その女はスーツケースをを引いて歩いていた、後ろ姿だけなのに、思わず足を止めてスカーは見入ってしまった、似ていると思ってしまったのだ、兄の友人に。
姿を見かけないと思っていたら旅行に出掛けていたなんてことは、当たり前で、だが、旅から帰ってくると色々な国の話をしてくれた、土産もだ、それは友人の弟だから気を遣ってくれるのだと思っていた。
黒髪だったが、太陽の光に透けると薄い茶色、時には金色に光って見えたりしたこともあった、そういうのはイシュヴァールの人間にはいなくて珍しかった、だから彼女の後ろ姿を時折、じっと眺めてしまう事があった。
そんな自分の視線に気づいているなど、あの頃は気づきかなかった。
牢屋に放り込んだ二人のキメラはすぐに釈放された、枷をつけられたこともある、それだけではない、上から、この件は終わりといわれてしまったからだ、余計な介入をするなと他の上層部からも言われたらしく、自分とキンブリーを呼び出したマスタングは奥歯に何か挟まったような、もごもごとした口調で、この一件、ご苦労だったというのでスカーはそうかと呟き、キンブリーはやれやれと肩を竦めた。
「もう少し、しっかりして頂かないと、上の方々には」
キンブリーの言葉にマスタングは、ぎろりと睨んだ。
「それは私に対する嫌みか」
「おや、そんなつもりはありませんでしたが」
むっとした顔のマスタングを見て、スカーは内心、まただと思った、この男の怒った顔もだが、二人のやりとりは見ていて気持ちのいいものではない、いや、キンブリーのような人間に本気で怒ったところで仕方ないだろうとスカーは思ってしまう。
その日、少女の姿を見つけたスカーが迷ったのも無理はない、あれから一週間近くも過ぎているのだ。
声をかけて、あの時は驚かせて悪かったと一言謝ろうと思ったが、こういう場合、どんなタイミングで声をかけたらいいのかわからない、それに少女は一人ではない、他の子供達も一緒だ。
ええい、仕方ない、このまま通り過ぎてしまおうと思った、だが、少女の方が気づいた、多少の気まずさを感じて立ち去ろうとしたが、話しかけられて、できなかった
「軍人さんだったんですね、あの時は、ごめんなさい」
頭を下げられて、すぐには言葉が出てこない、だが、少女はすぐに子供達の方に向か
って行く、引き留める隙もない、自分のコミニュケーション能力のなさに内心、まずいと思いながらも、スカーは歩き出した。
しばらくは街中を巡回してくれとマスタングに言われていたからだ、セントラルは大きな都市で人口も多い、その為、他民族の人間、旅行者たちがトラブルに巻き込まれることも少なくない、警察、軍も領分、管轄に関係なく協力しなければというのだ。
これも仕事と割り切るしかない、そう思いながらスカーは巡回を始めた。
少し休みたいと思い、通りを歩いていたスカーはカフェに入った、ゆっくりしたいの
で紅茶だ、できれば甘いケーキも一緒に頭脳労働者だからと自分に言い訳しながら運ばれてきたカップ、ミルクをたっぷりと入れた紅茶を一口啜った。
近くの席の初老の男性が珈琲を飲んでいる、ふと思い出した、ある男のことを、ティム・マルコー、結晶の錬金術師という二つ名を持っている男は医療研究者であり生態系錬金術師だ、仕事の時はいつも珈琲を飲んでいた。
デスワークで遅くまで仕事をするので眠気覚ましの為らしいが、紙コップに入った冷めてぬるくなった珈琲を何杯もだ、自分なら正直、御免被りたいところだ。
食べる事に興味がない、無頓着なのかと思ったら自分で料理はするらしい、腕前もなかなかのもので研究所員に振る舞ったりすることもあり、以前、自分も一度、口にしたことがあったが、なかなかだったことを思い出す。
料理が趣味といえば聞こえがいいが、友人は、それほど多くないようだし、年も年だ
付き合っている相手などいるのだろうか、老後が気にならないのだろうか、そんなことを考えていると、ふとカップが残り少なくなっていることに気づいた。
お代わりをしようかと少し悩んだが、席を立ったのは、いつまでもだらだらしている
わけにはと思ったからだ。
最近、遠方からの人間がセントラルに多く来ている、旅行者だけではなく、大道芸
人、サーカスや見世物の一座だ、トラブルが増えているのでといわれて、それは自分の仕事なのかとマスタングに軽く嫌みを返すと、相手は無言になった。
もしかして、周り、いや、上から何か言われたのかもしれないと思っていた、勿論、それは自分の予想だが、あの時のキメラの二人が釈放されたことにも不満ではなく、疑問を持っていた。
「さて、見回りでもしますか」
席を立ち、歩き出す、まだ、午後を少し過ぎたばかりだ、早めのティータイムという
のも悪くない、そんなことを思いながらゆったりとした足取りで歩いていると足が止まった、少し離れた先でも分かる、あの男は。
体格のいい褐色の肌の男、スカーだ、だが、一人ではない、女がいたからだ。
まさか、ナンパ、いや、それはないなと否定したというのも明らかに女性の顔は。
キンブリーは近づきながらわざと大きな声で呼びかけた。
「こんなところで何をしているんです、スカー君」
振り返り、自分を見た女の顔は、わずかにほっとした顔つきだ。
「ああ、失礼しました、彼は私の部下なんです、市内の安全と見回りを軍から命じら
れていて、決して怪しい者ではありません」
胸ポケットから手帳を取り出して女性に見せる、笑顔も忘れずにだ、女性は慌てて首を振った。
「いえ、実は私が困ってるのを見かねて、声をかけてくれたんです、でも、びっくり
して」
キンブリーは首を振った。
「無理もありません、たまに間違われることもあるんですよ、犯罪者の方に、ほら、
サングラスぐらい、取ったらどうです」
言われて渋々という感じでスカーはサングラスを取った、素顔が見えたことで女は緊張から、ほっとした表情になったようだ、だが、スカーの顔を見て尋ねた。
「結膜炎、なんですか」
「換金ですか」
この国の通貨を持っていないという女の言葉にキンブリーは相手をまじまじと見た、衣服などから見て、この国の人間に見えないこともない、だが、よく見ると顔立ちや肌の色からして明らかに、国外の人間だ。
どちらからいらしたのでしょう、最近、規制に一部ですが、制限がかかり、厳しくなっているのですよ、よろしければ見せてもらえないでしょうかと言葉を続けた。
自分が警察、軍、公安の人間だと手帳を出したので安心しているのだろう、女は肩に
提げていたバッグから財布を取り出し中から取りだし、貨幣と札をキンブリーに差し出した。
(見たことがない、どこの国のものだ)
チラリと隣にいるスカーを見ると、相変わらずの無表情だ、しかし。
(知らないようですね、でも)
目の前の女性が犯罪者、いや、後ろめたいことのある人間なのかと聞かれたら、自分の感というものに対して自身を持っていたキンブリーは迷った。
「あ、あの、もしかして無理ですか」
「いえ、そんなことはありません、ただ、最近は旅行者も多くて、換金所も大変混雑
しているんですよ、もし、よろしければ」
キンブリーの提案に女は驚いた。