吹く風ネット

緊張

1,
 最近ギターを弾いてない。前はカチカチだった左手の指先が、今はふにゃふにゃになっている。指使いなどは体が覚えているだろうが、もはやそれに耐えられるだけの肉体ではなくなっているということか。まあ、10分も弾いたら、もう押さえることは出来ないだろう。

2,
 元憂歌団の内田勘太郎さんは、普段イメージトレーニングはやっているが、ギターには触れないと言っていた。お客の前で弾かないと、集中できないのだそうだ。そこがプロたるゆえんだろう。ぼくのようなギターをかじっただけの人間は、誰もいないところでやる時は集中できるが、人を前にすると集中できなくなる。大勢の人を前にするとなおさらで、心臓はバクバクし、ひどい時には吐き気さえ催してくる。

3,
 30代前半に、よく通っていたパブがあった。生演奏でうたわせてくれる店だったのだが、そこで初めて歌をうたった時はひどかった。イントロが始まったとたんに胃が痛くなった。その痛みが緊張からきているのはすぐにわかった。
が、どうしようもない。もう演奏は始まっている。何とか1番を歌い上げた後に、気分が悪くなって座り込んでしまった。

 その上、緊張をごまかすために大声を張り上げたので、のどまで痛くなっている。カラオケならリモコン一つでキャンセルすることも出来るのだが、生演奏だとそう簡単にキャンセルするわけにはいかない。
「どうしよう」と思っている時だった。ぼくの異変に気がついたバンドのボーカルの人が、2番を歌い出したのだ。
それで安心したのか、胃の痛みも治まってきた。何とか立ち上がり、ボーカルの人といっしょに歌った。

 その後、ぼくはどこでうたっても、あまり緊張することはなくなった。が、立ってうたうのは相変わらず苦手である。人の結婚式などでうたう場合などには、必ずギターを持っていき、それを口実に、座ってうたわせてもらうようにしていた。

4,
 ジョン・レノンは、ライブの前に吐いていたという。まあ、繊細な神経の持ち主だったというから、あながち嘘だとは言えないと思う。ビートルズがコンサートをやらなくなった原因は、そのこともあったのではないだろうか。

5,
 しかし、ジョン・レノンのような場慣れした人でも緊張したのか。きっと多くの人から期待されている故に、その期待に応えようとして、緊張したのだろうな。
 それを考えてみると、ぼくのような男が緊張しているなどというのは、人様に対して失礼なことだ。何も期待されていない人間が、勝手に緊張している姿というのは、滑稽この上もない。いくら歌がうまいだの、ギターがうまいだの言われてチヤホヤされても、所詮は趣味の範疇でしかない。本音のところは、誰も何も期待してないのだ。緊張するだけ損である。

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