岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 20(堕落編)

2024年08月13日 10時00分05秒 | 闇シリーズ

2024/08/13 tue

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1 新宿フォルテッシモ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿クレッシェンド第4弾新宿フォルテッシモ普通にサラリーマンをやっていたら、喧嘩が強いだとかそんな事とはまったく無縁だろう。もちろん俺のいる歌舞伎町だってそうだ...

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明日になれば安田が仕事へ復帰

それまで早番の三門、大倉、江角で店は回してもらう

遅番も、岡本は経験者なので店のシステムを覚えてもらうくらい

望月は初心者なので、ポーカーゲームの理屈から、すべて教え込まないといけない

山下は相変わらずマイペースだが、仲良しの大倉と番を別れたのが悲しいらしく、いつもブツブツ言っている

伊藤はDJマスターキーの第一弾アーティストHi-Timezとしての東北ライブが好評らしく、いつも週末休みを1日、2日取っていたが、多い時で3日間休む場合もあるというので了承した

音楽の世界はよく分からないが、伊藤がそっち食えるようになるなら喜んで送り出したい

ニューヨークに住んでいたという伊藤は少し変わっていて、肉が食べられなかった

コロッケですら多少の肉があるので断るほど

ベジタリアンなの?と聞くと、いつの間にか肉だけ受け付けなくなったようだ

ステーキとか最高じゃんと言うと、獣の味がするので嫌な顔をする

安田から電話が来た

「すみません…、明日の出勤、1日延ばしてもらえませんか?」

「オマエ何を言ってんの? シフト組んだんだから、出てこい」

「いえ、恥ずかしい話、借金している人間に会わなければいけないので……」

「だったら尚更だろ。安田、金だって持ってないんだろ? その日から日払い渡すから、その人には仕事終わってから会えばいい話だろ」

「そ、そうですね…。分かりました」

電話を切って5分もしない内にメールが届く

《すみません。やっぱり俺は大馬鹿野郎です。 安田》

意味不明な内容

考えられるのはこのまま来ないつもりか

俺は安田へ何度連絡するも、出る様子がない

以前何も言わず10万貸してくれと言った時、大変だろうと焼肉をご馳走し、一万円をあげた

タダの捨て銭だったようだ

また広告打って、新人を募集しなければならない

 

過激な設定を導入し、かつての賑やかさを取り戻したワールドワン

ゴマすり豚野郎の吉田をクビにしたのは大きい

番頭の佐々木さんが来て、店を立て直したので給料を若干戻してくれた

前ほどは戻らなかったが、プラスで5000円増えたのは素直に嬉しい

店の件で多忙な日々を送り、ピアノもすっかり穴が空いていた

あれだけ練習したザナルカンドも久しく弾いていない

新人がある程度成長したら、またピアノへ向き合ってもいいと思えるくらい余裕ができた

相変わらず春美から連絡は一つも無い

まだ目の前でザナルカンドを弾けてもいないのだ

無理だって

もういい加減忘れろって……

俺はあの子にフラレたんだ

必死に自分へ言い聞かせた

 

ゲーム屋業界の流行り廃れは早い

ただ流行っているから何もしないと、すぐに客に飽きられ廃れてしまう

客足が落ちる前に、次の手を考えていかないと駄目だ

…といってもゲーム屋でできる事など限られる

闇雲に計算もせず、客に受けるだろうとやるイベントはあとで後悔する羽目になった

以前やったイベントで黄金の48時間というものがある

これは単純にその期間、一気をしたらプラス一万円あげるというものだが、ワールドワンの1日の一気の本数は100本前後

考え無しにこれをしたおかげで、百万以上の経費が余計に掛かった

客を煽りつつ、経費的にはそんな掛からないイベント

そのバランスは中々難しい

 

