岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 132(鬼畜道悪魔的思想助言編)

2024年12月03日 10時30分00秒 | 闇シリーズ

2024/12/03 tue

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01 鬼畜道 悪魔的思想編 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

鬼畜道~天使の羽を持つ子~悪魔的思想(恋愛)運良く小説の賞を授賞し、全国書店にて出版を果たした俺。総合格闘技ディーファからのオファーを受ける形で、約七年半ぶりに...

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古木英大、牧田順子、影原美優の犬さえ食わないどうでもいい三角関係。

俺なりの答えは出したつもりだった。

影原を妊娠させてしまった古木。

牧田と別れ、影原を選ぶしか他に方法な無いように思えた。

あとは勝手にやってくれという話である。

朝八時半くらいの急行で西武新宿駅へ向かう。

これまでほとんど遅番勤務。

早い時間帯でも昼くらいからだったので、本当の通勤ラッシュには参る。

特急小江戸号で行こうにも、朝は席が売り切れてしまうのだ。

新宿駅西口方面へ歩き、ロータリーを横切ったらオフィス街へ。

あとは一本道でKDDI新宿事業所ビルへ到着だ。

本来のサラリーマンはこんなにもたくさんの人数がいるのかと、毎度の事ながら驚く。

首に掛けたIDカードを入口で通し、中へ入る。

二十階まで直通のエレベーターの列へ並ぶ。

次の次くらいでようやく乗り込めそうだ。

二十八階で降り、そのままロッカー室へ。

携帯電話や貴重品をロッカーへしまう。

小銭入れだけ持って自分の部署へ向かった。

IDカードを三回通し、扉を潜る。

ようやく自分の席へ座り、パソコンを立ち上げる。

IDとパスワードを入力し、そこで初めてパスワードが起動する。

ここで初めてタイムカードがカウントされた。

九時四十五分。

辺りを見渡す。

同期の松本礼二が入ってきて、俺の隣へ腰掛ける。

「岩上さん、おはようございます」

「松本さん、おはよう」

こうして俺のKDDIの一日が始まった。

 

十九時業務終了。

一日の仕事が終わる。

ロッカー室へ行き携帯電話を見ると、古木からの着信が数件あった。

嫌な予感がしたが、まずはビルを出て外へ向かう。

何となく古木の用件は予想がつく。

自分でしでかした事なのだから、自分のケツは自分で拭けと言いたい。

昨日あの二人と無駄な時間を付き合い、精神的に疲れていた。

先ほどの古木の電話は、おそらく牧田順子へ昨日の成り行きを伝えに行き、逆に説教でもされ、また心境が変わったのだろう。

正直彼がどっちとくっつこうが、俺にはどうでもいい事だ。

いい加減自分の人生なのだから、そのくらい自己完結してほしい。

メールが入る。

古木からだった。

内容は牧田順子が自分だけ、俺と相談してないから私も先生と会って話したい。

そんな文面だった。

返事をする。

三日後でないと仕事が休みでないから、その時にしてくれと。

つくづくウンザリした。

図に乗った古木の暴走。

その馬鹿を待つ馬鹿な女。

そんな馬鹿を諦められない腹ボテの女。

何故そのくだらない輪へ俺を入れようとするのだろうか?

俺の意見が変わる事は無い。

古木は責任を取って影原とくっつき、牧田が諦めればいいだけの話だ。

俺は自分の生活ですら、始まったばかりなのに……。

望からはあれ以来連絡は無い。

彼女が離婚をしたのかすら分からない状態だ。

無性に会って思いきり望を抱きたかった。

 

