星学館ブログ

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保江(やすえ)邦夫著「解析力学」

2019-05-04 10:35:54 | 関係出版物

日本評論社、2000年、定価2200円
 天文学科を卒業し、大学院では素粒子理論を専攻、今や数理物理学や脳機能を研究しているという著者の多彩な一面を覗かせてくれる数理物理学方法序説シリーズ全8巻の第6巻目。『高校から大学初年級程度の読者を想定し、…』と宣伝文句にあるが、想定された人たちでこれを読みこなせたら、将来、物理で飯が食えることは確実である。
 著者は、本書の「おわりに」で、学生時代のエピソードを活写している。ペダンチックな文体に気恥ずかしさを押し込んでいるように感じられるが、それだけに内容は真実を伝えており、“古き良き”時代の学生生活のようすが伝わってくる。「はじめに」と合わせて読むと、一層、興味深い。大学にはこんな気取った才人がごろごろしていると思うと、やる気の出る人もいれば、意気消沈する人もいるに違いない。
 という次第で、本書の「はじめに」と「おわりに」しか読んでいないが、著者の保江氏は、これを「キセル読み」と表現していた。宣伝文に『「易しく分りやすい」解説に飽き足らない骨のある読者を求む』とあるとおりの内容であり、これから『勉強するぞ』と真剣に考えている人におすすめ。保江流「解析力学」の世界が、濃く、展開されている。


保江(やすえ)邦夫著「ヒルベルト空間論」

2019-05-04 10:24:52 | 関係出版物

日本評論社、2000年 定価2200円

 天文学科を卒業し、大学院では素粒子理論を専攻、今や数理物理学や脳機能を研究しているという著者の多彩な一面を覗かせてくれる数理物理学方法序説シリーズ全8巻の第2巻目。『高校から大学初年級程度の読者を想定し、…』と宣伝文句にあるが、想定された人たちでこれを読みこなせたら、将来、物理で飯が食えることは確実である。
 著者は、本書の「はじめに」で、学生時代に初めてヒルベルト空間論に接した時のことを紹介しているが、それを講じていた鶴丸孝司先生には私もショックを受けた一人である。教養部があった時代で、入試を終えて入学した学生たちはそこでは少しゆとりを感じていた。ただ、当時の教養部はまだ大学紛争の余波で騒然としており、「ゆとり」のある学生が「勉強しよう」と思うような雰囲気ではなかった。そんな中で、鶴丸先生が一般教養の学生(!)を相手に講じられたのが「ヒルベルト空間論」であった。ノルム空間、バナッハ空間、等々、次々とわけの分らぬ概念を、真面目に、真剣に、紹介し続けてくれた。
 何だ、これは!本当に教養部の数学か?!1年目で一応εδ法などの洗礼を受け、徐々に高校数学から大学の数学に浸り出した頃であったが、ガツーンと脳天に一撃を食らわされた感じだった。
 相手は、必ずしも数学科の学生ではないし、筆者のようにほとんど理解できない者がたくさんいたに違いない。しかし、不思議なことに、出席率は高かった。講義の魅力は何だったのだろうか、と改めて思う。おもしろおかしい話をするわけでもなく、決して分りやすく紹介してくれたとも思えないが、少なくとも、できの悪い学生にも、分らなくても聞いてみたいという気を起こさせたことは確かである。思うにそれは、「ヒルベルト空間論」は鶴丸先生の世界であり、彼が心からそれを楽しんでいること、それを真面目に学生に伝えようとしたことなどができの悪い学生にも伝わったからではなかろうか。
 私は、保江氏のように理解できたわけでもなく、それを面白いとも思えなかったが、そういう世界があることだけは分った。そして、魅力的な講義とは、決して学生におもねることではないことも分った。鶴丸先生の講義は学生との真剣勝負だったのかも知れない。いやはや、大学とは、げに恐ろしい所であると、今、改めて思う。
 という次第で、本書の「はじめに」と「おわりに」しか読んでいないが、著者の保江氏は、これを「キセル読み」と表現していた。宣伝文に『「易しく分りやすい」解説に飽き足らない骨のある読者を求む』とあるとおりの内容であり、これから『勉強するぞ』と真剣に考えている人におすすめ。
【補:ショックー2】
 教養部の講義で受けたもう一つのショックは、1年生対象(一応理系ではあったが)の一般教養の化学の時間。尼子先生はいきなり、シュレーディンガー方程式から入った。ただ、びっくり!入学したての学生には理解不可能な量子化学の世界が展開されていた。ポテンシャルの概念はおろか、偏微分も、複素関数もさっぱりの1年生に、であった。おかげで、「化学は試験管とビーカーの世界」という概念を変えることはできたが、内容は霧中状態だった。


