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2024/11/08 fry
前回の章
「二つ目ですか……」
先程山下を滅多打ちにした暴力を見ている長谷川は、明らかに怯えていた。
ここで金とか言ったら俺の魂が汚れる。
そんなものよりも、あと一つやらなきゃいけない事があった。
「ええ、あの目黒の腐れ弁護士。あいつのところ行きましょう」
「岩上さん! 相手は弁護士ですよ?」
俺の標的が弁護士と知り、長谷川は驚く。
「もちろん知っていますよ。ただあいつのやった行為、本当に舐めているじゃないですか。俺、さっき山下をやりました。山下はやったけど、弁護士だったら引く…。それって俺がただの弱い者虐めしたってだけになってしまうんですよ」
「弁護士をどうするんですか?」
「長谷川さんは連絡取って、いつ行っていいかだけアポイントを取って下さい」
「え、それから……」
「まあ相手次第でしょうけど、下手したら殴り込みって形になるかもしれません」
「岩上さん……」
「だから行くのは俺一人だけです。裁判をバックレた件。接見禁止の嘘をついた事…、他にも色々あるじゃないですか。なのでそういった事を話に行きたいと言ってくれればいいだけです」
「でも……」
「長谷川さん…、俺ね、山下をそれで今やったばかりなんですよ。弱い者虐めしたってだけにしないで下さい」
今俺がやった行為など、誰一人称賛などしれくれないのは理解している。
だが、このままで止めたら、俺の信念が意味無くなってしまう。
腐っても鯛でありたい。
だって俺は一応あの頃の全日本プロレスにいたんだから。
ジャンボ鶴田師匠はこんな俺を見てくれたんだから。
誰も褒めてくれなくていい。
俺は俺でいたい。
二千五年十二月二十三日。
目黒に事務所を構える○○弁護士のところへ向かう。
何故行ったかというと聞かれたら、先日山下の裁判の件でふざけた対応をされたからだ。
もう裁判自体は終わった。
しかしその弁護士はとんでもない奴だったので、収まりがつかない。
向かう前に、その弁護士のした事を分かりやすく箇条書きにしてみた。
・被告人山下がまだ野方警察に捕まっている時、初日から接見禁止がついていないのに、十日過ぎた辺りに接見禁止が解けましたと、嘘の報告をした事。
これは俺が実際に野方警察署へ電話をして聞いた事実なので、嘘は明白である。
・最初に着手金30万を払っているにも拘らず、たまには銀座にも飲みにと、分かりやすく言えば、遠まわしに接待しろと言ってきた事。
これについては、あんた何の仕事を一体したの?という疑問から。
・被告人が捕まっているのに拘置所に行くかもしれないと、独断で伝えて本人を不安にさせていた事。
これも山下本人から聞いた。
・裁判の時に一審(一回目の裁判で判決が出て終わり)で終わりますと言いながら、二審になった事。
・二審の裁判の時刻を自分で指定したくせに、遅刻した挙句、裁判に間に合わなかった事。
・裁判が終わった後に来て、悪びれもせず謝る事すらしなかった事。
・通常は実刑二年の、執行猶予三年六か月が最大のはずが、何故か二年の四年になった事。
・挙句の果てに、更に三十万円弁護料で要求してきた事。
以上そのような事があり、弁護士だからって舐めんじゃねえと思い、事務所に行く事にする。
新宿駅から山手線で目黒駅まで、あとは地図通りにあいつの事務所へ行く。
何がオウムの麻原の国選についただよ。
裏ビデオのクソみたいな刑ですら、まともできなかったくせに金だけは一丁前に要求。
ただの悪徳弁護士じゃねえか。
自分が法に守られているつもりで、何をしてもいいと勘違いしているなら、俺が教えてやらなきゃいけない。
だって人間を舐めたんだから。
俺は山下を先日蹴り飛ばした。
恩義を忘れ、礼節を欠き、義理が分からなかったからだ。
うん、この信念を貫けたら、俺はもうどんな利用のされ方でも文句は無い。
金うんぬんより、生きていて譲っちゃいけない大切なもんって絶対にあるはず。
ここか?
何だよ、弁護士事務所の看板出しているけど、マンションの一室じゃねえかよ。
俺はゆっくり深呼吸をした。
インターホンを押す。
しばらくして○○弁護士がドアを開けた。
てっきり長谷川が来ると勘違いしていたのだろう。
俺の顔を見て、驚いている。
「先日はどうも」
俺は山下哲也の弁護を受けた一件で来た事を伝えた。
とりあえずソファへ座らせられる。
「…で、今日来た用件とは?」
「まず、何で山下に接見禁止がついているなんて、嘘をついたんですか?」
「嘘では無い。情報伝達の手違いからだから。だから解け次第すぐに連絡は入れたでしょ」
「俺、実は野方警察署へ実際連絡して、最初からついてないの、知っているんですよ」
「だからそれはさっきから情報伝達の手違いと言っている」
何だ、こいつ?