そんな最中客のギャンブル欲をくすぐるイベントを思いつく

みんな、ダブルアップを叩き続け一気を狙うのが主流なので、そこを利用したイベントを開催

1日限定の個人ビンゴカードを作る

ポーカーは役を揃えてからダブルアップするので、3つの枠に分け、ツーペアとフルハウス、スリーカードとフラッシュ、ストレートとフォーカードに決める

例えばツーペアからのダブルアップで一気になれば、その枠が消え、3枠消せば個人ビンゴ完成で30000円のプレミアが出る仕組み

運が良ければ3回の一気で完成する

俺はイベント開催の告知用広告を作り、従業員の岡本と望月に電バリを頼む

貼る場所は数カ所

すると岡本は「このくらいなら俺一人で大丈夫ですよ」とバックを持つ

本来電バリは違法行為である

「おい、危ないから2人で行け」

俺の声が届く前に岡本は一人で外へ行ってしまう

 

食事で外出していた客が、店に帰ってきてキャッシャーにいる俺へ話し掛けてきた

「店長…、多分ここの従業員だけど、あそこの靖国通りと一番街の交差するところで、両脇を警察官に抱えられていましたよ」

言わんこっちゃない……

あの馬鹿、いきなり警察官に見つかったのか

俺は一番街通りへ飛び出し辺りを見渡したが、岡本の姿は見えない

まず捕まった可能性を考え、番頭の佐々木さんへ連絡

電バリで捕まったとしたら、新宿警察署しかない

しかしこちらから警察署へ電話するわけにもいかず、しばらく様子を見る

店の電話が鳴った

相手は新宿警察署から

「新宿警察署です。ワールドワンですね?」

「は、はい……」

「店長の岩上さんは?」

「は、はい…、私です……」

あの馬鹿、警察で色々謳いやがった

「岡本分かりますね? 一応身元引受人として今から新宿警察署へ来て下さい」

「いや、あのですね…。私も一従業員でして…、社長へ連絡とりますから……」

「岩上さん、そういうのいいから。うちも面倒だから岩上さんが引き取りに来てってだけだから」

「分かりました……」

こうなって誤魔化すのも後々面倒なので、俺は佐々木さんに連絡を入れ、新宿警察署へ単身向かう事になった

 

そこそこ長い期間の裏稼業

自分から警察署へ行くなんて初めてである

タクシーで向かい到着する

扉を開けると「いやー」と頭を描きながら笑う岡本がいたので思わず頭を叩いた

簡単な書類に名前を書き、すぐ解放される

「だから一人で行くなって言ったろ!」

「すみません、最初の1枚目でいきなり警察官に見つかってしまって……」

そそっかしい岡本

コイツの調子の良さには少し注意したほうが良さそうだ

 

休みになると適当に飲み歩き、適当に女を口説く

妹代わりのミサキが一度女の子を紹介してくれた

名前は雪喜と書いて、さおり

ショートカットの似合う綺麗な子だった

彼女は日本人の父親と韓国人の母親を持つハーフで、ミサキと同じキャバクラで働いている

体格のいい男がタイプらしく、ミサキに俺を紹介するよう何度も伝えていたようだ

最初だけミサキが同席し、淋しかった俺はよく雪喜とデートを重ねた

地元の川越祭りにも一緒へ連れて行く

これは今まで一度もした事が無く、町内の人間たちから何人声を掛けられたか分からない

「あ、智一郎さんが女性連れている」

「智一郎さん、彼女ですか?」

「おい、智一郎! 珍しいな、女連れなんて」

少し歩く度にこんな具合

雪喜はまったくゆっくり祭りも回れない状況に我慢できなくなり、「知り合いばかりで嫌。二人でゆっくりできるところへ行きたい」と泣きべそを掻いたほどだ

もちろん雪喜の事は気に入っている

しかし春美の時ほど燃え上がるような感情は持てなかった

ある日たまには店に来て欲しいというメールをもらい、俺は怒って返信すると、「岩上さんは釣った魚には餌をあげないタイプなんだね」と言われ、面倒臭かったので付き合いを辞めた

