スポイチ編集長日誌

最近はGTAオンラインの攻略ばっかりです。
日付そのままで修正・追記したりします。

「ベストセラー」を作るのは無思考付和雷同か

2008年02月04日 | その他
ここで何回か紹介している池田信夫氏のブログの、以下の記事をめぐって、面白いことになっている。

「あなたの知的生産性を10倍上げる法」
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/0f17fe588f53c0af2d18ac02bff59cb9


池田氏が「ハウツー本の典型」として勝間和代氏の本を(批判的に)取り上げたところ、勝間氏からコメントが付いた模様。

実はこれもマーケティングの一環だったりして…と思ってたらコメント欄でもいきなり突っ込まれてました。


最近よく耳にする「勝間本」って何ぞや?と思っていたのだが、ああ、こういうジャンルの本なのね。ちょっと面白そうではありますが。

俺はハウツー本をあまり読まない。というか最近は本そのものをあんまり買っていない。置く場所が無いし、しかも防音レベル0のボロアパートな上に、「あまり重い物を置かないでね」と大家からも言われているのだ。マジで。どんだけ床がヤバいんだよと。
だからいまだに家具も無いし、知り合いとかが来るとリアルでこんな会話が。

「家具を買えよ」
「そのうちにな」

…って『ヒート』のデ・ニーロみたいでかっこいくね?まー俺の場合は床が脆いだけなんだけどな。
よって、近ごろは、せいぜい新書か雑誌で興味を惹かれたものを買うぐらいで、一度読んだら雑誌は捨てて、新書は実家に送りつけて、「好きに処分してくれYO」と言ってある。
というよりも、もはや本以外のモノが部屋に積み上がってて本なんか置けるわけがないのだ。なにしろ「積みプラ」、「積みDVD」、「積みゲー」、「積みソフト」、「積みエロ写真集」ぐらいは序の口として、他にも「積みGFF」とか「積みMIA」とか「積みカップラ」とかわけわかんない積みモノとかその他モロモロ積みまくりの積みラーです。で、今ふと横を見たら箱買いしたカロリーメイトとスパゲティまで積んであってワロタ。あ…崩れた…。
もはや「積みは罪」ですなあ。
まさに、「ツンデル(積んでる)とクズレーテル(崩れーてる)」ですね。
すすすすす、すいません。人生ツンデル終わた\(^o^)/


と、いきなり脱線しまくったが、最近、別に上で紹介されてる勝間氏の本のことではなくて、

なんでテキトーに作られたことがみえみえの内容の無いつまんねー本が”ベストセラー”とかいって売れるのか?

という話を聞く機会が増えた気がする。別に本に限らずその他モロモロの製品においても。

この質問に一言で答えるなら、それは、

「この国には自分でモノを考えない付和雷同クンが多いから」

ということになると思う。

言葉を変えると、

「他の人も買ってるから」

ということになる。
他の人が買ってる”らしい”というのはもちろん、テレビ・新聞・雑誌(よーするにオールドメディア)で宣伝してるから、なんてのも大きい理由だろう。

現代は、”価値観の多様化”などと言われつつ、その実、”多数派”の人々の”付和雷同度”は以前にも増して高まっているのではなかろうか。
いやデータを取ったわけではないからわからんけども。

つまり、現代ではいわゆる「ロングテール」の部分は確かに「多様化」しているけれども、それはネットビジネス等の発達によって、以前から存在はしていた、そういったマイノリティによるさまざまな嗜好や要望を拾い上げることが可能になったからであって、多数派ともいうべき、いわゆる”頭の部分”はかえって肥大化してるんじゃないのか…ということ。
そういえば、どこかの出版社の倒産に関する記事で、「現代は5~10万部程度売れる”中ヒット”の本が出なくなってしまった」ということに言及したのがあった気がする。

そのうち、「空いてるのにすぐ隣に座ってくる人々」とでもいうタイトルで書こうかと思っていたのだが、とくに自分の考えなどもなく、「他人が買うから」「売れている(らしい)から」という理由で商品を選ぶ人々と、「空いてるのにすぐ隣に座ってくる人々」との間には、なにか共通したモノを感じる。