自分のミスをまったく認めず、話し方もまだ偉そうだ。
「それと留置所にいる山下に、拘置所へ行くかもしれないと、不安にさせましたよね?」
「それはその可能性があったから、いきなりじゃ準備もできないから伝えたまでだ」
「当初この手の裁判は一審で終わると言っていたのに、二審になりましたよね?」
「それは裁判長が決めた事なんだから、仕方がないじゃないか。私はあくまでも被告の弁護人側な訳だから」
馬鹿が、自分で言いやがったな。
「じゃあ、何で実刑二年の執行猶予四年になったんだよ!」
「おい、その言い方は……」
「おまえが全然弁護してねえからだろうが!」
立ち上がって威嚇する。
「君! 誰にものを言っているのか、分かっているのか?」
「何が被告の弁護人だよ。自分で日時指定しといて、二審来なかったじゃねえか! それでいて、もっと金寄こせって頭大丈夫か? おいっ!」
「君ね……」
やれやれといった感じに首を振り、呆れ顔。
俺は〇〇弁護士の両耳を掴み、こっちを向かせた。
「俺の目をよく見ろ! どうなったって構わない玉砕覚悟で来てるの分かるだろ? 自分で裁判来なかったんだから、それは認めろよ。それすら電車が遅れたとか抜かして言い訳すんならよ…。俺は徹底的にやらしてもらうわ。悪いと思ったら素直に謝れよ!」
すべての力を目に込める。
これでこいつが法的な何かをやってくるなら、それでもいい。
配信の陣って、こういう場面を表すのか。
「す…、すみません……」
ようやく非を認めたな。
俺は耳から手を離す。
これで少しだけ胸がスッとした。
俺は携帯電話をチラッと見せ「ちなみにこの会話、録音してあるから」と玄関へ向かう。
「お、おい……」
「俺はあんたに謝らせたくて来ただけだ。あとでどうよこうのしようなら、会話の証拠はあるからな」
「……」
ドアを閉めて外へ出た。
咄嗟に出たデマカセ。
こんな携帯電話で録音機能なんて、ついている訳無いだろうが。
最悪どうなってもいいつもりで俺は来た。
ただ、弁護士を謝らせ、頭を下げさせただけでも、充分だよな……。
さすがに弁護士を殴ったら、ただじゃ済まない。
これ以上無茶をする理由は無かった。
百合子や里帆、そして早紀が待っているのだ。
この事は、俺だけ自覚してればいい。
二つの要求を長谷川は飲んだので、結局俺はまだ新宿の事務所で仕事を続けた。
まだ神田のパイナポーで石黒が頑張っているのだ。
いくら熱くなったとはいえ、少し疎かだった。
イブ、クリスマスは休みを取り、百合子たちと過ごした。
つかの間の幸せなのかもしれない。
でも今はこれを守っていくだけだ。
十二月末になり、山下が事務所へ顔を出す。
「久しぶりに地元の熊本言ってきました。お土産で馬刺しとさつま揚げあります。岩上さん、岡部さんところには、これからこれ持って行ってきます。挨拶遅くなってすみませんでした」
山下も、あれから考えるところがあったのだろうか。
まあ岡部さんへ筋を通そうとするなら、それでいい。
少しは俺の処方した治療が効いたのかな……。
こんな感じで俺は、二千五年を終えた。
二千六年、新年を迎える。
長谷川が地元仙台へ帰郷したので、初仕事は一週間後まで休み。
俺はというと百合子に拉致され、彼女の実家でほぼ監禁状態だった。
よく百合子の親も、まだ籍も入れていない付き合っている男を泊まらせているものだ。
娘の里帆と早紀は俺がいるのが嬉しいのか、妙にベタベタ纏わりついてくる。
ノートパソコンは持ってきているので、俺は時間があれば小説を書くだけ。
考えてみたら、去年は一作品も完成できなかったな。
風俗ガールズコレクションの体験を元にした『はなっから穴の開いていた沈没船』は文字にするには苦しかったのだ。
そういえば群馬の先生が、長谷川のところにいると、命を取られるなんて言っていたけど、新年を迎えても俺はこうしている。
裏稼業を辞めさせたかった方便のつもりなのだろう。
待てよ…、あの群馬の話を元に作品書いたら面白いんじゃないか?