 

先輩の坊主さんから連絡があった

内容はこれから先どうしてもパソコン必須の時代になってくる

なので坊主さんが持つ知識を少しでも俺に教えときたいというものだった

「えー、俺がパソコンなんて無理ですよー」

面倒臭そうに答えると、「智、オマエは昔のゲーム大好きだろ?」と言われた

「昔のゲームって?」

「インベーダーから始まった今までのアーケードゲームや、ファミコン、スーパーファミコン、ゲームボーイアドバンスとか何でもだよ」

学生時代、彼女も作らずゲームセンターへ通う日々

セガのマークⅠからⅢ、マスターシステム、メガドライブ、セガサターン、ドリームキャスト……

セガ系だけでない

PCエンジン、ネオジオ、3DO……

俺はほとんどのゲーム機を所有するほどゲーム好きだった

「そういうの全部またできるぞ」

「サスケ&コマンダーもですか?」

「うん」

「ペンゴもですか?」

「うん」

「クレイジークライマーもですか?」

「だから全部だよ、全部」

俺のツボを完全に知っている坊主さん

そんな訳で俺は坊主さんと共に秋葉原へパソコンを買いに行く事となった

 

当時の標準的なパソコンはWindows XP

俺はパソコン云々よりも、昔のゲームがまたできるという点だけでノートパソコンを買う

値段は17万ちょい

プレステーション2が何台買えるんだとは思ったが、仕方のない投資だ

坊主さんはUSB端子でプレステーション2のコントローラーを接続し、ボタンさえ割り振れば、どんなゲームでも操作可能になると説明する

「パソコンは頭の良い赤ん坊みたいなものだから、何も無いところへこうしなさい、ああしなさいと命令してあげる事が重要なんだ」と説くが、俺には意味が分からない

しかし目の前で昔のアーケードゲームがあれもこれもできた感動

川越に当時あったデパートニチイの三階でやったフロントライン

イトーヨーカドーの屋上にあったスーパーパックマン

蓮馨寺の敷地内にあった同級生の親が営むピープルランドにあったグラディウス

  

もちろんネオジオの餓狼伝説から龍虎の拳、真サムライスピリッツなど何万種類のゲームができた

 

仕事を終えると部屋に籠もり、パソコンでゲームをする日々

弟の徹也が画面を見て「兄貴のパソコン、何でそんなのできるんだよ。俺のパソコンでもできるようにして」と興奮気味に急かす

やり方が分からないので、俺のパソコンで一緒にゲームをした

坊主さんに会うと、徹也のパソコンでも同じ事をできるようにするにはと質問する

初歩的なファイルとフォルダー

基礎中の基礎

俺はまず大好きだったゲームの仕組みを覚えるところから始まった

データをコピーしただけでは駄目で、ディレクトリ設定でROMイメージをどこから読み込むのか

坊主さんの教え方は厳しかったが、システム的な事を暗記するようにして、日に日にパソコンへのめり込んでいく

 

仕事中、番頭の佐々木さんから終わったらちょっと話があると言うので時間を作る

できれば人気の無い静かな所がいいと言うので、新宿プリンスホテルのロビーラウンジを利用した

「話ってどうしたんですか、佐々木さん?」

「今から言う事はワイと岩上君だけの秘密にして欲しい。大丈夫?」

いつもとは雰囲気の違う佐々木さん

これまでの付き合いを考えると信用できる人なので、俺は黙ったまま頷く

「オーナーの中川さん…、株や土地開発の失敗で10数億の借金を抱えたんや」

「えっ!」

思わず漏れる声

「それでワールドワンもあと3ヶ月間で終わりになる」

「……」

一度は荒らされたが、ここまで店を復活させたのに後3ヶ月?