三日経つまでに古木から再三連絡があったが、あえて無視する。

三十四歳にもなって自分の恋愛ですら、俺がお膳立てしないと何もできないのか。

一連の古木三角関係騒動には虚脱感しかない。

俺は自分の為の生活を優先した。

三日経ち、古木から早速連絡が入る。

「度々すみません、岩上さん」

「いや、ほんと自分の事でしょ? いい加減しっかりしてよ。大方牧田順子と話に行って言えなかったんでしょ?」

「ええ…、仰る通りで……」

「古木君は影原美優とくっつく。牧田順子にこそ、ハッキリ別れを告げる。それ以外言いようが無いよ」

「いえ、それで順子が私だけ岩上先生と話をしていない。だから私も話をする機会が欲しいと……」

予想通りの結果。

前回と違う部分。

俺が説得する相手が影原美優から牧田順子へ変わっただけ。

「古木君さ…、自分ですべて勝手にしでかした事だよね? 何で牧田順子に自分で言えないの?」

「岩上さんと別れたあと美優と部屋に戻り、翌日言いに行ったんです。言おうと何度もしたんですが、結局泣けちゃって言い出せなくて……」

本当にそんなの知らねえよと怒鳴りつけようと思った。

だがみんな肝心な事を忘れている。

影原美優は妊娠四ヶ月で、おろせる期間が決まっているのだ。

「…で、俺は牧田さんに会って何を話すの?」

「何を話すと言うよりは、私だけ会わずに話が進むのは不公平だと……」

だからどいつもこいつも、何故俺を間に入れようとするのだ。

「あのさ古木君…、ぶっちゃけ君が誰と付き合おうと俺にはどうだっていい事なんだ。君が影原美優を妊娠さえさせてなきゃね。四ヶ月だよ、四ヶ月! 事の重大さ理解してるの?」

「そ、それはあいつが人を騙し討ちするようなやり方で……」

「古木君っ! いい加減それ、止めなよ! 見苦しいにも程がある」

「すみません……」

「まだ今は彼女一人でワーワーやっているからいいよ。法的に色々動かれてみなって。それでもいいなら、好きにしてくれ」

「で、ですから相談できるのが、ほんと岩上さんしかいなくて……」

頭がパンクしそうだった。

どうでもいいくだらない案件に、何故まだ俺を巻き込もうとする?

「岩上さん…、今日お休みでしたら、順子と会ってやってもらえないでしょうか?」

「……」

「お願いします!」

何でみんな、俺の迷惑を何一つ考えてくれないのだろう。

古木は俺がうんと返事をしない限り、このままなんだろうな……。

本当にウザい。

俺が何をした?

何の罰ゲームなんだ?

最初に古木と牧田をくっつける協力をした……。

確かに今回のケースで、牧田とだけ俺は話をしていない。

「分かった…。俺が牧田さんに会えばいいのね?」

「お願いします! 自分も同席しますから」

「いや、来ないでいい」

「え、何でですか?」

「古木君は影原さんの傍にいなよ。不公平だと言うから、一度だけ時間を作るだけだ」

「で、でも……」

「それが嫌ならみんな勝手にやってくれ! 俺は君らがくっつこうが離れようが、どうだって日常に支障はない」

「……。分かりました。では、順子の電話番号言いますので、連絡してやって下さい」

溜め息が出る。

酷い休日となりそうだ。

 

