を報告する。政策立案者は、特に大気汚染の激しい地域で、大気の質を改善する戦略を実施すべきである。外傷性脳損傷は、年齢や原因を問わず、認知症の危険因子であり続け、コンタクトスポーツが危険因子であることを示唆する新たなエビデンスがある。このエビデンスは、適切な頭部保護具の使用、スポーツトレーニングにおける衝撃の大きい衝突やヘディング練習の減少、頭部打撲直後のスポーツの回避など、頭部損傷からの保護が個人および公衆衛生の優先事項であることを示唆している。
新しいエビデンスによると、認知症のリスクを減らすことで、認知症を発症した人の健康寿命を延ばし、不健康な期間を短くすることができる。予防のアプローチは、早期に危険因子のレベルを下げ、生涯を通じて危険因子のレベルを低く保つことを目指すべきである。人生の早い段階で危険因子に対処することは望ましいが、生涯を通じて危険に対処することも有益である。多くのエビデンスは、中年期の介入が重要であることを示唆しているが、いくつかの危険因子は、社会的レベルやライフコース全体に関係がある。本報告書で取り上げた危険因子はすべて、ライフコース全体のリスクに影響を与える可能性のある政策変更によって、大規模にリスクを低減できる可能性がある。新しいエビデンスによると、これらの変更は多くの場合コスト削減につながり、遺伝的に認知症リスクが高い人でもリスクを改善できることが初めて明らかになった。
キーメッセージ
認知症の新たな 2 つの修正可能な危険因子
新たなエビデンスは、2020 年のランセット委員会で特定された 12 の危険因子(すなわち、低学歴、頭部外傷、運動不足、喫煙、過度のアルコール摂取、高血圧、肥満、糖尿病、難聴、うつ病、社会的孤立、大気汚染)に加え、認知症の修正可能な危険因子として視力低下と高コレステロールを追加することを支持している。
14 の危険因子を修正すれば、認知症の半数近くを予防または遅らせることができるかもしれない。予防に意欲的に取り組むこと。予防には、国や国際的な政府レベルでの政策変更と、個々人に合わせた介入の両方が必要である。人口ベースの政策では、公平性を優先し、リスクの高いグループを確実に取り込むべきである。認知症リスクを減少させるための行動は、早期に開始し、生涯にわたって継続すべきである。リスクは特定の個人に集中しているため、介入は多くの場合、多角的であるべきである。
APOE 遺伝子の有無にかかわらず、リスクは修正可能である。複数の危険因子に対処する多面的な介入は、遺伝的認知症リスクが高い人、低い人のいずれにも利益をもたらす可能性がある。
ライフコースにおける認知症リスク低減のための具体的行動
私たちは、14 の危険因子にまたがるいくつかの具体的な行動を推奨する。
·すべての人が質の良い教育を受けられるようにし、認知機能を維持するために中年期に認知機能を刺激する活動を奨励する。
·難聴者のために補聴器を利用しやすくし、難聴を減らすために有害な騒音への暴露を減らす。
·うつ病を効果的に治療する
·コンタクトスポーツや自転車でのヘルメットや頭部保護具の使用を奨励する。
·スポーツや運動をする人は認知症になりにくいので、運動を奨励する。
·教育、価格管理、公共の場での喫煙防止を通じて、タバコの喫煙を減らし、禁煙のアドバイスを受けやすくする。
·高血圧を予防または軽減し、40 歳以降、収縮期血圧を 130 mmHg 以下に維持する。
·中年期から高 LDL コレステロールを検出し、治療する。
·健康的な体重を維持し、肥満を早期に治療する。
·価格統制と適切な飲酒量と過剰摂取のリスクに対する認識を高めることにより、アルコールの大量消費を減らす。
·高齢者に優しく、支え合える地域環境や住宅を優先し、活動への参加や他者との生活を促進することで、社会的孤立を減らす。
·すべての人が視力低下の検査と治療を受けられるようにする。
·大気汚染への曝露を減らす。
認知症の人への配慮
診断後の介入は、認知症患者が将来の計画を含め、認知症とともによりよく生きることを支援する。家族や介護者への多角的なサポートと神経精神症への対処は重要であり、患者中心であるべきである。
神経精神症状は治療されるべきであり、ケアと協調した多角的介入が有用であるという明確なエビデンスが存在する。アクティビティへの参加も神経精神症状を軽減し、認知症患者の楽しみや目的を維持するために重要である。精神神経症状に対する介入としての運動に関するエビデンスはない。
アルツハイマー病やレビー小体型認知症の患者にはコリンエステラーゼ阻害薬やメマンチンを投与すべきである。これらの薬剤は安価で、副作用が比較的少なく、認知機能の低下を適度に抑制し、長期的な効果があるという十分なエビデンスがあり、ほとんどの高所得国で入手可能であるが、低所得国や中所得国では入手しにくい。
アミロイド β を標的とする抗体のいくつかの臨床試験では、18 ヵ月間の治療で悪化を抑えるというわずかな効果が認められている。しかし、その効果はわずかであり、軽症の患者や他の疾患をほとんど持たない患者を対象としている。これらの治療法はいくつかの国で認可されているが、顕著な副作用があり、長期的な効果に関するデータはほとんどない。これらの治療には費用がかかり、また、スタッフ、画像検査、専門家による血液検査などの医療資源を必要となるため、使用機会は限られる可能性がある。我々は、未知の長期的影響、多疾患合併患者における影響に関するデータの欠如、特に APOEε4 遺伝子型保有者における有効性と副作用の規模について、十分な情報が広く共有されることを推奨する。我々は、アミロイド β 標的抗体投与中の患者を注意深くモニターすることを推奨する。
