内分泌代謝内科 備忘録

癌性悪液質に対するポンセグロマブの効果

癌性悪液質に対するポンセグロマブの効果
N Engl J Med 2024; 391: 2291-2303

グラフィカルアブストラクト
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2409515#ap0

背景
悪液質(cachexia)は、様々ながんの患者で認められ、体重減少、筋力低下、QOL の低下、機能障害、生存率の低下につながり得る。国際的なコンセンサス基準では、この多因子性症候群を、6 ヵ月間に 5%を超える体重減少、または体格指数(body mass index: BMI;体重(kg)を身長(m)の 2 乗で割った値)が 20 未満の患者における 2%を超える体重減少、またはサルコペニアのいずれかであると定義している。欧米では悪液質に対する治療薬が承認されていないため、薬理学的選択肢は限られている。

最近のガイドラインでは、進行がん患者の食欲と体重を改善するための低用量のオランザピン (olanzapine) が支持されているが、この推奨は主に単一施設での研究に基づいている。また、プロゲステロンアナログ (progesterone analogue) やグルココルチコイド (glucocorticoid) の短期試験では、好ましくない副作用(例えば、プロゲスチン [progestin] の使用による血栓塞栓症)のリスクはあるが、いくらか利益がある可能性がある。

グレリン受容体作動薬 (ghrelin receptor aionist) であるアナモレリン (anamorelin) は、日本では悪液質の治療薬として承認されているが、この薬剤は、体組成の軽度の改善をもたらすものの握力は改善させず、最終的に米国食品医薬品局からは承認されなかった。悪液質に対する安全で効果的な標的治療が必要とされている。

成長分化因子15(growth differentiation factor 15: GDF-15)は、菱脳 (hindbrain, 小脳と脳幹を含む脳の後部) のグリア細胞由来神経栄養因子ファミリー受容体 α 様タンパク質(glial cell-derived neutrophilic factor family receptor alpha-like protein: GFRAL)に結合するストレス誘導性サイトカイン (stress-induced cytekine) である。GDF-15-GFRAL 経路は、食欲不振と体重調節の主要な調節因子であると考えられ、悪液質の病因に関与している。動物モデルにおいて、GDF-15 は悪液質の表現型を誘導し、GDF-15 の阻害はこの表現型を緩和した。さらに、GDF-15 濃度の上昇は、体重と骨格筋量の減少と関連し、さらにはがん患者における筋力の低下と生存率の低下とも関連している。そのため、GDF-15 は悪液質の治療標的になり得ると考えられている。

ポンセグロマブ(ponsegromab, PF-06946860)は、血中の GDF-15 に結合し、GFRAL 受容体との相互作用を阻害する、強力で選択性の高いヒト化モノクローナル抗体である。血中 GDF-15 濃度が上昇した 10 名の悪液質患者を対象とした小規模の非盲検第 1b 相試験において、ポンセグロマブは血清 GDF-15 濃度の抑制とともに体重、食欲、身体活動の改善と関連し、有害事象の発生頻度は低かった。我々は、GDF-15が悪液質の主な促進因子であるという仮説を検証するために、血中 GDF-15 濃度が上昇している悪液質患者において、プラセボと比較したポンセグロマブの安全性と有効性を評価する第 2 相試験を実施した。

方法
この第 2 相無作為化二重盲検 12 週間試験では、癌性悪液質で血清 GDF-15 濃度が高値(1500 pg/mL 以上)の患者を 1:1:1:1の割合で、ポンセグロマブを 100 mg, 200 mg, 400 mg の用量で投与する群と、プラセボを 4 週間ごとに 3 回皮下投与する群に割り付けた。主要エンドポイントは 12 週時点の体重のベースラインからの変化であった。主な副次的エンドポイントは、食欲と悪液質症状、身体活動のデジタル測定値、安全性であった。