夕方になり俺は朝霞市へ車で出発した。

古木の最初の彼女である牧田順子と会いに。

川越街道沿いにある彼女の家から近いレストランを指定され、そこへ向かう。

ファミリーレストランへ到着し、中へ入る。

すぐ牧田順子の後ろ姿が分かった。

岩上整体で見た時よりは少しゲッソリしている。

一連の騒動で彼女もウンザリきているのだろう。

「先生…、すみません、今日は無理言ってしまって……」

謝るくらいなら、俺を巻き込むなと言いたかった。

まず先日影原美優と会って話した事を伝える。

「先生! あの泥棒猫が私たちの間にしゃしゃり出て来たから……」

「牧田さん! そういう言い方は良くない。彼女も君も被害者なんだから」

「でも、あの女が……」

「ごめん、そう感情的になって普通に話せないなら、俺は帰るよ」

伝票を持って立ち上がる。

これ以上堂々巡りをしたくなかった。

当事者同士で勝手にケリを付けてくれ……。

「分かりました! 感情的になりませんから!」

縋るように牧田が立ち塞がる。

いい加減解放してほしかった。

「一番悪いのは誰か理解しているの?」

「……」

ここでまだ影原美優と答えるなら、もう話す事は無い。

「答えないなら帰るよ……」

「古木です! 古木が一番悪いのは分かっています! でも…、私別れたくないんです!」

コイツもただの駄々っ子か……。

「いいかい? その古木がやらかした結果が現状なんだ! 影原は妊娠四ヶ月…。おろすタイムリミットがあるんだよ! 君が身を引けば済む話なんだ」

「でも、私……」

「一つ質問するよ。俺は君と古木が俺の整体に来た。彼は結婚を考えているとまで言ったから俺は協力したんだ。ぼだい樹の奈美にしてもね」

「はい、あの時は本当に幸せでした……」

「それをぶち壊したのは古木自身でしょ? 裏切られたんだよ、君は? 呆れないのか?」

「呆れはしました。この手で殴りもしました…。でも…、やっぱりまだ好きなんです……」

「……」

馬鹿につける薬は無いというのは、本当なのか。

「何故そこまで彼に拘る?」

「先生…、ここを出ませんか?」

「何故?」

「誰にも言っていない私の秘密を話します……」

「秘密? どんな?」

「ここではちょっと……」

仕方なく俺は伝票を掴み、会計をした。

外へ出る。

車の助手席へ牧田を乗せた。

人気の無い場所を適当に運転しながら探す。

誰もいない公園の近くに車を停めた。

「ここなら大丈夫?」

「はい」

俺はタバコに火を付ける。

窓を開け、煙をゆっくり吐き出した。

 

車に乗ってから牧田順子はずっと黙ったままだった。

俺はタバコを吸い終わると「悪いけど明日も朝から仕事なんだ。何も話さないなら、帰らせてもらうよ」と冷たく話す。

「実は私…、レズだったんです……」

初めて彼女を見た時、妙に男っぽいとは感じた。

まさか自分の直感が当たっていたとは……。

俺も過去別のレズ女と遭遇した事があった。

いつだったっけ?

百合子と出会う前?

いや、春美と会うよりも前?

いや、違う。

北中の裏ビデオの時代だ。

当時のあの様子を思い出していた。

当時DVDのコピーガードを外し、ISOイメージに置き換え、同じものを作れるようになった頃の話だ。

家でもちょっとした小遣い稼ぎにとDVDを作り、知り合いへ安く売っていた。

岡部さんの店でその話をしたら、用意してあったDVDをすべて買ってくれた事がある。

ちょっとした小遣いを手にした俺は、夜どこかへ飲みに行こうと川越の商店街クレアモールを歩いていた。

湯遊ランドの先にある如何わしい雑居ビル。

俺が求めた風俗嬢まどかの入っていたあのビルの跡地に、新しいキャバクラが入ったのを見つける。

店の名は『クールナイト』。

俺は早速四階にある店の中へ入ってみた。

 