「他の店の番頭だった湯沢君が数ヶ月前に辞めたやろ? あれは彼が中川さんに500万貸すのを渋って辞めたんや」

「……」

「ワイは500…、貸している。でももう回収できへん」

「は、はい……」

「ワイと岩上君が組んだら上にはバレへん。だからワイの金取り戻したいから、岩上君、ワイと組んでくれへんか?」

つまり店の金を抜くという事だろうか?

佐々木さんは本当に人がいい

これまでだって何度も手痛い目に遭ってもスタンスは変わらない

「分かりました…。俺は佐々木さんに色々と恩があります。それで佐々木さんが助かるなら協力します」

「店が閉まるのは従業員にも客にもまだ内緒にして欲しいんや」

「はい、分かりました」

「それで方法なんやけど、店内ビンゴあるやろ? あれのチェックって、ワイがしてそれでシュレッダーに掛けて終わりなんや。つまり…、あれが何本出たところでいくらでも誤魔化せる」

「……。はい……」

「1日何本か水増しするから、そこでその分の金を別にしといて欲しいんやけど……」

「分かりました…。それで佐々木さんが助かるなら……」

「もちろん儲けは折半でええ」

「いや! 俺はいらないですよ。佐々木さんさえ金を戻せるなら」

「駄目や。こういうのは折半で行かへんと必ず綻びが出る」

「でも俺は佐々木さんにこれまで散々良くしてもらいました。だから俺の分まで……」

「岩上君! 頼むわ! この条件で引き受けてくれんか?」

真剣な眼差し

折半以外の条件は受け付けないといった強い意思

「分かりました……」

この日より俺と佐々木さん二人だけの秘密が生まれた

 

店内ビンゴを使った抜き

一回で5万

二回やれば10万

毎日少ない時で二回、多い時で六回

つまり給料とは別に5万から15万の金が舞い込んで来るようになった

最初の頃は佐々木さんが全部取るよう伝えるも、折半以外受けつけない

たまにイベントなどをする時は、さらに拍車が掛かる

本来の給料が店長手当込みで50万ちょっと

それとは別に月で100万を越える金額がザクザク入ってくる

俺は金銭感覚が一気に麻痺していく

他の従業員に対する罪悪感はもちろんある

しかし佐々木さんとの約束で言う訳にもいかない

心が日に日にドス黒く染まっていく

 

仕事から家に戻ると、徹也が新しいパソコンを買ったので、またゲームをできるようにして欲しいと頼んできた

やり方は熟知していたのでデータを移しながら、お互いの近況を話す

一番下の弟の貴彦

彼は家のクリーニングを継ぐまではいかないが、家業を手伝って生活している

いつだったか「兄貴もてっちゃんも好き勝手やってるから、俺がこうなったんだ」と責められた事があった

その貴彦が趣味のサーフィンで脇の下を怪我し、仕事ができない状態が続いているらしい

「アイツ金も無くて無口な引き籠もりみたいになってるよ」と徹也は言う

徹也のパソコンをゲームがまたできる環境に整え、久しぶりに貴彦の部屋へ行く

「おう、貴彦。オマエ怪我したんだって?」

「兄貴が家を継がないから……」

「もうその話はよせ。誰もオマエにやれなんて頼んでいない。嫌ならやらなきゃ良かったんだ」

「……」

「金も無いんだろ?」

俺は財布から適当に札を取り出し、貴彦の目の前に置く

金額にして2万円いかない程度

どうせ毎日必要以上に入ってくる金の一部をあげただけ

俺には痛くも痒くもない

「いいのかよ……」

「黙って受け取れ。今まで兄らしい事なんて何もしてなかったからな」

「あ、ありがとう……」

この日から毎日のように貴彦へ小遣いをあげるようになった俺

月でだいたい20万程度の金を渡すようになった

 

