吹く風ネット

疑い深い客

 何年前だったか、近場のカニの加工工場で直売をやると聞いて、カニを買いに行ったことがある。ちょうどこの時期だった。
 行ったのが夕方だったため、目玉商品は、すでに売り切れていた。しかたなく他の商品を漁っている時だった。横にいる店員とお客のやりとりが聞こえてきた。
「ズワイガニよりタラバガニのほうが身がたくさん詰まってますよ」
「前に、よその店で、そういうふうに言われて、タラバガニを買って帰ったんだけど、食べてみると、全然身が入ってなかったのよね」
「そうなんですか」
「今あなたは身がたくさん詰まっていると言ったけど、絶対に身が詰まってるって保証するの?」
「それは…」

 いるんですよ、どこにでもこういうお客が。そういうふうに突っ込まれると、店員としてはどうにも答えようがない。食べ物なんだから、いや食べ物でないにしろ、絶対なんてありえないのだ。カニを割って見せるわけにもいかないし、かといって「うちのは大丈夫ですよ」なんて言ってしまうわけにもいかない。
 もし、そのカニがそのお客が思っている『身が詰まっている』状態でなかった場合、後が大変である。
「あなたが、大丈夫って言ったから安心して買ったのよ。それなのに全然身が詰まってないじゃない。どうしてくれるの?」などと、いちゃもんをつけてくるに決まっているのだ。だから、安易に「うちのは大丈夫ですよ」なんて言えないわけだ。

 ぼくが若いころにアルバイトをしていた店でも、そういうことがあった。
 あるお客が、
「このポット買おうと思っているんだけど、ちゃんと沸くんだろうな?」と言ってきた。
 ぼくが「沸きますよ」と言うと、「絶対に沸くんだろうな?」と言いだした。
「機械物ですから、絶対とは言えません。でも、悪ければ、ちゃんと交換させていただきます」と答えると、今度は「この店は、沸くかどうかのテストもしてくれんのか?」などと言いだした。
 通電するかどうかのテストならともかく、沸くかどうかのテストをしている店なんて見たことはない。
 そこで「沸くかどうかのテストまではやっていませんが…」と言うと、「そんな店では買えん」と言って帰ってしまった。
 その時、どこの店が沸くテストをやってくれるのか、教えてもらえばよかったと思ったものだった。

 さて、そのカニのお客も何も買わずに、ブツブツと文句を言いながら帰って行った。ああいう性格だから、きっとどこに行ってもそんな調子なのだろう。
 疑うことをしだしたら、切りがない。結局そういう人は損をするのだ。最初から疑うことをせずに、その店を信じていれば、ちゃんと店は応えてくれるものだ。

 我が家の人間は、誰も人を疑うことをしない。だから身のぎっしり詰まったおいしいカニを、堪能することが出来たのだった。

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