脳脊髄液または血液バイオマーカーは、アルツハイマー病の診断を確定または除外するために、認知症または認知機能障害のある人にのみ臨床的に使用されるべきである。バイオマーカーは、主に白人集団においてのみ検証されており、一般化の可能性は限られており、健康公平性への懸念がある。
急性の身体的不調に陥り、入院が必要となった認知症患者は、他の認知症患者よりも認知機能が早く悪化する。身体的な健康を守り、必要であれば十分な飲食と服薬ができるように手助けをすることが重要である。
COVID-19 は認知症患者の脆弱性を露呈した。私たちはこのパンデミックから学ぶとともに、認知症患者の生活とウェルビーイング、そして家族のウェルビーイングが、認知症でない人々よりも低く評価されていることから、認知症患者を保護する必要がある。
認知症の予防とリスク軽減の研究の課題
予防とリスクへの曝露のライフコース的性質
多くの要因が、妊娠から晩年までのライフコースにわたって作用している。これらの因子を追跡することは困難であり、我々のエビデンスベースは特定の年齢で研究されたものに限られている。ここでは、認知症に直接関連するエビデンスを取り上げるが、早期(すなわち、胎内および乳児期)における最適な脳の成長や、逆境への曝露と認知、血管の健康、身体的および認知的活動へのその影響については、我々が把握していない広範なエビデンスが存在する。教育への曝露には、強い保護効果がある。この委員会では、リスクという言葉を使い、次にリスクとリスクから生じる病気の両方を軽減できる保護について議論する。
バイオマーカーの分野は、2020 年の報告書以来進歩し、体液バイオマーカーはより広く検証されるようになった。しかし、その多くは 3 次医療機関で受診した人たちを対象としており、対象者は若年であったり、より稀な認知症であったりする傾向があるため、多くの認知症患者とは異なることが多い。バイオマーカーの変化の意味についても、明らかになってきている。認知機能障害者のアミロイド β とタウのバイオマーカーは、アルツハイマー病の病態の存在を確認するのに役立つが、この病態が症状の原因であることを確認するものではない。アミロイド斑は認知症の臨床症状が現れる何年も前に生じる。アミロイド β バイオマーカーは、認知障害のない高齢者(すなわち、米国のサンプルでは 70 歳で 10%、85 歳で 33%の陽性)によくみられ、そのほとんどは認知症を発症しない。アミロイド β バイオマーカーとタウバイオマーカーの両方が存在すると認知症の可能性が高くなり、神経変性の神経画像所見はこのリスクをさらに高める。リン酸化タウのような血中バイオマーカーは、認知症になる人を予測する計測可能な検査法であるという見通しはあるが、まだ実現には至っていない。
認知症患者にとって、診断後の介入は、身体的健康を最大化し、生活の質を改善し、入院を減らし、将来の計画を立てるのに役立つ。介入は個別化され、本人の生活状況を考慮し、家族や他の介護者に配慮するべきである。家族や介護者や神経精神症状の管理に対する多面的な心理社会的介入については、前回の報告時よりもかなり多くのエビデンスが存在する。これらの介入は重要であり、患者中心のものであるべきである。
アルツハイマー病やレビー小体型認知症の患者に対するコリンエステラーゼ阻害薬の長期的、短期的な有益性については、新たなエビデンスが追加された。コリンエステラーゼ阻害薬は、その有効性を示すエビデンスに基づいて、認知症の治療に広く利用できるはずであるが、この治療法は多くの国ではまだ利用できない。抗アミロイド β 抗体の治療法についてはあまり知られていない。心強いことに、抗アミロイド抗体治療を受けた人の認知機能低下がわずかに減少し、脳内のアミロイド β が大幅に減少したことがいくつかの試験で初めて報告された。しかし、これらの治療法は高価で、使用するのに負担がかかり、集中的なモニタリングとフォローアップが必要で、臨床的に重大で、時には重篤な副作用を伴うことがある。長期的な効果や安全性に関するエビデンスは存在しない。
COVID-19 は、認知症患者の脆弱性を明らかにした。私たちは、脆弱な人々が保護され、認知症の人々とその家族の生活とウェルビーイングが大切にされるように、これらの新しい観察から学ぶ必要がある。
保護とリスクの理解、認知症患者への薬理学的・非薬理学的介入における大幅な進歩は、これまで以上に認知症の予防、診断、治療が可能になり、個人、家族、社会の生活を向上させることを意味する。
はじめに
われわれは、政策、知識、臨床実践、研究課題に影響を与えることを目的として、認知症の予防、介入、ケアに関するランセット委員会を再結成した。認知症の予防、診断、薬物および非薬物療法において、目覚ましい進歩があった。私たちの学際的、国際的、多文化的な専門家グループは、多視点の枠組みを採用し、システマティックレビューとメタアナリシスに優先順位をつけ、必要な場合には新たなメタアナリシスを行った。多様な視点を取り入れるため、幅広い地理的・文化的範囲から選ばれた各委員は、少なくとも 1 つのセクションを執筆し、各セクションは対面式で、また複数の文書バージョンで発表され、議論された。私たちは全会一致で、入手可能な最善のエビデンスとその一貫性に合意した。私たちは、最大の効果をもたらすと思われる進歩を特定し、潜在的に修正可能な認知症の危険因子の効果を計算できるように、新たな作業を行った。ここでは、予防、介入、ケアに関するエビデンスのバランスを要約し、新たな分析を報告し、現在の知識を統合する。
