こう言う使い方もあります。
和家具のたんすをこの様に使って見ました。
たんすに仕舞う陶器
お問い合わせは建材工房まで054-635-1180
志太民芸家具を作り始めて 間もない事でした。
大手のデパ-トに問屋さんを通して出荷したのです。
今とは違いデパ-トは大々的に家具を扱っていました。 阪神淡路大震災の後からデパ-トは
家具の取扱いが段々に縮小されたのです。
ある日デパ-トから直接1本の電話が有りました。
外商がお客さんが買われた家具を配達設置中に二階から 落としてしまったというのです。
代替え商品は有りますか
何日も掛かって作るたんすが直ぐには出来る訳がないのですから
もう現場はパニックで困った どうした事か・・・・
話を聞くと家具はバラバラにならず 本体全体が歪んで居ると言う事でした。
今の時代とは違い電話では状況がどの様になっているのか想像が出来ないから
商品を一度工場に送り返して下さいと言いました。
落とした家具を 修理して送り返すと 関係者はびっくりしました。
普通二階から落としたら 家具はバラバラになり傷だらけで修理は不可能だと言います。
それが 10日足らずでもとに戻った物ですから 関係した方々は本当にこれは凄い
商品だとびっくりされました。
又この事故が商品の凄さを証明したと 関係者は セ-ルスポイントにも成るよと
言れて信用を頂きました。
http://aoshimahomes.jp
ご覧ください。
志太民芸家具
志太民芸家具はどうして生まれたのか
元々地元の大工さんから仕事を受けていた建具屋さんでした。
第一次オイルショックの頃 住宅の建具は木製建具から アルミ建具に変わり始めていました。
今までは玄関から 窓 雨戸までが木製でした。 それがアルミサッシに変わるとなれば木製建具の
仕事は薄くなりました。 勿論アルミサッシも手掛けてはいましたがサッシの材料を仕入れて寸法に
組み立てる それはある意味 誰にでも出来る事 サッシの仕事はライバルも多く競争も激しくなりました。
折角今まで先代から教えてもらった指物の技術が有るのに何か出来ない物か・・・・
色々試行錯誤を繰り返して 指し物の技術を取り入れた家具を作れない物か
そんな時に先代の使う道具箱や道具物を仕舞う棚物がそうした技術で作られている事に気が付きました。
それらがヒントになり今の志太民芸家具となった訳です。
有る見本市会場に 商品を並べて色々説明をしていると 大手デパ-トの偉い方が
この家具に名前を付けてくれないかと言う事になりました。
どういう名前が良いのか 皆で 色々知恵を出し合いました。
こう言う家具だから地名を取るのも良いかも知れない 以前この藤枝市は志太地方と言われていました。
そこで志太という名前を取り 志太民芸に決めたのです。
すると お客さんは地名を知らないから これは縁起が良いね~
私達はお客さんの言う意味が解らなかったのです。
そしたら 志太とは志が太いと書くじゃないか・・・・
一方方向しか見ていなかった私達 お客さんから凄く良い言葉を頂き 励みになりました。
それが志太民芸家具です。
お問い合わせは建材工房まで065-635-1180
メ-ルはaoshima1-homes@thn.ne.jp
http://aoshimahomes.jp
私は単に古い物を アンティ-クだと思っていました。
今まではそう思っていました 所が昨日あることでそれを知りました。
ビンテージは20年~30年以上、100年未満の年数を経たもの
アンティークは100年以上の年数を経たもの。
そう言う事だったのです。
志太民芸家具の和家具はまだビンテージだという事です。
たんす 水屋 火鉢など大事に使って頂いてアンティ-クを目指して欲しいです。