今までホラーって、書いた事無いしな。
頭の中でイメージまとめて、それから執筆してみよう。
二千六年一月十一日。
タイトル『群馬の家』執筆開始。
俺にとって初のミステリー。
それともホラーになるのかな。
他にも書きかけの作品が多数ある中、どうしてもこれを急に書きたくなった。
どのような作品になるかは、今のところまだハッキリと決めていない。
だが、できるだけ早く完成させたいと思う。
そんな最中、神田の裏ビデオ屋パイナポーの石黒が捕まる。
まさか神田のあの場所で……。
これでうちの組織の裏ビデオ屋は全滅した。
「岩上さん、有路さんへ連絡してもらえますか」
「もちろんです」
山下の時同様、迅速に動く。
「長谷川さん、今度弁護士、あいつだけはやめときましょう」
「もちろんです。霞ヶ関にいい弁護士いるようなんで、これから行きましょう」
被告人が裏稼業だと嫌がる弁護士は多い。
どうでもいい汚れ案件に関わり、自身の名を汚したくないのだ。
今度の先生は五十代の髪が若干剥げ始めている地味な先生だった。
「最初に言っておきます。着手金五十万。これは保釈申請から他の経費等すべて含んだ金額です。これ以上は頂きません。それでよろしければ」
少し値段は高めだか、値段に見合う迅速な動きをしてくれる。
俺は有路の店へ行き、岡部さんへしたように裁判までの手順の説明。
忙しない日々を送った。
二千六年一月二十一日。
一通りのフォローを終える。
あとは石黒の保釈申請に裁判だけ。
ようやくひと息つく。
タバコを吸っていると、長谷川が隣で電話をしている。
仙台にいる韓国人オーナーのようだ。
時折会話で「え、そんな」とか「さすがにそれは」と言っているので、ロクな事を言われていないのだろう。
電話を切ると、長谷川は俺の前に立ち深々と頭を下げる。
「岩上さん…、大変申し訳ないです…。オーナーが雇えるの今日で最後だと……」
非常に申し訳なさそうな長谷川。
裏稼業は理不尽でも、上からの命令は絶対。
そうでなくても、もう店は全部やられたのだ。
いい潮時か……。
俺にとって最後の新宿。
新宿に来ての十年近くの月日が流れた。
最初は小僧だった俺も、気付けば周りからいっぱしの扱いを受けるようになった。
いつの間にか裏稼業で、そこそこ名を馳せ、自身の才覚で商売を成功させるのは容易くなっていた。
去年も半年で六千万の売上を作れた。
使った人数は俺を含めてたった三人である。
よく俺は、金に対して執着心がないと言われる。
だけどそれでいいと思っている。
必要以上の収入は、自分自身を滅ぼしかねないから。
最近話題のホリえもんがいい例だろう。
金を稼ぐ事が立派なのではなく、それに伴う精神力も非情に大事な部分だ。
逆に金を稼いでいればいいと言う奴は、俺から見ればただのクソ野郎だ。
金よりも自分らしく、そして人間として生きたい。
この稼業にきて、気付けばいつも都合良く利用されてきた。
世話になっているオーナーの事をできる限り信じたい。
馬鹿だから、いつもその繰り返しだ。
でもそれでも今はいいと思っている。
騙すぐらいなら、騙されているほうがいい。
悔しくないと言ったら嘘になるけど、俺はそういう人間でいたい。
これで事実上、俺の新宿での生活は終わる。
有路のアーリーバーで、腐るほど愚痴をこぼした。
有路は笑いながら愚痴を聞いてくれた。
「だから言ったろ。岩上は人が良過ぎるんだよ」
朝方までグレンリベットを飲んで、外に出ると雪が降っていた。
今年、初めての雪である。
今事務所に戻り、新宿での最後の更新をこうして書いている。
新宿の部屋は不定期連載として続けるが、俺の新宿生活は今日が本当の最後だ。
色々、俺を成長させてくれた街。
働きやすくて自分を活かせて、ずっと大好きな街だったけど、今はもういいやって想いが強い。
でも、まだ俺には新宿で仲間が残っている。
だから新宿に顔を出しに、また来るんだろうな。
裏稼業を引退…、いや必要無くなったからクビか。
あまりにも惨め過ぎるので、虚勢を張り格好つけたかった。
百合子へ報告すると、ホッとした表情を見せる。
「群馬の先生も言ってたけどね、智ちんは裏じゃなくて、表舞台を歩く人よ」
そう言われるのは嬉しい。
だけど俺はずっと裏稼業を彷徨い続け、表社会では何のコネも無いのだ。
どうする?