『クールナイト』の男性店員曰くオープンしたばかりで、女の子全員が飲み屋で働くのは初めての子ばかりと聞く。

「ご指名は?」

「初めて来たんだから指名も何も無いだろ」

「かしこまりました…、それではフリーでつけさせて頂きます」

俺以外誰も客がいない店。

待機席に座る女数を数えた。

全部で五人。

一人が呼ばれ、こちらへ近付いてくる。

「紹介致します。清香さんです」

「はじめまして、よろしくお願いします」

線の細い美人だった。

清潔感溢れる感じがする。

昼は現役OL、夜ちょっとした小遣い稼ぎの為ここで初めて働くと聞いた。

彼女のいなかった俺は、二十七歳の清香と連絡先の交換する。

フリーの時間が来たので、俺は彼女を指名すると伝えた。

初見で結構気に入ったのだ。

しかし終電が近かった為、清香は謝りながら帰ってしまう。

仕方なく俺はフリーのまま、次の女を待つ。

「紹介します。萌花さんです」

茶髪おさげのメガネを掛けた丸顔の女が席へ着く。

年齢は十九歳。

この子も本日初めてキャバクラで働くらしい。

向こうから連絡先を聞かれたので、普通に交換する。

三人目が着くが、地味な女だったのでほとんど会話をせずに終わる。

その間二番目についた萌花から早速メールが届く。

見ると『刺激が欲しいです 萌花』と書いてあった。

三人目が終わったところで時間になり、延長するかどうか聞かれる。

俺は金を払い延長した。

四人目の女が来る。

美人だが酷く不愛想。

「何故君はそんなに綺麗なのに不愛想なんだい?」と聞いても妙に不貞腐れている。

気分を害した俺は店員を呼び、二番目についた萌花を指名した。

この女ならすぐに抱けると思った。

ある程度口説きながら時間がやって来る。

東武東上線川越市駅から二つ目にある鶴ヶ島駅に住むという萌花。

俺が出たら店も営業終了だろうから、プライベートで会わないかと誘う。

「お店の送りがあるんで、そのあとでよろしければ会いたいです」

これは今日会ったばかりで抱けるなと確信した。

会計を終わらせ、エレベーターへ乗ろうとすると、萌花が見送りに来る。

俺は手首を掴み「せっかくなら一階まで送れよ」とエレベーターの中へ引っ張り込んだ。

ちょっとした密室。

俺は萌花へキスをすると、首に腕を回し応えてくる。

スカートを捲りパンティーの中へ手を突っ込むと、ビチョビチョに濡れていた。

一階に着き「あとで鶴ヶ島駅着いたら連絡する」とだけ伝え店をあとにした。

 

完全な飲酒運転。

だが当時は飲酒に対し、そこまでうるさい時代でなかったのも味方した。

俺は車で鶴ヶ島駅に到着し、萌花からの連絡を待つ。

三十分ほどして、彼女から駅近くのレストランの前にいると連絡が入る。

すぐ向かうと萌花だけでなく、四番目についた不愛想な美人の女も一緒にいた。

調子に乗った俺は二人共抱けるのかと勘違いし、不愛想な女の顔を触ろうとした。

「汚らわしい! 触らないで下さい!」

いきなり手を跳ね除けられる。

そして俺の顔を怨念めいた表情でジロッと睨み付けてきた。

「岩上さん…、あなたはこの子に手を出した…。そしてこの子は私を裏切った。責任取ってもらいますから!」

俺と萌花の間にしゃしゃり出てきて、いきなり激しい怒りをぶつける女。

意味がまったく理解できなかった。

「とりあえず話は聞くけど、そこのレストランで落ち着いて話そうよ」

俺の提案で、二人共レストランへ入る。

「何を急にそんな怒っているの?」

「この子は、私を裏切った。だから岩上さん責任持って下さい!」

萌花がこの不愛想な女を裏切った?

意味が分からない。

とりあえず萌花のほうを見る。

すると萌花は「嫌…、別れたくない」と泣きじゃくっている。

ここで初めて理解できた。

この二人は真正のレスビアンだと……。

怨みの籠もった目つきで不愛想女は「萌花、責任取って下さいね!」と何度も言ってくる。

面倒臭いなと思った俺は、伝票の上に一万円札を置き「勝手におまえらで好きにやってろ」と吐き捨てその場をあとにした。

 

翌日になり俺は最初に着いたOLの清香へメールしてみる。

すると返って来たのは以外なメールだった。

『初めて話して誠実でいい人だと思ったのにガッカリしました。もう私に連絡してこないで下さい 清香』

なんじゃ、こりゃあと思った俺は思い当たる節を考える。

萌花しかいなかった。

俺は彼女へ電話を掛けると「あの子と一緒に住んでいたけど家を追出され、どうしていいか分からないから一番年上だった清香さんに相談しました」と正直に白状する。

収まりがつかない俺。

萌花とはレスビアンに邪魔されおジャン。

清香とうまく行こうとしたら、萌花が余計な口を滑らせて信用を無くす。

「おまえ、今から川越まで来い!」

俺が怒ったように萌花に言うと、電話を切られる。

そのあとすぐ着信拒否にしたようで、二度と彼女に電話が繋がる事は無かった。

三十代初期の苦い思い出。

 