2019 年における世界の認知症患者数は 5,700 万人と推定され、2050 年には 1 億 5,300 万人に増加すると予測されている。
認知症に関するランセット委員会のこの第 3 回報告書では、これまでの委員会で報告したことを述べ、すでに知られていることを要約した。これらの情報は、世界中の人々による何十年にもわたる研究から得られたものである。そして、この研究を基に、新たなエビデンスを統合して最新の推奨を行う。私たちは、高所得国と低・中所得国、およびエビデンスが入手可能なすべての国において、十分なサービスを受けていない、少数民族のコミュニティにおける集団を特に考慮している。エビデンスは、依然として高所得国からのものが偏っている。46 カ国中 31 カ国の認知症国家計画は、多様性、衡平性、あるいは少数派の文化や民族の人々への配慮について具体的な推奨を行っていない。しかし、本報告書で述べているように、あらゆる認知症のタイプについて、あらゆる文化や民族に配慮することは、援助を最も必要とする人々に援助の対象を絞るために不可欠である。
予防
既存の研究文献から特定され、2017 年と 2020 年のランセット委員会報告書でも取り上げた 12 の危険因子に関連する認知症予防とリスク低減に関する研究が急速に拡大している。私たちの以前の報告書で特定された危険因子は、低学歴、難聴、高血圧、運動不足、糖尿病、社会的孤立、過度のアルコール摂取、大気汚染、喫煙、肥満、外傷性脳損傷、うつ病であり、これらを低減することで認知症の 40%を予防できる可能性があると報告した。これら 12 の危険因子のメカニズムについて考察し、どの年齢でもリスクを低減できることを示した。
ここでは、エビデンスを更新し、その他の潜在的な危険因子を検討する。我々は、認知症のリスク低減や予防を理解するために、ライフコースに基づいたアプローチを用いている。例えば、肥満や高血圧は中年期の危険因子であり、多くの場合、それ以前の生活に由来するが、晩年期には軽度認知障害(mild cognitive impairment: MCI)や認知症との関連は減少する。説得力のあるエビデンスのある危険因子のみを対象とするが、他の危険因子や保護因子が存在する可能性が高いことは認める。委員が集まり、エビデンスを議論し、何を含めるかを決定し、その議論とエビデンスを論文にまとめた。ここでは、危険因子を認知症に関連付けるメカニズムについて、生物学的にもっともらしいと思われる新しいエビデンスについて議論し、新しいエビデンスがある場合には、それを提示するとともに、メカニズムに関する過去のエビデンスを要約し、バランスのとれた見解を示す。しかし、すべての機序について完全で詳細なレビューを行うことを目的としているわけではない。また、多様な集団からのエビデンスであるため一般化可能であるかどうか、危険因子を減らすための介入が認知症リスクに違いをもたらすというエビデンスがあるかどうかについても議論する。
罹患率の減少
いくつかの高所得国のデータでは、年齢別の認知症罹患率は過去 20 年間で減少していることが示唆されており、予防が可能であることが強調されている。中·低所得国からのデータは少ない。これらの知見から、多くの認知症は予防可能である(予防が可能である)ことが示唆される。一方、 リスクの有病率(例えば、糖尿病や肥満の有病率)が上昇した場合、年齢別罹患率は上昇する可能性があり、年齢別罹患率の上昇は特に教育水準の低い人々に影響を及ぼす可能性がある。英国の研究は、年齢別認知症発症率の増加はすでに起こっている可能性を示唆しているが、不確実性があり、さらなるエビデンスが必要である。
定期的な運動、禁煙、過度のアルコール摂取を避け、晩年の認知機能を刺激する活動を含む健康的なライフスタイルを持つ人は、そうでない人に比べて認知症のリスクが低いだけでなく、認知症の発症が平均余命よりも遅れるため、健康な年数が長くなり、病気にかかる年数が短くなることが示された。全体として、健康的な生活をしている人は、不健康な生活をしている人よりも長生きし、認知症になったとしても、より少ない年数で済むことが期待できる。
認知脆弱性 (cognitive vulnerability)、脳の維持 (brain maintainance)、認知予備能 (cognitive reserve)
2020 年のランセット委員会で議論されたように、神経病理学的変化が必然的に認知症につながるわけではない。ほとんどの認知症高齢者は、いくつかのタイプの神経病理学的変化を持っている。米国または英国で死亡した 80 歳以上の 4354 人からなる 6 つのコミュニティコホートを対象としたある研究では、6 種類の神経病理を分析した 2695 人のうち 2443人(91%)が 2 種類以上の神経病理を持って死亡していることが確認された。神経病理の種類が多い人ほど認知症になる可能性が高いが(図 1)、神経病理の種類が多くても認知症にならない人もいた。
図 1. 5 つのコホートにおける 6 種類の神経病理の存在と臨床的な認知症発症の有無との関係
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)01296-0/fulltext?dgcid=twitter_organic_infocusbrainhealth_lancetdementia24_lancet#fig1
