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自然と目を覚まし、時計を見ると朝の五時だった。
携帯を見ると、すごい着信履歴が入っている。ほとんど最上さんからだったが、最初の着信から一日半経っていた。そんなに、俺はここで寝ていたのか…。
あれから一日半って事は、今日が「T1」の後楽園興行か…。
体中が痛い。アバラが折れているのに、無茶をしたからだ。とことん突っ走ってやる。
とりあえず、最上さんに連絡を入れよう。急に飛び出して以来、連絡してなかったので心配しているだろう。
最上さんの家に電話を掛ける。何度かコールするが、電話には誰も出てくれなかった。朝の五時だし、まだ寝ちゃっているよな…。
昼ぐらいまで時間をつぶさなくてはならないので、そのまま漫画喫茶でボーっと過ごした。
これからやる事を最上さんに言ったら、絶対、止められるだろうな…。
適当に漫画を数冊持ってきて読み出す事にした。三冊目を読んでいる内に、目がトロンとなってくる。あれだけ寝たのにまだ眠いのか…。
いつの間にか寝ていたようだった。
時計の針は十二時を指していた。体を起こすだけでアバラ骨が痛い。気だるさがずっとつきまとってくる。
出口で清算をすると、店の従業員は気味悪そうに、俺を見ていた。
「えー、お客さま、全部で一万と千三百円になります。」
俺は財布から無造作に二万円取り出し、カウンターに置く。
「おい、釣りはいらねーよ。とっとけ。」
「え、はぁ…。」
漫画喫茶を出ると、外の日差しが眩しかった。
俺は後楽園ホールに向かう事にした。混んでいたので、電車に乗っている間、なかなか座れなかった。電車が揺れるたびに、アバラから痛みを感じる。
もう一度、坐薬を入れておけば良かった。
駅に着いてから、サラシを購入してギュッと巻く。これでいく分か楽になり、痛みから開放された。
後楽園ホールに着き、入り口を入る。すぐ最上さんに連絡をした。今度はすぐに出てくれた。
「神威、一体、どこにいるんだよ。」
「すいませんでした。でも、最上さんの仇、ちゃんととっておきましたよ。」
「そんな事どうだっていいよ。おまえ、アバラが折れてんだぞ。」
「大丈夫ですよ。今、後楽園なんです。」
「何でそんなとこに?」
「今日、「T1」の興行があるんですよ。」
「おまえ、そんなの興味あったっけ?」
「まったくないですよ。だってやっている事は、ただのキックボクシングじゃないですか。呼び方が違うだけで…。」
会場入りしている何人かのファンが、俺の言葉に反応し、睨みつけてくる。
「じゃー、何だってこんな場所にいるんだ?」
「ヘヘヘ…、とりあえずそれは言えないです。俺、最上さんにほんと世話になったんで、電話で言うのもあれですけど、ひと言、話しておきたかったんです。」
「おい…。」
「今まで、ありがとうございました。ほんと、感謝してます。」
「神威っ!おい…」
「俺…、ガキの頃から喧嘩が強いって言われてきました。意味の無い虚勢を張りながら、ずっと空周りしてきて、大和プロレスに出会うまで、本当にどうしょうもない奴でした。今でもそんなに変わってないけど、やっと一つの事に誇りを持てるようになれたんです。亡くなってしまったけど、ヘラクレス大地さんを始めとして、伊達さんや山田さん、大河さんなど…。俺…、本当にすごい人たちと知り合えました。俺、プロレスが大好きです。他の格闘技の奴が、簡単に言えるほど甘いもんじゃないし、だからプロレス界だと、一番味噌っかすの俺が、喧嘩で他の格闘家相手に、どのぐらいやれるのか…。もし、俺がやられたってプロレス界とは関係ないですから。」
「おいっ、神威。一体、さっきから何、言ってんだよ?」
「俺なりの生き方のケジメですよ。許せないんですよ。今日、ここで、のうのうとキックボクシングやってる連中が…。」
「神威っ。馬鹿な真似、止めろって。」
「大丈夫っすよ。俺、メチャクチャ強いっすから。」
俺は携帯の電源を落とした。
トイレに行ってサラシをもう一度きつく巻き直す。
残りふた粒の坐薬をまとめてケツに入れた。不思議と痛みが引いてくる。トイレから出て、中に向かう途中、知らない奴が声を掛けてくる。
