我が家の夕食は、お約束の鰻丼でした。
お中元でいただいたものです。ラッキー

この土用の丑の日に鰻を食べるようになったのは、
平賀源内さんが言いだしっぺでそうです。
最初は、「う」のつくものだったそうで、「うどん」でも「うぐいすまめ」でも
よかったんだそうです。
やはり、夏の暑いこの季節、夏バテ対策に精のつくものということで
後世に伝承されたのがうなぎなんでしょう。
で、このうなぎの割き方が江戸と大阪で異なったんだそうです。
武家社会の江戸は【腹を割く】は切腹に通じるってことで、背中を割いた。
商人の町大阪では「腹を割って話しまへんか」ってことで、腹を割いた。
この境界域をかなり前にテレビで放送してたけど、愛知県の静岡県境よりの
地域が境目でした。
あとは、蒸してから焼くとか、いろんな焼き方があるようですが、
我が家は、取扱説明書にのっとってるんじゃないかと・・・。
さすがに、中国産のうなぎが何を食わしてるかわからないってことで、
売上激減だとか・・・。
あと、長野の養鰻業者が土用というのは年に4回、春夏秋冬あるのだから、
四季折々に鰻の拡販に努めようと取り組み始めたとか・・・。
商いは、アイデア勝負なんですねぇ。