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『禅林句集』5.撥水求波 水を撥って波を求む みずをはらってなみをもとむ/はっすいきゅうは

2022年08月20日 | 禅林句集

人は迷って苦しむことがあります。そこで、禅では「悟り」によって、迷いの苦しみを解放しようとします。「撥水求波」では、「悟り」を「波」にたとえています。この言葉は、「悟り」である「波」を求めているのに、波を作る「水」を追い払ってしまう、「迷いそのものが悟りであることを知らぬ愚かさ」を表すそうです。

さて、皆さん、納得されましたか。

私は、わかったような、わからないような、変な気分です。字面はその通りでしょうが、どうも合点がいかない。

その昔、学校の勉強で、「必要条件」「十分条件」というのを習ったことを思い出しました。例えば、「りんごならば果物である」が真である、つまり正しいとき、「果物はりんごであるための必要条件で、りんごは果物であるための十分条件だ」ということです。図で描くとわかりやすいでしょう。

下の図、黄色と青の円の図を見て下さい。大きな黄色の円である「果物」の中に、小さな青色の円の「りんご」がある状態です。言い方を換えると、「りんごなら必ず果物だが(図の青い部分)、果物だからと言って必ずしもりんごとは限らない(図の黄色の部分)」ということです。

さて、「撥水求波」では、「水」が「迷い」で、「波」は「悟り」のたとえになっています。「果物」が「水」で、「りんご」が「悟り」に当たると考えてみましょう。私たちはりんごが欲しかったら果物屋に行きます。りんごが欲しいのに果物屋を避けて通る人はいません。しかし、悟りにおいては、りんごが欲しいのに、果物屋を退ける、というのがどうやらこの言葉が表す愚かさのようです。

こう考えると少しわかったような気になるかもしれません。

でも、まだ腑に落ちない。

なぜなら、「水」である「迷い」が必ずしも「悟り」になるとは限らない、と見なすことができるからです。「果物屋」に行っても「りんご」は売り切れてないかもしれません。この図の黄色の部分です。

ああ、困った。

「撥水求波」の愚かさは、「水」を常に黄色の部分だと思っているようです。「あの果物屋に行っても、りんごは決して売っていない」と思い込んでいるようなものです。

中学生や高校生が試験勉強するときに、「これは試験に出るかどうかわからないから覚えるのは効率が悪い。」と言って真面目に勉強しないのに似ているかもしれません。

「果物屋を追い払ってりんごを欲しがる」人はただの愚か者です。同様に、「撥水求波(水を払って波を求める)」も愚者の行為ですが、「水」が生活必需品として常に身の回りにあることを考慮すると、また違う見方ができるかもしれません。

「水」は生活の至るところにあるのに、私たちには、そのどこが「悟り」の青い部分になるのか、また、どこが「無駄」とも言える黄色の部分になるのか、わかりません。水はあまりにありふれているので、私たちは、自分が「水を払っていないか」、常に間断なく我が身を振り返る必要があります。いつ、どこで、図の青い部分に遭遇するのかわからないからです。このように解釈する「撥水求波」は、なんと厳しい言葉でしょうか。

しかし、上記のような間断ない賢明な営みを想定すると、やがて、迷いに動じない人の姿が浮かび上がってくる気がします。他人が見ていようがいまいが善行をなす人の姿に似ているかもしれません。最終的には、以下に示した図の黄色の部分がない青い円だけの図になるということです。(「必要十分条件」になるということです。)それがまさに、「水」で例えられる「迷い」と「波」に例えられた「悟り」について、「迷いそのものが悟りであること」という『禅林句集』の解釈になるのかもしれません。

修行僧が目指す「悟り」は、毎日の修行の全てに全身全霊をかけた営みの成果ですから凡人には無理でしょう。しかし、人が生きる上で大切なことを学ぶつもりなら、「悟り」に到達できなくも、私たちも「撥水求波」によって何か得るものがあるかもしれません。

上記は、ただ単に私の脳裏に浮かんだことだけです。この言葉は出典の記載もなく、「SAT大正新脩大藏經テキストデータベース2018版 (SAT 2018)」 という莫大な数の経典を網羅したデータベースを検索しても1件もヒットしませんでした。しかし、特定の言葉が今に伝わるのは何らかの理由があってのことでしょう。この言葉のわからなさ、わかりにくさは、人に考える余地を与えてくれます。その自由こそが禅の言葉が持つ面白さで、魅力でもあるのでしょう。

 

       

参考文献等   出典 ?

『訓註禅林句集(改訂版)』柴山全慶輯 書林其中堂 

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