読む、書くの雑多な日々、気まぐれな日常

好きなこと、雑多な日々、小説などを色々と書いていきます

ガニマール刑事の恋、らしいです 私立探偵とリュパンは蚊帳の外、とか

2021-03-24 11:55:13 | 二次小説

「確かに、これは奴の予告状ですな、間違いありません」
 
 指紋を調べたところで無駄だろうと思いながらも、ガニマールは手袋をはめた手で丁寧に封筒をひっくり返すと中を改めた、一週間後、フランヴァル侯爵家の宝である青い紅玉を頂きに参ります、アルセーヌ・リュパンと署名を見てガニマールは内心、腹が立った。
 ここ数年、アルセーヌ・リュパンはなりを潜めていた、もしかして死んだのではないかと噂まで流れたほどだ。
 その理由は簡単、恋人が亡くなったからだ、女性はリュパンの犯罪の協力者でもあったが、病気で長くは生きられないとわかっていようなのだ彼も覚悟はしていたのだろう。
 ここ数年、パリが静かだったのは彼女を連れて離れ小島に生活の拠点を移していたからだ、だが、それを知っているのは限られた人間だけだ。
 
 
 「やあ、警部、お元気ですか」
 
 数日前、リュパンは堂々と現れた、しかも花束まで持ってだ、それを自分に手渡し、奥様が亡くなられていたとなどと殊勝な顔つきでいうものだから、毒気を抜かれてしまった。
 
 「三年だよ、もう、慣れた」
 
 そうですかと頷いたリュパンは真面目な顔で、だが、それはすぐに、別の表情に変わった。
 
 「捕まえたいですか、僕を」
 
 当たり前の事を聞くなと言いかけたガニマールは何を狙っていると聞いた。
 
 「ご存じでしょう、美しいものが好きなんです、僕は」
 
 分かっている、そんな事は重々、いや、百も承知だと言いかけてガニマールは、はっとした、今、パリでは古物市が様々な場所で開かれている、規模の大きな物から小さなものまで、週末ごとにといってもいい。
 そしてリュパンは強欲だ、絵画、宝石、アンティーク家具、正直、この男が何を狙っているのか、見当がつかない、そんな矢先のことだ。
 
 侯爵家にリュパンから、予告状が届いたというのだ。
 
 
 「ガニマール警部さん、私、この宝石、青の紅玉が盗まれても構わないと思ってます」
 
 宝石の持ち主である女性、ジェニーナ・フランヴァルの言葉にガニマールは驚いた、大事な話があるので二人きりで話したいと言われて館の彼女の部屋に呼ばれたガニマールは宝石が偽物であると聞かされて驚いた。
 恥ずかしい話だと前置きして彼女の話を前置きすると、半年ほど前に亡くなった夫というのは、かなりの浪費家だったらしく、今、住んでいる屋敷の殆ど、金になりそうな物は借金のかたに売り払ってしまったのだという。
 そして、月末には屋敷も他人の物になるという話にガニマールは驚いた。
 
 「マダム、お気持ちはわかります、ですが、あなはリュパンという男を知らない、もしかすると彼には他の目的があるのかもしれません」
 
 リュパンのことだ盗みに入るにしても下調べをしている筈だ、だとしたら、青い紅玉が偽物ということも知っているのではないか、それでもだ、わざわざ予告状を出し、それを撤回しないことは奴は間違いなく、現れる。
 もしかしたらと思う、その時、ドアがノックされ男が顔を出した。
 
 「マダム、お客様が、その、ロンドンからいらしたと仰って」
 
 ロンドン、心当たりが亡いと言いたげに女性は不思議というよりは不安そうな顔でガニマールを見た。
 
 
 「ハーロック・ショームズ」
 
 客間で待っていたのは知らない顔ではない、ロンドンの探偵が、何故、ここにとガニマールは驚いた、するとリュパンの予告状と聞きましてねと立ち上がった長身の男は女主人の前に立つと恭しく頭を下げて手を取り、挨拶のキスをした。
 
 「マダム、ここに来るまでに色々と調べたんです、予告状を出し、盗むと彼がいった宝石、青の紅玉が偽物ということ、一度拝見させて頂けませんか、勿論、警部も一緒にです」
 
 
 ケースから取り出した青の紅玉を見たショームズは偽物にしてはよくできていると呟いた。
 
 「鎖と宝石の台座ですが、これは最近、交換されたものでしょうか」
 
 「元々古くて、それに宝石は偽物なのだから構わないと思って、一ヶ月ほど前に古道具屋で見つけたものと交換したです」
 
 「ほう、古道具屋、ですか」
 
 ショームズの目が細くなったのをガニマールは見逃さなかった、その時、玄関の方から喚き出すような言い争うような声が聞こえてきた。
 
 
 「お帰りください、ただいま来客中で奥様は」

 メイドの声に怒鳴りつけるような男の声が被さる、
  
 「うるさい、あいつが亡くなったからって」
 
 
 玄関に行くと男がメイドと言い争っている、騒がしいなと一括したのはショームズだ。
 男はショームズ、ガニマールの顔を見ると、ぎょっとした顔になった。
 
 「借金の取り立て買い、それも他の要件でもあるのか」
 
 男は何か言いかけようとしたが、ちらりと視線を外した、その様子にショームズは、ふふっと笑いをもらした。
 
 「私の、いや、君は警部の顔も知っているようだね、後ろ暗いところがあるんじゃないか」
 
 「有名人だからな」
 
 ショームズはガニマールにチラリと視線を向けた、それに気づいたのか、ガニマールも、この時、男をじっと見た。
 
 (こいつの、いや、どこかで)
 
