いつもお返しが洋菓子屋のケーキでは芸がない。
僕が自信を持てるもの。
それはパソコンの画像、動画関係全般だ。
公園に行く際、僕の持っているビデオカメラを貸してあげたらどうだろう。
親は子供の成長記録を残してあげたいはずだ。
僕はタッパのすき焼きを別の皿に移して、丹念に洗った。
ビデオカメラを用意すると、一目散に玄関へ向かう。
香田家のドアのチャイムを鳴らすと、静香が顔を出す。
手に持っているタッパを見て驚いた表情をしていた。
「もう食べたんですか?」
「いえいえ、ちょっと味見して別のお皿に移しました。相変わらず何を作ってもおいしいですね。プロ真っ青です。早めに返さないと悪いかなと思いまして。いつもすいません」
「いいんですよ。私、料理作るの大好きでおいしく食べてくれる人なら誰でも分けてしまうんですよ。前のところでもそうだったんです」
「みんな大喜びでしょう。静香さんの料理、とてもおいしいんで……」
幸せそうに微笑む静香。
見ていて僕まで幸せになってくる。
「それで僕、思ったんですけど……」
「何をですか?」
「お子さんの隆志君と、よく一緒に公園行ってるじゃないですか」
「ええ、それが何か?」
「僕、ビデオカメラ持ってるんで、良かったらどうかなって思いまして…。今一番可愛い盛りじゃないですか。幸いこのカメラは動画を撮って、それをDVDにできるんです。今の姿を記録に残しておくのもいいと思いますよ」
「ほんとにいいんですか? そんな事までしていただいて…。恥ずかしい話うちの主人、稼ぎがよくないので我慢してきたんです。前から今の隆志の姿を残しておきたいなって、いつも考えていたんです」
僕のアイディアは、ものの見事に静香の核心をついたみたいだ。
隆志の事でというのは引っ掛かるが、それでも静香の嬉しそうな顔を見られるのは心地良い。
それにしても、僕にこんな事を言うなんて、知らない内に夫婦仲が悪くなってきているのであろうか。
「撮り終わったら、僕のところに持ってきてくれれば、DVDとして作っておきますよ。これ、操作も非常に簡単なんです」
僕は基本的なビデオカメラの機能を説明した。
静香は僕のすぐ傍で真剣に聞いている。
独特のいい香りが漂い始めた。
心臓は、音を立てて激しく鳴り響いている。
「じゃあ、今日お借りしますね。色々とすみません」
その日は静香が、今までにない最高にいい笑顔で僕に接してくれた。
ビデオカメラを返しに来る際、申し訳なさそうにしながらも嬉しさを隠せないでいる。
今頃、僕が子供のDVDを作るのを隣で心待ちにしているだろう。
早速中の動画をパソコンに移し、DVDプレイヤーに見られるように変換する。
時間の掛かる作業ではあるが、最初の設定だけしてソフトを起動させれば、あとは勝手に作成してくれる。便利な世の中になったものだ。
その間僕はDVDの盤面デザインを作り、空のDVDメディアに盤面印刷を済ませておく。
我ながらいいセンスのデザインである。
待っている間、パソコン内にあるデータを見て暇つぶしをしていた。
中にあるデータの七十パーセントが静香関連のものだった。
他のフォルダを覗くと、様々なデータがある。
自分で保存したのを忘れているものもあった。
過去に作った『公園』という名前のフォルダが目につく。
これは香田家が隣に引っ越してくる一週間前に、公園であった首吊り自殺の様子を撮った画像だ。
最近は静香の事を考えているので、すっかり忘れていた。
あの自殺のあった公園で、彼女は知らずに子供と毎日遊んでいるのだ。
久しぶりにブランコで首を吊った男の画像を見てみる。
いつ見ても気味のいいものではない。
様々な角度から撮影した禁断の画像……。
その時、これを使ったいい作戦を思いついた。
静香と僕の関係で邪魔なのは、旦那と子供の隆志だ。
家族仲が悪くなっていくのは、僕にとって非常に都合のいい事である。
この作戦をする事によって、静香は悲しい思いをするだろう……。
それでも僕は静香を抱いてみたい。
その為には非情に徹しなければいけない事もある。
