志太民芸家具は和モダンで癒しの和風 高級和家具

框造りの志太民芸家具は本物の高級和家具
親から子 子から孫へと代々使える高級和家具です。

建材工房は洋風と和風の物があり不思議と言われる2

2020年02月09日 | 民芸家具

 

建材工房は洋風と和風の物があり不思議と言われる2

シンガポ-ル見本市を終えた社長 目標はアメリカに向かっていました。
今の様にネット検索は出来ない時代矢張り書物からの情報です。
アメリカの見本市 アメリカの和家具の情報 和家具が受け容れられるか
1984年に静岡県を通じロスアンゼルスのギフトショウに出展したが
この時は私共はアテンドせず現地は県の人に任せたがやはり売る側の熱は
伝わるはずがなく失敗に終わりそれではだめだと反省し自分の目で見本市を見て
何処に出展するのか決めると言う事でアメリのハイポイントに見本市がある情報を
見つけそれにはどうするか更に調べてその見本市を見に行くことに決めた。
その役目がどうしてか私でした。航空券宿を旅行社に依頼し出かけたが
私一人で出掛けるのは心配とまだ中学生の息子と一緒に出掛ける事に成った。
親が出来ない英会話 息子に期待し将来そうなればと思ったらしいが子供は
自分の夢があり親の都合では動かないものいです。
荷物の番人くらいしかできない息子を連れて出かけた。
 飛行機にツア-で乗るのとは違う搭乗手続きから乗り継ぎの事まで全部が
自分に掛かる海外の旅ドキドキドタバタの旅が始まりです。

以前主人が視察旅行に出かけた際にツア-で出掛けた時にご一緒した
年配のご夫婦が食事もしないで居た事を聴きこれからは片言で良いから
英語が話せたらと言う事で外国人の先生がいる英会話教室に行き始めていた私
その先生がミシガン州に実家がありそこを尋ねる様に言われていたのでこの旅の
予定にも入れて1週間のホ-ムステイをすることに成っていた。

成田空港からシアトル経由でシカゴに飛ぶ予定になっていた。
成田を飛び立った時点でもう頭の中は入国手続き 乗り継ぎが頭の中に
いざシアトルに到着して国内便に移動する時は日本語のアナウンスがあるけど
国際便から国内便への移動は地下鉄移動なので次の飛行機に乗り遅れたら
言葉が上手くしゃべれないから大変だと言う事でもう必死でした。
国内で時差のある国シカゴに着いた時はもう外は暗くとても怖いと感じた。
空港のインフォメーションカウンタ-で初めて聞いて見たが親切に教えてくれた。
これから予約してある宿に移動するが此処でもバス移動どのバスに乗るか?
色々な人に聞くが黒人の案内の人は私が言葉が解らないから罵声を上げていたと思う
多分馬鹿と言ったのでしょう。解らない私は幸いだったがそれを見た白人の人に
私はあなたと同じ方角に行くから大丈夫そのご婦人に助けられ予約の宿に泊まった。
この時も予約して有るけど余分にお金を要求される所でしたが頑張りそれは逃れた。
早朝次の目的地に飛行機で移動する為今度は ホテルが持つバスで空港に移動した。
国内便で長閑に過ごす現地の人 日本人は少ないせいか皆親切にしてくれた。
田舎の空港から宿に移動してノ-スカロライナ州の見本市を見に出かける予定で
見本市の場所は高速を車で1時間は走る場所にあり高速バスの乗り場 時間を確認して
宿で休憩をし様と思った。日本を出てからドキドキの連続 少し疲れた感じでした。
 

次に続く


建材工房は洋風と和風の物があり不思議と言われる。

2020年02月07日 | 民芸家具

建材工房では志太民芸家具 輸入住宅建材を倉庫内に
並べてお客様がご覧になれる様にしてあります。
よくお客様には言われることですがどうして洋風な物と
昔からの和式の物が置いてあるのかと言われています。
それは先代が商売を始めたのが木製建具を大工さんから
受注し制作していたからでした。オイルショックの頃
木製建具からアルミサッシへと住宅の戸は変わって行ったことでした。
アルミサッシなら誰でも作ることが出来木の持つ特徴などは関係のない事
でしたから何か他に出来ないかと民芸家具を作るようになったのでした。
その頃木を扱う仕事は同じでも家具を製作販売と商売を軌道に乗せるのは
ものすごく大変でした。今までは大工さんからの受注ですから家具業界の事は
見本市出展とか一からの学びでしたが今と違い経済が物凄く活発でした。
 その頃家具は今と違い静岡県の地場産業のひとつでした。

民芸家具が問屋さんを経由して大手百貨店で売れ出した頃 
社長は世界の家具は日本へ輸入される日本の家具は海外に輸出し
売れない物だろうかと色々と考え 海外の市場を意識し始めました。
 家具の海外市場を視察後家具の組合を通じてシンガポ-ルで見本市を
開催し出店する計画が実行されたのでした。
その時にアテンドとして参加した私は思いました。
見本市に参加して日本と違う国民性を肌で感じましたが
今回どうしてシンガポ-ルなのか?

それは シンガポールはその当時世界の物流が集まりパブと呼ばれた
からでしたが 自分が売込みしたい市場がある場所とは遠く離れ
売込みしたい国に行かなければだめだと私は思いました。
 シンガポ-ルで問屋さんの様な業者を見つけるのは難しいと思いました。


次回に続きます 


もう直ぐひな祭り 

2020年02月06日 | 民芸家具

もう直ぐ3月3日祭りですね。

日本では昔から女の子が生まれると健康に育ちます様にと嫁の実家から
ひな人形を送った物です。
ところが最近は住宅事情もあり昔の様に段飾りは貰うが側から断られて現金だったり

小さめのいつでも出し入れができるものをと変わりました。

共働きで時間追われてひな人形を眺めて出し入れする時間が無いのが現実だと言います。
段々こういうしきたりも影が薄くなり寂しい物です。
まだ昭和 平成の中頃までは在りましたが最近は少なくなりひな人形やさんも昔に比べて
少なくなりました。


写真の人形は以前親戚からこの人形を貰いました。
とても可愛らしく夫婦で今も健在30年位前の様な気がします。
ビンティ-ジ物に興味がある方はお問い合わせください。


ぷちリフォ-ム工事

2020年02月05日 | 輸入住宅建材

建材工房からプチリフォ-ム工事手すりを付けた事
どうしても高齢になると歩行が不安定なるので捕まる場所が
欲しくなるのです。ドア-を開けて手で伝いながら用事を済ませる
自分で出来る事は自分で それが一番だと思います。

何かお困りの事があればお手伝いが出来ますので
建材工房までお問い合わせください。054-635-1180