「先生! 話聞いてますか?」

牧田順子の声で我に返る。

「牧田さんがレスビアンだというところまでは……」

「古木と出会うまで私はずっと女性を求めてきました」

「ごめんなさい、ちょっと言っている意味が分からないです」

「女性専用のレスビアン風俗ってあるんです。希少価値があるので料金は相場よりも高いですが……」

「え、そんなのあるの? 高いって……」

「一回五万は掛かります」

男が行く普通の風俗に比べればかなり高い。

ファションヘルスで安いところだと八千円程度で済む。

「どうやってそんなお金を?」

「私はただの雇われ調理師に過ぎません。だからコツコツ給料を貯めて、それで利用していました」

古木英大は自分が無い。

影原美優は自殺未遂に妊娠四ヶ月。

牧田順子はレスビアンだった。

一体何なんだ、コイツらは……。

「そんな私の心を溶かしてくれたのは古木なんです……」

「……」

「私、古木と別れたくない……」

牧田はそう言ってその場へ突っ伏して泣き出す始末。

「古木は君がレスビアンだって事は知っているの?」

「知りません……」

「……」

何、この新たな修羅場は?

俺にこれ以上何をしろと言うのだ。

「先生しか頼りになる人はいないんです!」

いや、そんな三角関係に俺を巻き込まないでほしい。

「何かいい知恵は無いんですか?」

これは牧田を古木と別れろと説得するのも、骨が折れそうだ。

 

シンプルに考えてみよう……。

二人の女は、どちらも引く気配はまったく無い。

古木の本音はどっちつかず。

問題なのは、やはり影原美優の妊娠問題。

あと子供をおろせるタイムリミットは、一ヶ月あるかないか……。

とても嫌な悪魔的な思想が頭に浮かぶ。

これは人道的に反するだろう。

だがこの混沌とした現状をどうすればいい?

他に打開策は無い。

俺は古木へ電話を掛けた。

「どうしました、岩上さん?」

「今一人?」

「ええ、夜食を買いに」

「傍に影原さんは?」

「自分の部屋にいますけど。何か?」

「俺からの最後の質問だ! 古木君、君はどっちと居たいんだよ?」

「牧田順子です……」

「分かった……」

「え、何が分かったんですか?」

「あとで牧田さんから聞け、切るよ」

古木が何か言っていたが構わず電話を切った。

牧田順子は不思議そうに俺の顔を眺めている。

「いいか、牧田さん……」

「はい、何でしょう?」

「まず君たちは別れろ」

「え! 何でですか?」

「演技でじゃない。本当に別れてくれ」

「先生、理由を言って下さい!」

「影原…、彼女は究極の駄々っ子だ。古木も欲しい。子供も産む。彼女が求めているのはそれだけ」

「本当にあの女は……」

「だからそれは止めろって! 何度も言ったろうが!」

思わず怒鳴りつけていた。

深呼吸してから、ゆっくり口を開く。

「まず、影原美優の要望を一つ叶える」

「それが古木と一緒になるって事ですか?」

「ああ」

「そんな! 私は……」

「いいから聞けよ!」

また怒鳴りつけた。

「はい……」

「牧田さん、君が身を引く事で、古木は影原のものになる」

「はい……」

「これで影原の希望を一つ叶えた形になる」

「それが何になるんですか?」

「それで一緒に同棲でも何でもいい。下手したら籍を入れたっていい。まずは影原の要望に応える」

「そんな事したら……」

「そう、望みを叶えた形になる。そこで古木はハッキリ言う。一緒にはなるけど、子供はまだ育てるのは無理だと」

「だって反対しますよね? あの女なら」

「うん、絶対に反対するだろうね。だから言えばいい。おまえを選んだのに、まだ自我を通そうとするのかと」

「……」

「だから籍でも何でもしろと言った…。まずは影原の希望を叶え、これだけ全部捨ててまで彼女を取ったのに、まだ子供に拘るのかと……」

「選択させるという事ですか?」

「そう、一緒に暮らすけど子供はおろす。子供を産むなら俺は知らないて、影原を捨てる。究極の二択をそこで初めて責める事ができる。牧田さん、君が別れてくれればね……」

「……」

「ここからは俺の独り言だ…。もしそれで子供をおろさせ、最低二年は一緒に暮らす。それでも古木が牧田さん、まだ君を選ぶと言うなら、俺の目の届かないところで勝手にしてくれ……」

