10月26日ワールドシリーズ第2戦での出来事。
7回にセカンド盗塁を試み、スライディング時において大谷翔平選手が「左肩を亜脱臼、次の試合から出場可能」との報道がありました。
その左肩関節を損傷したスライディングを確認していくと・・
トップスピードからスライディング時に着いた左手が通常よりも遠位であったため一度肩関節に強い牽引力がかかり、左側臥位の状態で肩関節に上方向から再度強い圧迫がかかったように見えます。
その後、友人の整形外科医、新聞記者、野球評論家の方々から連絡が来てディスカッションをしたときに
「本当に亜脱臼なのか?」
「関節唇は大丈夫なのか?」
「バンカート傷害だと思う」
「ヒルサックスなら致命的」
「復帰までどの程度かかるか」
「利き腕じゃなくて良かった」
など、かなり専門的な話になりました。
まず肩関節の構造から診てみましょう。※構造図は株式会社アプライ人体百科より https://www.jintai100.com/
下の図は右肩甲骨を側面から見た図(図右が大胸筋側)で、上腕骨を外すとこのように関節窩、関節唇が受け皿のような役割をしています。
この受け皿に球状の上腕骨頭が収まり、関節包や骨と骨を結ぶ靭帯、筋肉と骨を結ぶ腱「ローテーターカフ(棘下筋、小円筋、棘上筋、肩甲下筋)」などの結合組織で安定させ360度自由な方向に動かすことができます。
肩ひじの結合組織の腱、靭帯などは多少フレキシブルではありますが、一度キズがついてしまうと特に軟骨組織は100%再生が難しく、ジュニア期で何かしらの肩ひじ関節障害を発症してしまうと、大人になってからの再発率が80%を超えるというデータがあります。そのため球数制限、成長期における治療を含めたコンディショニング重要性の認知が急務だと思っています。
この大谷のケース、一度左肩関節に強い「牽引力」がかかり、腱、靭帯が損傷。その後、体重が上からかかる「圧迫」により上腕骨頭と関節唇が衝突し、その損傷レベルにより手術の適用になったという見解です。大谷クラスの選手になると多分、日本ならば手術せずに保存療法で経過観察になるものと思いますが、11月5日には手術と、さすがアメリカは判断が早いですね。
下の図は関節鏡視下バンカート法の手術のイメージです。ここまで大きなものではないと信じています。
参照:Bankart Repair Capsulolabral Reconstruction Colorado
さて、問題はここからになります。
長年野球界に携わってきた経験上、肘関節の手術であれば成功事例の方が多いと思いますが、こと肩関節に関してはメスを入れ、術前と同等なパフォーマンスで復帰した事例がアメリカの投手だとオーレル・ハーシュハイザー、ロジャー・クレメンス、カート・シリングくらいしか思い浮かびません。日本は・・斉藤和巳、金本知憲らバンカートや腱板断裂等、選手生命に影響してしまったイメージです。
手術によって関節唇がキレイに修復された状態になり、「医学上問題なし」と診断されたにも関わらず、完全復帰が難しいのは、たった5ミリの手術痕によるもの。
基本的に手術痕は前方2か所、後方1か所になりますが、関節唇に届くまでに三角筋、棘下筋、肩甲下筋、状況により小円筋、棘上筋に部分的にキズをつけてしまいます。内視鏡を抜き、その後、組織が埋まってくる段階で傷口が肥厚して硬結してくるので、極端に関節可動域が悪くなります。投球動作においては途中引っ掛かりがあり、今まで通りの出力が出なくなります。リハビリ治療による柔軟性の確保、トレーニングによる肩関節の安定、出力の向上と今後時間をかけてやることがたくさんあります。
大谷の場合、グラブ側の肩ということでハンドリングに対する影響は少ないと思いますが、打撃に関しては押し手側になります。幸い大谷のようなパワーヒッターは右肩甲骨の引きの力によって回転を生み出してくるので、押し手側にかかる負担がそこまで影響が出てくるのか、その辺りに注目してみたいですね。
2025年シーズンは以前のような二刀流で大車輪の活躍とはならないかもしれませんが、スプリングキャンプでどれくらい動けるのか楽しみです。
このように解説をする私も実は10年前に左肩の関節唇損傷をしてしまいました。ジムでトレーニング中、110キロのベンチプレスでラスト1回を挙げてラックに戻したはずが外れてしまい、左肩でダイレクトに受けてしまいました。MRIでの診断では関節唇損傷で手術適用レベル・・
それからは専門家の意地と自ら実験台になり、鍼治療とトレーニングで肩関節の不安定感は残るものの出力はある程度戻ってきました。
オオタニサン同様、つくづく「利き腕じゃなくてホント良かった」。
来年2025年2月でサエキ89メディカルトレーナーズは開院20周年になります。今まで3万人という膨大な数の患者さんを診てきました。
特に20周年記念で何かするということはないのですが、異常なほど物価高になってしまった昨今、20年前から料金が変わっていないということが一番のサービスかもしれませんね。これからもスポーツ障害に特化した付加価値の高い治療院を目指して行きますので、引き続きよろしくお願いします。