それまで特別仲良くもなかった貴彦は、変に俺へ懐くようになる

毎日のように金をあげているのだ

繋がりは金とはいえ頼りにするだろう

徹也からは「兄貴は貴彦を甘やかし過ぎだ」と何度も言われた

自然と貴彦の部屋には同級生連中が集まるようになる

俺にとっては4つ下の後輩になるから、ピザの宅配を取ったり、全員を食事へ連れて行ったりした

ある日貴彦の彼女の麻美が声を掛けてくる

「お兄さん、今週末歌舞伎町の〇〇ビル分かります? そこで私たちのダンスイベントあるので、良かったら顔を出してくれませんか?」

麻美はプロのダンサーをしているが、それで食べていけるほどではなかった

「そんなの貴彦に言いなよ」

「だってたーちゃんお金もそんな無いし、まだ無職で部屋に籠もっているから行かないって…。その日私の誕生日なんですけどね……」

「分かったよ。俺から貴彦には説得しておく。絶対に行けと。あとその日新宿プリンスホテルなら顔利くから、部屋も俺が取ってやる。二人で泊まって祝ってもらいな」

「ありがとうございます、お兄さん!」

この子と貴彦が結婚したら、俺の本当の妹になる

ミサキは俺が勝手に妹と見立てているだけ……

兄貴らしく格好をつけたかった

 

貴彦に金は払うから新宿プリンスホテルの部屋をその日取るよう指示する

数日後聞くと、週末で予約一杯で取れないと言う

仕方なくプリンスホテルの支配人へ電話を掛けた

「お久しぶりです、岩上です。いい部屋を一つこの日にお願いしたいのですが……」

支配人はすぐいい部屋を用意してくれる

貴彦は驚いた顔をして俺を見ていた

「いいか? 予約した部屋、俺だって泊まった事が無いほどいい部屋なんだからな。少しは感謝しろよ」と言いながら、貴彦へ一万円札を渡す

黙って受け取る弟

「無駄遣いするなよな」

俺はそれだけ言うと、部屋に戻って寝た

 

麻美の誕生日当日

俺はもちろん仕事でワールドワンにいる

兄弟にも歌舞伎町でゲーム屋をしている事は内緒にしていた

貴彦からメールが入る

《兄貴今日はありがとう。あみっこもすげー喜んでいたよ。 貴彦》

今日はそこまで忙しくないので、山下に言い、少しだけ外に出る事にした

貴彦、麻美カップルと待ち合わせ、食事を振る舞う

別れ際麻美に一万円札を握らせ、「せっかくの誕生日なんだから貴彦と最上階のBARシャトレーヌでも行って乾杯して来い」と送り出す

俺が何の仕事をして稼いでいるのか二人共気になって仕方がない様子だったが、裏稼業を理解してもらおうとは思わない

いいから行けと追い払う

弟カップルを見送ると、俺は店へ戻る

自分自身彼女がしばらくいない状況なのに、一体何をしているのだろうな……

以前ミサキが紹介してくれた雪喜

もう少し俺が辛抱してうまく付き合うべきだったか

いや、自分のキャバクラに誘導するような女はイマイチ信用できない

春美……

今頃どうしているのだろうか?

あの子を口説けなかったのがすべてだ

俺はとても淋しい

貴彦の面倒見ている場合かよ……

何とも言えない気持ちになりつつ、今日もゲーム屋の仕事をこなす

 

ワールドワンの従業員の岡本から店に電話があった

「すみません、岩上さん。ちょっとトイレの大我慢できなくて…、少しだけ遅れてしまうんですが……」

「ああ、いいよ。漏らすなよ」

この日岡本は5分ほどの遅刻で出勤する

また三日後に同じ電話をしてきた

そのあとも似たような状況は続く

「岩上さん、すみません…。ちょっとまた漏れそうで……」

俺は岡本が店に来てから呼び出して注意した

「オマエさ…、毎度毎度同じ事言ってっけど、そんな遅刻するような時間帯に同じ事になるなら、電車を1、2本早く乗れば済む事じゃねえの?」

「は、はい……」

「次からは悪いけどそんなの通用しないから。みんな時間通りに来てんだよ」

「分かりました。すみません……」

緊急時を考慮するのと、甘やかすは違う

どんな仕事だろうが、時間に必須なのは変わらない

この日仕事終わりに佐々木さんと、新宿プリンスホテルのロビーラウンジで待ち合わせる

今日はビンゴ5万を6回偽造で30万

佐々木さんは15万を渡してくる

少し前なら抵抗もあった

今の俺は普通に受け取っている

俺自身どんどん薄汚れているのだろう

 

