朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

ぜひ、会いたいのだそうです

2014-01-12 22:35:35 | 聖書から
恐れることはない。



愛されている者よ。

平和を取り戻し、

しっかりしなさい。

ダニエル書10:19
 





パウロの手紙:

あなたがたに

ぜひ

会いたいのは、



“霊”の賜物を

いくらかでも

分け与えて

力になりたいからです。



あなたがたの所で、

あなたがたと私が

互いに持っている信仰によって、

励まし合いたいのです。

ロマ書1:11〜12
 



 (ローズンゲン日々の聖句1/13;月)






私たちは、

恐れ、心騒ぎ、

力を失うものですけれど、

あの方は

そのような私たちを、

平和な心にし、

力づけて下さるのだそうですね。



パウロも、

ローマに行きたいと願いながら

行けないでいたそうですが、



ローマに行って、

信仰の仲間の人たちと

会い、



力づけあい、

励まし合って、



「聖なる霊」と呼ばれる方の

働きの現れを

さらに大きくいただいていきたいと

願っていたようです。




私たちも、

会って、

集まって、

一緒にいること、



それが

平和な、

ほっとする心になり、



励ましになり、

「聖なる霊」と呼ばれる方の働きが

大きく現れていく出来事に

なりたいですね。



今日も。



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あの方の霊が来て下さるのだそうです

2014-01-12 00:14:09 | 聖書から
(1/12の聖句は、1/4の投稿を見て下さい。)
イエスは

バブテスマを受けて、

すぐに水から上がられた。

すると、

天が開け、

神の御霊が鳩のように下って、

自分の上に来られるのを

ご覧になった。



また、

天からこう告げる声が聞こえた。

「これはわたしの愛する子、

わたしは

これを

喜ぶ。」

マタイ3:16





    (ローズンゲン1/12より)
あの方は、

「わが霊をイスラエルの家に注ぐ」と

約束され、



さらに、

イエスによって

私たち人間の罪の贖い(あがない)が完了した

今は、



イスラエルの国籍がなく、

いろいろな約束とも無関係であった

私たち異邦人にも、

聖霊の賜物が注がれるようになったのだそうですね。




イエスが、

およそ30歳のころ、

キリスト(救い主)としての具体的な働きを

始められる時、



「わが霊」と言われ、

「神の御霊」と言われる方が

イエスのところに来られたのだそうです。





そして、

イエスが

あの方の「ことば」を話されたのは、

あの方が

「御霊を無限に与えられたから」

(ヨハネ3:34)

なのだそうです。




さらに、

イエスご自身が

「わたしは

その方から聞いたことを

そのまま世に告げるのです」

(ヨハネ8:26)、



「わたしは

自分からは何事もせず、



ただ

父がわたしに教えられたとおりに、

これらのことを

話している」

(ヨハネ8:38)

と言っておられます。





御子であられる方が

「御霊と呼ばれている方」によって、

あの方の思っていらっしゃることを

語っているというのなら、



私たちについても、

この「御霊と呼ばれている方」によって

、あの方の「思っていらっしゃること」が、

私たちの心の思いに来て、

私たちも



あの方のことばを語る者となる

ということのようですね。




そして、

イエスにお声がかけられたように、

私たちにも、



イエスの贖いのゆえに



「これはわたしの愛する子、

わたしは

これを喜ぶ」

と言っていただいているのだそうです。



今日も。



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