私が命名した小惑星(2014)

2019-05-04 09:55:59 | エッセイ

 2002年5月、大阪市立科学館の学芸員・渡部義弥さんが三鷹経由で小惑星に命名して欲しいという話を持って来た。群馬県の小林隆男さんがたくさんの小惑星を発見しているが、小林さんが付けきれないから、ということだった。私にもお鉢が回ってきたので、下記の6名の方々のお名前を提案させて戴いた。これらはIAUのしかるべき機関に送付され、正式に登録されている。
 下の表に小惑星名、登録番号、命名の由来(Schmadel 2003)、並びに筆者との関係等を付記しておいた。なお、Schmadel (2003) の記述は当方からの申請文を踏襲しつつも、修正が施されている。小惑星名と番号の対応表や、小林隆男さんが発見した小惑星数などの公式データは下記の小惑星センターにあるので参照されたい。
 なお、命名するのが大変なほど発見したという小林隆男さんは一体どれほどの小惑星を見つけたのだろうか?
 下記の小惑星センターで小林さんの発見数を見ると、全1460人・団体中の9番目(!)にランクされていた。1991-2002の間の発見数は2476個である。上位の多くは団体(天文台)で、個人名別(共同発見を含む)では3位、1個人としては2位(!)である。上位にいるのは E. W. Elste で、1986-2002に3752個であった。小林さんやElsteの発見数がいかに驚異的なものかが分かるし、小林さんがどれほど力を入れていたか、想像するに余りある数字であった。

references:
http://www.minorplanetcenter.net/
Schmadel, L. D. 2003, Dictionary of Minor Planets Names, Fifth Edition, Springer