認知症の症状が現れる前に神経病理に耐える能力を認知予備能 (cognitive reserve) という。レジリエンス(resilience)やブレイン・リザーブ(brain reserve)という用語は、病理学への対処や神経病理学への抵抗という意味でも使われることがある。例えば、過去 25 年間で、加齢に伴う認知症の発症率が減少した国もあるが、ある死後研究では、その間の神経変性には差がなかったが、血管病理には減少がみられた。ある系統的レビューでは、身体的、認知的、社会的活動が認知的予備能を増加させ、神経病理の影響を減弱させることが報告されている。全体として、過去 20 年間で、ライフコースを通じて認知的・身体的予備能の増加し、神経病理が存在するにもかかわらず認知機能を刺激する活動の維持、血管障害の減少が、加齢に伴う認知症発症の減少に寄与したと考えられる。それにもかかわらず、人口の高齢化によって認知症患者の数は増え続けている。
認知症の予防とリスク軽減の研究の課題
ライフコースの各段階における防御因子とリスク因子
多くの要因が、胎児期から晩年までのライフコースにわたって作用している。これらの因子を追跡することは困難であり、我々が得ているエビデンスは特定の年齢で研究されたものに限られている。ここでは、認知症に直接関連するエビデンスを取り上げるが、早期(すなわち、胎児期および乳児期)における最適な脳の成長や、有害な環境への曝露、血管の健康、身体的および認知的活動の影響については、我々が把握していない広範なエビデンスが存在する。教育には、強い保護効果がある。この委員会では、リスクという言葉を使い、次にリスクとリスクから生じる疾患の両方を軽減できる防御因子について議論する。
例えば、ある研究では、中年期の糖尿病は認知症の危険因子であるが、晩年期の人では糖尿病発症が危険因子ではない可能性があると報告している。このようなリスクの違いが、晩年期に糖尿病を発症した人の方が中年期に発症した人よりも危険因子にさらされる期間が短いためなのか、糖尿病の重症度がリスクに影響しているのか、あるいは糖尿病が危険因子としてはたらく年齢に上限 (臨界期) があるのかは不明である。後期に糖尿病を発症した人が十分に長生きすれば、認知症のリスクも高くなる可能性がある。他の危険因子、例えば喫煙は中年期における危険因子であることを示唆しているが、明らかに晩年期においても危険因子である。
認知症の同定と介入前の長い前駆期の影響
10 年以上にわたるいくつかの認知症の長い前臨床期は、アルツハイマー型認知症発症前のアミロイド β やタウの蓄積のような進行性の神経病理学的変化によって特徴づけられる。神経病理学的な変化は、当初は認知機能にほとんど影響を与えないが、何年にもわたってその影響が増大することがある。行動や健康状態の変化は、認知症発症のずっと前に起こる可能性があるため、認知症発症前の数年間に同定された潜在的なリスクは、真の因果関係、あるいは逆の因果関係である可能性があり、その関連は双方向性である可能性がある。この双方向性は、研究がコホートの平均追跡期間を報告している場合でも当てはまる可能性があり、認知症を発症した人とそうでない人では (認知症発症によって観察を打ち切ることによって) 異なる可能性がある。今後の研究では、認知症を発症した人と発症しなかった人の平均追跡期間を別々に報告するか、追跡期間 5-10 年以内に発症した偶発症例を除外した場合の効果を検証すべきである。
認知症予防のための介入試験を計画・実施する際には、十分な追跡調査期間の確保、少数民族の人々(国によって異なる)のような高リスク集団や排除されがちな集団からの参加者のリクルート、介入の遵守、認知機能の改善と関連するライフスタイルや行動の変化を起こすことなど、多くの方法論的困難がある。無作為化比較試験(randomized controlled trial: RCT)において、対照群も介入を受ける意欲が高い場合、介入の有益性を示すことは難しくなる。また、試験終了後に介入が継続されないと、ベネフィットが停止したり減少したりする可能性がある。
多様性、公平性、包括性
以前に我々は得られる限りのメタアナリシスによる危険因子の有病率や相対リスク(relative risks: RR)の国際的なデータを用いて、予防とリスク低減の可能性を世界レベルで検討した。公平性への配慮は、倫理的な面だけでなく、予 防効果を最大化するための何を介入ターゲットにするか、や介入を利用しやすいものにできるかに反映させるためにも重要である。さらに、UK Biobank のような大規模コホート研究の中には、若年者(つまり 50 歳未満)を対象としているものもあり、逆因果の除外には有用であるが、ほとんどの人は認知症が一般的となる年齢に達しておらず、そのため得られた知見は高齢者集団に一般化できない可能性がある。認知症の危険因子に関するコホート研究、ひいてはメタアナリシスは、圧倒的に高所得国から得られており、これらの研究は、高学歴で社会経済的地位の高いヨーロッ パ出身者を対象とする傾向があり、通常、高齢者層(すなわち、65 歳以上)から得られており、少数民族から得られているものは少ない。このような制限は臨床試験にも当てはまり、両試験タイプにおいて、意図せずに試験から除外することになっているかもしれない。すなわち、介護者など、試験参加者の訪問に同行し、サポートするものがいない場合、研究参加の負担に耐えられない場合、現地の言語に堪能でない場合などである。