この通り行うとしたら、本当に悪魔的思想だ。

影原美優の子供をおろす為だけに作られた悪魔的シナリオ。

「分かりました…。私は先生の言う通り、古木と別れます……」

「うん、それが第一段階だ……」

本当に嫌なアドバイスをしてしまった。

自分が嫌になる。

よくも人間的に腐ったこんな事を思いついたものだ。

俺は牧田を家まで送り、嫌な気分のまま川越に車を走らせた。

 

翌日、古木から連絡があり、牧田順子とは正式に別れたと報告があった。

「自分、美優と一緒に住めばいいんですね?」

未だ自分で何も決められない屑。

「ここからは古木君次第だよ。俺はもう知らない」

「分かってます! 美優と住み、説得して子供はおろさせる。二年ほど暮らしたら、順子の元へ行く。これで行きます!」

「いちいち俺に報告しないでいいよ。これは君たちの問題だ」

俺のアイデアが一人の罪も無い子供の命を消す……。

俺はこれでまた一つ業を背負う。

KDDIへ出社し、淡々と仕事を終わらせる。

明らかに古木たちの一件は俺を蝕んでいた。

夜になり牧田順子から電話が入る。

「古木には全部伝えました。彼、力強く私に言ってくれました。二年経ったら迎えに行くと!」

「そんなの俺にいちいち言うな! どうでもいいよ、そんな事は……」

「でも先生……」

「古木と別れたんだろ? もう俺とも関係ないはずだ」

本当にこの三人とこれ以上関わりになりたくなかった。

「先生、最後に一つだけいいですか?」

「何ですか……」

「愛は…、愛は絶対最後に勝ちますよね?」

「え?」

「愛は絶対に勝ちますよね?」

愛は勝つ?

何を言ってんだ、この女は……。

思わず吹き出してしまう。

「何がおかしいんですか!」

「だって古木がそもそも君だけを大事にしていれば、こんな面倒な事にはなっていない。浮気して本気になって、挙句の果てに腹ませて…。それを愛? 笑わせないでくれ」

「……。私…、先生を軽蔑します」

「うん、どんどんしてくれ。そしてそのまま俺に連絡なんてしないでほしい」

電話が切れる。

牧田順子の逆鱗に触れたのだろう。

これだけ親切に接しても、言葉一つで人間はあっという間に変わる。

何が先生だよ……。

感謝って何だ?

俺しか頼れる人間がいない?

そりゃそうだ。

誰だってこんなくだらない案件に関わろうとする人間などいない。

あとは馬鹿同士、勝手にやりあってくれ……。

何故俺は古木の相談など、始めに乗ってしまったのだろう?

何故牧田順子をあの時、岩上整体で親切に無料で施術した?

何故二股がバレたと試合直前で電話あった時、相手にしてしまったのだろう?

何故影原美優の説得にと言われた時点で、断らなかったのだろう?

俺は自分がしでかした始まり自体を呪った。

自身の甘さを恨んだ。

流れを大切に……。

究極の絶望は、真の優しさを得る?

群馬の先生の言葉…、俺はどうやら都合よく履き違えていたのだろう。

相変わらず俺は、ただの馬鹿だったのだ。

 

百合子との子供をおろさせた。

あの時の生き地獄の中へいるような感覚。

もう忘れたのか?

忘れはしない。

ずっと死ぬまで……。

なら何故あの三人の関係に介入した?

何故子供をおろすのが最優先だと、自ら言い出した?

俺がした事は正しいのか?

分からない。

何一つ正解が分からない。

おそらく俺の助言通り、古木と影原はくっつくだろう。

それを条件に子供をおろせと迫るだろう。

影原に突き付けた究極の二つの選択。

一緒に居る代わりに子供はおろす。

子供を産めば、古木は消える。

古木と一緒に居たい、子供も産みたいは通らない。

どちらか一つだけ叶う願い。

俺が何故この件で苦しまねばならない?