店の二番手として育てていた伊藤

彼はラップのミュージシャンと兼用で働いているが、好評の東北ライブの回数が増え、どうしても4日間の休みが欲しいと懇願してきた

伊藤にとってチャンスなのだ

店はキツくなるが、みんなでカバーすればいい

従業員に伊藤の件を伝えたところ、山下と望月はその間休みを取らなくても大丈夫と了承してくれる

岡本だけはどうしても用事があるので、1日だけ伊藤と休みが被ってしまう

今の状況を3人で回す……

まあ俺が休み時間取らないでやれば、何とかなるか

こういう日に限って店は皮肉にも忙しくなる

俺と山下とまだ新人の望月

ゲーム屋は忙しくなると、とにかくINが多くなるので必然的にホール内を所狭しと駆けずり回るようだ

過去この忙しさから一日二日で根を上げ、辞めていった新人も数えきれないほどいる

中々従業員を食事休憩すら回せない現状

「望月、奥で一服してきなよ」

「いえ、まだ大丈夫です!」

「いいって無理すんな。俺がキャッシャーやりながらホールも見るから大丈夫だよ」

とりあえず望月にタバコの一服休憩を行かせるのがやっとな状況

「岩上さん、飯休憩まだすか」

山下が隙を見て声を掛けてくる

「悪いけど、まだ無理だよ。客が全然引かない」

「俺、早番の大倉さんと飯休憩で一緒に行く約束してて、まだ外で待ってんですよ!」

「知らねえよ、そんなの。オマエと大倉が勝手に決めただけで店には何の関係も無いだろ」

「でも、大倉さんまだ待ってるし」

「仕事中だ! 店の事を優先して考えろ。とりあえず望月が一服から戻ったら、山下行って大倉に電話くらいしておけ」

不服そうな山下

気持ちは分からないでもないが、仕方ない事だ

山下の一服も回し、望月に食事休憩行くよう促す

「ごめん、いつもなら1時間いいんだけど、今日だけ40分でお願いできる?」

「いや、俺飯大丈夫ですよ」

「いいから行ってこいって。こっちは大丈夫だから」

望月に飯代を渡し行かせる

15分もしないで口をモグモグしながらホールへ出てくる望月

「おまえなあ……」

「もう食べ終わりました。大丈夫です」

素直に望月の好意を受け取る事にした

「岩上さん、俺の飯休憩まだすか? 俺の飯休憩……」

横で山下がうるさいので、仕方なく行かす事にする

「おい、山下。今日は本当人もいないし、忙しいから40分な、悪いけど」

大倉に断りをしていなかったのか、山下はすぐ外へ飛び出した

 