 「少し話を聞かせてもらおうか」
 
 ガニマールが一歩踏み出し、近づこうとした、その瞬間、男はくるりと背を向けると脱兎のごとく、駆けだした。
 
 

 「ですが、偽物ということは本物も存在するということになりませんか、警部」
 
 「本物だって、だが、そんな物があっても」
 
 侯爵家は没落同然だ、本物があっとしても意味はないのではガニマールは思った。
 
 「当主の噂をご存じですか、表の顔ではなくて」
 
 
 
 数日が過ぎた、ルパンが予告情話取り消したことは初めての事で、ベル・エポック紙を騒がせたのは、彼が真摯な謝罪をした挙げ句、本物の青の紅玉を女主人のジェニーナ・フランヴァルに返したことだ。
 ところが、彼女はこれを不要として貧民街の子供達を世話する教会に寄付をした、全てだ、それだけではない、屋敷も売り払い、爵位も返上してしまった。
 
 
 その日、ガニマールは久しぶりにシャトレ広場のスイス酒場を訪れた、妻が亡くなってから酒量は減った、だが、今日は事件が解決したことで気分がよかったのだ、二杯目のビールのお代わりを頼む、だが、運んできてくれたメイドを見て驚いた。
 
 「マ、マダム、ジェニーナ」
 
 「ガニマールさん、お元気ですか」
 
 働いているんですと言われてガニマールは、えっとなった、彼女は元、貴族、いや、爵位を返上したからといって酒場で給仕などをするような女性ではと思った。
 
 ビールをジョッキで二杯、いつもなら酔っぱらって気分は、だが、その酔いもさめてしまった。
 
 
 
 
 
 
 仕事が終わり自宅へ戻ろうとしていたのだろう、店を出た彼女にガニマールは声をかけた、振り返った彼女が驚いた顔で自分を見る、だが、ほんの少し前、自分は、それ以上に驚かされたのだ。
 
 「いつから、あの店で働いているんです」
 
 一週間前からですと言われてガニマールは黙りこんだ。
 
 事件の後、館を出て無事に暮らしているのか、どこにいたのか、聞きたい事が色々とあったのに、言葉が出てこない。
 
 「貴方からの手紙を受け取りました、内容を読んで安心しました、だが消印がない」
 
 「もしかしたら、住所を調べて会いに来てくれるかと思って、あのときは色々とお世話になって、また迷惑をかけてはと」
 
 「いや、刑事として、自分は当然のことを」
 
 手紙は何度かきた、近状を伝えるだけの日常的な、まるで日記のような内容だったが、それを読むことが嬉しく、何度も読み返した、ただ、一つ、残念なのは自分から返事を出すことができないことだ。
 
 「どうして、あの酒場に」
 
 「運が良ければ会えるかもと、手紙だと伝わらない事もあるでしょう」
 
 それは、言葉が喉の奥に引っかかるようなもどかしい気分だ。
 
 「生活は大丈夫なんですか、亡くなったご主人は貴方には」
 
 事件後、ハーロック・ショームズに色々と聞かされた亡くなった夫は実は男色家で女性には全く興味がなかったらしいこと、遠縁の親族の遺産の受け取りの条件として偽装結婚したのだろうと聞かされたときは驚いた。
 
 「もしかしたら、マダムは感づいていたのではと思うが、借金で、そこまで気が回らなかったのかもしれないな」
 
 婦人の着ている物を見て気づかなかったね、旦那だよ、愛人と日々放蕩三昧で薬にも手を出していたこと、いずれにせよ、貴族の爵位返上は遅かれ早かれ免れることはできなかったはずだ、彼女にとっては幸運だったろう。

 事件の最中、警官や自分達に紅茶やティーフードを振る舞ってくれたことを思い出す、サンドウィッチ、ショートブレッド、それらは決して高級な物ではなかった。
 自分の生家は貴族ではない、田舎の人間だといっていたことを、
 
 「手紙には住所を書いてください、そうしたら返事を出すことができる」
 
 すると、女性はわずかに困惑した表情になった。
 
 「貴方の家の前、ポストに手紙を投函するの、楽しみなんです」
 
 そんな事を、いや、返事に困ってしまう、思わずガニマールは周りを見た、通りには人影も、まばらだ、だが、あえて彼女の手を取ると建物の陰に隠れるように入った。
 
 「偽物でも、あの宝石は美しかった、あの時、言いたかったのは同じくらい」
 
 貴方がといいかけてガニマールは両腕を伸ばして抱きしめた、それは、あの屋敷の中で貴族で未亡人という彼女相手にはできなかったことだ。
 
 「よ、酔ってるんですか、ガニマール、警部さん」
 
 驚きと焦ったような相手の声にガニマールは真面目に答えた、酔っていない、それに、今は仕事中ではないのだから許される筈だと顔を寄せた。
 
 「マダム・ジェニーナ、私は(あのときから)」

 
  
 女性はくすぐったそうに身をよじらせるが、ガニマールは構わずにキスをした、後で髭の手入れをしなければと、そんな事を思いながらだ。