職安に行くしかない。
とりあえず表の会社で働き、百合子を早く安心させてやらないと。
だが現在まだ石黒は、留置所で拘留されている。
こんな幕引きですまない……。
俺のせいで山下、石黒とワールドワン時代の部下二人を前科者にさせてしまったのだ。
「明日、職安行ってみるよ」
立ち上がろうとすると、何故か力が入らない。
あれ、どうした?
頭の中がグルングルン回っている感じ。
「大丈夫、智ちん」
「何か疲れちゃってたみたい……」
「少し休もうよ。ずっと頑張ってうまく利用され続けられたんだもん。大変だったよね……」
俺は三ヶ月ほど、のんびりゆっくり過ごした。
季節は春。
もう温かくなっている。
俺はボロボロになった心に気合いを入れて、また動き出す。
新宿歌舞伎町での裏稼業を引退し、まっとうに生きようと思った。
もう俺ももう少しで三十四歳になる。
いつまでも馬鹿な事をしていられない。
真面目に働いてみよう。
履歴書を重数年ぶりに書き、色々な求人を見た。
ちゃんと働きながら、これまでまで通り小説を書き、いずれ賞を獲って世に出てやる。
これが私の生きる道じゃないだろうか。
そう思い、信念を持って臨んだ。
結果、何度も面接を受けに行き、すべて落ちる。
履歴書に『歌舞伎町で十年間生きる』と正直に書いたのがいけなかったのだろうか。
自己のパソコンのスキルを活かし、どうしてもIT系の仕事をそしてデザインの仕事がしたかった。
最初に行った会社は、JR新宿駅東口にある歌舞伎町とは逆にある西口のビル郡の中。
堂々と自分の経歴を面接官に話した。
過去全日本プロレスに携わっていた事。
新宿歌舞伎町で十年以上働いていた事。
裏稼業もひと通り経験している事。
総合格闘技にも出た事。
ピアノを三十歳から始め、市民会館で発表会をした事。
小説を書いている事。
絵を描いている事。
「一週間後に採用不採用どちらでも、こちらから追って連絡をいたします」
「分かりました。では他の会社の面接は一切受けず、一週間お待ちします」
社交辞令という言葉が、俺はは嫌いだ。
形だけ言っておけばそれでいい。
そういう事はしたくなかったので、本当に一週間待つ事にする。
一週間が経ち、十日が過ぎた。
その会社からは何の連絡一つない。
俺から電話してみるか。
そう思い、会社へ電話を掛けた。
「お忙しいところ申し訳ございません。岩上と申しますが、面接官の田中さん、いらっしゃいますでしょうか?」
「田中は今席を外していますので、連絡先を教えていただけますでしょうか」
俺は携帯電話の番号を伝え、折り返し連絡が来るのを待った。
しかしこの日、まったく連絡はない。
翌朝九時になるのを待ち、連絡をする俺。
ようやく面接官が捕まった。
「すみません。一週間でと言われましたが、未だ連絡ないのでどうなっているのか確認で電話しました」
「あのですね、人事のほうで今決めている最中ですので、あと二、三日で決まります。そしたら連絡をしますので」
「あと二、三日待てばいい訳ですね?」
電話を切り、大人しく連絡を待つ。
しかし三日経っても連絡はない。
随分といい加減な会社だな……。
いい加減俺は怒りを覚え、翌日その会社へ向かう。
受付で「面接官の田中さん、いらっしゃいますか?」と冷静に聞き、入口で待つ。
少ししてとぼけた表情の面接官がやってきた。
俺の顔を見ても悪びれる様子さえない。
「おい、コラッ!」
いきなり面接官の胸倉を掴み、持ち上げたまま壁に叩きつけた。
「おまえにとって一週間、二、三日の定義って何だ? 答えてみろ」
「い、いや、あのですね……」
「おまえが面接したんだろうが? 何でそんないい加減なんだよ。いいか? こうやって面接に来る人間、俺だけじゃない。そのすべてが人生の分岐点なんだよ。分かるか? 自分の言った言葉に、何故責任を持てないんだ。何か言ってみろ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「おい、謝るって繰り返して言うのが誠心誠意の謝り方なのか? ここの会社はそうやって謝れって教えているのか?」
すると面接官はいきなり自分の会社の入口で土下座をしだした。
あまりにも阿呆らしく、「こんな行為をした以上、俺も採用結果がどうであれ、来るつもりはない」と言い捨て、会社をあとにした。
奥では五十人ぐらいの社員がいるのに、誰一人こちらへ駆けつけようとする者がいない。
同じ会社で働く仲間が、入口で土下座しているのに何て冷たい奴らだろうか。
こんな会社が一部上場とは笑ってしまう。
社会的信用さえあれば、それでいいのか?
世の中おかしくなる訳だ。
また一から就職活動のやり直しが始まる……。