二人きりで回す地獄の忙しさの店内

望月は汗だくになりながらホールを駆け回っている

俺も片側の列のINとOUTをしつつ、4カード以上の役や一気が出るとキャッシャーへ戻り、プリントアウトしながら用紙へ記入しなければならない

本来ならホールで最低2人、キャッシャーに1人はいないと難しい

時計をチラリと見る

正確な時間は覚えていないが、山下が休憩行ってから1時間は過ぎているはずだ

この忙しい現状を知りながら、何をしてんだ、アイツは……

こちらの都合など知らずに札を出しINを要求する客

俺と望月はひたすら駆け寄りINキーでクレジットを入れる

「ロイヤル!」

5卓の客が叫ぶ

「少々お待ち下さいっ!」

キャッシャーへすっ飛び、プリントのボタンを押す

その時入口の扉が開き、山下が戻ってきた

食事へ出てから一時間半は経っている

「オマエ何を考えてんだよ!」

思わず怒鳴りつける俺

「40分って言ったろ! 何やってたんだ、ボケッ!」

少々顔の赤い山下

酒でも飲んできたのか、コイツ……

「責任取って辞めますよ!」

不貞腐れたように口を開く山下

「あ? 今、何て言った?」

ホールでは望月一人が必死に駆けずり回っている

「辞めればいいんでしょ、辞めれば」

俺は山下の胸倉を掴んでいた

「オマエ…、ホールで新人の望月があんなに一生懸命やっているのに、何とも思わないのか?」

「だから辞めれ…、うぎゃーぁーっ!」

気付けば俺は山下の頭に頭突きをお見舞いしていた

両手で頭を抱えながらホールの床を転げまわる

あれだけポーカーに熱中していた客たちの音が止む

みんな、転げまわる山下を見て唖然としていた

俺は首根っこを掴んで立たせ、奥の休憩室へ放り投げる

「大袈裟なんだよ、オメーは」

すぐさまホールへ戻り、望月と客の相手を始めた

さすがに限界だろう

隙を見て佐々木さんへ連絡をし、他の系列店からヘルプに来てくれるよう頼む

30分ほどして山下が頭を片手で押さえながら、フラフラとホールへ出てきた

「殺すんなら殺して下さいよ!」

大声で怒鳴る山下

俺は一発殴り、荷物と服を入口の外へ放り投げる

山下も外へ投げ捨て「オマエはクビだ。とっとと出ていけ!」と怒鳴りつけた

何とも遣る瀬無い気持ちになる

二年以上共に働き、吉田のせいで辞める時だって俺は身体を張ったつもりだ

何故こんな馬鹿なのか、アイツは……

ようやく系列のアリーナから黒岩、チャンプから中島がヘルプに来てくれる

そこで初めて望月をゆっくりさせる事ができた

山下の奴、何故場面が読めなかったのだ?

とても情けない気分だった

 

家に帰りとりあえず寝た

精神的に非常に疲れている

佐々木さんからはもう少しうまく従業員を使うよう言われたが、山下みたいな馬鹿をどうやってうまく使えと言うのだ

妙な苛立ちがずっと残っていた

部屋のノックが鳴る

弟の貴彦が友達来てるからピザの宅配を取っていいか聞いてきた

「おう、適当に頼みな。少し寝ているからピザ来たら教えてくれ」

色々考えている内に俺はそのまま寝てしまう

身体を揺さぶられ起こされる

「やっと起きた。もうピザ来てるよ」

貴彦が目の前にいたので、一万円札を渡し支払うよう伝えた

少し俺もピザをもらうか

顔を洗い、三階の貴彦の部屋へ行く

「あ、お兄さんご馳走になってます」

後輩…、貴彦の友達らがみんな頭を下げる

ピザに手を伸ばし俺も一緒に食べた

「そういえば貴彦。ピザのお釣りは?」

「ああ、あれは俺の手間賃としてもらっといた」

友達の前なのか弟は変に笑いながら余裕を見せている

「オマエ、それはちょっと違うだろ?」

山下の一件もあり、心にイラつきが募る

「兄貴はさ、金稼ぐのはうまいけど、金の使い方を知らないから俺が使ってやってんだ」

得意げに話す貴彦

俺は立ち上がり、顔面を蹴っ飛ばす

「図に乗ってんじゃねえよ、小僧が!」

怪我して大変だと思い、そして少しは兄らしい事をと金を定期的にあげてきた

それがこんないい気にさせ、図に乗らせていただけとは……

「もうオメーには金なんてやらねえよ」

黙っている後輩たちを無視して俺はドアを思い切り閉め、部屋へ戻った

 

 

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