「スカーさん、お願いがあるんです」
マルコーが出かけた後、声をかけられたスカーは内心、ぎくりとした、マルコーから言われていたせいもあり、彼女に対しての接し方を、もう少し温和にしなんとかして欲しいと言われていたのだ。
元々、人付き合いは上手ではなかった、それを周りの人間も知っているから今まで何もなかったのだ。
「これを読んで欲しいんです、まだ、こちらの文字には詳しくなくて」
目の前に出されたのは新聞が数日分はある。
お願いしますと言われて無下に断る事はできない、スカーは床に腰を下ろして読み始めた、
「スカーさんの上司は厳しい人なんですか」
「そうだな」
「いい人ですか」
「厳しくてもいい人なら、いいですね」
「お前はどうなんだ、働いていたのだろう」
「バイトでしたけど、駄目でした」
何が駄目なのか分からなかったが、聞く事はしなかった。
仕方ないと思って新聞を読み始めたスカーだが、自分のすぐ隣で覗き込むようにして女の顔と体がそばにあるのは気になった。
しばらくして、一息ついたとき、窓の外を見ると雨が降っていた。
「先生、傘を持ってたかなあ」
振り返るとスカーが自分を見ていることに気づいた、その視線が何故か気になる、尋ねようとすると向こうから切り出した。
「マルコーが好き、か」
いきなりの質問は素直に頷けばいいのか、好きかというのは曖昧すぎる言葉ではないだろうか、これが若い女の子なら学生のノリで恋バナに発展して賑やかになるのだが、この場合はどう答えればいいのだろうと少し迷った。
「好きですよ、嫌いなわけないでしょう、スカーさんもでしょう、作ってくれた食事もおやつも残さず全部食べて、泊まらせて貰ってるし」
むっとした顔になった、もしかして、嫌みだと思われたかもしれない。
「スカーさんは雨の日って嫌いですか」
「いや、別に好きでも、嫌いでもない、普通か」
「私は好きですよ、ここに来て初めて先生に会ったときも雨が降ってたんです、雨宿りしてたら家に入れてくれて晴れてたら、そこで終わってましたよ、人生、ジ、エンド」
窓の外から視線を移して、スカーを見ると彼女は笑った、スカーさんの事も好きですよ、最初は怖かったけど、と。
「あの少年、エンヴィーが来たときは怖かったですよ」
平気なふりをしていたが、内心はヒヤヒヤだったのだ、人間ではない、ホムンクルスだから人間とは違うだろう。
「でもスカーさんがいたから、もし力業でこられてもなんとかなるんじゃないかと思ったんです、それに、ここ軍人さん、アレックスさんという人も泊まっているから大声を出せばって思ったんです」
彼女の言葉にスカーは内心、いや、少し驚いた顔になった。
「口先三寸で誤魔化せたのは、相手が子供だからですよ」
初日の仕事を終えて軍の建物を出たマルコーは雨がやんだ事に、ほっとした。
宿へと向かっていたが、ふと、一軒の店の前で足を止めた、ウィンドーの中のケーキに目がとまったからだ。
いくつか包んで貰って、歩き出すとしばらくしてドクターと声をかけられた。
振り返ると長身の男性が近づいてくる、軍の施設内で顔を合わせた事があると思い出した、確かアイザック、挨拶程度に会話も交わした。
「マスタング大佐の下で働いていると聞いたが、どうだね、仕事は」
実は辞めたいと思っていたんですとアイザックが渋い顔で答えた。
「退職するつもりだったんですが、なんと言いますか、うやむやにされそうで、それより、こんな時間まで怪我人が多いんですか」
引き継ぎがうまくいってなくてね、怪我人は、それほどでもなかった、その言葉にアイザックは頷いた。
「軍の内部、人手、人材不足のようです、先生のところは、どうです」
アイザックの言葉にマルコーは内心、辟易した。
「引き抜きの話かな、こちらの人間が一部、ブリックスへ連れて行かれたと聞いたがね」
「国境付近の警備が手薄になってはいけないと、あちらの上層部がごり押ししたという噂があります、ここの大佐とは仲が良くないみたいですね」
そうなのかとマルコーは頷いた。
「ところで、仕事とは関係ないのですか、先生のところには助手の女性が」
「美夜のことかい、彼女が何か」
「生まれつきのものですか、あの髪の色は」
アイザックは遠慮がちに低い声で呟いた。
「以前、後ろ姿を見たとき、年寄りと間違えてしまったので」
マルコーは内心、くすりと笑った、見た目よりも繊細な性格だと思いながら彼女のことだ、は気にしていないだろうと答えた。
「女性は気にするのではないかと」
確かにとマルコー思った、それほど多くの女性の事を知っている訳ではない、昔、女性の部下も数人いたが、意外と逞しい性格ではなかったか、いや、男性が多い職場だと自然とそうなるのかもしれない。
若い娘なら老けて見られたと怒るかもしれないが、そんな歳でもないだろう、何かあると自分は子供ではないからと笑い飛ばしている。
「大人だよ、彼女は気にしておらんよ」
そう言ってマルコーは笑った。
お帰りなさいと出迎えてくれた彼女に、お土産だと箱を手渡す、中身がケーキだと分かるとニコニコと嬉しそうに笑う彼女の顔を見て、やはり女性は甘い物と菓子が好きなんだとマルコーは思わず笑ってしまった。
食事をすませて、デザートのケーキを食べ終わると風呂に入ったマルコーはやれやれと思った、二週間という期限だが、もしかして延びるのではないかと思ってしまうのは帰り道で出会ったアイザックとの会話のせいかもしれない。
風呂に入って明日に備えよう、湯船に浸かってぼんやりと天井を眺めていると、入りますよと彼女の声がした。
マルコーは驚いた。
「背中、流しますよ」
上はタンクトップ、下はパンツを履いている、しかも、自分のブリーフだ、視線を思わず逸らしてしまった、遠慮しないでと言われても正直、したいところだ。
タオルにつけた石けんを泡立てて、さあと言われては断る事もできない、緊張しながらも思わず自分の下半身に目をやった。
自分は、もう歳だ、そんな事はないだろうと思いつつも、つい見てしまうのは男だから、かもしれない。
(よかった、いや、この場合は良くないのか)
ごしごしと背中を洗われるのは気持ちがいい筈なのに。
「先生、緊張してます、あっ、もしかして、勃○してます、大丈夫ですよ、あたし不感症ですから」
何だ、その発言は、さらりと口にして、いや、関係ないだろうと言いかけたが、言葉に困ってしまった。
髪も洗いますね、昔、美容院の知り合いと練習したんですよ、彼女の言葉を頷きながら聞いていたが、その実、マルコーの意識は時分の下半身に集中していた。
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