先生の知り合いに会うんでしょ、ちゃんとした恰好で行かなきゃ駄目でしょ、セントラルのホテルの一室では自分がコーディネートしたというスーツを着た女にラストは化粧を施していた。
「な、なんだか、仰々しすぎない、いや、こんなにびしっと決めなくても」
するとラストは一喝した。
「相手も医者よ、助手ですって紹介されて変な恰好だと恥をかくのは自分一人だけじゃないのよ、セントラルで開業しているんだからね」
「え、偉い人なのね」
少なくとも助手のあなたよりはね、その言葉に頷く女の姿を見るラストは、ふうっと息をついた、しばらくすると用意はできたかねと入ってきたマルコーも、いつものくたびれたスーツではない。
久しぶりに友人に会うからなと、その台詞はどこかぎこちないと感じるのは気のせいだろうか。
「そんなに緊張しなくていい」
「い、いえ、先生の、しり、いえ、友人ですし」
実際のところ、緊張しているのは自分の方だとマルコーは思った、こういうのを騙し討ち、卑怯ではないかと思うのだ、幾ら背中を押されたからといって、勿論、セントラルにいる友人に会いに行くというのは嘘ではない、だが、それだけでないのも事実だ、駄目だといえないところに自分の気の弱さがある。
こういうのは思い切り、こっち側から切り出した方が女は嬉しいものなのよといわれて、自分と彼女は、そういう関係ではないと訂正しようとしたのだが、いや、傍から見たら完全に夫婦、できている関係といわれて言葉が出なかった。
「好きって普段から言われているじゃない」
「いや、あれは、恋愛とか、そういう意味ではなく」
「自覚のない男って、これだから」
呆れたような物言いで返されてマルコーは言葉を飲み込んだ。
その日の午後、尋ねてきた友人姿を見てノックスは驚いた。
「本当に来たのか、おまえさん、いや、手紙が来たときは驚いたが」
「ああ、こんなこと頼める人間がいなくてな」
その言葉に眼鏡をかけた医者は、マルコーと女を交互に見た、何か言いたげにだ。
「まあ、茶でも入れるから、話はそれからだ」
出されたお茶は渋かった、茶葉の入れすぎではないかと思ったが、まあ、男一人だというから、こんな物なのだろう。
「とりあえず、俺の名前を書いといた、だが、その前に聞いていいか、あんた」
ノックスは女を見ると真顔になった。
「本気で、こいつと結婚、するのか」
頭がフリーズしたのはいうまでもない。
「いや、あそこで否定されたら、どうしようかと思ったよ、ははっ」
最後の笑いが、少し力が抜けたように感じるのは気のせいではないはずだ。
「首謀者はラストですね、で、先生も一緒になって直前まで黙っていて」
「悪いと思ったんだ、だが、まあ、なんというか」
途切れ途切れの言葉を聞いていると焦っているんだろうなあと思わず笑いたくなるが、それを我慢する。
「役所に届けを出したし、帰りますか」
「いや、今からだと帰るのは遅くなる、宿を取ってあるはずだ、そうだ、指輪でも」
んーっと考え込むと美夜は一瞬、悩んだ、ブリックスは寒いし、金属のアクセサリーは冷たくありませんかと、その言葉にマルコーは、あっと思った。
「それに恥ずかしくないですか、なんだか、結婚しました、夫婦ですって公言しているみたいで、それよりも」
突然、自分の手を掴まれてマルコーは唖然とした。
「こっちの方がいいですよ、冷たくないから」
いや、指輪より恥ずかしいと思いながらマルコーは周りを見た、すれ違う人間に知り合いがいたらと思ったからだ。
「恥ずかしく、ないかね」
手を離そうと思っても何故かできず、隣を見たが。
(なんだね、その)
わずかに顔を下にして俯きかけた、その横顔は自分よりも、いや、ひどく恥ずかしそうな顔だ、それを見て何もいえなくなった、というか、楽しくなりマルコーは思わず笑いを漏らした。