結果
合計 187 人の患者が無作為化を受けた。このうち 40%が非小細胞肺がん、32%が膵がん、29%が大腸がんであった。12 週時点で、ポンセグロマブ群の患者はプラセボ群の患者よりも有意に体重増加が認められ、群間差中央値は 100 mg 群で 1.22 kg(95%信頼区間、0.37-2.25)、200 mg 群で 1.92 kg(95%信頼区間、0.92-2.97)、400 mg 群で 2.81 kg(95%信頼区間、1.55-4.08)であった。

図 1. 12 週間後の体重の変化
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2409515?logout=true#f1

ポンセグロマブ 400 mg 群では、プラセボ群と比較して、食欲、悪液質症状、身体活動性の各測定項目で改善が認められた。

表 2. 自覚症状と身体活動度の変化
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2409515?logout=true#t2

有害事象はポンセグロマブ群の 70%、プラセボ群の 80%で報告された。

表 3. 有害事象
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2409515?logout=true#t3

考察
悪液質で GDF-15 濃度が上昇している患者を対象とした第 2 相試験において、ポンセグロマブによる GDF-15 の阻害は、プラセボと比較して、12週間後に体重の有意かつ強固な増加をもたらした。さらに、ポンセグロマブ投与群では悪液質の症状が軽減し、食欲、全体的な身体活動、骨格筋量が改善した。プラセボに対する体重の差は、ポンセグロマブを 2 回投与した 8 週後に明らかになった。さらに、ポンセグロマブどの用量でも安全であり、副作用プロファイルはプラセボと同様であった。これらの結果を総合すると、悪液質の標的治療薬としてポンセグロマブは有望であると考えられる。

本試験では、3 つのがん種を対象とし、がんの種類や治療ラインを問わず、患者の登録が可能であった。体重に関するポンセグロマブのプラセボに対する有益性は、3 つのがん種すべてにおいて観察された。これらの結果は、GDF-15 が様々な悪性固形がんに共通する悪液質の促進因子であり、それによって GDF-15 が治療標的であることを初めて証明するものである。さらに、血中 GDF-15 濃度の上昇は、心不全、慢性腎臓病、慢性閉塞性肺疾患を含むいくつかの疾患において報告されており、一貫して不利な転帰と関連している。GDF-15 阻害に関連する明確な疾患修飾という我々の発見は、この作用機序によってさまざまな病態を治療し得ることを示しており、癌性悪液質以外の疾患にも適用できる可能性がある。ポンセグロマブは現在、血中 GDF-15 濃度の上昇を伴う心不全患者を対象とした第 2 相試験で評価されている。

悪液質患者において、臨床的な改善をもたらす体重の増加はどの程度なのかは分かっていないが、最近、癌性悪液質エンドポイント作業部会によって 5%以上の体重増加によって臨床的な改善が期待できると示唆されている。われわれの試験では、400 mg のポンセグロマブ群の患者は、プラセボと比較して 12 週までに 5%超の体重増加を認めた。体重増加だけでは、多角的な悪液質の表現型に対する十分な治療目標とは考えられない。ここで、われわれは、GDF-15 に対する単一の薬理学的介入によって、体重、体組成、QOL、および身体機能をも改善し得たことを指摘したい。Functional Assessment of Anorexia Cachexia Treatment-Anorexia Cachexia Subscale: FAACT-ACS および FAACT 5-Item Anorexia Symptom Scale: FAACT-5IASS によって評価された、ポンセグロマブによる食欲の改善および悪液質の症状の軽減は、標準化された効果量に基づくと、中程度の大きさの改善であると考えられる。がん悪液質における食欲の増進は、患者の QOL を改善し、精神的ストレスを軽減する。さらに、ポンセグロマブが介在する非運動性身体活動の増加は、患者がシャワー、着替え、軽い家事などの重要な日常活動をこなせるようにすることで、臨床的に意味のある機能的改善を示す可能性がある。メカニズム的には、GDF-15 の中和は、がん性悪液質のマウスモデルにおいて筋機能と身体能力を回復させることが示されている。ポンセグロマブを介した食欲と摂食量の改善により、エネルギーが増加し、活動意欲が高まる可能性があり、GDF-15 の抑制による骨格筋の減少の抑制も一役買っていると考えられる。