誰かに話したかった。

深夜一時……。

悪いとは思ったが、中学時代の飯野君なら話を聞いてくれるんじゃないか?

電話を掛ける。

ワンコール鳴った鳴らないかで、慌てて切る。

彼はいつも五時起きだぞ?

こんなくだらない事で電話して起こすのか?

もう忘れよう。

できる限り早く忘れよう……。

携帯電話が鳴る。

あ、飯野君あれで起こしちゃったか……。

慌てて電話に出る。

「あ、ごめんね、飯野君……」

「あ、あの…、古木です。夜分にすみません」

違った、古木からだった。

「何?」

出る声も自然と冷たくなる。

「順子から聞きました。岩上さんのアドバイスを」

「俺は独り言を言っただけだよ。あとは自分たちで尻拭いして」

「岩上さんしか頼る人がいないんです」

「あのね…、本当に俺は今回の件で、相談乗ってたのを後悔しているのね?」

「迷惑掛けているのは百も承知です」

「いや、だから勝手に影原さんと一緒に住んで、よろしくやればいいじゃない」

「二年経ったら、俺は順子の元へ行きます!」

「いや…、だから…、俺にいちいち言わないで、自分で勝手に行動して」

「いや、あの…、今ですね。美優を外へ追い出していまして……」

「は? 何で? 彼女妊娠四ヶ月目なんだよ?」

「一緒には住む。但し子供は産ませないと言ったら、キチガイみたいに暴れ出したので……」

「なら、そのままおろす方向で頑張りなよ。俺はもう無関係だから。明日…、いや今日また仕事なんだよ。頼むから寝かせてくれ!」

強引に電話を切った。

嫌な事を聞いてしまった。

古木の事だ。

絶対に影原美優には俺がそう言ったからと、そんな言い方をして外へ追い出したに違いない……。

もう寝よう。

気にするな。

自分の生活を大事にしろって。

俺は部屋に置いてあるグレンリベットをボトルのままラッパ飲みした。

目を閉じて、寝るようにしないと……。

 

目を覚ます。

時計は十時を回っている。

「ハァー……」

思わず出る溜め息。

仕事へ遅刻してしまった。

慌てて会社へ電話を入れ、すぐ向かうよう伝える。

まだKDDIへ行って何日よ?

遅刻なんてほぼする事なかったのに……。

俺があんな連中を相手にしてしまったから、いけないのだ。

本川越駅に到着する。

小江戸号が次に出るのは…、十時半か……。

二十分の急行で向かうか。

今さら五分十分早く着いたところで、大した変わりはないだろう。

とりあえず座りたかった。

急行の西武新宿駅行きの電車に乗る。

メールが届いた。

『岩上さん、古木は私を選びました。ただ、それで私の子供をおろさなきゃいけないなんてアドバイスを何故古木にしたのですか? 私はこの事を一生忘れません。 影原美優』

「……」

あの野郎……。

また俺がこう言ったからと、言い訳したのかよ……。

仕事は遅刻するわ、勝手に軽蔑されるわ、生涯恨まれるわ……。

本当に憂鬱だった。

こんな心境で会社行くの、俺?

いや、行かなきゃ駄目だろ。

あ、移動中に影原には返信しておこう。

変に恨まれても嫌だ。

『ごめんなさい。俺は元々無関係です。古木から相談に乗ってほしいと言われ、あの時状況を知らずに影原さんと会ったのは覚えていますよね? 影原さんを選んだのも、古木自身の選択です。その選択に俺は一切関係ありません。子供を産む産まないは、古木と影原さん、双方の問題です。他人の俺に答えを委ねないで下さい。よろしくお願い致します。 岩上智一郎』

少し長くなったが、これであとは勝手にやってくれ。

メールを送信する。

もう本当に関わりたくない。

電車は所沢駅に到着する。

特急小江戸号に乗り換えよう。

タバコを吸いながら向かいたい。

急行を降り、接続待ちで小江戸号に乗り換える。

四号車へ行き、タバコに火をつけた。

携帯電話のバイブが鳴る。

メールか。

送り主は影原美優。

『古木は言っていました。俺は岩上さんの助言通りに動いていると。私は岩上さんに感謝している気持ちと、許せない気持ちが正直半々です。 影原美優』

感謝している気持ちが半分あるのなら、こんなメールをわざわざ送ってくるなよ……。

一つ大事な点を思い出す。

影原美優はバツイチで娘がいたが、元旦那に親権を取り上げられている。

よほどじゃないと親権は普通母親側に行く。

しかも彼女は、そのあとで古木へ見せつけるかのように自殺未遂までしているのだ。

離れ離れになった娘を恋しいとは思わないのか?