ラテンアメリカ 15 カ国の 31 の研究のメタアナリシスによると、1 年以上の教育を受けている人に比べ、全く教育を受けていない人では認知症の頻度が 2 倍であり(21.4% v.s. 9.9%)、都市部より農村部、男性より女性の方がわずかに有病率が高いことが報告されている。ニュージーランドのマオリ族、オーストラリアの先住民族、米国と英国の黒人、米国のヒスパニック系など、十分なサービスを受けていない民族の人々は、その国の大多数を占める人々よりも、潜在的に修正可能な危険因子の有病率が高い。心血管疾患の研究では、例えば、高血圧が脳卒中のリスクに及ぼす影響は、英国の南アジア系住民の方が白英国系住民よりも大きく、また、認知症の危険因子の影響も民族によって異なる可能性があることが明らかになっている。
教育水準が低い、社会的に孤立している、社会経済的地位が低いなどの重要な社会的不利因子は、認知機能低下や認知症を予測する健康因子とクラスター化する傾向がある。我々は、様々なリスクプロファイルを考慮するのではなく、個別にリスクを考慮し、共同性を補正することにした。
いくつかの危険因子の有病率に対する社会経済的地位 (socioeconomic status) の影響は、国によって異なることがある。高血圧、糖尿病、肥満、運動不足、喫煙、過度のアルコール摂取、教育水準の低さ、外傷性脳損傷、大気汚染への曝露の有病率は、高所得国では社会経済的地位の低い人々や所得の低い人々の方が高い。低所得国では、富や教育水準が低い人ほど肥満や糖尿病の有病率が低いという報告があるが、結果は一貫していない。さらに、いくつかの低所得国では、高所得国よりも社会的孤立が少ない。
生物学的性別 (セックス sex)、つまり性染色体や生殖器官による人々の身体的な違いは、通常出生時に指摘され、人々は性別を割り当てられる。生活上の性別 (ジェンダー gender) とは、人が性別のスペクトルの中でどのように識別するかということである。いくつかの社会では、セックスとジェンダーは分離可能な概念として認識されつつある。生物学的性別、ホルモン曝露および社会的役割はすべて、認知症のリスクに影響を及ぼす。37 ヶ国の 205 件の研究による約 100 万人を対象としたメタアナリシスでは、男性に比べて女性の認知症罹患率と有病率の増加は、平均余命と教育の違いによって説明されることが明らかになっている。アフリカ、アジア、ヨーロッパ、北米、オーストラリア、南米の 21 のコホート、合計 29,850 人の参加者において、 認知症発症リスクは男性より女性の方が高かった(ハザード比 [HR] 1.12, 95%CI 1.02-1.23)。インドで初めて行われた全国的な認知症有病率の推定では、女性、教育水準の低い人、農村部での有病率が高いことが示された。
高所得国と低·中所得国の両方において、リスクは生物学的性別以外の因子と関連していることを示唆する証拠がある。男性よりも女性の方が寿命が長く、学歴が低いこと、閉経後の女性ではエストロゲンが減少していることなどが、認知症発症の性差を引き起こしている可能性がある。成人 2,200 人を対象に 60 歳から 12 年間、または死亡するまで追跡調査した日本の代表的な全国調査では、教育水準が低いこと、家事や肉体労働の職業に就いていることが、女性のベースラインの認知スコアが低く、追跡調査期間中に認知機能がより低下する要因であることが報告されている。15,924 人の参加者を対象とした英国の研究では、女性の教育へのアクセスが増加するにつれて、コホートの中でより最近生まれた女性が、男性の高い記憶力と流暢さのスコアに追いついていることが確認された。米国、メキシコ、ブラジル、中国、インドの 60 歳以上の 70,846 人を対象とした分析では、男性よりも女性の認知機能の低下が、米国よりも中所得国でより顕著であることがわかった。このような国による違いは、女性におけるリスクの増加が、仕事や教育における機会不足に一因があり、貧困の増加、医療へのアクセスの低下、差別などにつながっていることを示唆している。同性のパートナーがいる人の認知症のリスクについてはほとんど知られていないが、50 歳以上の成人 23,669 人を対象とした米国のある研究では、異性のパートナーがいる人よりも同性のパートナーがいる人の方が認知障害のリスクが高いことが確認されている。さらに、一般的に、シスジェンダーの男女はトランスジェンダーの男女に比べて、晩年に認知症を発症する危険因子が少ない。
因果関係を検討する方法
脳卒中(心房細動によるものを含む)、パーキンソン病、HIV、梅毒は認知症の危険因子というよりむしろ原因であり、ここでは危険因子として含めない。血管性痴呆は通常、脳卒中と関連しており、脳卒中は症状があるか、あるいは運動症状がなくても画像診断で発見されることがあり、脳卒中は血管性痴呆の診断基準に明記されている。脳卒中は、喫煙、高血圧、糖尿病のような多くの潜在的に修正可能な危険因子を持つ人に、危険因子を持たない人よりも頻繁に起こる。