「おい、おまえ、さっきただのキックボクシングだとか抜かしてたよな?」
相手にするのも面倒なので、腹をつま先で蹴飛ばしてやる。いい感触だ。
大事にならない内に、相手の口に手を当ててトイレに連れていく。
「テ、テメー…。」
うるさそうなのでスリーパーで首を絞めて、落としてやる。
「素人が偉そうに格闘技見てるだけで、強くなったつもりでいんじゃねーよ。」
何事もなかったようにトイレから出て、選手控え室へ続く階段を降りて各部屋を覗く。あのタラコ唇野郎はどこだ。
通路で擦れ違う人間もみんな俺に何も言ってこないし、気にもかけない。
おおかた、俺の事を「T1」関係者だと思っているのだろう。選手が通路や控え室で、シャドーボクシングをして体を温めている。
「乱堂さん、今日の試合に向けてコンディションはどうですか?」
マスコミ報道陣に囲まれて、向こう側が騒がしいので近づいてみた。
「別にー、いつもと一緒。国内で、俺に勝てる奴なんていないでしょ。」
「この間、レスラーを挑発してましたが?」
「だってこっちは真剣勝負でやってんだからさー、あんな連中と一緒にされちゃ、溜まらないでしょ。別にあいつらなら、今ここで、やっても構わないぐらいだよ。」
いた…。
あのタラコ唇野郎だ。乱堂って名前なのか。
相変わらず舐めたコメントをして調子こいている。
俺は無言で報道陣を掻き分けて進んでいく。乱堂と一瞬、目が合う。向こうは、全然、俺を気にしていない様子だ。
「おい、真剣勝負が好きなんだよな?」
俺の台詞に振り向き、乱堂は不思議そうな顔をしている。
右拳に力を込め、打突の握りをする。
初めての一撃だ…。心して喰らいな。
「ギャーッ…。」
後楽園地下一階の通路。
乱堂は横っ腹を押さえて大袈裟に転げ回っていた。
打突で、いきなりブッ刺してやったからだ。
俺の右親指は、第二関節まで乱堂の鮮血で真っ赤に染まっていた。
骨が折れているのか、明らかに変な方向を向いていた。
ここまで思いっきり突いた事がなかった。指の骨がその衝撃に耐えられず、折れてしまったのだろう。これじゃ、蜜蜂の一刺しと変わんないな。
転げ回る乱堂の横っ腹に穴が開き、そこから大量の血が溢れ出ていた。
俺は近づいて、乱堂の顔面を蹴っ飛ばしてやる。
「何が、真剣勝負だよ、ボケが…。どこかそうなんだよ、あっ?」
完全に乱堂は意識を失っていた。
俺は思いっきり高笑いしてやった。
その時、不意に背後から打撃を後頭部に受けた。意識が朦朧となる。
他の「T1」勢が、怒っての仕返しか…。
どうやら俺一人で出来るのは、ここら辺が限界だな…。
自慢の親指も、こんなになっちまった…。
連中はすごい形相で、無差別に俺を殴ってくる。
体のどこも動かせない。
酷くやられているが、俺は大笑いしてやった。
「ザマーねーなー…。」
俺の人生、めちゃくちゃだったけど、こんな終わりかたも悪くねえ…。
大地さんに、結局、恩返しが何も出来なかったな…。それだけが心残りだ。
いや、高校の先生のところも、まだ、あれから行ってねえじゃねえか。
土木の親方も…。
石井や守屋も…。
新宿の店のみんな…。
さざん子ラーメンのマスター…。
さおり…。
一度でいい…。女を…、さおりを抱いてみたかった…。
目の前が、どんどん暗くなってくる。
その暗闇が、完全に視界を覆ったと同時に、俺の意識はなくなっていた…。
―了―
2004年3月2日~2004年5月25日 861枚
手直し調整 2006/05/19~2006/05/29 777枚
この枚数がどのくらいなのか?
上記の写真を見て下さい
40字✖40字で1枚です
当時俺の現役時代の話と新宿クレッシェンド続編の構想を
ごっちゃにしてしまい、お蔵入りとなった作品
『新宿クレッシェンド』第三弾でもある
このあとの話が『新宿プレリュード』へと繋がり
現在執筆中の『先生と呼ばれて』まで続く
現在『人生はチャレンジだ』というノンフィクションを
執筆し始めたが、あまりに重い内容であり、問題作でもある
そういった経緯より執筆を中断している
2008年6月19日~2008年6月24日PM6:00現在 141枚まで執筆