僕はモニターに写る首吊り画像を見ながら微笑んだ。
出来上がった自作のDVDを届けると、静香は本当に喜んでいた。
「このDVDだけは、普通に見て、家族だけで楽しめばいい」と、そっと心の中でつぶやいた。
「これはDVDプレイヤーで普通に見れるんですか?」
「もちろんです」
「本当にありがとうございます」
「また、言って下さい。いくらでも作りますから」
「お金、いくらぐらい掛かりました?」
「要りませんよ。何、言ってるんですか。いつもご馳走になっているちょっとしたお礼ですから、気にしないで下さい」
静香と出会ってから僕のコミュニケーション能力は、格段に上がったと感じる。
もちろんそのコミュニケーション能力も、静香限定だが……。
この女を抱きたいという強い欲望。
言い方を代えれば性欲だ。
性欲を欲するという行為は、いつの時代も人間を進歩させる。
現在のパソコンの進歩も、エロから発展した。
「こんなに綺麗に、表面の印刷までしていただいて……」
「ああ、盤面印刷ですか。他愛もない作業ですよ」
「さすがデザイナーさんですよね」
「子供の成長は早いものですから、週に一度は撮ってあげたらどうです」
「すみません。もう、これは私にとって宝物ですよ」
僕もあなたから宝物をもらった。
静香の純白のパンティを思い出しながら微笑んだ。
「また腕によりを掛けて料理作りますので、良かったら食べて下さいね」
「期待してます」
またこれで、静香との距離が一つ縮まった……。
隣近所同士という表現では表せないくらい、僕と静香の仲はうまく進んでいる。
DVDを見た静香は子供のようにはしゃぎながら、僕にお礼を言ってきた。
あれ以来、静香は定期的にビデオカメラで子供を撮っている。
僕が作ったDVDも七枚になった。
場所はいつもの公園だ。
こんな似たような映像を見て何が楽しいのか、僕には一生掛かっても理解できないであろう。
まあそれだけ我が子を溺愛していれば、僕の作戦はより効果的になる。
八枚目のDVDを作る時に、計画を実行する予定だ。
早く時間が経つようにと毎日願っていた。
すっかり日課なった壁に耳をつけて隣の音を聞く作業。
香田家がここに越してきてから始まった日課ではあるが、最近になって一つ気付いた点があった。
三ヶ月は経つのに、セックスをしている気配がまったくないのだ。
あれだけの美男美女夫婦なのにと、いつも気になっていた点でもある。
今日も夜の十一時半になって旦那が帰ってきたようだ。
いつも朝の六時には家を出て、帰りはこの時間。
そんなに時間を掛けて仕事をしているのに、陰で静香には稼ぎは少ないと言われる始末。
そんなサラリーマン仕事など、絶対にやるものではない。
「また飲んできたのー?」
静香の声が聞こえてくる。
僕は更に耳をすませた。
「しょうがないだろ、付き合いってもんがあるんだから」
「いつもそればっかりじゃない」
「もう、うるさいよ。こっちは仕事で疲れているんだ」
「たまには隆志の面倒も見てあげてよ」
「子供の教育や家事全般はおまえの仕事だろ?」
「だからたまにはって……」
「じゃあ、おまえもたまには仕事してみればいいんだ。そうすれば社会に出る苦労も少しは分かるだろ」
「隆志の面倒はどうするの?」
「じゃあ、俺が面倒見るから、おまえが家族を養えるぐらいの金を稼いでくるか?」
「前はそんなじゃなかった……」
「もういい。寝るぞ」
「あなた……」
「大声出すなよ。隆志が起きるぞ」
「たまには私を抱いてよ」
「何だよ、いきなり」
「だってこっちに越してきて一度も抱いてくれてない」
「仕事でそれどころじゃないんだよ」
「もう三ヶ月もよ」
「隆志が起きるって」
「浮気でもしてるんでしょ?」
「何、馬鹿な事、言ってんだよ」
「この間、ワイシャツから飲み屋の子の名刺が出てきたわよ」
「だから言ってるじゃん。会社の付き合いだって……」
「だからって女の子の名刺があるのはおかしいよ」
「向こうも営業でやってるだけだろ」
「あなた、変わったわ」