RCT は、介入の有効性、ひいては危険因子の因果関係を立証するための最も標準的な方法であるが、認知症の研究には現実的でないことが多い。臨床的に認知症が発症するまでに何十年もの介入とフォローアップを必要とし、法外な費用と選択的脱落によるバイアスをもたらす可能性がある。さらに、治療群に無作為に割り当てることは倫理的に問題があるか、不可能である。因果推論法、準実験的研究、生態学的研究は、エビデンスを増やすことができる。RCT と介入に関する観察研究の定量的効果を評価した、ヘルスケアのアウトカムに関する研究(特に認知症ではないが)を比較したコクランレビューでは、34 件の研究のうち 23 件で RCT と観察研究から同様の効果推定値が報告されていることが確認された。因果関係を評価するための 1 つのアプローチは、大気汚染の減少や全人口に対する教育の増加など、特定の時期に実施された介入の効果を研究することである。もう一つのアプローチはメンデルランダム化分析 (Mendelian randomization) であり、因果関係の立証を助けるために、今回初めて可能な限り取り入れた。
メンデルのランダム化解析
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/8254.html
メンデルランダム化は、対立遺伝子が受胎時にランダムに割り振られることに基づく因果推論手法であるため、リスクとの関連が後の疾患によって引き起こされることはない。この方法は、行動や気分は部分的に遺伝的に左右されると仮定しており、研究対象集団において特定の危険因子に影響を及ぼす遺伝的多様性が十分にある場合にのみ、因果推論に用いることができる。メンデルランダム化はまた、生存バイアスなどの要因によっても制限され、これは RCT の所見に反してメンデルランダム化の所見が物議をかもす原因になっている可能性が高い。
潜在的に修正可能な認知症の危険因子
認知症予防の努力は、様々な集団に対して、ニュアンスの異なるテーラーメイドのアプローチをとり、リスクの高い集団の参加を妨げる構造的・社会文化的障壁の軽減を目指すべきである。臨床試験や研究データベースは、現実の集団を反映した社会人口統計学的多様性を目指すべきである。次のセクションでは、認知症発症の防御因子と危険因子に関する 2020 年委員会のエビデンスベースを補足する、新しく発表された研究および例示的な研究について簡単に述べる。高血圧のようにライフコースの中で変化していく危険因子もあれば、アルコールや喫煙のように一貫しているものもある。認知症予防の潜在的メカニズムを図 2 にまとめた。
図 2. 認知予備能を高め、修正可能な認知症のリスク因子を低減させることによる認知症予防の方略
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)01296-0/fulltext?dgcid=twitter_organic_infocusbrainhealth_lancetdementia24_lancet#fig2
教育、学歴、認知活動
我々は以前、幼少期の教育水準が高く、教育達成度が高い人ほど認知症リスクが低いことを報告し、その後の認知機能の刺激効果が、教育水準の低い人よりも教育水準の高い人の方が認知的に刺激的な職業に就いていることによるものではないか、と議論した。14-15 歳時の読書レベルによって測定される教育の質の差は、人種間の認知症有病率における米国の格差の約半分を占めると推定されている。全体として、教育年数ではなく、教育達成度が将来の認知および認知症の予防効果を促進するようである。
中国では、同じ方法と地理的範囲を用いた 20 年間の研究により、認知症罹患率と有病率が、特に教育年数 6 年未満の人々で増加していることが報告されている。中国系、フィリピン系、日系アメリカ人の場合、大卒の学位取得は認知症リスクの低下と関連していた。
高所得国の 107,896 人を 13.7-30.1 年間追跡調査した研究では、職場での認知的刺激が高い人の認知症リスクは、職場での認知的刺激が低い人よりも低いことが報告されている(10 年追跡調査 HR 0.79, 95%CI 0.66-0.95)。 教育水準が低く、職場での認知的刺激が低い人と比較すると、職場での認知的刺激が高く、教育水準が低い人の認知症の HR は 0.80(0.66-0.97)であり、認知的刺激が高く、教育水準が高い人の認知症の HR は 0.63(0.49-0.82)であった。同様の結果は、アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、北米で実施された 10,195 人を 3.9-6.4 年間追跡した研究でも報告されており、その結果、高学歴と職業の複雑さの両方が、認知症のない生存期間の延長と独立して関連しており、学歴の効果の 28%が職業の複雑さに媒介されていた。しかし、米国の研究では、白人では学校教育年数が MRI による白質病変の影響を防ぐことを予測したが、黒人ではそうではなかったと報告している。世界的に見ると、教育水準は時間の経過とともに向上しているが、一部の国では依然として低いため、認知症予防や健康全般を考える上で大きな意味を持つ。
認知機能の刺激が多いことは認知予備能と関連している。認知予備能を維持する能力は、軸索形成やシナプス形成による脳の修復を可能にする血中タンパク質の濃度が高いこと、脳機能ネットワークの効率が高く、低下が少ないこと、住む場所の選択の幅を広げる経済状況の改善につながる職業達成度の向上、医療へのアクセスや健康意識の向上による身体的健康の向上、その他の健康増進行動など、多くのメカニズムによって媒介される可能性がある。メンデルランダム化研究では、教育年数(予測遺伝子で測定)の効果は、知能(知能指数テストの成績に関連する遺伝子で測定)に媒介されることが確認された。