「空いてるのにすぐ隣に座ってくる人々」というのは、食い物屋などがガラガラなのに、なぜか人の隣に座ってくる連中のことだ。飲食店とかならまだしも、風呂屋や温泉の洗い場とか、サウナとかでやられると結構怖いぞ。あと、ゲーセンでガンダムゲーしてるときに、空いてるのにいきなり隣の筐体に座ったオッサンから勝手に支援とかされるとマジ怖いよね。
「コウ~、待ってよコウ~!」
「うるさいついて来んなあっち行け」
みたいな?
でも、そういう「空いてるのにすぐ隣に座ってくる」ヤツラが、何かのセールスとか詐欺師とかエウリアンとか宗教の勧誘とかはたまた「アッー!」なんてな目的を持っている場合というのは少なくて、そのほとんどは、
「なああああ~んにも考えてない人々」が、「そこに人が居るから、自分もそばに腰を下ろす。ただそれだけ。」
という場合なのではないか。

他に、わかりやすい例として、コンビニとか店などで買い物をしているときに、ついさっきまで誰も並んでいなかったレジに客が一人並ぶと、直後に一斉にみんなが並んで行列を作るという現象や、
昼飯時に行きつけの食い物屋に行ったら、なぜかガラガラだったけど、自分が一人入ったら、あとから他の客がゾロゾロ入って来て、あっという間に満員になっちゃったとか、
これらと似たような現象はこの国の日常の中でいろいろ観察できるだろう。

今の日本では、自分では何も考えず、「他人がそうしているから」という理由で、一日、見ず知らずの他人の行動にただくっついてぼんやりと過ごしていても、その日一日を無事に過ごせてしまうくらいには平和だ、とは言えるかもしれない。

しかし…、

…この分では、自律的に思考しないこの国のレミングどもを集団入水的な行動に仕向けることはそう難しくなさそうですね…ククク。

というわけで、俺が観光スポットとかの激マズボッタクリ飲食店とかの前で、入ろうか迷ってるフリするだけで背後にイナカーン観光客がゾロゾロ並んできたりして。
そんでもって俺が入ろうとすると、自律思考喪失観光客どもも俺のあとからくっついて入ろうとしてくるから、そこで俺だけ素早くUターンですよ。
「オーケー。イナカーンどもを観光客相手の激マズボッタクリ店に誘導完了。ミッションオーバー。帰投する。」
なーんつって。うは鬼畜。お前らほんとにやるなよ。やるなよ…。


だけど、
すべての人の生産性を10倍に上げる万能の特効薬なんかないのだ。特にファイナンスについては、一般論は何の役にも立たない(役に立つなら、経済学者はみんな大富豪になっているだろう)。
とか、
「なんで生産性が向上しないのか?→経営陣がバカだから」
のコメントとか面白いですね。よく考えたらソラソーヤ。

「経済学者はみんな大富豪になっている」で思い出したけど、俺が実家に帰ってると、親の退職金目当てに、よくバカどもが勧誘電話をかけてくるんだな。で、そのまま親のフリして話聞いてやってりゃ、
「年利回り何パーどうのこうので必ず儲かりますよおぉ!」
とか言いやがるので、
「エェー、そんなに儲かるならアンタの親に勧めろYO!」
とか言ったらいきなり、
「ガチャン、ツー、ツー…」
でワロタ!
詐欺師ども反論できねえでやんのプギャプギャ。

あー、あと、ご飯食べてる時にヘンな訪問勧誘が来ても、一言、
「ボク今ラーメン食べてるんですケド…」
って言えば、
「え?あ、そうですか…じゃまた」つって、下水清掃もリフォームも新聞も仏教系新興宗教もそうかそうか(謎)ってみんなおとなしく帰るYO!
ラーメン食ってる途中で何分も席外すと、麺がノビちゃって悲惨なことになるってのが日本人なら誰でも経験で知ってるからだろうね。
これで帰らなかった鬼畜は○ホバのクソババアだけです。マジ宗教ババア終ワットル。滅せよ。


ま、別に「自分で考えず、他人についていく」のが全部悪いことだとは言わん。
ならばせめて、”生き延びるのが上手い奴”について行くことだ。


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