表.加藤賢一が提案し、命名されている小惑星
小惑星名、番号等
Dictionary of Minor Planets Names (2003) & 付記(2014)
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Yasue No. 8101
保江 邦夫
1993 XK1. Discovered 1993 Dec. 15 by T. Kobayashi at Oizumi.
Kunio Yasue (1951- ), director of the Science Laboratory at Okayama Seishin University, has studied mathematical physics and quantum field theory. One of his major contributions to astronomy is his work on spontaneous symmetry breaking at an early stage of the universe’s evolution. (M 46681)
 保江邦夫氏は岡山市にあるノートルダム清心女子大学教授で、情報理学研究所所長。筆者の大学時代の同級生。京都大学大学院では湯川秀樹の最後の弟子として素粒子理論を研究し、後、一貫して数理物理学を研究対象としている。2000-2001年に出版された「数理物理学序説」全8巻は保江氏独自の世界観に満ちていて、圧巻! なお、これについては筆者の下記のホームページ中の「天文データセンター」中の紹介記事を参照されたい。
http://www.big.ous.ac.jp/~kato/
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Mizunohiroshi No. 8197
水野 博
1993 VX. Discovered 1993 Nov. 15 by T. Kobayashi at Oizumi.
 Hiroshi Mizuno (1951- ), Okayama Seishin Univer-sity, is a theoretician on the origin of our solar system. He developed a theory about the formation of thick atmospheres of giant planets, such as Jupiter, with intensive studies on the sudden accretion of gas onto the solid core. This mechanism is called the Mizuno process. (M 46681)
 水野博氏は岡山市にあるノートルダム清心女子大学教授の天体物理学者。筆者の大学時代の同級生。京都大学大学院では林忠四郎研究室で惑星形成理論に取り組み、木星などの巨大惑星は分厚い原始大気が重力不安定を起こしてできたとする理論を立てた。現在、この過程は水野プロセスと呼ばれている。欧米での研究生活を送った後、岡山に赴任。現在は主にコンピュータや物理を教授。海外経験を基礎に「英語も教えている」と苦笑しながら、語っている。
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Takagitakeo No. 8199
高城 武夫
1993 XR. Discovered 1993 Dec. 9 by T. Kobayashi at Oizumi.
 Takeo Takagi (1909-1982) played an active part in astronomical education as one of the first planetarians in Japan. In 1939 he joined the staff of the Osaka Electric-Science Museum, famous for its 1937 installation of the first planetarium in Japan. After retiring from the museum, he opened a private planetarium.
 高城武夫(1909-1982)は日本最初のプラネタリウム解説者の一人で、大阪市立電気科学館の天文部主任を経て和歌山市でプラネタリウム館を自力で設置・運営した。天文教育にも熱心に取り組み、各種書籍の出版や教育行政にも貢献した。
 山本一清の影響を受け、京都大学花山天文台で保持業務にあたっていた時に大阪市立電気科学館に日本初のプラネタリウムができる話が持ち上がり、大阪市の依頼を受けた山本一清が高城さんを推薦したらしい。
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Tsunemi No. 8543
常深 博
1993 XO1. Discovered 1993 Dec. 15 by T. Kobayashi at Oizumi.
 Hiroshi Tsunemi (1951- ), Osaka University, has worked in x-ray astronomy as a chief scientist of? the x-ray observing satellite ASCA. His scienti?c interest is focused on the structure and chemical composition of supernova remnants and related high-energy phenomena, as well as on the design of new x-ray detectors.
(M 46681)
 常深博氏は大阪大学教授で、X線天文グループを率いている。X線天文学の誕生初期(1970年頃に始まった)から従事し、X線望遠鏡の開発、超新星残骸のX線スペクトル観測等を牽引している。
 この常深研究室には大阪帝国大学発足時にさかのぼる歴史がある。新しい帝国大学として誕生した大阪帝国大学では理化学研究所に次いで宇宙線研究が始まった(1934年、理学部新校舎完成時に赴任した渡瀬譲が担当)。これは1936年には中断したが、戦後、再開されると共に、高倉達雄や小田稔らはいち早く太陽電波観測実験に取り組んだ。それが現在ではX線天文学を扱うグループとなっている。
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Sigenori No. 8544
宮本 重徳
1993 YE. Discovered 1993 Dec. 17 by T. Kobayashi at Oizumi.
 Sigenori Miyamoto (1931- ) is one of the pioneersof x-ray astronomy in Japan. In 1958, he invented aspark chamber that has been widely used for measuring the path of charged particles. Later, he started studies on x-ray objects and discovered the short time flux variation of x-ray sources. (M 46681)
宮本重徳氏は大阪大学名誉教授。大阪大学の渡瀬譲教授の宇宙線研究室に入り、福井崇時助手と共に宇宙線の飛跡を簡便に見ることができるスパークチェンバーを開発した(仁科記念賞)。素粒子実験等に活躍し、後にワイアー・チャンバー等に発展した(1992年、ノーベル賞)。
 その後、宮本氏は小田稔らと共にX線天文学に向い、先駆的業績を挙げ、大阪大学にX線天文グループを立ち上げた。
 1995年に退官し、大阪市立科学館の館長を務めた。
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Nakanotadao No. 8703
中野 董夫
1993 XP1. Discovered 1993 Dec. 15 by T. Kobayashi at Oizumi.
 Tadao Nakano (1926-), Osaka City University, proposed in 1953 the so-called Nakano-Nishijima-Gell-Man rule of the statistics of elementary particles, which became one of the foundations of the quark model. His interests also extend to general relativity and to gauge theory. (M 46681)
 中野董夫(1926-2004)は大阪大学を卒業後、1950年、新設された大阪市立大学理工学部の南部陽一郎研究室の助手となった。当時、たくさんの素粒子が発見されており、それを統一的に理解しようとする中で同僚の西島和彦と共にストレンジネスという新しい概念を導入した(中野・西島・ゲルマンの法則)。南部、西島等が大阪を去る中、中野は大阪市立大学の理論物理学の中核として相対性理論やゲージ理論へと研究分野を広げていった。
 1990年に退官し、大阪市立科学館館長となり、日本プラネタリウム協会の会長も務めた。
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2014.6.27. K. K.