「もう寝るぞ、おやすみ……」
「……」
夫婦仲がここまで悪かったとは……。
静香もこれじゃ、ストレスが溜まるだろう。
聞いていて同情するが、僕にとってはいい展開である。
知らない内に、口元がニヤけていた。
毎日のようにいじくっていたせいか、綺麗な純白だった静香のパンティは黒ずんできていた。
最初の頃のほのかに香るいい匂いは、もう何も感じない。
それどころか僕の唾液の臭いで、悪臭がしてきていた。
新しい静香のパンティがほしい……。
最近隣は旦那が帰ると、ちょっとした言い争いが始まっていた。
必死に話し掛ける静香に対して、面倒臭そうに答える旦那。
話し合いの最後が酷い時、静香は決まってアパートを飛び出し、公園で一人ひっそりと泣いていた。
傍に行って慰めてあげたかったが、今の僕では役不足であるのは百も承知だ。
窓から、こっそり様子を眺めるしかなかった。
日常静香は、僕と会っても辛さなど微塵も感じさせないよう気丈に振舞っていた。
楽しそうに笑う彼女の裏側には、泣き顔がある。
この間までの会話でハッキリしている事があった。
静香はセックスに飢えているのだ……。
二十代半ばの女が、結婚をし子供を産み専業主婦になる。
旦那との性行為がなくなり、次第に寂しさを感じるようになっていく。
世の中、出会い系サイトが流行る訳だ。
まだ幼い子供のいる静香は、そんな無茶もできない。
裏側の汚れた世界に、まだかろうじて一線を引いている。
このような状況になるのを僕は待っていた。
あと一押しで静香は崩れる……。
明日辺りビデオカメラを借りに来るだろう。
その時僕の作戦が、初めて効果あるものになるのだ。
窓から見える公園の風景。
静香がビデオカメラを持ちながら、子供を撮影しているのが見えた。
砂場遊びに始まり、ジャングルジム、シーソーと順々にこなしていく。
最後にブランコに乗って撮影は終わる。
こんな映像を見ても面白く感じるのは、その家族ぐらいの平凡なビデオ。
写っている子供とそれを撮っている親が違うぐらいで、出来はどの家もそう変わりはないだろう。
いつものように静香から受け取り、パソコンに映像を取り込む。
今回はそのまま、DVDにするつもりはない。
最後のほうのシーン。
ブランコに子供が走っていく映像がある。
その部分をコマ送りに詳しく見てみた。
チェックし終わると、口元が自然とニヤけてくる。
プロのデザイナーが使うアプリケーションソフト、フォトショップを起動した。
『公園』のフォルダを開き、首吊り男の全身が写っている画像を探す。
全部で二枚あった……。
右側から撮った画像のほうがいいだろう。
僕はその画像をフォトショップにぶち込んだ。
その画像を『A』とする。
静香の撮った映像で、子供がブランコに近づいて写る部分を画像として抜き出し、フォトショップに同じくぶち込む。
こっちの画像を『B』とした。
マグネットツールを使って、首吊り男の全身を丁重になぞっていく。
うまい具合に男を囲むと、移動ツールに切り替え『B』の画像に移動させた。
これを『C』とする。
これで『C』の首吊り男の全身が『B』の画像に加わる事になる。
サイズが合わないので自由変形を使い、『C』のサイズを微調整した。
首吊り男の切り抜いた部分のアラが目立つので、ぼかしツールを使い丹念にマウスでこすっていく。
ここで気をつけなければいけないのが、面倒でもぼかしの大きさを小さめに設定して、男が背景に馴染むよう細かく何度もこする点だ。
これで『B』の隆志がブランコに向かって走る部分の画像が、恐ろしい心霊合成写真に変化した。
無邪気に駆け回る隆志。
その先に写るブランコに中年男が首を吊っている画像。
それも本物の死体を使っているのだから、リアリティは更に増す。
僕は霊など信じないが、あくまでもうっすら写っているほうが気味悪いだろう。
『C』のレイヤーの不透明度を五十パーセント、塗りを二十パーセントに調整する。
最後に画像を統合させ、一枚の心霊合成写真が完成した。