2020 年のランセット委員会では、健康な高齢者や軽度認知障害者を対象としたコンピュータ認知トレーニングの試験は、一般的に認知機能に対するわずかなプラスの効果を示唆しているが、研究の質が低く異質であるため、コンピュータ認知トレーニングが臨床的価値があるかどうかは不明であると報告した。認知的に健康な高齢者における認知機能維持のためのコンピュータ認知トレーニング介入について、12-26 週間にわたって実施された最新のコクランレビューでは、コンピュータ認知トレーニングが、長期的な効果のエビデンスはないものの、活動的な対照群に対してグローバル認知機能で、また非活動的な対照群に対してエピソード記憶で、即時的な小さな効果を支持する質の低いエビデンスが同定された。注目すべきは、低強度での短期的なコンピュータによる認知トレーニング介入であり、これは経済的に高くつく可能性があるが、短期的な有効性に関する質の低いエビデンスしかなく、認知機能の維持における長期的な有効性に関するエビデンスはない。これらの試験における認知トレーニングは、認知機能の幅をカバーしていない、集中的でない、または認知機能を維持するのに十分でない、または認知機能を維持するには人生の後半に行われすぎている可能性がある。職場で認知的刺激に触れることは、認知的介入や認知的に刺激的な趣味よりも認知症リスクを低下させ、持続期間も長い。
難聴と補聴器
世界では、推定 20%の人が難聴であり、職業や環境による騒音への曝露や未治療の感染症が原因となっている。質の高い研究とは、純音評価による客観的な聴力測定、5 年以上の追跡調査、ベースライン時の年齢、心血管因子、認知または学歴の調整、認知症発症という転帰に対する総合的なリスクを有する研究と定義した。難聴とその後の認知症との関連については、5 件のメタアナリシスがあり、そのうちのひとつはシナ·チベット諸語声調言語 (Sinitic tone language, 同じ語の抑揚で意味が異なる言語) に焦点を当てている。 最新の研究では、難聴は認知症リスクと関連しており(HR 1.35, 95%CI 1.26-1.45) 、聴力が 10 dB 悪化するごとに認知症リスクが 16%増加する(95%CI 1.07-1.27)というように、聴力と関連していた。これらの分析には、前述の質の高いデータが得られると判断した基準がすべて含まれているものはなかった。また、難聴の程度が異なる集団を比較した研究は除外したが、難聴者と難聴でない人を比較した研究は除外しなかった。データベースの開設から 2023 年 3 月 20 日まで、PubMed, Ovid Embase, PsycINFO、Web of Science, Cochrane Library, PROSPERO, Centre for Reviews and Dissemination で再度検索を行い、必要に応じて著者に連絡して説明を求めたところ、基準に合致する研究が 6 件見つかった。 「認知症 dementia」、「認知機能低下 cognitive decline」、「アルツハイマー病 Alzheimer's disease」、「軽度認知障害 mild cognitve impairment」、「聴覚 auditory」、「聴覚的な aural」、「老人性難聴 presbycusis」という検索語を用いて「全分野 all fields」を検索した。補聴器は難聴と認知症の因果関係の一部であるため、補聴器で調整されていない結果を使用した。研究参加者の平均ベースライン年齢は 59 歳から 77 歳であり、最も大きな研究では、18-20 歳で義務的徴兵委員会に登録した男性を採用したが、聴力の状態は中央値 59.9 歳(IQR 54.6-65.4)で測定した。すべての研究において、ベースラインから認知症の状態までの追跡期間は 6 年から 12 年であった。これらの研究のランダム効果メタアナリシスを行ったところ、難聴者は難聴でない人に比べて認知症リスクが高かった(HR 1.37, 95%CI 1.00-1.87, I2 = 80%, n = 666,370, 図 4)。
図 4. ベースに難聴がある人の難聴がない人との認知症発症リスクの比較
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)01296-0/fulltext?dgcid=twitter_organic_infocusbrainhealth_lancetdementia24_lancet#fig4
小規模な研究のうち 4 件が補聴器の使用を報告しており、難聴者の 18-64.5%が補聴器を装用していた。メタ回帰では、補聴器を装用している人の割合が高い研究は、補聴器を装用している人の割合が低い研究よりも認知症の可能性が低いと報告しているが、信頼区間は広かった(-1.32, -3.34 to 0.71)。
聴力と認知症リスクとの間の用量反応を調査した 4 つの研究はすべて、聴力が 10 dB 低下するごとに認知症リスクが増加すると報告している。
