朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

喜び祝わせて下さるのだそうですね。  あの方が。

2015-03-07 23:19:46 | 聖書から
鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、
神の国にふさわしくない。ルカ9:62







主よ、あなたは、

御業を喜び祝わさせてくださいます。
私は御手の業を喜び歌います。詩編92:5








イエスは女の上に手を置かれた。
女は、たちどころに腰がまっすぐになり、

神を賛美した。ルカ13:13




              (ローズンゲン日々の聖句3/8;日)







 18年間、病気のため腰が曲がって
伸ばすことができなくなっている女性を見て、
イエスは、呼び寄せ、
「あなたの病気はいやされました」と言って、手を置かれると、
たちどころに腰が伸びて、その人は神を賛美したのだそうです。







 エルサレム神殿の美しの門に置かれて物乞いをしていた、
40歳余りの、生まれつき足のなえた男性も、
イエスの御名の権威によって立って歩けるようにしてもらい、
跳ね回って神を賛美していたのだそうです(使徒3:1~10)。







 天の神、主は、憐れみをもって私たち人間に接して下さり、
御自分の家族、子(養子)に迎えようとしていて下さるのだそうです。
私たちを子にする手続きの全部を、御自身の側で済ませて下さっていて、

後は、私たち一人一人が、この提案を受け入れるかどうかだけに
なっているのだそうです。




 天の御国では、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、
子にしていただいた数えきれない多くの人々が、
御座の前で賛美の歌を歌っているのだそうです(黙示録7:9~10)。




私たちにも、御業を現し、喜び祝い歌わせて下さるのだそうですね。
今日も。


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今は御子によって語って下さっているのだそうですね。あの方。

2015-03-07 00:01:27 | 聖書から
見よ、私はあなたの前に使いを遣わして、あなたを道で守らせ、
私の備えた場所に導かせる。出エジプト23:20




天使たちは皆、奉仕する霊であって、
救いを受け継ぐことになっている人々に仕えるために
遣わされたのではなかったですか。
だから私たちは聞いたことに
いっそう注意を払わねばなりません。ヘブル1:14~2 :1





                (ローズンゲン日々の聖句3/7;土)







 エジプトでの奴隷の生活から解放されたイスラエルの民。
シナイ山に導かれ、天の神、主の御思いを律法のかたちで示され、
いよいよ、人間は、自分の力、努力で
主と一つ心になっていけるのかどうかという
臨床実験に入って行くのですね。




 私たち人間は言います。その気になりさえすれば、本気でそうしようと思いさえすれば、

律法を守ることができる、主と心を一つにしていくことができる。

だから、憐れみは必要ない。身代わりの死による救いなど必要ない、と。




 それで、神である主は、御子の死による救いの手続きを実行する前に、

本当に、律法を守ることができるのか、やらせてみる必要があったのでしょうね。







 それで、言われます。あなたの前に使いを遣わし、
あなたを道で守らせ、備えた場所、約束の地に導かせるから、
その者に心を留め、御声に聞き従い、
決して背いてはならない(出エジプト23:21)と。



 律法は御使いを通して与えられたものと言われていますが(ガラテヤ3:19)、

その者に心を留め、語られたことに、よく注意し、聞き従うようにと勧められているわけなのでしょうね。




 けれども、イスラエルの1500年ほどの歴史において、
いよいよ、聞き従おうとしない、心のかたくなな者、
うなじのこわい者であることが明らかになり、
国も、天の神、主の御名を置くと宣言された神殿も破壊するしかない、
人間が自分の力では、律法を守ること、
神である主と心を一つにすることはできない、
背く者であることが明らかになったのですね。







 そして、今の時代、天の神、主は、
御子イエス・キリストによって語っておられるのだそうです。


御使いを通して与えられたものが堅く立てられて動くことがなく、

すべての違反と不従順が当然の処罰を受けたのですから、

御子によって語っておられる、その聞いたことに注意を払い、しっかり心に留めるようにと
勧められているのですね。




 この救いは、最初主イエスによって語られ、
それを聞いた人たちが、確かなものとして、これを私たちに示し、
そのうえ神も、しるしと不思議とさまざまの力ある業により、
また、御心に従って聖霊が分け与えて下さる賜物によって
あかしされているのだそうですから。
今日も。


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