それどころか古木へ依存しようとしている。

親が子供を捨てる時……。

俺のお袋を思い出せ。

何故お袋は俺ら三兄弟を捨てて家を出た?

他に男ができたから。

影原の場合は何だ?

彼女の場合、捨てたと表現するのは少し系統が違う。

他に古木という男ができたからか?

しかし会っていない娘の事を思い出す事はないのか?

俺のお袋でさえ、家の隣にトンカツひろむがあった頃、一週間連続で来た事があったのだ。

影原は何故?

まだ相思相愛なら分かる。

あれだけ古木に煙たがれ、それでもまだ依存しようとしているのだ。

「好きなのに理由って必要ですか?」

彼女はそう言った。

俺が過去一番愛した女性は、品川春美だろう。

確かに理由なんて必要ない。

相手にされなかったけどな。

彼女を恨んでいるか?

恨みなどまったく無い。

むしろ春美のおかげで、俺は力一辺倒だったのが、幅が広がった。

ピアノを弾けるようになった。

小説を書くようになった。

次は…、やはり百合子だろう……。

ただ彼女の場合、重過ぎた。

破局の一番の原因は?

俺の小説『忌み嫌われし子』を冒涜したからだ。

「よくもこんな作品を私に読ましたわね」

絶対に言ってはいけない台詞を口にしたから。

岩上整体へ来てまで患者の前で罵倒…、あの前から俺は百合子に対し、心が冷めていたのだ。

あなたは愛に苦しむでしょう。

群馬の先生から言われた言葉。

確かに苦しんでいるよ、自分にとってまったく無関係の馬鹿三名のせいで……。

電車は高田馬場へ到着しようとしている。

 

ようやく仕事が終わる。

もっとKDDIの仕事に対して前向きにならないといけない。

俺は今、この職場で生計を立てているのだから。

過ぎた時間は戻せない。

だから今後あらゆる選択肢が現れても、よく吟味して決めて行かないといけないのだ。

少し前を思い出せ。

岩上整体は何故失敗した?

患者に対し、良心的にやり過ぎたから。

クソヤクザの内野…、あの野郎に裏切られ金を持ち逃げされたから。

古木の今回の一件は、元は岩上整体の時から始まった因果である。

俺が古木を図に乗せてしまったのだ。

川越に帰り歩いていると、携帯電話が鳴る。

ビクッとなる時点で、俺は古木たちからまた関わり合おうとされるのを恐れている証拠だ。

画面を見ると池袋SE時代に親交のあった広告代理業の権藤だった。

「お久しぶりです、権藤さん」

「岩上先生お久しぶりです」

「もう、先生は止めて下さいって言ったじゃないですか。きょうはどうしたんですか?」

「ほら、池袋で岩上整体が揉めた社長いるじゃないですか」

「ああ、あのオタク野郎でしょ?」

「先日なんですが、首吊って亡くなりましたよ」

「え……」

「一応先生も兼ね合いあったから、ご報告までにと」

「原因は?」

「うーん、何なんでしょうねー? あの会社、出会い系サイトのサクラ詐欺じゃないですか。ここ最近勢いも無くなったようで、金策に追われていたんじゃないですかね」

「わざわざご連絡ありがとうございます」

あの池袋の偉そうな態度のオタクが首を吊って死ぬか……。

まあどちらにせよ、俺は『新宿クレッシェンド』がグランプリ取った時点で辞めといて正解だよな。

目の前に現れた選択を見誤るな……。

これからはせめて平穏無事な日々を送りたいものだ。

 

闇 133(仁義礼智信、厳勇編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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