他の背景雑音が存在するときに音声を理解することが困難な、特異的な音声性難聴はまれである。音声性難聴を客観的に測定した唯一の大規模研究は、UK Biobank のデータを用いたものである(n = 82,039, 音声性難聴者 100 人、中央値 10 年間追跡調査)。典型的な騒音下言語聴力(すなわち、騒音下言語受容閾値 [speech reception threshold in noise: SRTn] < -5.5dB)の人と比較して、不十分な騒音下言語聴力(SRTn ≧ -5.5dB〜<-3.5dB;HR 1.61、95%CI 1.41-1.84)および騒音下言語聴力低下(SRTn≧-3.5dB;1.91, 1.55-2.36)の人では認知症リスクが高かった。
難聴が認知症リスクを高めるメカニズムとして、いくつかの仮説が立てられている。孤独、うつ、社会的孤立などの心理社会的要因が関与している可能性がある。他のメカニズムとしては、環境刺激の減少による認知予備能の低下、聴くために認知資源がより多く割かれること、これらのリスクと脳病理との相互作用などがある。難聴と認知症との因果関係は、難聴に長くさらされることが認知症リスクの上昇と関連し、難聴と診断されて 25 年以上経過した人のリスクが最大であることから支持されている。このメカニズムは、心血管系の健康状態による交絡が難聴と認知症リスクとの関連を実質的に説明することを示唆するが、メタアナリシスでは示されていない。
ここで紹介するエビデンスは、難聴者に補聴器を使用することで、認知症リスクの上昇をなくすことができるのか、あるいは軽減することができるのかという疑問を提起するものである。補聴器と認知に関する最初の RCT である ACHIEVE 研究は、70〜84 歳の人々を対象に行われた。参加者は、広告で募集された健康な難聴ボランティア(n = 739)と、既存のコホートである ARIC 研究の参加者(n = 238)であった。3 年間の追跡調査において、補聴器の使用が主要アウトカムである認知に及ぼす全体的な影響は認められなかった(差-0.002, 95%CI -0.08〜0.08)。重要なことは、事前に規定した感度分析により、ARIC 群では 3 年後の認知に対する補聴器使用の実質的な効果が同定されたことである(差 0.19, 0.02~0.36)。ARIC 集団は、難聴のある健常ボランティア集団よりも認知症の危険因子を多く有していた(すなわち、集団の平均年齢が 2〜8 歳高く、ベースラインの認知機能が低く、喫煙が多く、学歴が低く、一人暮らしが多く、糖尿病や高血圧を有する傾向が強かった)。3 年後の追跡調査において、ARIC 群(238 人中 57 人[24%])では、広告で募集された人々(739 人中 61 人[8%])よりも認知機能障害の発生率が高かった。著者らは広告で募集されたボランティア参加者は、一般的に対象集団の中でもより健康的なサブセットであることを強調している。全体として、ARIC コホートにおける高リスク集団において、補聴器は認知機能に対して大きな保護効果を示した(対照集団と比較して、3 年間のグローバル認知機能低下が 48%減少)。ARIC コホートと比較して、健常ボランティア群では認知機能の低下速度が遅かったため、3 年間の追跡期間内におけるこの群の認知機能に対する効果は限定的であった可能性がある。ARIC コホートにおける大きな効果の説明は、認知症リスクの高いグループにおける補聴器使用が、社会的接触、抑うつ気分、認知的刺激を変化させ、意欲や治療に関するコミュニケーションを改善するということかもしれないが、このようなエビデンスはまだ存在しない。
以前、我々は補聴器の使用が認知症予防になり、補聴器使用開始後の認知機能低下率を低下させるというエビデンスについて述べた。その後、126,903 人の参加者を 2~25 年間追跡調査した 8 件のコホート研究のシステマティックレビューとメタアナリシスにより、補聴器を使用している難聴者は、補聴器を使用していない人に比べ、認知機能低下(HR 0.81, 0.76-0.87; I2=0%)、認知症(0.83, 0.77-0.90; I2=0%、4 つの研究)リスクが有意に低いことが報告されている(図 5)。
図 5. 補聴器の使用と認知機能低下との関係についての研究のメタ分析
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)01296-0/fulltext?dgcid=twitter_organic_infocusbrainhealth_lancetdementia24_lancet#
自己申告による難聴のある 50 歳以上の高齢者 2114 人を対象とした別のコホートでは、1154 人が MCI を発症し、補聴器を使用している人は、補聴器を使用していない人に比べて、追跡調査期間中にあらゆる原因による認知症を発症するリスクが有意に低かった(HR 0.73, 0.61-0.89)。認知症発症までの期間の中央値は、補聴器を使用していない人では 2 年、補聴器を使用している人では 4 年であった。
認知症リスクに対する補聴器の有益性を示す観察的証拠は増えつつある。逆因果の可能性を減らすために、追跡期間が長い研究のみを考慮したとしても、補聴器が認知症リスクを減少させるというエビデンスは一貫しており、支持的である。補聴器が認知症予防に有効であれば、補聴器の使用はコスト削減につながる可能性が高い。
元論文
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)01296-0/abstract?dgcid=twitter_organic_infocusbrainhealth_lancetdementia24_lancet