最も重篤な体重減少の患者においてもポンセグロマブは体重増加と関連していた。BMI によって調整された体重減少の評価システムでは、患者をグレード 0 から 4 に分類する。グレード 4 はより難治性の悪液質を示し、生存期間が最も短い。本試験の患者の半数(50%)は BMI によって調整された体重減少がグレード 4 であったが、それにもかかわらず、これらの患者はポンセグロマブに反応してプラセボと比較して体重増加が著明であった(図 2)。これらの結果は、難治性悪液質という概念を覆すものであり、進行した悪液質の患者でもポンセグロマブが有効であることを示唆している。癌性悪液質の連続性に沿ったポンセグロマブ投与開始の適切なタイミングを決定するためには、さらなる研究が必要である。

本試験の患者集団では、有害事象の全体的な発生率は各群で同程度であり、全身性の抗癌剤治療を受けている患者で高かった (90%)。嘔気と嘔吐は、ポンセグロマブ群でプラセボ群より少なかった(嘔気 4 % v.s. 16%、嘔吐 5% v.s. 13%)。この観察は、GDF-15 阻害の前臨床所見および試験で観察された食欲改善と一致している。さらに、肥満患者を対象としたGDF-15 作動薬の第 2 相試験では、嘔気と嘔吐が最も頻繁に報告された用量関連有害事象であり、嘔気は患者の 71%に、嘔吐は 39%にみられた。本試験において、12週以前の早期投与中止率(27%)および死亡率(12%)は、がん性悪液質患者を対象とした過去の臨床試験で報告された割合を反映している。プラセボと同様の安全性プロファイルという結果からは、悪液質に使用される他の薬剤に対するポンセグロマブの利点となる可能性がある。

本試験の長所としては、対象とした患者の幅が広いことがある。一方、限界としては人種的多様性の欠如と多重性の調整がある。ポンセグロマブを介した体重増加はベースラインの GDF-15 上昇の大きさに関連していないようであったが、ポンセグロマブの有効性が GDF-15 上昇に比例するかどうかを決定的に評価するためには、より大規模な研究が必要である。加えて、デジタル機器によって収集された活動レベルおよび歩行に関するデータは、12 週目を完了したすべての患者について利用可能ではなかった。これは、12 週間の試験期間が比較的短かったことと相まって、すべてのポンセグロマブ用量レベルにわたる治療効果の検出を制限した可能性がある要因である。それにもかかわらず、400 mg のポンセグロムマブ群で観察された身体活動の改善は、データの欠落にもかかわらず勇気づけられるものであった。加えて、ベースライン時に食欲が減退したと報告した患者の割合が不均衡であったため、一部の群では食欲に関連する症状を改善する機会が制限された可能性がある。FAACT-ACS で反応があったという結果については、別の方法による追加検証が必要であろう。

ポンセグロマブを介した GDF-15 の阻害は、血中 GDF-15 濃度が上昇している癌性悪液質患者において、プラセボと比較して、悪液質の症状を軽減し、体重、食欲、全活動量、骨格筋量を増加させた。これらの所見は、GDF-15 が悪液質の主要な促進因子であるという仮説を支持し、このサイトカインを臨床試験でさらに評価すべき潜在的な治療標的として確立した。

結論
癌性悪液質で GDF-15 濃度が上昇した患者において、ポンセグロマブによる GDF-15 の阻害は、体重増加および全体的な活動レベルを増加させ、悪液質の症状を減少させるという結果をもたらし、悪液質の促進因子としての GDF-15 のはたらきを確認した。

元論文
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2409515
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