同じ要領で、他の画像に『C』のレイヤーを合成させて保存する。
DVD動画の前の抜き出した部分をカットし、作った数枚の心霊合成写真を動画のコマ送り部分に当てはめる。
これで心霊合成動画の完成だ……。
僕は薄ら笑いしながら、八枚目のDVDを作成した。
静香にはいつもと同じような態度でDVDを渡した。
丁重にお礼を述べる静香。
果たしてこのDVDを見ても、その笑顔でいられるだろうか。
この女の精神の崩れる時が近づいてきた。
僕はその日仕事もせず、壁に耳を押し当てていた。
いつもその日に作ったDVDを繰り返し、二回は見る静香。
今日も同じように見るだろう。
最後のほうのシーンで、息子の隆志がブランコに駆け寄るシーン。
そこに半透明の首吊り死体が映っていたら、どう思うだろうか……。
反応が非常に楽しみである。
「はい、隆志。ちゃんとこっち向いて」
「はーい」
隣で静香が八枚目のDVDを見だしたようだ。
DVDの音声が聞こえてくる。
「隆志の第八回目の砂遊びでーす。隆志、山を作ってみようか?」
「はーい」
確か全部で二十分に満たない映像時間だ。
まだ問題の部分が映るには、十五分以上待たなくてはいけない。
昔、有名な監督が言っていた台詞を思い出す。
「もし、ホラーのテレビ連続ドラマを作るなら、一回目の放送から最終回の手前まで普通のホームドラムを作る。そして最終回で一気にドカンと怖いホラーを出すだろう……」
これは多分、最終回までに視聴者が登場人物に思い入れを持つような布石を作り、最後で一気に怖い思いをさせるという意味合いなのだろう。
どのようにしたら、人は恐怖をもっとも激しく感じるか。
それは登場人物たちに思い入れを持たせる事から始まると思う。
それに当てはめると、僕の作ったDVDはなかなかいい線をついていると思う。
当たり前のように始まる子供の遊び。
公園の道具を使って色々と遊びまわる。
動き回るほど、母親は子供をカメラに収めるだけで苦労するだろう。
最後にブランコへ行く時に、首吊り死体が薄っすら映る。
実際にその映像を撮っている時には、何も見えなかったのにと……。
旦那との夫婦間の交流が悪くなり、子供の成長記録をとっておく為に作ったDVDには幽霊が映っている。
精神に異常をきたすかもしれないだろう。
霊現象を信じない人間でも気味悪く感じるはずだ。
自分の子供に変なものが映っているのだから…。
「滑り台で一生懸命滑る隆志でーす」
もうじき問題のシーン……。
もう一度滑って、隆志はブランコの方向へ駆けていく。
「はい、上手によく滑れましたー」
「次、あれー」
「は~い、次はブランコへ向かいまーす」
もう、一時間は経っただろうか……。
隣の部屋からは、何の反応もなかった。
ちゃんと映像を見ていないのか?
わざわざDVDを見ましたかと、こっちから確認するわけにもいかない。
先ほどの問題のシーンでは何の悲鳴も声も聞こえてこなかった。
自分の子供だけ目線を追って見ているから、ひょっとしたら何も気付かなかったのかもしれない。
それとも首吊りの男を少し半透明にし過ぎて、いまいち目立たなかっただけなのかもしれない。
敗北感が、全身を支配する。
想像していた反応と現実は全然違った。
しかし、これでへこたれては自称破壊工作のプロフェッショナルの名が泣く。
そんな事よりも静香を精神的に弱らせ、そこにつけ込まないといけないのだ。
このままでは、静香に何もできないままである。
次の九枚目DVD作成時にはもう少し考慮して、映像合成しなければいけないかもしれない。
夜中に隣の香田家は、激しい口喧嘩をした。
静香がかなり苛立っている証拠だ。
ちょうど仕事の残りをこなしていたので、何を言っているかまではよく聞こえない。
三十分ほどやりあって、静香はアパートを飛び出す。
いつものように公園の赤いベンチへ腰掛け、静かに泣いていた。
僕は窓から彼女の様子をジッと眺めていた。
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